ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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127話:グッドウッドカップに向けて

 

 7月末。次走のG1・グッドウッドカップを1週間後に控えたトレーニングの日、私はとある情報に衝撃を受けることとなった。

 その情報とは、エンゼリーちゃんがグッドウッドカップを回避し、2ヶ月後のG1アイルランドセントレジャーに向けて休養を始めた――というものである。

 

 ステイヤーズミリオン完全制覇のためには、6月4週G1ゴールドカップ→ 8月1週G1グッドウッドカップ→8月4週G2ロンズデールカップというローテーションで3レースを制覇しなければならない。

 無論今年の完全制覇の権利を持ったウマ娘は私しかいないのだが……ゴールドカップを制して現世界最強ステイヤーとなった私を倒せば今年の完全制覇者はいなくなり、純粋な直接対決の成績で栄誉を取り合うことになる。エンゼリーちゃんやカイフタラさんは、最強の座を掴み取るような瞬間に燃えるタイプだと思っていたので、彼女がグッドウッドカップを回避するのは想定外だった。

 

 ただ、彼女の回避の理由を聞いて納得せざるを得なかった。

 ――ゴールドカップの激走によって、足に負担が掛かり過ぎたらしい。冷静に考えてみれば、あの不良場は今後のレース人生を狂わせてしまうレベルの道悪と言っても良かった。初の4000メートルという距離に加えて、そもそもエンゼリーちゃんは去年の秋頃から走りっぱなしだったわけで……。グッドウッドカップをスルーして立て直しを謀るのは賢い選択と言えるだろう。私としては寂しいけど、きっと彼女なら秋の4000メートルレース・カドラン賞に出走してくれるはずだ。そこでの再戦を願うとしよう。

 

 結局、ヨーロッパのステイヤー――主にゴールドカップに出走したウマ娘――には、次の2択を迫られていることになる。

 打倒アポロレインボウを掲げて私にぶつかってくるか、それとも私の出るレースを回避して他のレースを選ぶか。グッドウッドカップに登録を行ったカイフタラさんは前者のウマ娘になる。ジャラジャラちゃんは無事日本に帰国し、中長距離レースに向けて調整を行っている。ゴールドカップに出走して消耗したウマ娘は少なくなく、シーユーレイターちゃんなどはグッドウッドカップを見送る構えだ。

 

 私はステイヤーズミリオンの3レースを皆勤する予定だけど、このまま行けばこの1年で11レースを戦うことになる。ドバイから始まった苛烈なレース内容は想定外そのもので、このままだといくら頑丈な私でも()()()()可能性が出てきた。

 ちなみに今のローテーションと予定はこんな感じで――

 

 3月5週G2ドバイゴールドカップ(2着)

 5月1週G1天皇賞・春(1着)

 5月4週G2ヨークシャーカップ(1着)

 6月4週G1ゴールドカップ(1着)

 8月1週G1グッドウッドカップ(3200m)

 8月4週G2ロンズデールカップ(3300m)

 9月2週G2ドンカスターカップ(3600m)

 10月2週G1カドラン賞(4000m)

 10月4週G1ロイヤルオーク賞(3100m)

 11月1週G1メルボルンカップ(3200m)

 12月4週G1有記念(2500m)

 

 これを決めたヤツはバカだ。私が煽動して決めたんだけどバカ。改めて見るとこんなんどう考えても無理だ。このローテーションで走ったら間違いなく死ぬよ私。

 当時は「イクノさんは1年で16回レースに出走してる」「オグリさんは3ヶ月で6戦したしマイルCSとJCを連戦した」「なら行けるか〜」というノリで決めたが、頑丈すぎるアイドルウマ娘(オグリキャップ)に加えて鉄の女(イクノディクタス)を比較対象にするのは間違っていた。

 

 まぁ、出走できそうなレースに仮登録を行っておくのも手だしセーフではあるか。ジャパンカップに登録するけどあんまり来てくれない外国ウマ娘とか、多分こんな感じなんでしょ? とりあえず選択肢には入れておくけど、後で予定から消すかもしれねぇわ……ってやつ。

 

 ……さて、まず省くことになるのはフランスのG1・ロイヤルオーク賞とオーストラリアのG1・メルボルンカップだろう。フランスのカドラン賞とロイヤルオーク賞を走って、オーストラリアのメルボルンカップを走って、その後日本に戻って有記念を走る――つまり3ヶ月で3ヶ国を巡って4レースを走るのは体力的にまず無理だ。そういえばオグリさんもイクノさんも海外遠征はしてなかったし、海外遠征の疲労を考慮してないのはやっぱりアホだ。

 というか、カドラン賞→ロイヤルオーク賞→メルボルンカップの中1週ローテーションは、ゲームじゃないと体調を崩すレベルである。個人的にカドラン賞と有記念は外せないし、割を食うのはメルボルンカップとロイヤルオーク賞になるだろう。

 メルボルンカップ、現地の人に凄く人気らしいから行ってみたかったんだけどね〜……行くとしたら来年以降になるのかなぁ。

 

 そして最後に省かざるを得ないのは……『英国長距離三冠』レースの三冠目、G2ドンカスターカップだろうか。ステイヤーズミリオンも長距離三冠も達成できれば一番だけど、結局怪我をしたら元も子もない。これも狙うとしたら来年以降になるか。

 

 というわけで、3レースを抜いて年間8レース、以下のローテーションで今年はやり切ろうというのが私達の方針である。

 

 3月5週G2ドバイゴールドカップ(2着)

 5月1週G1天皇賞・春(1着)

 5月4週G2ヨークシャーカップ(1着)

 6月4週G1ゴールドカップ(1着)

 8月1週G1グッドウッドカップ(3200m)

 8月4週G2ロンズデールカップ(3300m)

 10月2週G1カドラン賞(4000m)

 12月4週G1有記念(2500m)

 

 海外遠征ありきのローテーションとしてはこれでもタイトなスケジュールだ。ステイヤー特有の体力で誤魔化しているが、エルちゃんやグリ子の予定と比べてもレース日程が詰まっているのは明白だった。

 

「アポロ、あと20周ね〜」

 

 私はスタミナ増強トレーニングをこなしながら、ひとつ外側で走るグリ子とエルちゃんを眺める。2人は初陣のヨーロッパG1を一発回答しており、早くも日本や世界を代表するウマ娘へと登り詰めていた。

 エルちゃんはイスパーン賞を、グリ子はファルマスステークスを。特にグリ子はあっさり勝っちゃったからなぁ……いったい化け物は誰なんだか。

 

 エルちゃんとグリ子は私と違うトレーニングをしているため、違うレーンで調整メニューをこなしている。超長距離ランナーの私と、マイル〜中長距離ランナーのエルちゃんと、短距離〜マイラーのグリ子という構成のため――3人のトレーニングにおいて私はハブられやすいのだ。スタミナ強化トレーニングのほとんどが膨大な時間を要するせいもある。

 趣向を変えて3人で模擬レースをする時の距離は、大抵距離適性の間を取って1800メートルで行われる。そして大体エルちゃんかグリ子が勝つ。距離適性外のレースでは上手く走れなくなってしまうので、大逃げが上手く決まらないのである。

 大逃げが決まらずエルちゃんに先頭を譲ってしまうと、その後は特に見せ場もなく最下位に沈みがちだ。たまに根性で1着になれることはあるが、そんなレースは非常に稀である。

 

 とみお曰く「他の脚質の子が仕掛けるタイミングを直に感じられる良い機会だ。それに、レースでアポロが先頭を奪えなかった時の練習になる」とのことだが――

 ……今日も負けてしまった。練習レースは1着のエルちゃんから半身差の3着。しかし幸か不幸か、ある程度差し先行の走り方も身についてきて実践できるようになってきた。もしかすると、出遅れてもある程度のレース作りが可能になった……のかもしれない。

 

 あまり頼りたくないが、差し先行ができるようになったのは最後の砦といったところか。これを使う機会が来ないことが最も好ましいのは間違いない。

 

 グリ子やエルちゃんとのトレーニングが終わってシャワーを浴びた後、ジャージ姿のまま夕方のトレセン学園を散歩する。そんな中、ここら辺ではあまり見ないウマ娘が辺りをうろついていた。

 鹿毛のすらりとした肢体。シャンティイ・トレセン学園のものではない制服(イギリスのトレセンの制服?)、頭の上に乗った深紅の王冠。恐らく道に迷っているだろうに、全く崩れない自信満々の表情……強烈な存在感を醸し出す彼女に惹かれて、私は声をかけてみることにした。

 

「あのう、すみません……道に迷ってます?」

「あぁ……探し人がいてシャンティイのトレセンに来たのだが、生憎学内の地理に明るくなくてね……この有様だ。そこでだ、可愛いお嬢さん! このワタシをその人の元に案内してはくれないだろうか!?」

 

 うわぁ、また濃いウマ娘が出てきたなぁ……。

 私は「いいですよ」と言って王冠のウマ娘を連れ立った。

 

「ところで、その探し人って誰なんですか?」

「愛しき我が妹、カイフタラだよ! キミもよく知っているウマ娘だろう、アポロレインボウ君?」

 

 ――()()()()()()()()()だって? 強烈な情報による刺激が脳の奥深くを突き抜け、記憶の中に眠った名前が呼び起こされる。

 全弟にKayf Tara(カイフタラ)、そして半妹に仏G1馬Zee Zee Top(ジージートップ)を持つ競走馬と言えば、それはもうあの馬しかいない。

 

「あなたはまさか――オペラハウスさん?」

「いかにも! ワタシのことをご存知とは恐れ入ったよ!」

 

 ――Opera House(オペラハウス)KGVI & QES(キングジョージ)含むG1を3勝し、その年のカルティエ賞最優秀シニア級ウマ娘にも選ばれたことのあるウマ娘だ。日本ではむしろ、あの世紀末覇王テイエムオペラオーの父として有名な種牡馬とも言える。

 私がオペラハウスさんのことを知っていて彼女はビックリしていたが、名前すら知らないのは流石におかしいレベルのウマ娘だ。特に私とは間接的な関わりが深い。カイフタラさんのお姉様ということでまず名前は知っていたし、オペラオーちゃんと話す時たまに名前が出るので、そこでも何となく覚えていたくらいだ。

 

 しかし、オペラハウスさんはイギリスの出身だったはず。シャンティイに滞在するカイフタラさんのためにわざわざ海を跨いでやって来たのだろうか。

 

「で、アポロレインボウ君。我が妹のカイフタラの行方を知っているかな?」

「ええ、私の部屋の隣室ですよ」

「本当かい! 恩に着るよ」

「あ、私も今から寮に行くところなので着いていきますよ。その方が寮長に話も通りやすくなるでしょうし」

「素晴らしい! では早速行こうじゃないか!」

 

 こうして私はハイテンションなオペラハウスさんに連れられ、そのまま帰寮することになった。帰路の中彼女と話していると、オペラハウスさんとカイフタラさんの姉妹らしい共通点が見えてくる。

 ――2人ともレースが大好きで、特にレース場の熱狂やファンとの一体感を大事にしているらしい。口調や雰囲気は全く違っているけど、オペラハウスさんもカイフタラさんも根っこの部分で繋がっているというか……姉妹の仲が良さそうでほっこりするというか。ツンケンしたカイフタラさんの横顔が脳裏を過ぎって、自然と笑顔が零れた。

 

「ところでオペラハウスさん、日本にテイエムオペラオーちゃんっていうウマ娘がいるんですけど……ご存知ですか?」

「もちろん知っているよ。彼女は運命レベルの何かを感じるウマ娘でね……名前といい立ち振る舞いといい、ワタシとどこか似ている気がするんだ。放っておけないとも言えるね。……春先、皐月賞というクラシックレースを勝利したと聞いたよ。彼女には更なる飛躍を期待しているところさ」

 

 オペラハウスさんは金色の瞳を細めた。カイフタラさんとそっくりな目の色で、彼女の双眸を眺めていると不思議と吸い込まれそうになる。

 私が運命レベルの何かを感じるウマ娘は……直感的に言うとルモスさんだろうか。マルゼンさんやヘリオスさん、パーマーさんにルドルフ会長、その他にもバクシンオーさんなど仲良くさせていただいている先輩は多いけど、ルモスさんほど強い力を感じるウマ娘は他にいない。

 

 ウマ娘同士の不思議な絆も『想い』の一種。つまり、ウマ娘に不思議な力を与える想いの一部を担っている。ライバル同士、姉妹関係、先輩後輩、そして不思議な運命の糸――これらが絡み合って私達ウマ娘の想いは蓄えられていくのだ。

 今日オペラハウスさんに出会えたこともまた何かの縁である気がしてならない。外堀を埋める形でカイフタラさんとの目に見えぬ因縁が深まっていき、次なるレース・グッドウッドカップへの礎にされていくような気がした。

 

 玄関先で寮長の入寮許可を貰って、オペラハウスさんと一緒に廊下を歩いていく。彼女がイギリス側の制服を着ていたおかげなのか、寮長は詳しい事情も聞かずにすんなり通してくれた。

 同じヨーロッパ内ということで珍しくないのか、それともカイフタラさんオペラハウスさん姉妹が有名なのか……いずれにせよ、余計な時間が取られなくて良かった。

 

「ここが私の部屋で、そちらがカイフタラさんのお部屋です」

「ありがとうアポロレインボウ君。妹はメッセージアプリを見る癖が身についていなくてね……本当に困ったものさ」

「分かりますよ、それ。私が連絡してもずっと未読だし、何なら既読スルーしてくるんですもん」

「ふふ、我が妹は電話も嫌いだからな。電話も無視されると手がつけられん」

「ほんとですよ! ……それじゃあ、そろそろお別れということで」

「うむ」

「またお話しましょう! 美味しいスイーツを食べてお茶しながら!」

「ふふ、それはいいな……」

 

 自分の部屋の前に到着したので、オペラハウスさんに別れを切り出す。短い間だったにも関わらず割と仲良くなってしまい、別れるのが普通に寂しくなってしまった。

 ネット上で簡単に連絡は取れるだろうけど、私は面と向かって話さないと気が済まないタイプだ。オペラハウスさんとはまた会って、一緒に話してみたいなぁ。名残惜しさを胸に残したまま自室に入ろうとすると、オペラハウスさんが笑顔のまま呟いた。

 

「……妹は、ずっとずっと悲しそうにしていた。ワタシのエクリプスステークスやキングジョージを見て、『どうしてオレの出るレースは()()ならないのだろう……』と頭を悩ませていた。しかしキミを初めとしたライバルのおかげで、妹の心に光が差し込んだのさ! キミの夢にかける想いが、妹の凍りついた心を溶かしたのだよ」

 

 思わず振り向いて、オペラハウスさんの顔を見ようとした。しかし、彼女は既にカイフタラさんの部屋へ入っていく途中だった。

 

「だから……ありがとう、麗しき妖精よ。キミの夢と妹の夢が更に輝いていくことを……陰ながら期待している」

 

 呆気に取られる私を前に、扉が閉まる。オレの部屋の前で誰と話してたんだ、姉貴キミの大好きな妖精さんと、だよはぁ? 別に好きじゃないがという会話を最後に音が聞こえなくなってから、私は静かに自室の中に入っていった。

 

「…………」

 

 オペラハウスさんは、カイフタラさんが私に救われていたと言った。だけど、それは私も同じだった。カイフタラさんに打ちのめされ、敗北感に心を破壊され、()()()()()()()()()。ゴールドカップの覚醒は模擬レースの完敗あっての勝利だったわけで、カイフタラさんがいなければベストパフォーマンスを披露することはできなかったはず。

 ()()()()()()()()()()()。救われた――なんて生易しい。互いの熱に心を灼き尽くされ、業火のような激情を以て嫉妬しているだけなのだ。心を壊され、夢を奪われ、それでも立ち上がった。ただ、それだけなんだ。

 

 私達は()()()()()()()()()だけに過ぎない。

 尊敬はしている。友情も感じている。けれど、それ以上にどす黒い敵意と対抗心を燃やしているのだ。

 全てがポジティブに運んだわけじゃない。お互いに悩んで苦しんで耐え忍んだ結果が今の私達なのだ。

 

 ――グッドウッドカップまで残り1週間。

 私はカイフタラさんが大好きだ。きっとカイフタラさんも私のことが大好きだ。互いに憎らしいほど()()()()()()()

 

 ……あぁ、待ちきれない。

 

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