ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
――有馬記念が終わり、刹那の3年間が終了した。
当初はどうなることかと危ぶまれたトゥインクル・シリーズだが、私は大切なパートナーと共に夢を叶えることができた。オープンクラスに上がれることすら御の字、重賞を勝てるだけでも胸を張って誇れるような世界で、私はG1を複数勝利するまでのウマ娘になったのだ。正直、アスリートとしてこれ以上の喜びはないだろう。
ただ、苛烈な疾走による反動は着実に私の身体を蝕んでいた。有馬記念で持ちうるほとんど全ての力を吐き出した私は、しばらく全力疾走できないくらい消耗してしまったのだ。
まぁ、有馬記念のメンバーが豪華すぎて全力で走らざるを得なかったというのもある。何せ、出走ウマ娘がほぼ全員G1ウマ娘だったし……G1を5勝してるウマ娘が5人いたし……走らないわけにはいかないよねっていう。
今年の有馬記念は昨年のグランプリを超える混沌模様であった。
1枠1番には菊花賞ウマ娘のナリタトップロードさんがいて。
1枠2番にはアメリカ遠征から帰ってきたスズカさん。
2枠3番には秋シニア三冠をかけて参戦したスペちゃん。
2枠4番にはヨーロッパ帰りの私。
3枠5番には武者修行を経たジャラちゃん。
3枠6番には年内休養と噂されていたエルちゃん。
4枠7番にはアメリカのダートキング・ハッピーミーク様。
4枠8番には春秋グランプリ連覇を目論むグラスちゃん。
5枠9番には不調からの復活を誓うセイちゃん。
5枠10番にはスプリント・マイル路線で名を馳せていたキングちゃん。
6枠11番には遅れてきた秘密兵器・ツルマルツヨシちゃん。
6枠12番にはステイヤーズステークスを制した皐月賞ウマ娘のオペラオーちゃん。
7枠13番には何故かグリ子が参戦して観客の度肝を抜いた。
7枠14番にはゆるふわお嬢様のメジロブライトさん。
8枠15番には札幌記念から休養明けのフクキタルさん。
8枠16番には日本ダービーウマ娘のアヤべさん。
メンバーだけでも分かるカオスっぷり。グリ子とキングちゃんは距離適性がおかしいし、ミークちゃんはヤバい。と言うか全員ヤバすぎるだろ……という空気の中で有馬記念は行われた。
そして、天皇賞・春と有馬記念の好走が評価されたのか、それとも国外での活躍が目に留まったのかは定かでは無いが――私は2年連続で年度代表ウマ娘の表彰を受けることになった。
ヨーロッパではカルティエ賞最優秀ステイヤーとして表彰されたので、2ヶ国同時の受賞という素晴らしい結果を得られたのである。
……トゥインクル・シリーズの振り返りはここまでにしておこう。
さて。年の明けた今、私が何をしているのかと言うと――某所にて、とみおと2人きりで温泉旅行に来ているのだ。旅行というよりは温泉療養だが、とにかく小旅行を楽しめている。
旅行期間は当初の予定の2泊3日から伸びて、1週間という長期間。メジロ家の主治医に「これからも現役を続ける気なら、じっくり休んだ方がよろしいかと」と言われてしまったため、とみおが予定を変更してくれたのである。
この話は私の両親や学園側に承諾して貰っているし、学園や旅館側がメディアの目をシャットアウトしてくれたし、周りの目を気にする必要はない。
そういう理由から、私達の温泉旅行は自由気ままなものとなった。一日中旅館の中で駄弁っても良いし、温泉を楽しんでも良い。レースに関する話は最低限に、という約束もあって、ここまでじっくり羽休めできたのはトレセン学園に入学して以来だったと思う。
最強ステイヤーであることをやめて、ひとりの女の子として過ごせる温泉旅行はかけがえのない時間だった。
……最強ステイヤーになるという夢を叶えた私が、もうひとつの夢を手にするという意味でも。
――温泉旅行の6日目。5日目までに相当量の疲労が取れた私は、疲労を抜くこと以外にも思考が回るようになって――何だか妙な焦りを感じていた。
言うまでもない。「このままじゃ、最大にして最後のチャンスを逃してしまう」という焦燥感だ。
思い返してみれば、昨年私の実家に帰ってとみおに一世一代の告白をぶちかまして以来、私達の関係には特に進展がないのである。私の永遠になってほしいとか、もうなってるよとか、そういう比喩じみたことばかり言って満足しているうちに、時間ばかりが過ぎてしまったような感じ。
そりゃあ最強ステイヤーになるって夢も大事だったけど、そういえばヨーロッパに来てから全然お出かけしてないよねっていう。私ととみおの仲だから今更確かめ合う必要性が薄いのは分かる。それはそれで嬉しいけどちゃんと言葉にしたいし、してほしいよねって思ってしまうのは間違いだろうか。
乙女心は複雑である。
「…………」
……乙女心は複雑である――が。
愛しい彼の寝顔を見ていると、そんな小さな葛藤など吹き飛んでしまうというものだ。
「んふ、かわいい寝顔」
この温泉旅行では二部屋取ることももちろん可能だったが、私が突っ張って一部屋にしてもらった。私は(チキンだから)そういうことはできないと思ったし、とみおは絶対に手を出してこないと信頼していたからだ。逆に手を出してくるような人だったらここまで好きになってない。それ故のもどかしさもあるけど、まぁ流石にね。
私はとみおの髪を撫でてから、ぶるると震えながら彼の布団に潜り込んだ。甘えたいと気持ちもあったが、本気で寒いのだ。これは風邪をひかないための正当な防衛行為。とみおにくっつきたいわけじゃないんだからね。
「ぶえっくしょぉ!」
「!?」
「あ、ごめん。起きちゃった?」
「……鼻水を拭きなさい」
「…………」
……何故だろう。私と彼がくっついた時、ロマンチックな展開になることが少なすぎるような気がする。私がドジしてムードを作れないというのもあるけど、とみおの手のひらの上で転がされている気がするのだ。
私は鼻をかんでから、再び「さぶいさぶい」と呟きながら彼の布団に潜り込む。10分以上とみおの寝顔を見つめていたせいで、私が入っていた布団はすっかり冷え切っていた。
「……何してるの?」
「いや、寒いから」
「そういうことじゃなくて」
「とみおの布団あったか〜い」
「…………」
寝ぼけ眼の彼を見つめたまま、そっと寄り添うように身体を密着させる。旅館の外では雪が降っているため、布団から出る気持ちが全然湧いてこない。
とみおは居心地悪そうに向こう側へと身体を捩るが、むしろ背中向きになったことで私の中の躊躇が無くなった。ぎゅっと彼を抱き締めて、背中に耳を押し付ける。
とくん、とくん、と心臓の音が聞こえた。それが彼にとっての早いリズムなのか普通のリズムなのかは分からなかったけど、私の拍動の音よりも随分と早いテンポに思えた。
「アポロ、もう身体は平気なのか?」
「全然平気。温泉ナメてた。シニア級2年目も全然行けそうだよ」
「……そっか」
わしゃわしゃと髪を撫でられたかと思うと、とみおがおもむろに立ち上がる。彼に引っ張られる形で布団が捲れ上がった結果、肌寒い空気が足元に流れ込んでくる。私は思わず悲鳴を上げて、カタツムリのように布団にくるまった。
特に予定もないので早起きする必要はないはずだが、トレーナーとしての生活に慣れている彼は早起きしないと気が済まないタチらしい。疲れを取るべきなのはどちらなのだろうか。ジュニア級の頃なんか、トレーナー室で眠ってることが結構多かったような覚えがある。とみおもしっかり休めばいいのに。
「……温泉入ってくる」
「おっけい」
「アポロは二度寝?」
「ん」
「そっか」
「あ、でもさ」
「ん?」
「この旅館って家族風呂があるらしいよ」
「バカ言ってないで二度寝してなさい」
「え〜」
とみおは髪の毛を掻きながら、部屋を出ていった。私は「さむっ」と何度も呟きながら、カタツムリ形態のまま移動して暖房のスイッチを入れた。
とみおが帰ってきたら何をしよう。6日目ということもあって、囲碁や将棋には随分と飽きが来ている。お喋りするだけでも楽しいけど、今日は温泉街に出てお土産を買い漁ってみようかな。天気予報を見たところ、昼前からは晴れるらしい。気温も上がってくるとか。
これまでは雪が多かったけど、やっと温泉街デートできそうだ。そうと決まれば私の行動は早かった。
凍えるような寒さを感じつつ顔を洗って、必要ないかもだけど軽めのメイクをして、ちょっと伸びてきた髪を整えて。風呂上がりのとみおを迎え撃つ構えだ。
「ただいま〜」
「おかえり! 早かったね」
「
「朝イチだしね」
「朝ごはん食べたら外に出る? 昼からなら出られそうだし」
「私もそれ言おうと思ってたんだ!」
「決まりだな」
「やった! お土産奢ってね?」
「……財布と相談かな」
いや、私達めっちゃ稼いでるじゃん――というツッコミをしつつ、朝ごはんを食べた私達は温泉街へと繰り出した。
「わぁ! 足湯だって!」
「おまんじゅう!」
「お土産屋さん〜」
「木刀!?」
雪を被った木造建築が立ち並ぶ温泉街。その中を食べ歩きしながら巡るというのは人生初で、私達は目につく建物全てに入って温泉街を隅から隅まで楽しんだ。流石に木刀を買うか買わないかだけは揉めたけど、エルちゃんとグラスちゃんに見せびらかしたかったので私の小遣いで購入を決意した。
……私達の仲が進展していないってさっき言ったけど、自然と手を繋いで歩けるようになったのは立派な進歩かな? まぁ、荷物で手が塞がっちゃって、手を繋いでた時間は短いんだけども。
こうして温泉街を心ゆくまで巡った結果、いつの間にか夕方になっていた。爆買いアポロレインボウになったところで旅館に引き返すと、部屋には既に山盛りの料理が用意されており、丁度帰ってきたとみおと私はほとんど同時にお腹を鳴らした。
「めっちゃ美味しそう」
「温泉に入る前に食べちゃうか」
「いいね」
ザ・温泉宿料理という感じで机の上に並べられた数十個の皿と、魚を中心にした豪華な食材達。それらをぺろりと平らげた私達は、街中を歩き回った汗を流すため温泉に入ることにした。
「とみお、家族ぶ」
「ダメです」
「……はい」
家族風呂だけはキッチリと拒否されつつ、すっかり夜になった露天風呂でひとり身体を洗う。正直安心していた。とみおと一緒にお風呂に入っても私は全然構わないけれど……やっぱりあの人は
でも、このままだったら永遠に次のステージに行けないんだよね。せめてこの温泉旅行中に、き、き、キ…………ちゅーくらいはしておきたいものだ。……ダメかな? ちゅー。ダメだよなぁ。はぁ。でもやっぱり、ほっぺたにちゅーくらいはしてほしいよ。
「……ちゅ、ちゅー……」
夜空に向かってちゅーのデモンストレーションをしながら、露天風呂で身体の芯を癒す。正直言って、身体の軽さは2年前と同じくらいになるまで回復している。温泉様々だ。ガチな話、ここまでの回復機能があるんだったらとみおと毎年来ても良いくらい。この非日常感に絆されて、来年は更に進展できるかもしれないし……ね。
ちゅーのことを考えて若干のぼせ気味になったが、何とか自力で部屋まで戻ってくる。そのまま布団にダイブしようとしたところ、とみおに手を引かれて制止されてしまった。
「待ってアポロ。髪の毛が乾き切ってないよ」
「あれ。のぼせて気が付かなかったかな」
「俺が乾かそうか?」
「っ……いいの!? じゃあお願い!」
「お、おう……そんな肯定されるとは思ってなかった」
私は座椅子に腰掛けながら耳をぴょこんと立てて彼の手を急かす。少しやりにくそうにしていたトレーナーだが、私の耳を手懐けた後、手渡した櫛とドライヤーで撫でるように髪を梳かしてくれた。
「ん……」
耳が跳ねる。気持ち良い。心地良い。大好きな人に触れてもらえるだけで、こんなにも心が満たされてしまうものなのか。
「好き」が止まらなくなる。狂おしいほどに。好き。大好き。もっと触ってほしい。もっと知ってほしい。そして知りたい。彼の全てを。
「……あ」
髪を梳くとみおと視線が合う。火照った私の顔。見られたくないような、もっと見て欲しいような。でも、恥ずかしい。照れくさい。結局私は視線を逸らして、指を忙しなく動かしながら俯いてしまった。
「……アポロ?」
「…………」
「…………」
しばしの静寂。空気が悪いわけじゃないけど、でもそれだけ。攻めたいのか攻めたくないのか、どっちつかずな私は口を噤むだけだった。
そんな中、髪を乾かし終わったとみおが私の頭を撫でてこんなことを言う。
「アポロ、よく頑張ったね」
突然のことだった。ぽふん、と。頭の上の辺りを撫でる大きな手。何を頑張ったのか分からなくて、私は耳をピンと反らすことしかできなかった。
「グランプリが終わってから忙しくて、ちゃんと言葉にしてなかった気がしてさ。これからも現役を続行すると思うけど、区切りの時期の今だからこそ言っておきたくて。……3年間、本当にお疲れ様。夢を叶えてくれてありがとう」
「――っ」
彼の手に包まれて、労るような、慈しむような言葉に曝される。ただ頭を撫でられただけなのに、不意に胸の奥から詰まるような苦しさが湧いてきて、気づいた時には瞳の奥から涙が溢れ出していた。
「っ、うん……っ、私、頑張った……っ! めちゃくちゃトレーニングもレースも頑張ってきて……っ、自分のために、みんなのために走ってきて……それで……っ」
「知ってるよ。アポロは誰よりも頑張り屋さんだから」
2度、3度。流れに沿って髪の毛を撫でるとみお。そんなに優しくされたら、ダメなんだ。誰にも見せられないような、酷い泣き方しかできないというのに。
手首で涙を拭う私と、それを宥めるとみお。泣き顔を見せたくなくて、彼の元から離れるのではなく、むしろ接近することで私は顔を見られないようにした。
「
ひたすらに、遠回しで。
ひたすらに、誠実な言葉だった。
「好き」「愛してる」という言葉よりも、もっと深い。
積み上げた過去があるからこそ深く突き刺さるような。
彼なりの優しさと、想いの詰まった温かい言葉だった。
ふと顔を上げると、とみおの顔が近づいてくる。
「えっ、ちょっ――」
怯むように目をぎゅっと閉じる。まさか、そんな急にちゅーしてくるの。聞いてないって。するなら先に言ってもらわないと困るよ。
脳内でぐしゃぐしゃな悲鳴をあげてその時を待っていると――額の辺りの髪の毛の上から、そっと何かが押し付けられたような感触があった。
「……?」
固く閉じた瞳を開けてみると、既に彼の顔は遠くへ離れていた。
……まさか、おでこにちゅーされた?
「……とみお、チキった?」
「いやいや……今はこれが限界かなと思って」
「チキン、いくじなし」
「えぇ……」
「……勘違いしちゃったじゃん、口にされるかもって」
「まぁ……それはまたいつかの機会にってことで」
「…………」
宣言されたらされたで照れくさいしドキドキする。私は背中に回されたとみおの腕を振りほどいて、頭を冷やすために、窓際にある椅子と机の置かれたスペースへと滑り込んだ。
……泣き顔を見られたくなくて彼に密着したかと思えば、彼とくっつくのが恥ずかしくなって広縁に逃げ込んでしまうとは。我ながら慌ただしいウマ娘である。
ガラスに反射して映る自分の顔は、背景の薄闇を混じえてでも分かるくらいには火照っていた。とみおと念願叶って想いを確かめ合うことができた。意外とあっさりというか、むしろ今みたいな雰囲気になってから時間がかかり過ぎたと言うべきか。とにかく、恋のレースも無事1着を取れたってことでいいんだろう。
当初の予定とは色々と違ってしまったし、何なら勘違いさせられた回数は私の方が多くなってしまったけれど。
「……とみおはいつから私のことが好きだったの?」
「最初から?」
「っ……ず、ずるっ! そういうの、ほんと卑怯」
「実際わからないんだ。ずっと大切に思っていたから」
「……はぁ。ほんと、ずるい人」
遅れて広縁に入ってきたとみおは、私と向かい合った椅子にゆったりと腰掛ける。彼の顔から首元にかけても、少しだけ赤みがかって見えた。恥ずかしいのは私だけじゃないんだなと思って、少しだけほっとする。
「……私もだよ」
「えっ」
「正直、始めの方から結構いいなって思ってたし。いつからこんな感じになってたかは……よく分かんないけど……」
「…………」
「…………」
「…………」
「ちょっと、何か言ってよ。恥ずかしいじゃん」
「あ、あはは。ごめん」
気まずさとくすぐったさを混ぜ返したような沈黙が流れる。視線を交わせば照れたような笑いが込み上げて、かと言って目を逸らせば相手の姿を見たくなって顔を上げてしまうし――そんな、幸せの板挟みのような状態だった。
でも、しばらくするといつもの私達が帰ってくる。最強ステイヤーと、それを支え続けたトレーナー。近いような遠いような、友達のような恋人のような、普通のトレーナーとウマ娘という関係にも見える、2人だけの距離感で付き合ってきた私達が。
「……さっきは恥ずかしかったけど、あんまり変わんないね」
「そんなもんだろ」
「ま、確認みたいなものだしね」
「なんでそんなに余裕そうなんだ。さっきは照れて逃げてきたくせに」
「う、うるさい」
冗談を言って笑い合ったり、レースのことで真剣になったり。きっとこれからも、私達の関係に劇的な変化が訪れることはないのだろう。
時の流れに従って、少しずつ形を変えていくだけ。今はその途中なのだ。例えば、トレーナーとウマ娘という関係から――恋人同士になるまでの、その途中。
「私さ、いっぱいトレーニングしてきたじゃん」
「うん」
「誰よりも速く、光よりも速く走りたいって気持ちで頑張ってきたけど……いつか私が引退して、レースに出なくなった日にはさ。あなたとゆっくり歩くのも、悪くないなって。何となくそう思うよ」
「……そっか。嬉しいな」
「あなたが嬉しく思ってくれて、私も嬉しい」
「何だ、それ」
「えへへ」
「……そうだな。今までは君の走りを支える側だったけど……遠いいつの日か、君の隣で一緒にゆっくり歩くのも……きっと素敵なことなんだろうね」
私は窓の外に浮かんだ月を見上げる。
満月でも半月でも三日月でもない、中途半端な名も無き月。
しかし、どんな形であっても、月は美しい。
「ね……とみお。そっちに行っていい?」
「うん」
「ほら見て。月、とっても綺麗じゃない?」
「……うん。すごく、きれいだ」
愛しい人と肩を寄り添わせながら、私は瞳を閉じた。
肌を刺すような寒さと、絡ませた指から感じる温もりの狭間で。
私と彼の過ごすこの空間には永遠が存在して――間違いなく、そこに揺蕩っているのだと――そう思った。
☆
それから時が流れ――
ヨーロッパにある某所のトレセン学園に、穏やかな春が訪れていた。春の訪れとは即ち、夢を抱いたウマ娘達が真新しい制服に身を包む――そんな季節だ。
少しダボついた制服を着込んだウマ娘達。初めての全寮制、そしてトレーニングと勉強の両立という厳しい生活を強いられる彼女達だが……その目はキラキラと輝いていた。
その理由なんて、言うまでもない。誰もがトゥインクル・シリーズに夢を抱いているからだ。厳しく辛い現実よりも、まだ憧れの方が勝っている時期だからとも言えるか。
それはともかく、そのウマ娘達に混じって、ひときわ目を爛々と光らせるウマ娘がいた。
流れるような鹿毛のロングヘア。額にぽつんと現れた白の流星が特徴的な、柔らかい雰囲気のウマ娘である。
彼女には夢があった。憧れの人から貰った大切な夢。
彼女はその夢を叶えるためにトレセン学園にやってきたのだ。
鹿毛のウマ娘はとあるトレーナー室の門戸を叩く。
扉の向こうから顔を出したのは、グリーン・アイをしたウマ娘のトレーナーだった。
「……来たな」
「はいっ!」
どうやら知り合いらしい新入生とトレーナーは、部屋の中で机を隔てて向かい合った。トレーナーがバインダーを手に取り、早くも『契約届』にペンを走らせていく。
「ここに来たということは、
「ありますっ!」
「……本当に?」
「はいっ!」
人懐っこい少女の瞳に、限りなく眩く、そして鋭く光るものが現れた。
まるで雪の結晶のような、眩い輝き。
かつて、過酷な長距離レースに憧れを抱いた少女がいた。
究極のせめぎ合いの先にある唯一の美しさを求めて、世界へと挑んだ少女がいた。
その少女は今、まさに誰かの夢をかけている。
「よろしい。それでは体裁的なものではあるが……軽く自己紹介を頼もうか」
かつて、誰もが考えていた。
永遠など存在しない。
生物である以上、永遠の存在にはなれない。
その摂理から逃れることはできない――と。
それでも、永遠になりたいと願う少女がいた。
記録としても、誰かの記憶としても、ずっと残っているような、永遠の存在になりたい――と。
そして今、少女は夢をかけることによって、確かな永遠を手にした。
「はいっ! わたし、イェーツって言います! わたしの夢は――――」
夢をかけよう。
あなたとともに。
みんなと一緒に。
夢をかける限り、少女の輝きは永遠に。
そして――
夢をかける限り、ふたりの存在は永遠に。
ご愛読ありがとうございました。
これでアポロレインボウ達の物語は終わりとなります。
細かいことは活動報告で書いていますので……
またいつか、どこかでお会いしましょう。