ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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126話:妖艶の君、陽炎のあなた

 

 ひまわり畑で撮影が終わった後、私達はその足で近くのビーチにやって来ていた。撮影場所周辺が秘境じみた隠れスポットな上、平日での撮影だったため人の数は非常に少ない。それでも海の家は営業しているので、実質貸切状態のようなものだ。

 撮影が終わり晴れて自分のモノとなったワンピースを揺らしながら、私は彼の手を引いて砂浜に足を踏み入れた。2人とも既にサンダルに履き替えているので、足元が砂で汚れても問題はない。

 

 1ヶ月後にグッドウッドカップが控えているため岩場や深い海中に足を踏み入れることは許されていないが、流石にそこまで遊ぶつもりはない。明日からトレーニング漬けの毎日なのだから。

 ちょっと砂浜を歩いたり、海の家で冷たい飲み物を飲んだり、写真やビデオを撮ったりして思い出を作ろう。張り詰めたトゥインクル・シリーズの中で緩く過ごしてみるのは、きっと良いリフレッシュになる。

 

「蟹さんいるかな?」

「小さい穴があったらひょこっと出てくるかもな」

「あ、綺麗な貝殻」

「おお〜、可愛いね」

「それって私のこと?」

「…………」

「……な、何か言ってよぅ。ナルシストが滑ったみたいな空気になっちゃったじゃん」

「……まぁ、否定はしないよ。アポロの可愛さも人気の一端だしね」

「うっ……わ、分かった、分かったから。はいはい私の負けですぅ〜。私をそれ以上褒めるの禁止〜」

「何なんだ一体……」

 

 ワンピースのお尻の部分を押さえながらその場にしゃがんで、貝殻なんかを拾ったりする。その際とみおの視線が私の首元に行ったり足元に行ったり忙しくなっていた。彼は余程私の衣装を気に入ってくれたらしい。

 これ見よがしにスカートと尻尾をふりふり揺らしてあげると、彼の視線が下に向かって釘付けになる。へぇ、とみおってこういうのが好きなんだ。やっぱ清楚系が刺さるのかな〜。ほれほれ。

 

「ね、写真撮ってよ」

「お、おう……」

「好きな時に撮っていいからね」

 

 麦わら帽子を持ち上げたり、貝殻を頬の横に持ってきたりして、彼の被写体になれるように上手く動いてみる。彼の表情を観察して、どんなポーズが好きかを考察したところ――

 私が上目遣いになるポージングがツボらしい。なるほどなるほど、これからお願いする時は上目遣いで「おねが〜い」なんて猫撫で声を出してみようか。

 

 しばらくウマスタ・ウマッター用の写真を撮った後、私達は海の家でひと休みすることにした。

 そういえば変装もしていなかったからか、海の家の店員さんに「アポロレインボウさんですか?」と聞かれてしまった。そうですよと答えるとサインを頼まれたので、四角い色紙にサインを書いてあげる。クラシック級の暮れ、山積みになった色紙にサインを書き殴ったことがあるのでもう慣れっこだ。

 

「海外でも有名になってきたっぽいね」

「はは、自己評価が低すぎるって。今のアポロはヨーロッパの中でも相当有名人だぞ」

 

 ゴールドカップが終わってからの反響は凄まじいもので、私が制したレースの映像がニュースやネットで飛び交うこととなった。レースで全てを使い果たして数日間ダウンした後は、インタビューや撮影、番組の出演依頼が殺到したものだが……今日のような撮影やオフシーズンのテレビ出演などは何とかオッケーが出た。その他のオファーも数を絞ってこなしていく予定である。

 レースに勝利した後にメディアからのオファーが増えるのはいつも通りなのだけど、普段通りに行かなかったことと言えば――ウマスタのフォロワーが数十万人というレベルで爆増したことだろうか。

 

 従来のファンからのメッセージはもちろん、私のゴールドカップを見てトゥインクル・シリーズに興味を持ち始めたという人も続々とメッセージを送ってくれた。

 ライトなファンを沼に浸からせることは大切だが、コンテンツの繁栄及び持続のためには新規のファンを取り込むことが何より重要だ。私は私自身の夢を叶えるために走っているから、ファンを増やすことはサブターゲットに近い感覚である。もちろんレース場に足を運ぶ人達がいなければトゥインクル・シリーズは継続できないので、私の夢と集客は密接に関わっていると言えるだろう。ダブルトリガーさんやカイフタラさんのように、ファンとウマ娘が作り出す熱狂を渇望する者も少なくない。

 

 ファンが増えれば増えるほど好循環が生まれるのだ。ウマ娘にとってもファンにとっても、ついでに運営のURA側にとってもこれ以上のことはない。

 デメリットといえば、羽目を外しすぎたファンが迷惑行為を働く程度なものだ。私の周りのファンは皆紳士的で、そういうトラブルが起きたなんて声は聞いたことないけどね。

 

「さっき撮ったCMっていつ放送されるんだっけ?」

「早くても1週間後だな」

「え、早くない?」

「相当早いね」

 

 海の家に入ってしばらく。ようやく落ち着いてきたので、麦わら帽子を外してウマ耳を大きく動かす。()()彼の視線がそちらに向けられた。ゴールドカップが終わった辺りからだろうか、とみおは色んな意味で分かりやすくなった気がする。

 もちろん、その違いに気づけたのは私が彼を見過ぎているおかげな訳で――むしろ私が彼を眺めている時間が増えただけなのかもしれないが。

 

「お待たせしました、はちみー&ヨーグルト2つです」

「わあ、美味しそう!」

「写真撮るか?」

「よろしく〜」

 

 ……昔は自撮りとか写真撮影を頼むことなんて無かったのに、ウマ娘になってから変わったなぁ。オープンクラスに上がってからはSNSで公開する用の写真を当たり前に撮るようになった。とみおと仲良くなってから「どうすれば自分を可愛く見せられるか」が気になり始めたのもあって、被写体となる時は余念がないよう努めている。

 私はカメラを起動し、ネイルを決めた指とはちみー&ヨーグルトが写るように手元の写真を撮った。光の加減を確認していると、丁度とみおからいい感じの1枚を貰えたので、自撮りと合わせて早速ネットにアップロード。

 「かわいい」「何この白ワンピ天使?」「また匂わせてるよ」「イチャイチャ」「コレッテハチミー?」「これは妖精」「エロゲーのCGみたいだね(3秒後にコメント自主削除)」などと反応は上々、ウマスタもウマッターも瞬く間に『ウマいね!』の数が伸びていった。

 

 私のファンには男性が多い。まぁコメント閲覧時やライブ時の主観が混じっているけれど……とにかく、今回の麦わら帽子+白ワンピースは男性にめちゃくちゃウケが良かった。

 ギャル組やルモスさんからも速攻で『ウマいね!』を貰えたし、この衣装を貰えて良かったと思うばかりだ。

 

 ネット上の反応に酔いながら、はちみーもどきに口をつける。おお、めっちゃ美味しい。思わず容器を両手で持って、呷るようにぐいっと傾けた。はちみー好きのテイオーさんも納得の味だ。飲んだことがあるかは知らんけど。とにかくやみつきになる。

 

「うわ……おいし。これヤバい。テイオーさんがこれ飲んだら、間違いなくテイオーステップ踏んじゃうだろうな〜」

「お……こっち向いてこっち向いて」

「また写真? まぁいいけど……」

「はい、ポーズ」

「ん」

 

 はちみー&ヨーグルトを飲んでいると、トレーナーが水を差してきたので不承不承営業スマイルを向ける。私の写真を撮りたいと思ってくれるのは嬉しいけど、やり過ぎは禁物じゃない? って言うかさ、画面ばっか見てないで私を見てほしいんだけど。本物がここにいるじゃん。

 とみおは画面操作に夢中になって、はちみーを飲むでもなく私の顔を見るでもなく……ずーっと指を動かしてニヤニヤしているため、先程までハイテンションだった私の機嫌が斜めに傾きかける。思わず鋭い語気の言葉が私の口から飛び出してしまう。

 

「もう、何なのさ」

「いやさ、フフッ……ごめん、ヒゲついてるのがかわいらしくて」

「え?」

 

 彼に言われてぎょっとする。さっと上唇の上を指の腹で拭うと、そこにははちみー&ヨーグルトのせいで生まれた(ヒゲ)が付着していた。

 

「――――っっ」

 

 急激に鎖骨の辺りから熱が上ってきて、熱湯のような羞恥が鼻先を通って額のてっぺんのウマ耳まで到達する。やばい、恥ずかしい。やらかした。何で言ってくれなかったの。とみおは私をからかいたかったの?

 様々な考えが脳裏を駆け巡ってショートする。耳が真っ赤になってぺたんと潰れたのを合図に、私はヒゲ姿を晒したことに意気消沈した。

 

「あとこれ、写真じゃなくてビデオ撮ってたんだ。たまには趣向を変えてさ」

「はぇ?」

「後で送っておくね」

「…………さいってぇ……」

「いやいや、俺はかわいいと思うよ? ははっ」

「…………」

 

 今日は私が()だと思ったのに。魅力でどぎまぎさせる側だったはずなのに。……結局のところ、最後は私が照れてとみおが笑っている。

 ちょっとだけ拗ねてしまった私は、ヒゲが付かないようにはちみー&ヨーグルトを飲み干した後、海に入るために水着に着替えることにした。

 

 もやもやとした敗北感は海に溶かしてしまおう。ワンピースを脱ぎ去って水着姿になっていた私は、躊躇わずに波打ち際に飛び込んだ。ひんやりした海水が足指の間を駆け抜け、くすぐったさで飛び跳ねそうになってしまう。

 海に入ったのは去年の夏合宿ぶりだから――約1年ぶりになるのか。やっぱり海はいい。トレーニングできるし、泳げるし、釣りもできる。

 

 無造作に足を蹴り上げて、近くに寄ってきたトレーナーに水をかける。「うわっ!」と笑い混じりの悲鳴を上げながら、とみおが大袈裟に飛び退いた。何のために短パンを履いてきたんだと煽ってやると、彼は「やったな」と言って波打ち際に飛び込んでくる。

 そのまま私達は透き通った漣の中で水かけ合戦を始め、心ゆくまで海と一緒に遊んだ。

 

 途中、とみおに「去年と水着変えたんだ?」なんて言われたりしたが、そんなの当たり前だろう。流行は変わっていくものだし、何より私も成長しているのだから――と答えておいた。

 アスリートとしての肉体の成長と、成長期真っ只中の少女としての成長が相まって、去年の水着が入らなくなっていたのだ。まあ私の身体が成長するのは当たり前だ。去年の身体のままだったらゴールドカップを走り切るなんて不可能だったわけだし、そりゃ身体も大きくなってるよ。

 

 ただ……私の成長で見られた数値変化が「筋肉増強!!!!」って感じだったのが乙女的には辛かった。基礎体重がガッツリ増えたし、腹筋は完全に割れちゃったし、ウエストとか太ももとか二の腕とか明らかに太くなっちゃったし……。

 カイフタラさん的には「まだ細い」らしいけど、前に比べたらやっぱり太くなってるからなぁ……う〜〜ん、とみおは細い女の子の方が好きそうだから、ちょっと嫌かも。

 カワイイと強いを両立するのは難しいということだろうか。今度カレンチャンさん先輩にその辺を聞いてみよう。

 

 海で気が済むまで遊んだ後は、トレセン学園に戻る準備をしなければならない。水平線に沈んでいく夕陽を眺めながら、もっとトレーナーと遊んでいたかったなぁなんて呟く。

 そうして荷物を纏め終わろうかという時――海の家から走ってくる影があった。小学校低学年くらいの男の子だ。私に向かって一目散に駆けてきている。私のファンなのかな?

 

 予想通りと言うべきか、男の子は私ととみおの前で立ち止まった。結構な距離を走ったため、激しく息を切らしている。

 私は膝を折って男の子と視線の高さを合わせる。息が整うのを待って「どうしたの?」と優しく聞くと、彼はきらきら輝く瞳を私に向けてきた。

 

「お、おねーさん、アポロレインボウだよね!」

お姉さんと来たか……うん、私がアポロレインボウだけど……どうしたの?」

「ウマスタで分かったんだ! アポロレインボウが来てるって! その、近くに住んでるから!」

「うんうん、サイン欲しい?」

「あ、欲しい! 紙持ってきた!」

「うふふ」

 

 これまで走ってきて良かったと思える瞬間のひとつとして、こういう小さいファンの子と会話できる機会があることが挙げられる。たまにファンのご夫婦から「私達の赤ちゃんを撫でて貰えますか」なんて言われることもあるし、割と子供や幼児や赤ちゃんとの触れ合いは多い。

 それに、この男の子くらいの年齢が1番やんちゃで可愛らしいものだ。とみおも後方彼氏面で柔和に微笑みながら私達を見ている。

 

 色紙ではない普通の紙と筆箱にサインをしてあげると、男の子は飛び跳ねて喜んでくれた。身体全体で喜びをアピールしてくれるのも、染み渡るように嬉しいものだ。

 

「オレねー、アポロレインボウを見てウマ娘になりたくなったんだけどさー、それは流石にムズそうだから……陸上選手目指すことにしたんだ!」

「ほんと!? 嬉しいな……!」

「学校でも1番速いんだぜ! 歳上にも負けたことねー! すげーだろ!」

「えっ、すご……相当速いんだねぇ!」

「へへへっ!」

 

 鼻の下を擦る少年。歳上含めて学校で1番速いと言ったら、将来的にもかなり有望株なのでは? 将来的には物凄いアスリートになるかもしれないな。

 しみじみ考えていると、少年の顔がふと思案顔になった。腰の前で指を組み、言い難いことを振り絞るような仕草をする。

 

「……でさ、アポロレインボウと約束したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「ん? 大きくなったらお姉ちゃんと結婚したいのかな〜?」

「ちっ、ちが……違くねぇけど違ぇよ! おっ、オレが言いたいのは――大きくなったらオレと勝負してほしいってことだよ! オレとお前の勝負の約束! ぜってぇ退屈させねぇから受けてくれ!!」

「おっ……言ったな? じゃあ受けて立とうかな。でも100メートル走だろうが4000メートル走だろうが負けないからね〜?」

「こっちこそ負けねぇから! 10年後、ウルトラマラソンの100キロメートルで勝負だからな!!」

「「!?」」

「それじゃーなアポロレインボウ!! 次は世界で会おうぜ!!」

 

 ツッコミとビックリが追いつかないまま、男の子はサイン入りの紙を天に掲げながら走っていった。海の家の向こうに彼の姿が消えて、私ととみおは何とも絶妙な表情で見つめ合う。

 

「…………」

「…………」

「凄い男の子だったね」

「あぁ、将来のプラン設計がしっかりしている。しかもヒトとウマ娘の差を無くせる距離での勝負をしようと言って約束を取り付けて、反論させる隙さえ与えずに帰っていく……。大物の器だぞアレは」

「世界は広いなぁ……」

「ははは。あの子に負けないように、俺が付きっきりでトレーニングしてあげるよ」

「――え、それって……」

 

 ……10年後まで一緒に居てくれるってこと?

 私と彼は茜色に染まる海岸で見つめ合う。お互いに考えていることは多分違っているけれど、都合のいいように思い込んでやることにした。だってその方が何倍も素敵ではないか。嬉しいではないか。

 

 私達は本当の意味で心を共有できなくても、今という時間を共有することができる。同じ場所に立って同じ景色を見ることができる。言葉を共有して互いの心に近づくことができる。

 一緒にいるだけで良いんだ。私は一歩踏み出して、とみおの懐に飛び込んだ。彼は微笑むだけで拒否はしない。彼もまた、2人の時間や景色を共有しようとしてくれている。でも私は2人で一緒に過ごす未来さえ欲しい。もちろん最強のステイヤーになった未来も掴み取りたい。全部ぜんぶ勝ち取りたい――なんて思ってしまうのは、やっぱり私が欲張りなウマ娘だからなんだろうか。

 

 太陽がゆっくりと沈んでいく。反対側の空から月が上る。

 今日という一日が終わり、次なるG1グッドウッドカップが近づいてくる。

 

 まだ遊んでいたいけれど、早く走りたい。

 これまで何度も『永遠にこの時が続けばいいのに……』と思うことはあった。しかし今日のように楽しくて()()()日は数えるほどしか無かった。素敵な景色の中で撮影をしたり遊んだり、とみおと仲を深めたりファンと交流したり……夢も恋路もまだまだ途中だけど、今日で終わってしまっても満足かもしれない――それくらい特別な日だった。

 

 それでも夢に向かって走れるのは、私が強欲なウマ娘だから。

 全て()()()()まで止まらないのがアポロレインボウなのだ。

 

 今日でオフは終わり、再び熾烈な戦いの日々が幕を開ける。

 

 

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