ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
ロンズデールカップを制覇して、しばらく。
いつでも第一人者というのは特別な価値を持つらしく、世界初のステイヤーズミリオン完全制覇ウマ娘となった私の元には、今まで以上のお仕事や依頼が舞い込んできた。
1ヶ月半後のカドラン賞に備えるために、全ての仕事は受けられなかったけど……ニュース番組とかバラエティー番組に出たり、あとは結構歴史のある雑誌の表紙にしてもらったり……さらなる人気向上のために私は頑張った。
……その結果、頑張りすぎて若干ガス欠になりつつある。レースもメディア出演も手を抜かなかったら、そりゃそうなるよねって感じだ。まぁ今すぐ倒れる! っていうスケジュールじゃないから良いんだけど、この生活が今後2年3年続くと流石の私も怪しくなってくるかな。
お正月の福引きで温泉旅行券を当てていたので、最近の私はとみおと顔を合わせる度に「来年の初めに温泉旅行に行きたい」「一緒に温泉旅行」「オンセン」と呟く機械と化している。
温泉には疲労回復の効果があるからね。マッサージや睡眠では取れない、身体の芯に溜まった疲れを癒してくれるらしい。別にとみおと2人きりで旅行したいわけじゃないからね。勘違いしてもらっちゃ困る。
そして、つい先日。とみおだって疲れてるでしょ、ってな感じでいつもの様におねだりしてみると、案外あっさり彼は折れてくれた。妙に深刻な感じだった。
「分かった。来年の頭に温泉旅行に行こう」
「え、いいの?」
「当然だよ」
「やった!」
「とりあえず今年はカドラン賞と有馬記念を頑張ろうね。温泉旅行でゆっくり疲れを癒して、それから今後のことを話し合おうか」
「はぁい」
大逃げという脚質は、長く走るのに適さない作戦だと思う。精神も競走寿命もごりごり削られてる感じはするけど……あと1年くらいなら全然このまま走れそうな気がする。そんなに深刻に捉えなくてもいいのになぁ。
「あ、そういえばさ。ステイヤーズミリオンを完全制覇したってことで、君がカルティエ賞の表彰を受ける可能性が高いんだってさ」
「ほんと? 最優秀ステイヤーの部門かな?」
「そうそう。長距離G1を2勝、しかもレコード勝ち連発と来たらもう……ね。余程のことがない限りは当確だと思うよ」
「ひょえ〜」
思わず、あほあほな声を上げてしまう。確かに私にインタビューしに来た記者のほとんどが、ヨーロッパの年末表彰であるカルティエ賞最優秀ステイヤーを受賞できる可能性が高いと言っていた。
受賞式は確か11月。このまま行ったらグリ子とエルちゃんも受賞するかもしれない。でも、日本に帰国するのが遅れるのは困るなぁ。嬉しい悲鳴ってやつだ。
「ヨーロッパの年度代表ウマ娘も取れるかな?」
「……う〜〜〜〜〜〜ん、…………分からん。凱旋門とかチャンピオンステークスを勝ったら確実だろうけど、そっち路線に行く気はないからなぁ……」
「でも私めっちゃ可愛くて人気高いよ?」
「カルティエ賞の選考基準には関係ないかな……」
「え〜」
ヨーロッパの年度代表ウマ娘は無理だとしても、カルティエ賞最優秀ステイヤーを当確って割と大事なんじゃないだろうか。何なら2ヶ国の同時受賞も有り得たりして!
……あ〜でも、国内レースは天皇賞(春)しか勝ってないんだった。じゃあ流石に無理かな? 有馬記念を勝ったら国内G1を2勝だから、仮に勝てたなら可能性としては全然あるけど……。
「2ヶ国同時に年度代表ウマ娘……なってみたいなぁ」
「……俺も期待してはいるんだけど、デビューした時期が悪すぎたな。日本だけに絞っても、1個上にはサイレンススズカ、同世代にはスペシャルウィークにグラスワンダー、キングヘイローにセイウンスカイ、エルコンドルパサーにハッピーミークにグリーンティターンに……役者が多すぎる」
「日本国内の選考基準によっては……いや無いか」
「分からんなぁ。うん、分からん」
「とりあえずカドラン賞と有馬記念だね」
「そうだな」
国外成績で言ったら、ヨーロッパの私とエルちゃんとグリ子、アメリカのミークちゃんとスズカさんがヤバいことになっている。ミークちゃんはダート短距離~中距離で連戦連勝、スズカさんは芝のマイル中距離戦で負け知らず。ハッピーミークとサイレンススズカの名は海を越え、遠いアメリカの地で私とはまた別のフィーバーになっていると聞く。
2人とも
ヨーロッパ組もアメリカ組に負けてない。エルちゃんは当然のようにフランスG1を勝ちまくり、残すは夢の凱旋門だけという状況。グリ子は短距離マイル路線で実力を遺憾無く発揮し、目標をクイーンエリザベス2世ステークス(G1・1600m)に決めたらしい。しかも事前予想で1番人気……逆にグリ子を負かしたタイキさんやエルちゃんがヤバいわ。
まぁ私だって全然負けず劣らずだと思うけどね。ドバイは負けたものの、ヨーロッパなら今のところ負け無しで4戦4勝だし。G1を2勝してステイヤーズミリオン完全制覇してるし。最近グリ子が「有馬記念の距離でもアポロちゃんには勝てるよ」なんてイキり始めたけど、今の私はガチのマジで世界最強クラスのステイヤーだ。短距離マイラーのグリ子にゃ負けないよ。
そしてアメリカヨーロッパは言うまでもないが、国内路線もヤバいことになっている。同世代のシニア級1年目ならスペちゃん、グラスちゃん、キングちゃん、セイちゃん、ジャラちゃん、遅れてきた大物・ツルマルツヨシちゃんなど。
シニア級2年目ならフクキタルさんにメジロブライトさんがいるし、クラシック級にはオペラオーちゃん、アヤベさん、トップロードさん、最近調子の良さそうなドトウちゃん等々――
今のところ有馬記念の有力所はこんな感じか。
一応纏めると――
シニア級2年目からは、サイレンススズカ、マチカネフクキタル、メジロブライトなど。
シニア級1年目からは、アポロレインボウ、スペシャルウィーク、グラスワンダー、セイウンスカイ、キングヘイロー、エルコンドルパサー、ジャラジャラ、ハッピーミーク、ツルマルツヨシ、一応グリーンティターンなど。
クラシック級からは、テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードなど。
うーん、なるほどぉ……。
この世の終わりかな?
絶望か希望か。カドラン賞やその先のグランプリなど、先々のことを見据えつつ9月を終えて、迎えた10月初週。
「カドラン賞まであと1週間かぁ……早いなぁ」
「日本みたく夏休みシーズンがないから、色んなレースが詰まってるよね。その代わりにヨーロッパは10月から3月まで長いオフがあるけど」
さて、10月1週の現在、カイフタラさんの復帰戦であるG2・ドンカスターカップに加え、エンゼリーちゃんの復帰戦のG1・アイルランドセントレジャーが終わっていた。
結果は2人とも圧勝。流石に長距離三強と呼ばれるだけあって、他の追随を許さぬ完封劇であった。
カドラン賞の事前予想で私が1番人気なのは変わりないが、やはり上位を占めるのはこの3人という評価は揺るがないらしい。私達3人とその他のウマ娘とでは人気に大きく差がある。
その期待に添えるように、また頑張らないといけないな。私とトレーナーは今日もスタミナトレーニングに精を出した。
――そして、その夜。隣室のカイフタラさんに呼び出された私は、成り行きでシャンティイの森の中を散歩することになった。
「こうして2人きりでお出かけする機会も増えてきましたね」
「妙な言い方をするな。今回はたまたまだ」
「またまた。あの模擬レースの辺りから誘ってくることが増えたじゃないですか」
「……オレが勝った模擬レースのことか?」
「むっ……何ですかその言い方は。公式戦じゃ2勝1敗で勝ち越してるんですけど〜」
「模擬レースを合わせたら2勝2敗、だろ? 調子に乗るな」
「え〜! そりゃないでしょう!」
「文句があるならもう1回やってもいいんだぜ」
「いや、本番1週間前ですって……」
私とカイフタラさんは、パジャマの上に上着を羽織って森の中にいた。10月に突入したということで、秋の夜風も少しだけ寒く感じられる。空には満天の星が広がっており、否が応でも気分を高めてくれた。
「……それもそうか。楽しみは本番に取っておく、という手もあるしな」
「うーん、この脳筋ウマ娘……」
「何か言ったか?」
カドラン賞の同週には凱旋門賞も施行される。この重賞集中開催期間は、日本で所謂『凱旋門賞ウィーク』として有名なわけだが――今年ばかりは『カドラン賞ウィーク』と呼ばれるくらいには長距離路線も注目度が高かった。
この注目度を引き出したのは、もちろん
ドンカスターカップにて大差勝ちを収めた彼女は、勝利者インタビューでこう言ったのである。
――オレの次走はカドラン賞だ。アポロ、エンゼリー、そして全てのステイヤーよ……そこで再び“最強”を決める戦いをしよう。
もちろん、ただの最強決定戦じゃない。史上最強、歴代最強のステイヤーを決める戦いだ。歴史に名を残し、永遠の存在になりたいなら……カドラン賞で全てをぶつけ合おう――
元々ビッグマウスというか、やけに堂々としたところのあるカイフタラさんだったけど、この時の煽りっぷりは例を見ないほどだった。
重賞にて大差勝ちを収め、その後に行った勝利者インタビューだ――普段以上に注目される場面だったはずであり、そんな場所で大胆な宣言をしたことで、カドラン賞は更に注目を浴びるレースになったのである。
この熱い宣言に応えたのは、既に次走として予定を組んでいた長距離三強の面子と、ゴールドカップにて火花を散らしたジェイジェイザジェットバイシクルさん、ブストアルシーツォさん、チョコフォンデュさん、サイレントジョーカーさん、シーユーレイターちゃん、スイッチオンさんなどなど。まさに『超長距離の有馬記念』とも言える豪華なウマ娘達が出走を表明したのである。
元々ヨーロッパを代表するステイヤーであるカイフタラさんは、この一件で完全に『欧州総大将』的な立ち位置になったらしい。大差勝ち直後の発言ということもあり、「やっぱりカイフタラが欧州最強ステイヤーだ」「今の彼女ならアポロを倒せるかもしれない」という声が高まりを見せている。
ちょっと寂しいけれど、こっちの人からすれば私は外国のウマ娘なので、地元(?)贔屓になるのは仕方ないね。
「それにしても、ロンズデールカップはすまなかったな」
「?」
「本当ならステイヤーズミリオンには皆勤する予定だったのに、オレの都合で回避してしまった」
「いや、そんな。それを言ったら、私も“英国長距離三冠”対象レースのドンカスターカップをスルーしましたから。おあいこです」
「……アイルランドセントレジャーも回避してしまったし……エンゼリーにも悪いことをした」
「……もしかして、体調が万全だったら今挙げたレースに全部出る予定だったんですか?」
「……当たり前だ。オレの中にある“最強”は少し前時代的でな――過酷なローテーションをこなしてこそ、という考えがあるのさ」
「いやいや、無茶ですって」
いくら過酷なローテーションで走ろうと言ったって、8月1週G1グッドウッドカップ→8月4週G2ロンズデールカップ→9月2週G2ドンカスターカップ→9月3週G1アイルランドセントレジャー→10月2週G1カドラン賞、のローテーションは周りが許してくれないでしょ。
イギリス・アイルランドを跨いで連戦とかオグリキャップもびっくりだよ。そもそも長距離戦は消耗が激しいんだからもっと自分を労らないと。お互いに。
そうして「流石に無理でしょ」という態度を取る私に対して、カイフタラさんの表情は嫌に真剣だった。
「……今、世界最強のステイヤーは間違いなくお前だ」
「え、あぁ……ありがとうございます?」
「お前と対等に渡り合うためには、それが1番の手だと思った。過酷なローテーション、常識破りの連戦連闘を超えて、昇り龍になったオレがその集大成としてお前を打ち倒す――このシナリオで皆が抱く“
「でも、そんなことしたら身体が……」
「身体を気にしてどうする。
「…………」
「アポロ、お前だってそうだろう。1度きりの人生でより強く輝きたい――永遠に歴史に残るような存在になりたいと思ったら、どうしても
「……それは」
彼女へ向けた諌めの言葉が、自分自身にそのまま返ってくるようだった。夢を叶えるため、永遠を叶えるため、形振り構わず命を燃やして駆け抜ける。後悔の気持ちすら吹き飛ばすような熱量は、私が走ってきたトゥインクル・シリーズの軌跡にぴったりと当てはまるのだ。
「常識破りのローテを勝ち抜いてお前に挑戦……って計画は叶わなかったが、この流れを作り出せたなら上出来さ。ドンカスターを制した勢いのままに、今、ここで、彗星のように輝きを放って……全てを使い果たしてお前に敗北を叩きつけてやる」
彗星の輝きは刹那。その光は、超高速で空気と摩擦することによって生まれる。つまり彗星の光は、己の存在を燃やす代償として放つ輝きと言って差し支えない。
まるでウマ娘。速く走れば走るほど、終わりが近づいていく。己の存在を糧に生まれた速度が、炎のように燃えて人々を惹き付ける。
どれだけ足掻こうと、その炎は尽きてしまうのに――
されど私達は、その光が記憶の中に永遠に刻まれる存在であることを願っている。
著しい矛盾。でも、その考え方には嫌というほど共感してしまう。
誰もが最強を目指してトゥインクル・シリーズに飛び込んだだろう。しかし、その中でぶち当たる壁の高さを痛感して、その多くは身の丈にあった走り方や生き方を学んでいくのだ。
彗星になれず、尽きるウマ娘もいる。彗星になろうとして、消えるウマ娘もいる。
――だから。
G1という舞台で。
最高のメンバーが集ったレースで。
世界中が注目する舞台で――我武者羅に走ることを許された私達は。
そう、思ってしまうのだ。
記録にも記憶にも残るであろう1戦を走ることのできる私達は、この上なく恵まれているだろう。
ならば、身を任せてはどうだ。この戦いで燃え尽きても良いのではないか。二度とない戦いなのだから。
そんな感情に囚われてしまうのだ。
きっと間違いじゃない。
トレーナーに言ったら怒られるだろうけど、こういう気持ちを持つウマ娘は多いはずだ。
レースには絶対に勝ちたい。勝ちたくないレースなんてない。
でも、その中に……とてつもなく負けたくない、絶対に絶対に勝ちたいレースがある。このカドラン賞はそんなレースなのだ。
ゴールドカップも負けられないレースだったが、シーズン最後の長距離戦にしてゴールドカップ以上のメンバーが揃った戦いとなれば――
しばし火花を散らしていると、ふっと清涼な風が辺りを吹き抜けた。彼女は表情を少しだけ柔らかくすると、倒木に腰掛けて私を隣に誘う。
「……カドラン賞が終わったら今年のシーズンはもう終いか。1年を通して10回未満のレースしか走っていないのに……ワンシーズンがこんなにも濃密に感じたのは初めてだ」
「どうしたんですか、急に」
「いや。ふとドバイでお前と初めて会った時を思い出したんだ。気持ち的には100回くらい戦った気分だったのに……案外お前とは戦ってないな、とも思ってた」
「確かに。模擬レース含めてやっと5回ですもんね。あ、今思い出したんですけど。ドバイの時のカイフタラさん……かなり尖ってましたよね」
「おい……言うな。あの頃のオレの言動は色んな意味で黒歴史なんだ」
くすくすと笑うと、カイフタラさんは耳を赤くして私の肩を小突いてくる。苦笑いの中に心地よさそうな微笑みが混じっていた。
半年前に比べると、カイフタラさんはよく笑うようになった。エンゼリーちゃんの明るさもあって、結構可愛いめの笑顔を見せてくれることも多い。笑顔の写真をSNSにアップしようとしたらブチ切れられたけど、そういう面を含めて心の壁がなくなった印象がある。
今考えると、ドバイゴールドカップの辺りは相当荒れてたわ。
今が草原だとしたら、あの頃は砂漠だ。ツンツンとかいうレベルじゃなかった。
「何故あの頃のオレが荒れていたか、お前には言ってなかったか」
「ええ、まぁ」
「オレには姉貴がいてな。その姉貴が随分昔にキングジョージを勝ったんだ。その時の盛り上がりといったら凄まじくて、トゥインクル・シリーズ挑戦を控えた当時のオレには鮮烈に映った。しかし、元々ステイヤーを目指そうと思ってたオレは、そこで見た理想と長距離路線の現実とのギャップを感じて擦れちまったわけだ。恥ずかしい話だよ」
カイフタラさんのお姉さんはオペラハウスさんといって、この前会ったことがある。シニア級の時にG1を複数回制した名ウマ娘で、テイエムオペラオーちゃんのこともご存知らしい。
……話を戻すと、適正距離ごとに分別がされるようになった結果、どうしても長距離路線が衰退するのは仕方の無いことだったのだろう。長距離路線から中長距離路線に移行することは簡単でも、中長距離路線から長距離路線に鞍替えするのは難しいからね。距離上限が4000メートルまで存在するヨーロッパなんて尚更である。
「…………」
「…………」
話題が転々としたところで、お互いに無言になる。しばらくして、彼女の黄金の瞳がこちらを向いた。
「愛してるぜ、アポロレインボウ」
「急に告白ですか? まぁ、私も好きですよ」
「……カドラン賞の前に話せてよかった」
「……私もです」
「おやすみアポロ。カドラン賞は良きレースにしよう」
「はい。覚悟してくださいね」
ドバイで出会った頃の、淀んだ瞳とは全く違う。宝石のように輝く彼女の双眸は、唇を結んだ私を真っ直ぐに捉えていた。
……ヨーロッパの最終戦、4000メートルのカドラン賞がいよいよ始まろうとしている。