ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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128話:グッドウッドは譲れない①

 

 ――8月1週、グッドウッドカップ。

 イギリスのグッドウッドレース場で行われるG1レースであり、ステイヤーズミリオンの二冠目に相当する長距離レースだ。数百年前の第1回グッドウッドカップは芝24F(4800m)で開催されたらしいが、現在は3200メートルという距離での施行に落ち着いている。

 

 ステイヤー全盛期は格式の高いレースとして『夏のステイヤー王者決定戦』という扱いを受けていたが、近年は出走ウマ娘のレベルも権威も以前とは比べ物にならないほど低下しているという。

 実は割と最近になってG1に昇格したレースであり、創設期はG3という格付けであった。長距離レースに対して、伝統的な格だけでなく公式的な格も高めていこうという取り組みが見て取れる。

 

 こうして再びイギリスに降り立った私ととみおは、火が出るかのような集客を行っているグッドウッドレース場を目の当たりにして驚愕した。その観客の数は――細かく数えたわけではないが――ゴールドカップに及んでいるようにも、それ以上に膨らんでいるようにも見えたのである。

 このグッドウッドカップの凋落ぶりは割と深刻なもので、動画サイトにおけるレースの再生回数は長距離重賞の中でも下位に位置する方だった。数字は嘘をつかないとよく言われるけれど、例えばイギリスダービーの再生回数の10分の1以下だった、なんてのもザラだったはずなんだけど……それがこうもV字回復するものなのか。

 

 民衆は正直と言うか、分かりやすいと言うか……いや、全然嬉しいし良いことなんだろうけどね? 頭が現実に追いつかない……ってか、目の前の現実が信じられないんだよね。

 

「今日のレースも盛り上がりそうだな」

 

 私の横で呑気なことを喋っているとみお。そりゃG1だしね……と思った次の瞬間、彼の口から強烈な発言が飛び出した。

 

5()0()()()の観客が集まったらしいからな〜」

「うん、そうだね――……は?」

 

 ごじゅうまん? ……? ……?? ()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()ってこと? ゴールドカップのファン数でも人生初というレベルの観客がいたのに、今日はそれ以上に集まってるの? ちょっと意味わかんないかも……。

 グッドウッドレース場が小さいなんて言うつもりはないけど、今この場所にそこまでの大人数が集まっているとは思えない。私がとみおの言葉を疑ってしまうのは無理ないことだと思う。

 

「……15万人。分かった、15万人でしょ。何かこう、フィフティとフィフティーンを聞き間違えたんだよ」

「いや、50万人。入場者数のレコードを大幅更新だとさ」

「…………」

「あぁほら、グッドウッドレース場には入場規制がかけられてるんだけど、()()()()()()に集まってるんだって。そもそもヨーロッパのレース場は外から観戦できる所も多いし、レースは見えなくても熱気が感じられたら満足って人もいるだろうね」

「ひえ〜……」

 

 な、なるほど……確かにゴールドカップの反響は凄まじかったし、これくらいファンが集まるのもおかしいことじゃないのか……。加えてグッドウッドレース場は『世界一美しいレース場(のひとつ)』と言われている上、今日を初日としたこれからの5日間はグロリアス・グッドウッド開催(Glorious Goodwood Festival)だ。ロイヤルアスコットと同じく社交界のイベントという側面も持っているから、そちらの界隈の人達もこの観客の中に含まれているのは間違いない。

 無論、彼らは家族連れや若者が多すぎて腰を抜かしていることだろう。何せグッドウッドレース場の周りには何もない。更にアスコットなどと比べるとアクセスが格段に悪いのだ。これまでは地元民が観客の中心だったと聞いているので、多分一番驚いてるのはいつも通ってる人達なんだろうなと思ったり。

 

 関係者用の裏道を通って控え室にやって来て、私は早速勝負服に着替えてお化粧を済ませた。今日は雲ひとつない快晴で、ターフもパンと張った良場。カイフタラさんは重場を好み、私はどちらかと言えば良場を好んでいるため……気持ち的には私が若干有利と言えるか。

 結局のところカイフタラさん対策は『後続を擦り潰す』の一言に集約されるので、今日もまた先頭を突っ走ってぶっちぎる他ない。

 

 ――グロリアス・グッドウッド開催の5日間では、G1レースが3つ、G2レースが5つ、G3レースが5つ施行される。あちこちにウマ娘の旗が立ち、グッドウッドの美しい佇まいも相まって、イギリスでも屈指の華やかさを誇る開催と言えるだろう。

 1日目のメインレースはもちろんG1・グッドウッドカップ。今回のグッドウッドカップは私とカイフタラさんが1番2番人気を占めており、実質的なマッチレースだ――なんて言われていた気がする。

 

「いつにも増して暑い日だな……」

「スタミナ消費量が多くなるかもね」

「はは、3200メートルは短めだからスタミナ切れに関しては心配してないよ。思いっ切り走っておいで」

 

 とみおに耳を巻き込んで頭を撫でられた後、私は気持ちを切り替えて己の胸を叩いた。グッドウッドカップはステイヤーズミリオンにおける『二冠目』と言える立ち位置にある。確かに短めの距離でスタミナ切れの心配はないが、その分カイフタラさんと比べるとトップスピードで劣ってしまうので、今までで最も負けやすいレースにはなるだろう。

 世界最強――いや。歴代最強ステイヤーになるためには、前人未到のステイヤーズミリオン完全制覇を成し遂げておかねばならない。その実績を引っ提げて初めて異論のない最強が生まれるというもの。ここは負けられないよ。

 

「よっし……行ってきますか」

「おう」

 

 気合を入れた私とトレーナーはグッドウッドのパドックに向かって颯爽と歩き出した。

 青々とした芝に囲まれたパドックに集まったウマ娘の数は14人。ゴールドカップで顔を合わせているウマ娘は、カイフタラさん、スイッチオンさん、チョコフォンデュさん、ブストアルシーツォさん、ジェイジェイザジェットバイシクルさんの5人。その他のウマ娘は新しい顔である。

 

 青空に映える白いテントが立ち並ぶパドック周り。ぎゅうぎゅうに敷き詰められた人集りの中、お披露目台とウマ娘に注目が集中していく。

 

『雲ひとつない快晴の下、グロリアス・グッドウッド・フェスティバルのメインレースであるグッドウッドカップのパドックが始まろうとしています。驚くべきことに、グッドウッドに集った観客の数はなんと50万人! レース場の外にいる人は今なお増え続けているとの情報があるため、正確な人数は不明ですが……それでも異常と言っていい集客でしょう!』

『ゴールドカップをきっかけにして、いよいよトゥインクル・シリーズのブームが巻き起こりましたからね。しかもこの長距離路線を中心にして。本当に凄いことです』

 

 興奮気味の実況解説は観客を煽り立て、更にボルテージを上げていく。そうして観客の興奮が最高潮に達した瞬間、最内枠のウマ娘がお披露目台に駆け上がった。

 

『――1番、ブストアルシーツォ。5番人気です』

『前走のゴールドカップではカイフタラとアポロレインボウに完敗という内容でしたが、地力の高さを考えれば十分上位入賞も狙えるでしょう。果たして巻き返すことはできるのでしょうか? 注目しましょう』

 

 ブストアルシーツォさんがその場でくるくると回り、観客に敬礼をする。仕上がりはバッチリで顔色も良い……が、絶好調ではなさそうだ。恐らく好調止まりと言ったところ。

 彼女もまた前走のゴールドカップで激しく消耗していたため、調整が完璧に進まなかったのだろう。トゥインクル・シリーズの日程を考慮すれば、あるレースで後続のウマ娘を限界以上に擦り潰すのは割とアリな作戦にも思える。そのレースを優位に進められることはもちろん、次回以降のレースに疲労を残させることができれば……長期的なメリットもそこそこ多いような気がするのだ。もちろん自分もキツくなるから諸刃の剣だけど。

 

 続々とウマ娘が紹介されていき、その度に歓声が上がる。

 私の枠番は6番とまずまずの位置で、いよいよその番が回ってきた。スタッフさんに呼ばれてステージ上に上がると、私は後方に控えたトレーナーに向かって羽織った上着を脱ぎ捨てる。そんな私の行動に対して四方八方から声が上がり、パドックは最高潮の盛り上がりに包まれた。あまりの声量に実況解説の声が一部聞こえなくなるほどだった。

 

『――6番、アポロ――ボ――1番人――す』

『今日一番の大歓声に包まれて、“芦毛の妖精”の登場です。前走のゴールドカップでは1番人気に応える劇的なレコード勝利を収め、今や世界で最も有名なウマ娘のひとりとなりました。宿敵のカイフタラとは1勝1敗となっており、ここで白黒つけたいところでしょう』

 

 緊張も気負いもない。しかし勝利への渇望だけは忘れていない。いつも通り走って根性で押し切るぞという脳筋思考が私を支配していた。いい加減ヨーロッパに適応した筋肉量もついてきた頃だ。いつも以上に力任せなレース作りだって不可能じゃない。

 私は勝負服の裾を伸ばしながら次の枠順のカイフタラさんにステージを譲る。すれ違う際に私を一瞥したカイフタラさんは、ステージに立つとマントを翻しながら青の勝負服を曝け出した。空に溶け込むかのような清涼とした格好の彼女は、拳を胸に当ててゆっくりと深呼吸を繰り返している。

 

『――7番、カイ――ラ。2番――気です』

『シニア級2年目、天才ステイヤーの登場ですね。前走ではアポロレインボウに食い下がっての2着となっており、スタミナ切れさえなければという内容でした。ゴールドカップから800メートルの距離短縮をされたグッドウッドカップではスタミナ切れの心配もありません。アポロレインボウの大逃げも射程圏内でしょう、私イチオシのウマ娘です』

 

 露出は少ないながらも、身体の仕上がりは素肌を見るまでもなく完璧だと分かった。シーズンを戦い抜く体力の備えがあるのはもちろんのこと、経験と管理に裏付けられたメカニズムによって調子管理も抜かりがないのだろう。

 ゴールドカップ以降に大崩れしなかったのは私と彼女だけ。エンゼリーちゃんやシーユーレイターちゃんは体調不良によりグッドウッドカップを回避し、ジェットバイシクルさんやブストアルシーツォさんは調子が悪いながらもこのレースに出走してきた。

 観察したところ、彼女達の身体の芯に蓄積された疲労が抜け切っていないようだった。連戦にも耐えられる頑丈な身体を持つカイフタラさんは、やはり私の前に立ちはだかる最強の敵なのだと自信を持って言える。

 

 そんなカイフタラさんの黄金の瞳は、パドック周囲のある部分を眺めていた。そこにいたのは王冠のウマ娘――オペラハウスさんと、見覚えのない小さなウマ娘だった。イェーツちゃんと同じくらいの身長で、まだ中等部にもなっていないくらい。

 もしかすると、あの子がカイフタラさんの妹ジージートップちゃんなのかもしれない。ゴールドカップの時は視界が悪くて分からなかったけど、きっとあの時も現地にいたのではないだろうか。

 

 それはともかく……レース直前に彼女達三姉妹が出会ってしまったのは少し嫌な感じがした。

 ウマ娘は想いを背負って走るもの。私の預かり知らぬところでカイフタラさんが激情を蓄えて、その気持ちをレースで発揮してくるのが一番嫌だ。こちらとしてはなるべく避けたい事象のひとつであった。

 

 パドックが終わると、私とカイフタラさんは睨み合ったまま無言ですれ違う。険しい表情の彼女からは、ゴールドカップとはまた違う覚悟が見て取れた。

 

 ……いよいよ栄光のグッドウッドカップが始まる。

 いつものようにスタートダッシュを決めて、カイフタラさんの猛追を凌ぎ切って押し切り勝利を収めるのだ。

 

『パドックが終わり続々とターフに駆け出していくウマ娘達! 今日ほど天候に恵まれる日はそうそうないでしょう、全員が気持ちよさそうに走っています!』

『ターフの様子は良好で、レースによって荒れた形跡もありません。足元の状態をほとんど気にせず走れるのではないでしょうか』

 

 パドックを終えて返しウマが始まった。遠くから見るコースの全景はまるで丘そのものであり、起伏の激しさで見えない箇所があるくらいだった。コースの大外には山のように盛り上がった地形があり――そもそもグッドウッドは自然の地形をくり抜いて作られたレース場なのだが――大挙して押し寄せたもののレース場に入れなかった観客の多くはそこにいた。

 グッドウッドレース場のコースは特殊な形をしており、直線に『8』の字を乗せたような一風変わった仕上がりである。グッドウッドカップは8の字の部分をぐるぐる回ってから直線を走るため、日本でよく言う右回りや左回りなどの区分に当てはめられないのが面白いところ。

 

 高低差は当然のように10メートル近くあるので、道中はずっと苦しみを味わうことになる。最後の直線は高低差がほとんど存在しないため、一度ホームストレッチに向けばそのままの勢いで駆け抜けられるだろう。

 広々とした丘を走って身体を温めてから、私達はゲートの前に集結した。次々にゲートインを終わらせていく14人。あっという間にゲートインが完了し、私は胸に手を当てて大きく息を吸い込んだ。

 

『14人のゲートインが終わりました。発走準備が完了し、いよいよグッドウッドカップが始まります』

 

 時間は待ってくれない。無慈悲に1秒1秒を刻んでいき、心を置いたまま進んでいく。どこか乗り切れない気持ちを孕んだまま、私は蹄鉄をグリップさせてターフに押し付ける。

 気合はノリに乗っているのだが、もう始まってしまうのかという気分だった。こんな気持ちは久々だ。初めてのG1――ホープフルステークス以来かもしれない。

 

 しかし、脳内に思い描いた勝利の方程式は完成されている。

 私は足裏に力を込めて蹄鉄を地面にグリップさせた。

 

『ステイヤーズミリオン対象レース、G1・グッドウッドカップが今――』

 

 ――実況の声がスローモーションに聞こえた。逃げウマ娘にとってスタートダッシュは生命線のひとつ。出遅れは絶対に許されないというプレッシャーと自負が、私の精神を加速させて極限の集中状態に追い込んでいるのだ。

 刹那、私の思考がゲート・オープンの瞬間を予知した。今まで外したことのない勘に基づいて、私は渾身の力で靴を踏み抜いて――

 

『――スタートしました!』

 

 ――スタート直後、グッドウッドレース場に悲鳴が響き渡った。

 私の身体はいつもの加速を見せないまま、スタートから最後方の位置取りに沈んでいったのだ。

 

『あ――っと!? アポロレインボウ出遅れた!! これは珍しい! 早くも大波乱の予感です!』

 

 場内は騒然となり、歓声というよりは動揺のどよめきが止まらない。

 ――そして、予想外の事態が起こったのは()()だけではなかった。

 

『気を取り直して先頭から見ていきましょう! 先頭は7番のカイフタラ! ――え? カイフタラ……?』

『か、カイフタラが逃げてますよ……?』

 

 好位置からするすると抜け出したカイフタラが、まるで大逃げする私のようなスピードで先頭をひた走っていたのだ。

 

 私が後方でカイフタラが先頭という異常事態のまま、レースは止まらずに進んでいく。グッドウッドを取り巻く混乱の中、誰も予想できない波乱が待ち受けているのは火を見るより明らかだった。

 

 

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