ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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132話:夢の中のカドラン賞①

 

 ――10月2週、カドラン賞。

 ヨーロッパ夏の最強ステイヤー決定戦がゴールドカップなら、秋の最強ステイヤー決定戦はカドラン賞。場所はフランスのパリロンシャンレース場で行われ、同国においてはフランスダービーに次ぐ歴史を持つレースである。

 

 カドラン賞は凱旋門賞ウィークの初日に行われるメイン競走であり、フランス特有の気候のせいで当日は場が渋ることの多い開催だ。

 場に関する問題と言えば、現地のURAがターフ状態を良場から稍重にするため、当日朝に謎の水撒きを行うことが一部で有名だったりする。場が重くなったせいでレースを回避するウマ娘が出たり出なかったりするので、欧州の重場を嫌う日本のウマ娘にとっては割とシャレにならない行為なのだが……。

 

 今年のカドラン賞は前日に雨が降り、現地水撒きスタッフの出番はなく重場の発表となった。雨上がりの太陽というのはやけに眩しく、芝に乗った水滴がきらきらと光を反射している。

 場が渋ると足が伸びなくなるから嫌なんだけど、天候が晴れたのは嬉しいことだ。晴れということで運営側は屋外席を広々と設置できるし、恒例行事のパレードも雨の心配なく大々的に行えるのだから。

 

「……もう始まっちゃうんだ」

 

 とみおが席を外している中、私は独り寂しく控え室で水を飲む。カドラン賞発走まで残り僅か――パドックまでの時間はもっと短い。

 そんな中、控え室の扉が軽快な音を立てた。とみおならノックせずに入ってくるだろうから、きっと他の誰かだ。でも勝負服の着付けは終わっているし、スタッフさんというわけでもないだろう。

 

 なら……ルモスさんかな? そう思いながら「どうぞ〜」と言うと、控え室の扉がゆっくりと開く。

 そこに居たのは、可愛らしい流星模様の目立つ小さなウマ娘――イェーツちゃんだった。

 

「お、イェーツちゃん。突然どうしたの? 迷子になっちゃった?」

「あ、いえ! 全然そういうわけじゃなくて……えっと、渡したい物があるんです!」

「え、なになに? 期待しちゃうなぁ」

 

 本番直前だというのに、思わず口元が綻んでしまう。相変わらず健気な子だ。妹にしたいなぁ。

 

「こ、これ! ぜひ身につけてくださいっ!」

「これは……シャムロックのお守り?」

「はい! 祖国を象徴する幸運の植物です!」

 

 シャムロック。又の名を、三葉のクローバー。シロツメクサ。

 彼女の出身国たるアイルランドの国花であり、婚約の際にシャムロックを贈り合うとか合わないとか。日本では四葉のクローバーが幸運の象徴的存在だが、外国では三葉のクローバーがそちらの意味を取るらしい。外国圏では“3”という数字自体に神聖な意味があったり、シャムロックの三葉が三位一体の意味を含んだりすることから、シャムロックは特別に扱われてきたのである。

 

 クローバーのお守りは、ラミネートでコーティングされた栞のような一品であった。恐らくその用途としても使えるのだろうが……。

 私は胸元にお守りを押し込んで、イェーツちゃんの小さな身体を思いっ切り抱き締める。丁度いい位置に耳があったので、ビックリしていた彼女に「ありがとう」と囁いた。

 

「えっえっ、その……わたし……!」

「分かってる。ほんとにありがとね」

「わっ、わわ!」

 

 誰かに好かれるというのは堪らなく嬉しいものだ。その好意を言葉や行動で示されるとなお湧き上がるものがある。イェーツちゃん、本当に好きだ。

 

「あ、アポロさんには色んなものを貰ったから……この気持ちを伝えるためのお礼をしたくてっ! アポロさんはわたしの夢なんです! だから、今日のレースは絶対勝ってほしくてっ」

 

 ――夢。ファンの人々の声を聞く度に、「大袈裟なんじゃないか」と謙遜する癖が抜けない。まだ私は()()()()()()()()()()()()()という気持ちが抜け切っていないのだ。

 ただただ、我武者羅に走ってきただけ。結果を追い求めたのではなく、夢へと挑み続けてきて――運良く()()に辿り着いた。ある意味では私の立ち位置にカイフタラさんやエンゼリーちゃんが成り代わっていた可能性もあったわけで。つまり突き詰めると、私というウマ娘は特別じゃないんじゃないか? という問いが奥底にチラついていた。

 

 しかし、ステイヤーズミリオンを完全制覇して分かった。どうやらそれは違うようなのだ。私はファンや後輩ウマ娘の“夢”の存在になっていて、私は私じゃないとダメらしいのだ。

 よく考えてみれば当然のこと。トウカイテイオーにとって、シンボリルドルフはシンボリルドルフでなければならなかったし――キタサンブラックにとって、トウカイテイオーはトウカイテイオーでなければならなかった。

 私にとっても、TTGがTTGであったからこそ今の私がいると言えよう。彼女達だからこそ繰り広げられた激闘を目撃して、()()()()()()()()()()()()と思ったからこそ今の私がいる。イェーツちゃんにとっても、私が私でないと納得できない部分があるに違いない。それぞれの“夢”が確かな形を持って、ウマ娘やファンの心の中に脈々と受け継がれてきたのだ。

 

 イェーツちゃんの夢を曇らせるわけにはいかない。アポロレインボウがアポロレインボウたる所以を示して、今年のヨーロッパ最強――いや、史上最強のステイヤーが誰かを見せつけてやろうではないか。

 

「カイフタラさんやエンゼリーちゃん、ジェットバイシクルさんにシーユーレイターちゃん……強いウマ娘は沢山いるけど、このカドラン賞は私が勝つよ。絶対に」

 

 その言葉を聞いて、胸元から見上げてくる瞳がぱあっと輝く。私のことを信頼し切った――というより、私に心酔したような表情だった。私だって憧れのウマ娘に抱擁されたらこんな表情になっちゃうと思う。

 幼少期に憧れの人に直接会う機会はなかったけれど、きっと対面したらこんな感じになってたんだろうなぁ。……そういう意味では、あの頃の私が目の前にいるとも言えるのだろうか。小さかった頃の私が、今ここにいるイェーツちゃんなのだと――

 

 ……遥か過去から、そうして夢は受け継がれてきたのだろう。形を変え、色を変え、夢の舞台で走る者から子供達へ、脈々と流れていったのだ。

 知らない誰かから、TTGの3人へ。TTGの3人から私へ。

 はたまた、皇帝から帝王へと繋がる王の系譜。

 或いは、夢の舞台とは関係のないところから生まれた種火が――トゥインクル・シリーズという一箇所に集まって、更なる輝きを産んでいるのだ。

 

 ――私達は、この世界で夢を架けている。

 誰にも譲れないモノを賭けて、そしてターフの上を駆けているんだ。

 

 夢を賭けて。

 夢を駆けて。

 夢を架ける……。

 

 イェーツちゃんと触れ合って、言語化できない部分がすとんと腑に落ちた気がした。シャムロックのお守りのおかげかもしれない。

 彼女の身体から少し離れて、私からも何かお返しが出来ないだろうかと悩んでいると、控え室の扉からとみおが顔を覗かせた。

 

「アポロ、そろそろ」

「あ、うん! すぐ出るから待ってて」

 

 パドックまで時間が無くなっていたようだ。残念ながらイェーツちゃんに返せるものはなかったが……彼女の好意には勝利で応えるとしよう。多分、彼女もそれを1番望んでいる。

 

「……というわけで、ごめんねイェーツちゃん。もうパドックに行かなきゃいけないみたい」

「いえ、こちらこそすみません! お守りを手渡せて良かったです!」

「うん。私も嬉しかったよ」

 

 最後に少女の頭をぽんぽんと撫でると、彼女は満足そうな顔をして控え室から出ていった。代わりにとみおが近寄ってきて、イェーツちゃんの頭に押し付けて乱れた髪の毛を整えてくれる。

 

「何を話してたの?」

「これ貰って、色々と話してたんだ」

「お、クローバーの……アイルランド風に言うならシャムロックのお守りってやつかな?」

「そう。手作りっぽいしめっちゃ可愛いよね」

「ははっ、今日のレースはイェーツのためにも頑張らないとな」

 

 彼は最後に私の髪をさらりと撫でた後、ついてこいと言うように控え室を後にした。彼の手には日本のみんなから貰った応援幕が携えられており、パドックか観客席でデカデカと掲げる気マックスである。

 この凱旋門賞ウィークは、イギリスの王室が関わる重賞開催期間と異なり、ある程度規制が()()。あまり目につくようなら撤去されるだろうが、今日のような大盛況であれば多少のごちゃつきは見逃してくれるだろうとのこと。私としても気分が高揚するし、応援幕なり掲示物なりをぶち上げてくれるのはプラスになる。

 

(……ライバルのためにも、自分のためにも、そして私を応援してくれる人達のためにも。全部を出し切って力尽きよう)

 

 ゴールドカップが1度目の長距離最強決定戦なら、これから始まるカドラン賞は2度目の最強決定戦だ。必ず勝ちに行く。勝たなければならない。1度目の最強決定戦よりも遥かに鮮烈に勝利を飾る。そうでなければ、歴史に名を残す疾走とは言えないだろう。

 何せ、このカドラン賞はあの時よりも面子の揃った最高のG1レースなのだから。

 

 ――出走表は以下の通り。

 

 

 

人気脚質近走戦績主な勝ち鞍

11Apollo Rainbow(アポロレインボウ)大逃げ4-0-0-0G1日本ダービー G1菊花賞 G1ゴールドC G1グッドウッドC 他

23Enzeli(エンゼリー)先行3-0-1-0G1シドニーカップ G1アイルランドセントレジャー G2ヴィコンテスヴィジエ賞 他

314Damascus Cocktail(ダマスカスカクテル)追込1-1-0-2G3リュテス賞

46JJ the Jet Bicycle(ジェイジェイザジェットバイシクル)自在2-0-0-2G1サウスアフリカンダービー G1ケープタウンメット G3ヴィンテージクロップS 他

52Kayf Tara(カイフタラ)追込2-2-0-0G1アイルランドセントレジャー G1ゴールドC G2ドンカスターC 他

615Choco Fondue(チョコフォンデュ)差し0-1-1-2G1クリテリウムドサンクルー G3クラシックトライアル

79Vampire Girls(ヴァンパイアガール)先行2-0-2-0G3サンタバーバラS G3サンファンカピストラーノS

87Switch On(スイッチオン)先行1-1-0-2G1ロイヤルオーク賞 G2ドーヴィル大賞典 G2ヴィコムテスヴィジェール賞 他

95Snow Love(スノーラブ)先行1-2-0-1G1バーデン大賞

104See You Later(シーユーレイター)差し3-0-0-1G1イギリスセントレジャー G3ゴードンS G3サガロS 他

1113Pon De Beach(ポンデビーチ)差し1-3-0-0G3グラディアトゥール賞

1210Zone Espresso(ゾーンエスプレッソ)差し1-0-0-3G3レッドシーターフハンデ

138Busto Arsizio(ブストアルシーツォ)先行2-0-0-2G1ナシオナル大賞 G1オノール大賞 G2オレアンダーレネン賞

1411Golden Nedawi(ゴールデンネダウィ)先行0-3-0-1G3オーモンドS

1512Silent Joker(サイレントジョーカー)追込0-1-2-1G2モーリスドニュイユ賞 G3オーモンドS

 

 

 

 このカドラン賞は、出走ウマ娘全てが重賞ウマ娘というとんでもないメンバーだ。ゴールドカップのメンバーのうち数人の入れ替えが起こった形になる。

 1番人気は私で、2番人気がカイフタラさん、3番人気がエンゼリーちゃん。この3人は言わずと知れた『三強』であり、ゴールドカップと同じく人気を分け合う形となった。

 出走するウマ娘のほとんどは顔見知りだ。何度も同じレースを戦ってきたウマ娘は多いし、正直パドックで目が合うとお互いに「またかよ」「またいるじゃん」みたいな表情になるのが面白い。

 

 パリロンシャンレース場のパドックに姿を現すと、既に顔馴染みとなった14人のウマ娘達がパドックの周縁を歩いていた。青、赤、緑――様々な色の勝負服がひしめく中でも、ひときわ目立つ純白の勝負服。人は私の姿を見て、こう口にするのだ。

 ――芦毛の妖精。綺麗。白くて可愛い。みんなが私をイメージして口にする言葉には、“白”や“綺麗”といった意味のそれが多い。

 

 でも、実際の私はそんなウマ娘じゃない。

 

 “泥”。

 “血”。

 “汗”。

 “涙”。

 

 私は煌びやかなイメージとは程遠い泥臭さの中にある。勝負服を土で派手に汚して、汗と涙を撒き散らしながら突っ走って、極限の苦しみに喘ぐ姿を全世界に惜しみなく曝け出すようなウマ娘だ。

 その姿は、白くて綺麗であるはずがなかった。

 

 ……しかし、それでも“きれい”と言ってくれる人がいた。

 泥に塗れ、努力を惜しまず、なんのためらいもなく全てをぶつけられる――その姿は間違いなくうつくしい、きれいだと。そうやって、私を肯定してくれる人がたくさんいた。

 

「アポロぉ〜〜〜〜!!」

「アポロちゃ〜〜〜〜んっ!!」

「最強ステイヤーの夢を見せてくれぇっ!!」

 

『大歓声に導かれて、大本命が堂々登場! パリロンシャンレース場が50万の歓声に揺れています!!』

 

 わあ、と声を上げながら、私はみんなに向かって手を振っていく。きらきらと輝く瞳。絶え間なく降り注ぐ声援。全部私達に向けられたものだ。誰もが私達に夢を見ている――そんな世界だった。

 

「……本当に、ここまで来たんだね」

「うん」

「今まで……長いようで短かったね」

「……はは。感傷に浸るのはまだ早いよ」

 

 まるで現実じゃないみたい。ステイヤーの本場たるヨーロッパで、ここまで声援を受けられたウマ娘がかつていただろうか。等身大のウマ娘であったつもりが、いつの間にかこの場所に立つことを許されていて――私が最強ステイヤーに近づいている理由を探れば探るほど、思考回路がショートしそうだった。

 

「アポロ。……アポロ」

「ふぇ? あ、何?」

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「……本当? さっきからボーッとしてるみたいだけど」

 

 パドックが終わって、本場入場直前。とみおと別れの時がやってくる。少しナーバス――今の心の状態を現す言葉が見つからない――になっている私を見かねて、とみおが声をかけてくれた。

 

「まぁ、緊張もするよなぁ。50万人の観客とか聞いたことないし」

 

 分かってる。やるしかない、ってことくらい。

 気分が高まりすぎてバグってるんだ。

 

「……!?」

 

 うつむき加減になっていたところ、唐突な圧迫感に襲われた。とみおに手を引かれて、思いっ切り抱き締められたのだ。

 普段なら絶対にこんなことはしてこない。思考が追いつかない私に対して、彼は耳元で優しく語りかけてくれた。

 

「……アポロ。何もかもが怖くなった時は、あるがままに走ればいいんだよ。子供の頃、夢中で原っぱを駆け回ったみたいにさ」

「……そうなの? でもトレーニングでやってきたこととか、そういうことを考えて走らないと――」

「大丈夫。考えなくても身についてる。それくらい君は頑張ってきたんだから」

 

 身体が離れ、目線同士が通じ合う。

 

「今日はヨーロッパで走ってきた半年間の集大成だ。好きなように走っておいで」

「……好きなように?」

「そう! やりたいように!」

 

 やりたいように、好きなように走って欲しい?

 ――本当に?

 

 そんなこと言われたら、私、燃え尽きるまで走っちゃうよ。

 それでいいんだね。

 

「――分かった。全身全霊で走ってくる」

「……あぁ!」

 

 とみおは満足気に頷くと、抱えていた応援幕を広げて白い歯を見せた。

 

「俺達がついてるから絶対に勝てるよ!」

 

 ()()に記されたウマ娘との思い出が、私を縛っていた最後の鎖を解き放つ。

 

 決して自暴自棄ではなく。

 決して全てを諦めたわけではなく。

 今度こそ私は、この一戦で燃え尽きるような走りをしてやろうと決意できた。

 

「――っし! 行ってくるわ!」

「行ってらっしゃいアポロ、ここで待ってるよ」

「うん!」

 

 ウマ娘である私達は走るために生まれてきた。時に数奇で時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。それが私達の運命。

 しかし、この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果はまだ誰にも分からない。

 

 アポロレインボウという競走馬はかつての世界に存在せず、2人の自分は歴史の裏付けを埋め合わせる形で惹かれ合った。

 この一戦がかつて存在した世界の運命を変え、新たな歴史をつくるというなら――

 

 こころも、からだも、全て燃やし尽くして。

 やってやろうじゃないか。

 

 この世界にいる全てが敵だ。過去の私さえ敵だ。

 1()()()という鮮烈さのあったゴールドカップを超えるインパクトを残すには、あの時最高のパフォーマンスを披露した私を打ち倒さなければならない。レコードペースは不可欠。もちろん、カドラン賞に勝利するという絶対条件も外せない。

 

 並べ立てるだけで嫌になりそうな悪条件を脳内で整理して尚、私のこころは揺るがない。

 ライバル達と一緒なら、あなたと一緒なら、みんなと一緒なら――きっと超えていける。

 

 かくして、私はパリロンシャンのターフを走り出した。

 

『ステイヤーによる夢の祭典! カドラン賞が今――スタートしました!!』

 

 1歩1歩を刻む度、焦げていく妖精の翼。

 苛烈な疾走により終わりゆく競走生活。

 終焉へ至る刻限は迫っているが、まだ猶予は残されている。

 全ての葛藤を振り切って、私は走る。

 

 ――ゆめをかけるために。

 

 

 

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