ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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13話:しゃあっ 灼熱・夏合宿!

 合宿1日目の夕方。私とハッピーミークは、宿泊施設にほど近い場所にある神社前にやって来ていた。トレーナーに指示された通り、私はミークちゃんとペアになって柔軟運動をこなす。そんな私達の隣では、2人のトレーナーが神社の方を見て何やら話していた。

 

「桃沢トレーナー、神社で何をするんです?」

「あぁ、桐生院さん……2人にそこの階段を走って昇り降りしてもらうんですよ」

「……そ、その石段をですか?」

「はい。都合、400段あるそうです」

 

 桐生院が、とみおの指さした先を見る。そこには山の斜面に沿って続く400段もの石段が存在した。上の方は木の影響で見えなくなっているが、遥か先に神社があるのだろう。

 

「夜になったら冷えますから、それまでずっと階段ダッシュをしてもらいます。2人の足腰と根性を磨いていきましょう」

「えぇ……」

 

 少し遠いが……桐生院の表情を見るに、彼女はとみおの発言にドン引きしているようだった。それも仕方ない。今から日没までは4時間ほど時間がある。休憩こそ挟むだろうが、その長い時間をずっと地獄の階段ダッシュに当てさせようと言うのだ……鬼畜と言われても仕方がない。

 

 私は慣れたけど、とみおの超絶スパルタはほとんど暴力とか虐待に近いと思う。そこには確かな信頼と愛情があるし、しっかりアイシングとか水分補給とかのケアをしてくれているから全然許せるのだが……その内容が尋常ではないのだ。

 

 例を挙げてみよう。

 アポロレインボウの直近1週間のスケジュールはこうだった。

 

 月曜日、夏休みなので、丸一日かけて下半身を虐め抜く。狂ったようにスクワット。合間にレッグレイズ。ヒップスラスト。ピストルスクワット。そしてスクワット。とみおのトレーニングには慣れたつもりだったが、一連のトレーニングが終わった時、本気で腰が砕けて立てなくなった思い出がある。

 

 火曜日、心肺機能を鍛える。狂ったようにプールトレーニング。クロール、背泳ぎ、バタフライ。休憩代わりに平泳ぎ。仕上げに自由形20キロ。プールから上がる時、息も絶え絶えで私は土左衛門になっていた。

 

 水曜日、上半身を鍛える。まずは狂ったように腹筋。クランチ。世間様に見せることになる腹筋だ。とみおはその辺の仕上げに抜かりがなかった。へそフェチなのかな? ついでに、腕や体幹、背中の筋肉――というか、全ての筋肉を過不足なく刺激するトレーニングメニューを用意してくれたので、私は無事死亡した。

 

 木曜日、休養を兼ねた賢さトレーニング。狂ったように勉強する。と言っても私は元々社会人だったので、レース限定の勉強である。とみおが借りてきた本を読んだり、ライバルのレースを観察したり、データを処理して次なるトレーニングの予定を立てたり、やることは様々だ。結局脳が疲れるので、身体が休まった気はしない。

 

 金曜日、持ち前の根性を鍛えにかかる。とにかく苦しいトレーニングをやりまくる。心臓破り・高低差2メートルの坂路。うさぎ跳び。コサックダンスやアイドルステップのダンスレッスン。重機のタイヤ引き。とみおの檄が飛ぶ。この日が一番イライラが溜まる。

 

 土曜日、パワーや瞬発力を鍛えにかかる。まず狂ったようにダートコースを走る。ついでにボクシング。ジャブでワンツー。6日連続トレーニングともなればストレスが溜まっているので、殺意を込めて本気で殴る。ストレス発散ができる最高のトレーニングだ。あと、正直意味がわからないけど、瓦割もした。でも一番効果を感じたからわけが分からなかった。

 

 日曜日はオフ。泥のように眠って、失った体力を回復するだけで一日が終わる。学校の宿題をやる体力は気力で補うのみだ。

 

 ――これが私の夏休みの1週間である。

 逆効果になる寸前を見極めた最大効率のトレーニング。とみおが編み出した超絶鬼畜スパルタ。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()。環境を変えてトレーニング効率を更に上げないと敵わない相手が同世代にいる。

 

 ――世代の筆頭ウマ娘、スペシャルウィーク。セイウンスカイ。エルコンドルパサー。グラスワンダー。キングヘイロー。この5人の優駿は皆化け物だ。

 

 生半可な磨き方では、彼女達の輝きには届かない。これまでの併走でハッピーミークに勝てたことすら数えるほどしかないと言うのに……来年の目標である菊花賞が不安で仕方がない。

 

 でも。それでも私は、トレーナーを信じることしか出来ない。目標を持って狂信的にトレーニングに励むことが今の私の正解だ。だからこうして合宿に参加しているし、地獄の階段ダッシュに身を投じようとしている。

 

 それに……私はこの特別な気持ちを捧げてでもレースに勝つと決めた。今の私は誰にも負けていられない。体力の限界など乗り越えて、この最凶のトレーニングに噛み付いていくだけだ。

 

 身体を暖め終わった私とハッピーミークは、2人のトレーナーが待つ石段前に歩いていく。バインダーとペンを手に持ち、ストップウォッチを首に提げたとみおが爽やかな笑顔を浮かべて待っていた。

 

「2人とも、これからいよいよミニ合宿が始まる。この通り新鮮なトレーニングを届けていく予定だから、楽しみにしていてくれ」

 

 明日からは前半が桐生院、後半はとみおがトレーニングを担当する。合宿1日目だけは時間がなかったから、うちのトレーナーだけが担当している。

 

「柔軟も終わったことだし、早速君達にはこの石段を走ってもらう。最終直線の坂を駆け上がっていると思って、思いっきりやってみてほしい」

 

 私とハッピーミークは、誰に言われるでもなく石段の一段目に足の裏を乗せた。硬さ、段の感覚や高さを確かめているのだ。なるほど、トレーナーの狙いとしては、「ターフを掴んで蹴り飛ばす」感覚を得てほしいのだろう。優秀なミークもそれに気付いたらしく、私達は視線を通わせて頷き合った。

 

「……それじゃ、先に行くね」

「どうぞどうぞ。あ、最初はゆっくり行こうよ。転んだら危ないし」

「あ〜……そうだな。最初の往復は()()で行こう。1往復目はゆっくり感覚を掴むために使おうか。そこから本番だな」

「行ってらっしゃ〜い」

 

 桐生院がひらひらと手を振る。ミークちゃんがすかさず飛び出したのを見て、私も追いつかない程度の間隔を空けて階段に足をかけた。

 

「あ! 2人とも、下りは急だから絶対に慌てないこと! いいな!」

 

 背後からとみおの声が飛んでくる。それに尻尾だけで反応しながら、階段を登っていく。

 

 まずは非常にゆっくり、一段ずつ確かめるように登る。無論、石段を一段ずつ登るのではスピードが遅くて効率が悪い。こんなままじゃトレーニングにはならない。私は、次第に2段、3段、4段……と飛び越す階段の数を増やしていった。

 

 200段を過ぎるとやっと感覚が掴めてきた。私の歩幅に合った飛ばしの数は8段だ。10メートル以上先を行くミークちゃんも感覚を掴んだのか、スピードに乗ったまま10段飛ばしで石段を駆け上がっていく。

 

「はっ、はっ」

 

 ものの数分で400段を登り切った私達は、すぐさま階段を引き返した。上りと下りでは、使う筋肉や走り方を変えないといけない。実際のレースでもそうだ。下り坂ではスピードが出すぎてしまうから、私達はスピードを少し抑えないといけないのだ。この階段を下る時もまた、全身の筋肉を使って己の速度を調整する。

 

 上りは心肺機能に負担がかかるけど、下りは下半身に負担がかかっている。これを何時間も続けたら足腰が立たなくなるだろう。相変わらず良いトレーニングを考えるものだ。

 

 400段の石段をゆっくりと下って、私達は元の位置に戻ってきた。これから数時間かけてここを全力疾走するのかぁ……いつも通りキツそうだ。スタートラインに立ち、ハッピーミークに先頭を譲る形で2番手の位置に控える。足首を回し、胸に手を当てて深呼吸した。

 

 とみおが咳払いすると、私とミークがゾーンに入る。ここから先は本気のトレーニング。やってやろうではないか。

 

「2人とも、準備はいいか? それじゃ1本目――スタート!」

 

 とみおが腕を上げると同時、ミークちゃんは石畳を砕く勢いで地面を蹴りつけた。私も数秒遅れて後を追う。ものの二、三歩でトップスピードまで加速したミークと私は階段を駆け上がり始めた。

 

 東京レース場の最終直線は、およそ500メートルで2.7メートルの坂を上る。だが、目の前の傾斜はどうだ。100メートルもない距離の間に数十メートルを駆け上がっているではないか。これを全力疾走しろだなんて――きつくないはずがない。しかも段差があるため、ももや膝を上げなければ躓いて転倒してしまう。

 

 いつも以上に脚を上げて走るため、体力がゴリゴリ削られていく。しかし、私の前を走るハッピーミークは随分と余裕そうだ。

 

 ――まさか、上手い駆け上がり方があるのか?

 私はずきずきと痛む肺に喘ぎながら、ハッピーミークの走り方を注視した。

 

「……♪」

 

(は、鼻歌を唄ってる……!?)

 

 ハッピーミークの走り方は、観察した限りでは軽やかなステップを踏むような走法であった。そう、まさに()()()()()()階段を上っていくのだ。たん、たん、とリズムを刻んでスキップしているかのよう。

 

 対する私は、リズムもへったくれもない。がちゃがちゃした走りだ。まだまだ上のレベルと競り合えるほどのパワーがないのだろう。ミークちゃんのパワーには遥か及ばない。

 

 その証拠に、ハッピーミークが石段に踏み込む際、一瞬だが彼女の脚の筋肉が浮き上がったのが見えた。真っ白に透き通り、柔肌に見えたその肌に――ぼこり、と。少女のそれではなく、獣の筋肉が露呈するのだ。

 

 明らかに「剛」の筋肉をした凹凸。短中距離の一線級で戦うための、大きく膨らんだ筋肉だ。ステイヤーの靱やかな筋肉しか蓄えていない私にはどこまでも届かない領域――()()()()()()()()()()()が露見した形になる。

 

「っ……!」

 

 上手い坂の駆け上がり方を観察することは出来た。確かにそれは僥倖だった。それでも、圧倒的な格差を見せつけられている。私の方がスタミナでは勝っているはずなのに、根性では勝っているはずなのに、どんどん差をつけられる。

 

 400段を登り切った頃には、最初の数秒の差は、十数秒の大差となっていた。私は珠粒のような汗をかいているのに、ミークちゃんは顔色ひとつ変えていない。

 

「……下りようか」

「あ、うん……」

 

 石段の下り方も上手かった。足裏を叩きつけるようにして速度を抑え、それでいてトップスピードを維持し続けている。

 

 ハッピーミークは優駿なのだ。アプリゲームではネタにされがちだったが、優駿達の祭典「URAファイナルズ」の決勝に出てくるだけはある。

 

 差をつけられて石段を下り終わった私は、とみおに迎えられてスポーツドリンクを渡された。

 

「どうだアポロ。得たものはあったか?」

「……! う、うん。でも……私だけが学ぶばっかりで、ミークちゃんはいいのかな……」

「……いや。向こうさんも学ぶことはあるだろうよ」

「……?」

「5分休憩した後、もう1セットやるぞ。しっかり休んでおけよ」

 

 とみおの言葉の真意を理解することなく、私達はみっちり4時間の石段トレーニングを終えた。さすがに最後の1時間はハッピーミークのスタミナが切れたようで、私1人が石段を走らされることになった。

 

 

 こうして1日目のトレーニングが終わり、宿に帰ってきた私は大量のご飯を食べてお風呂に入った。風呂から上がって部屋に戻ろうとすると、トレーナー2人が泊まる部屋から話し声が聞こえてきた。何となしに扉に近づき、ウマ耳をぴとりとくっつける。

 

『……アポロさんとミーク、お互いに良き相手として意識しあっているようですね』

『ええ……アポロは足りないスピードとパワーを、ミークは長距離を走るにはまだ不安の残るスタミナと負けん気を、それぞれ非常に強く意識しています。この調子でトレーニングを続ければ更なる飛躍が――』

『では、ここをこうすべきでは――』

『なるほど、確かに――』

 

 2人は途切れることなくトレーニング論や私達のことについて熱論を交わしていた。なるほど、桐生院はこうしてとみおと夜通し語らうために同部屋を選んだのだろう。ちょっと引っかかることがないでもないが、聞こえてくる熱意のある声には邪な気持ちひとつない。

 

「……これ以上聞くのは悪い、か」

 

 私は耳を澄ませるのをやめて、自分の部屋に戻って布団を被った。そのままうつ伏せになって、図書館から借りてきた運動論やステイヤー育成論についての本に目を通すことにする。夏休みの宿題などは余裕で終わっているから、こうした隙間時間に知識を溜め込むこともまた必要なトレーニングだ。

 

 そうして30分は経っただろうか。ミークが長風呂から帰ってきた。

 

「おかえり〜」

「……アポロ。柔軟運動手伝ってくれない?」

「いいよ〜」

 

 私は本にしおりを挟んで、敷布団にミークを呼び寄せた。

 

「ついでにマッサージもしてあげる!」

「できるの?」

「うん! とみおに毎日してもらってるから分かるよ!」

「…………」

 

 ミークが若干驚いたような、引いたような視線を投げかけてくる。そんなことは気にせず、私は前屈運動をしようとする彼女の背中に覆いかぶさった。

 

「……!」

 

 ぐにゃり、と彼女の肢体が()()()。距離適性の広さで薄々気付いてはいたけど、ミークの身体はとんでもなく柔らかかった。前屈している彼女の背中は押せば押すほど前に倒れていく。まるで猫のような軟体だ。ひょっとしたら液体になるのではないかと思えるほどである。

 

「ん……重いよアポロ」

「あ、ごめんごめん」

 

 いかんいかん、ミークちゃんの身体に夢中になっていた。でも、開脚しながらの前屈でお腹までべったり床につく人なんて初めて見たよ。

 

 ミークのストレッチが終わったので、私は彼女を布団に押し倒す。ウマ乗りになって、足先からマッサージを始める。

 

「お〜、凝ってるねミークちゃん」

「んっ……今日はかなりきつい……あっ、トレーニングだったから……」

 

 トレーナーにしてもらっていたように、彼女の素足を取ってツボを刺激していく。足の裏を丁寧に揉んで、リンパ(?)を上手いこと刺激する。まあ、こういうのって揉まれるだけでも気持ちいいんだよね〜。

 

 今日いじめ抜いたふくらはぎや太ももの裏、腰や背中を優しく揉み込む。ついでと言っては何だが、ミークちゃんの筋肉について調べさせてもらうことにした。体重をかけつつ、手のひらや指先で彼女の全身の筋肉をまさぐる。肩、背中、脇、お腹、太もも、ふくらはぎ。ちょっと大胆にやり過ぎな気もするけど、本人はうとうとし始めているので行けるところまで行く。

 

「……!」

 

 彼女の身体を隅々まで触った感想は――「素晴らしい」。その一言でしか形容できなかった。

 

 まず驚いたのは身体のバランスの良さ。普通、右半身と左半身の間には多少なり癖やバランスの歪みが出るものなのだが……ミークちゃんに関してはその辺の乱れが一切存在しなかった。

 

 しかも、筋肉の付き方が完璧である。全体的に過不足なく、まるで一種の芸術品の如き筋肉の輝きを帯びている。芝とダート、短距離から長距離を走ることのできる身体というのは、こんなにも完成されたものなのか。

 

 悔しいが……やはり私の実力はまだまだ上のレベルじゃないってことなんだろう。肉体と精神が完成した上で、更に才能と努力の積み重ねがあって重賞を勝てるのだ。

 

 ……これが、重賞ウマ娘。私の超えるべき壁。

 

「……終わったよ、ミークちゃん。って、寝ちゃってるか」

 

 私のマッサージによってハッピーミークは既に眠りに落ちていた。穏やかな寝顔を見て、私は笑う。

 

「今日はお疲れ。また明日、頑張ろうね……ミークちゃん」

 

 私はそっと彼女の身体に布団をかけ、隣の布団に入った。

 

 一緒にトレーニングしてくれるライバルがいるから、私はずっと上を見て努力を積み重ねることが出来る。グリ子にミークちゃん。そして、スペちゃん含む最強の5人……。

 

(……本当に、周囲の人間と恵まれた環境に感謝しなきゃね)

 

 私も疲れたし、さっさと寝てしまおうか。部屋の明かりを消し、目を閉じる。すると、トレーニングの疲れもあってか、私の意識はすぐに闇に溶けていった。

 

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