ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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130話:夢の証明

 

 ――ヨークシャーカップ、1着。

 ――ゴールドカップ、1着。

 ――グッドウッドカップ、1着。

 

 ステイヤーズミリオン完全制覇まであと1勝、残るレースはロンズデールカップだけ。アポロレインボウのトレーナーたる桃沢とみおは、最後の一冠の舞台であるヨークレース場のスタンドに緊張した面持ちで立っていた。

 

(あぁ、やばい。緊張する。アポロより緊張してるかもしれん)

 

 桃沢はポケットに手を突っ込んだり、意味もなく携帯電話の電源を点けたり消したりしてしまう。

 今日のG2・ロンズデールカップは陣営にとって特別な意味を持つレースだ。世界初のステイヤーズミリオン完全制覇が懸かっているだけではなく、ライバル不在の独壇場という評価によって圧倒的な1番人気に支持されているのだから。

 

 ――G1・グッドウッドカップの余波は凄まじいものであった。

 まずカイフタラが激しい消耗の末、回復が見込めないということでロンズデールカップを回避。その結果ステイヤーズミリオン最後の冠に挑む『長距離三強』はアポロレインボウ1人となった。

 しかし、エンゼリーやカイフタラを破った彼女に挑もうとするウマ娘はほとんどおらず――G2・ロンズデールカップはたった4人で施行されることになったのである。

 

 世間一般の評価は既にアポロレインボウ一強だ。早くも彼女は最強ステイヤーの称号を欲しいままにし、今日集まった観客も彼女の勝利を疑っていない。

 このロンズデールカップはある意味約束された舞台とも言えた。

 

『ヨークレース場に集った30万人の観客が、返しウマを始める4人のウマ娘達に拍手喝采を送ります! 通路から飛び出したアポロレインボウに対して注がれる期待の声は鳴り止むことを知りません!』

 

 ロンズデールカップの舞台であるヨークレース場は、G2にも関わらず史上最高の入場者数を記録した。その数30万人。この混雑で通路や観客席は身動きが取れないほどになり、トイレにさえ行けないファンが続出する事態となっている。

 拡張されたはずのグッズ売り場は速攻で売り切れとなったが、もぬけの殻となった店から出られる余裕もない。ほとんどの観客はスタンドに入ることなく、実況や歓声のみを聞いてレースを終えることになるだろう。

 

 芦毛の少女に出した指示は『いつも通り走ること』。カイフタラもエンゼリーもいないこのレース、はっきり言って彼女に並び立つ相手は存在しない。余程の事故が起こらなければ高い確率で1着を取ってくれるだろう。

 しかし、レースに絶対は存在しない。終わってみるまで結果は分からない。三冠確実と言われたウマ娘が最後の一冠を取り損ねたり、圧倒的1番人気を下して最低人気のウマ娘がジャイアントキリングを起こしたり――運命の悪戯は確実に存在するものだ。

 

 雲のような不安は晴れない。トレーナーはヨークレース場を元気に走り始めた少女に対して、必死な視線を送ることしかできなかった。

 

(いつも通り……いつも通りだぞアポロ! ステイヤーズミリオン制覇まであと1勝! こんな機会は滅多にあるもんじゃない! 俺達の夢は今ここで! 一発回答で掴み取るんだ!!) 

 

『体操服姿のアポロレインボウ、気持ち良さそうに返しウマを行っています。威風堂々、非常に落ち着いていますね』

 

 そんな彼の心配を露知らず、あまりにも普通に振る舞う芦毛の少女。笑顔はなく闘争心に溢れた顔つきだったが、観客や世間がかけるようなプレッシャーとは無縁の様子だった。

 こうなると、どっちが走る方なのか分からない。何故ウマ娘よりトレーナーの方が緊張しているのか、情けないような心強いような複雑な心境である。

 

 そうして観客席の最前列で唇を結ぶ桃沢の下に、人混みを掻き分けて3人のウマ娘が近づいてきた。ルモス、ダブルトリガー、イェーツの3名である。

 

「やぁ、ミスター桃沢。調子はいかが?」

「あー、この人混みじゃなければ最高かな」

 

 軽い調子で手を振ってきたルモスに返答する桃沢。関係者用のスタンド席にいるはずなのだが、30万人の一般客に押されて関係者席が小さくなっているような感じがする。

 

「アポロはステイヤーズステークスで私と戦った時よりも大きくなったな。精神的にも肉体的にも」

「特にお尻が大きくなったかも」

「うちのアポロは毎日走り込んでるからね。そりゃトモは大きくもなるでしょうよ」

 

 ルモスと桃沢トレーナーが割とまずい発言をする向こうで、スタート地点に走っていくアポロレインボウ。G2レースに似合わない期待と歓声を背負って、ふわふわボブカットの少女は尻尾を揺らしてゲート前で立ち止まった。

 

 勝負服でステイヤーズミリオン完全制覇を達成する瞬間を見たかったものの、体操服で偉業に挑むのもまた乙なものだ。

 2人の物語はメイクデビュー、つまり体操服を着た状態から始まったのだから。夢が叶う瞬間もまた体操服、というのは感慨深いものがある。

 

 まだ勝利を手にしたわけではないが、隣で観戦する3人の顔はアポロレインボウの勝利を疑っていない様子。彼女達に引っ張られて口元が綻びそうになるものの、そこは何とか堪える。

 彼女の実力と勝利を信じて早くも喜びに身を任せるか、それとも万が一のことを考えて身構えているか。トレーナーとしてどちらの自分が正しいのかは分からない。しかし皐月賞やグッドウッドカップのような予想外が起きる方が恐ろしくて、彼は口元をきつく結ぶのだった。

 

 たった4人のゲートインが始まって、いよいよ3300メートルG2・ロンズデールカップが幕を開ける。

 

『4人のウマ娘がゲートに収まって、G2ロンズデールカップが今――スタートしました!』

 

 縋るような桃沢の思いとは裏腹に、あっさりとレースは始まった。冷えた手で心臓を鷲掴みにされるような不快感が襲い、視界が薄ぼんやりと闇を帯びる。

 いつまで経っても慣れないこの感覚。メイクデビューのトラウマか、或いは現実感の無さによる意識の希薄化か。

 

(うぅ……アポロ……!)

 

 ずっとずっと一緒に居た。少女の心に寄り添って、背中を押して、時には厳しい言葉をかけた。ひとりの少女の青春を過酷なトレーニングとレース漬けにしたのは桃沢自身の選択だ。

 あまりにも辛く険しい道を諦めさせて、()()を歩ませることもできたはずだ。トゥインクル・シリーズでそこそこの結果を残して、夢は叶わなかったけれど充実はしていた――そんな現実的なプランへ移行することだってできたはずなのだから。

 

 そんな迷いを振り払って、彼女を苦難の日々に飛び込ませたことが正しい道であったと……その勝利を以て証明してほしい。芦毛の少女にかける想いとはまた別に、大人として正しく導くことができたのか不安な自分がいて。このロンズデールカップでそんな迷いを粉々に打ち砕いてほしいのだ。

 

『スムーズなスタートダッシュを決めたのはアポロレインボウ! グッドウッドの二の舞は二度とごめんだと言わんばかりの好スタートです!』

 

 桃沢の心配の中、4人のウマ娘がバラバラのスタートを決める。先頭を切り開いたのはアポロレインボウ。その他2番手3番手も好スタートをしたが、ゲート・オープンに全てを賭けているアポロには敵わない。

 グッドウッドカップの出遅れもあってか、ロケットスタートを決めた1番人気に歓声を上げる30万人のファン。桃沢の不安は打ち消され、どんどん差を開いていく彼女の姿に釘付けになった。

 

 スタートさえ完璧なら、彼女の大逃げを止められる者は誰もいない。

 圧倒か、蹂躙か。最強ステイヤーを目指す妖精が翼を広げ、その背中を見せつけていく。そして、どこまでも遠ざけていった。

 

「……すごい」

 

 誰かが呟く。実況が何かを叫んでいたが、トレーナーの耳には入ってこなかった。

 人間、本当に凄まじいものを見た時は言葉を失うらしい。まさに()()だった。全ての観客が、激走する少女を前にして呆然と立ち尽くしている。

 

 刻む。3300メートルの大レコードペースを。

 後続を引き離し、序盤800メートルで早くも独走態勢を形作っていく。

 

 最初の400メートル通過タイムが22秒8、800メートル通過タイムが45秒6、1200メートル通過タイムが1分10秒1という超ハイペース。あまりのハイペースに耐えられなくなった2番手3番手のウマ娘の足取りが、1600メートル時点で怪しくなってくる。

 かといって、大差をつけられた4番手のウマ娘がアポロレインボウに追いつけるかと問われると――それは不可能のように思える。30身ほども開いた差に加えて、加速し続ける大逃げウマ娘相手には分が悪すぎた。

 

『アポロレインボウが破竹の逃げで先頭をキープしている! しかし2番手3番手の娘は早くも足色が鈍っているぞ!?』

 

 残り1300メートルを切った時点で、大半の観客が彼女の勝利を確信する。それほどのレースぶりだった。

 レースに絶対がないことを嫌というほど知るトレーナーやルモスでさえ勝利を疑わない。疑えないほどの差だった。絶好調のアポロレインボウが、残り1300メートル時点で30身の差をつけて先頭――しかもたっぷりと余力を残していると来る。これまでの実績、そしてその先に待つ最強ステイヤーの夢という背景も相まって、誰もが勝ちを信じてしまうのは仕方の無いことと言えた。

 

『アポロレインボウが大差をつけて最終コーナーを曲がる! 2番手との差はもう数えられないほど遠のいている! 最終直線を前にして確信めいた歓声が巻き起こっているぞ!』

 

 1年以上前からアポロレインボウのことを見てきたルモス、引退レースの長距離重賞で火花を散らしたダブルトリガーは、それぞれの想いの中でレースを眺めていた。しかして、2人の根底は同じだった。

 長距離レースの隆盛が戻ってきたのだ。狂おしいほどに追い求め続けたステイヤーの時代。たとえこの熱狂が一過性だとしても、誰もが胸に迫るものを感じているはずだ。絶対に絶やしてなるものか。この身を焦がすような興奮を永遠のものにしてやる。30万の観衆の中、2人は万感の思いを胸にアポロレインボウの走りに魅せられていく。

 

『残り1000! 最終直線に入った!! 先頭は変わらずアポロレインボウ!! 余力を残したまま、ただひとりだけ前を向いて、そして――勢いのままスタンド前を駆け抜けていくっ!! 強烈な二の足!! もう誰も追いつけないっ!!』

 

 最終直線に入って、30万の歓喜に包まれるヨークレース場。4()()()()()()の如き末脚を解き放って、無慈悲で美しいラストスパートに入る。

 鍛え抜かれた身体が、見る者全てを魅了する疾走(フォーム)で躍動していた。

 

 誰も追いつけない。追いつけるはずがない。芦毛の髪が、尻尾が、太陽の光を受けてきらきらと光っている。アメジストの瞳が闘志を宿し、勝利へ向けられた激情が端正な顔を崩す。剥き出しで、ありのままの姿で走っている。

 誰もが勝負服姿の妖精を幻視した。しかし、そこにあるのは跳ねた土汚れを含んだ白い体操服と、ゲート番号を示すゼッケンだけ。足元だって、履き慣れて汚れの目立つシューズがあるだけだ。

 

 主観的に『観た』ものを現実とするならば、少女の放つ熱量が現実を変えてしまったのだろうか。それとも、実のところ彼女は勝負服を着てレースに臨んでいるのだろうか。

 果たして、生物の限界を超えた超越的な姿はかくも美しい。

 

 既にトゥインクル・シリーズを引退した2人のウマ娘は、その歓声の中心で走る少女に少し嫉妬してしまう。引退レースで心を救われたダブルトリガーでも、「30万人に迎えられて最終直線を独走するのはズルいんじゃないか」と思ってしまうほどだ。

 この人気を勝ち取ったのはアポロレインボウ自身だから、文句を言う筋合いなんてどこにもないのだけれど……それでも、生でこの場所に立ち会えてよかったと思った。次は現役のウマ娘としてではなく、トレーナーとして歓声の中心に立とう。或いは、ウマ娘達が輝ける舞台を支える善い裏方であろう。2人はそう思いながら拳を振り上げて芦毛の少女を応援するのだった。

 

 アポロレインボウのファンであるイェーツは、無我夢中になって彼女の背中に声援を送っていた。自分も彼女のように強くなりたい。大歓声の中で大レースに勝利したい。ファンであるからには、生で栄光の瞬間を目に焼き付けたい。いつかはあの背中を捕まえたい。そんな熱い想いのままに、イェーツは柵に齧り付いて身を乗り出した。

 彼女達3人だけではない。ロンズデールカップを見届ける30万人の観客は、思い思いの夢を乗せて芦毛の妖精に精一杯の声を送っていた。

 妖精の羽に力を与えるのはみんなの想いだ。積み重なった感情が少女の走りを形作っている。

 

 この世界はアポロレインボウひとりで形作られたものではない。彼女を支える家族や知人、URA関係者――そして、同じターフを駆け抜けたライバル達のおかげで、長距離界の隆盛が戻ってきたのだ。

 

『残り400! 後ろからは(なん)にも来ない!! まさに独走――歴史に残る独走だ!! 2番手との差は35――40身はある!! これはもう決まったか!!』

 

 残り400メートル。アポロレインボウ以外の3人は良いレースをしていた。ただ……相手が悪かったとしか言えないだろう。

 芦毛の妖精はレコードペースを優に超えて、孤独な旅を続けている。そして、30万人の拍手喝采が彼女を孤独から救い上げた。誰もがその時を望んでいた。

 

『残り200メートル!! 芦毛の妖精が並み居る強豪を押し退け、ステイヤーズミリオン最後の一冠を――今――!!』

 

 満願成就の時。

 最強ステイヤーを決定づける運命のレースが、終わりを告げた。

 

『――ゴォォーールッッ!! ロンズデールカップを勝ち取ったのはアポロレインボウッ!! 世界初となるステイヤーズミリオン完全制覇の偉業達成!! 数多のレコード勝ちを重ね、強力なライバルを捩じ伏せ!! 文句なしの“最強ステイヤー”となりましたぁっ!!』

 

 ヨークレース場の空気が弾ける。ぱちぱちと火花を散らして、青空が爆発しているようだった。誰もが我を忘れて、歴史的快挙に大声を上げている。あちこちに祝福の言葉が飛び交っていた。

 

(……アポロ――)

 

 トレーナーは声を上げることすらできなかった。唖然として立ち尽くすばかりで、ターフビジョンを見るべきか、それとも減速している担当ウマ娘を見るべきか、それすらも分からなくなっていた。

 現実感がない。アポロ。アポロレインボウが勝った。自分がずっと担当してきた唯一無二のウマ娘。間違いない。でも、ステイヤーズミリオン完全制覇? 最強ステイヤー? 本当に? そんなうれしいことがあっていいのか? わからない。もし本当なら、自分達は世界一の幸せ者ではないか。

 

 後ろの席にしなだれかかるように脱力するトレーナー。何故力が入らないのかは分からない。そんな彼を置き去りにするように、ゆっくりと向きを変えたアポロレインボウがスタンドを前にウイニングランを開始した。

 

「…………」

 

 少女はボロボロだった。上辺だけを見れば圧勝だが、彼女が全力を出し切ったからこその結果だったのだ。

 

『おっと――コールです! どこからともなく、()()()()()()が巻き起こっています!!』

『これは――あぁ……素晴らしい光景ですね。しかもG1ではなくG2レースで……数年前なら考えられなかったですよ』

『えぇ。アポロレインボウがトゥインクル・シリーズの歴史に新たな1ページを刻みましたね!』

 

 満身創痍の少女が行うウイニングランに、ヨーロッパで初めて聞かれる『アポロ・コール』が巻き起こっていた。柵沿いに陣取り、長い時間レースを待っていたファン達の感情溢れるコールは、いつしかその場にいた老若男女を巻き込んで大きなうねりとなって広がっていった。

 誰であろうと関係なかった。ただそこにあるレースに感動し、心を打たれ、熱狂に身を任せている。誰もが目を輝かせて、たった1人の少女に注目していたのだ。

 

 歓喜の中心で手を振る少女に、桃沢は無感情な視線を向けていた。間違いなく嬉しい。嬉しいはずなのに、現実感がない。これは夢だ。本当に現実なのか?

 嬉しさが振り切れて何も感じられない。割れんばかりの大歓声の中、ひとりだけ檻の中に取り残されてしまったような気さえする。

 

 そして、孤独に取り残された景色の中――ごった返したスタンドに振り向く少女の姿があった。誰かを探している。誰を探しているかなんて明白なはずなのに、彼は他人事同然に見守るしかない。

 少し不安げな眉元。溢れそうな感情を目尻に浮かべて首を振る少女。そんな彼女と目が合った。身体全体で飛び跳ねながら手を振って、小さな口を大きく開いて、何かを叫んでいる。だが地響きのような歓声の中で何も聞こえない。

 もどかしくなったのか、こちらに向かってくる。ウイニングランを終えるまでは澄ました笑顔だったのに、ぐしゃぐしゃに歪んで決壊しそうではないか。

 

 ルモスやダブルトリガーに背中を押されて、柵を隔てた最前線にやってきた。首が据わらない。歓喜に拳を突き上げても良いはずなのに、まだ置いていかれている。

 ターフビジョンいっぱいに映る愛おしい笑顔。彼女は透明な雫を溢れさせながら、自分を見ていた。目の前だった。

 

「……! …………!」

 

 ぴょんぴょんと小刻みにジャンプしながら、目前の柵に齧り付く芦毛の少女。聞こえない、夢うつつに呟くと、感極まった彼女が首元に縋りついてきた。

 

「勝ったよ! 私達勝ったんだよ!」

 

 勝った。その言葉を他ならぬ彼女自身から聞いた瞬間――全身に鳥肌が立った。

 本当に、念願叶ってロンズデールカップを制し――ステイヤーズミリオンを完全制覇したのだ。何秒も遅れた歓喜が身体中を駆け巡り、耐えられぬほどの熱量が眉間に集まってきた。反射的に堪えようと力を入れた。だけど、首元で泣きじゃくるパートナーを前にして、すぐに堪えきれなくなった。鼻の奥をつんと突き上げる感情。溢れ出して、止まらなくなる。

 

 しかし最も嬉しかったのは――ずっと願い焦がれていた夢が叶ったことではなく、むしろ彼女と顔を見合わせて抱き合った瞬間だった。

 大衆の注目が降り注ぐ中、2人は揃って涙を流した。胸の奥から突き上げる激情に任せて大声を上げた。

 

 世界の全てが2人を祝福していた。今この瞬間だけではなく、積み重ねてきた過去さえも背中を撫でてくれているように感じた。

 至近距離で視線を交わして、再び涙する。頑張ったね。頑張ったよ。ありがとう。おめでとう。そうやって声をかけ合うだけで、更に感情が溢れ出してくる。止められなかった。

 

 夢を叶えた2人に対して、世界は優しかった。温かい拍手が降り注ぎ、2人を包み込んでいく。

 その中心で喜びを分かち合う2人は、しばらくの間勝利の余韻に浸るのであった。

 

「……ねぇ、とみお」

「……どうしたの?」

「私、幸せだよ」

「……あぁ。俺もだよ」

「あなたで良かった」

「君で良かった」

「同じこと言ってるじゃん」

「……同じこと、考えてたからね」

「……まあね」

 

 こうしてロンズデールカップが終わり、人の少なくなったヨークレース場は、いつもと同じ静かな姿を見せていた。

 まっすぐ帰路についた人達も、イギリスの街並みに消えた人達も、画面の前で勇姿を見届けた人達も……それぞれが思い出深いロンズデールカップとなった。

 

 

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