ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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17話:反省と恋心と

『ご、ゴール! アポロレインボウが1着でゴールイン! これは――2着のファイフリズムに大差をつけての勝利となりました!』

『これは驚きましたね……1番人気とはいえ、ここまで完璧なレースをするとは』

 

 ざわざわと止まない喧騒。全力を出し切って疲弊した身体だったが、精神は萎え切っていた。敗北感と苦痛に満ちた心が身体を回復させ、すぐに歩けるまでになる。

 

 ゆっくりとホームストレートに戻りながら、電光掲示板に目を移す。すぐに『確定』の文字が点灯し、1着と2着の間には『大差』の表示がされた。幻影に取り憑かれていた私には、どれくらいの差がついていたのかは分からない。大差だから10バ身以上か。後でとみおにレース映像を見せてもらおう。

 

 そして、電光掲示板への興味を失おうとした時――タイム表示の上に見慣れぬ4文字のカタカナが存在感を示していているのに気づいた。

 

『れ、レコード!? レコードです! アポロレインボウ、ジュニア級のレコードを更新しました!』

『い、1分58秒5ですか……彼女のポテンシャルは歴代でも屈指ですよ』

 

 1:58:5。それが私の2000メートル走破タイムだった。実況解説が電光掲示板のタイムに驚愕すると同時、更に大きなざわめきが観客席に広がった。ある者は顔を見合わせ、ある者はウマホで歴代記録を確認し、ある者は「いいものを見た」とほくそ笑む。

 

 だけど、レコードを出したところで私の感情は全くもって揺れ動かなかった。盛り上がる実況と観客に苛立ちさえ覚えてしまう。

 

 だって、私はあのライバル達にあっさりと抜き去られたのだから。あいつらは、私なんか顧みず5人で勝手に争っていた。レコードを出そうが、あの優駿達は私の前を行っていた。

 

 ギリッと奥歯を噛み砕き、観客にその表情を悟られないように拳を突き上げる。お腹の底が痺れるような大歓声が私を包む。とみおも私に対して満面の笑みを向けてくれた。

 

 しばしの間観客に向けて勝鬨を上げた後、ウィナーズサークルでのインタビューもそこそこに、さっと踵を返して地下道に引っ込んだ。

 

 控室では両手を広げてとみおが私を出迎えてくれた。いつもムスッとした表情をしているけど、今日ばかりは何の曇りもない笑顔を私に向けてくれる。私は力なく微笑んで、とみおの胸に顔を押し付けた。

 

 冗談のつもりだったのだろうか。まさか本当に飛び込んでくるとは思っていなかったようで、とみおはあたふたし始める。

 

「あ、アポロ……どうした?」

「……ごめん。今はちょっとだけ、こうさせて」

 

 トレーナーの胸に顔を押し付けて、ぐっとシャツを握り締める。私の様子がおかしいことに気づいたのか、喜びの表情を引っ込めたとみおが背中を撫でてくる。

 

「怪我したわけじゃ……なさそうだな。何かあったのか? 嫌なことを言われたとか」

「……そういうのは、別にされてない」

「う〜ん、そっか」

 

 私はとみおの目の前にあるウマ耳を横に倒し、暗に「頭を撫でろ」と示した。その意図を察したとみおが私の頭に優しく触れ、毛並みに沿って手を動かしてくる。背筋にぞくりとした背徳感が押し寄せた。時々敏感なウマ耳に彼の手が当たって、うなじの辺りにぴりぴりと電撃が走る。

 

 恋に溺れ、幻影に打ちのめされ、今の私は普通ではない。次々に口から弱音が漏れ出して止まらなくなってしまう。

 

「とみお」

「うん?」

「……私、弱いよ」

「はは、レコードを出してこんなに凹む子は初めて見た」

「レコードなんて関係ない。このままじゃ、スペシャルウィークやセイウンスカイには敵わない」

「どうしてその2人の名前が出てくるんだ? 確かにその2人は世代の代表格だけど」

「――2人だけじゃないもん!! グラスワンダー、エルコンドルパサー、キングヘイロー……こんな爆逃げじゃ、みんなに勝てない!! とみお、私をもっと強くしてよ!!」

「――――」

 

 トレーナーに縋り付きながら、その胸を叩く。控室に痛いほどの静寂が訪れた。私は焦っていた。あの幻影達に大差を着けられて、余裕をもって土をつけられたことに。レースに勝って文句を垂れるとは迷惑もいいところだ。未熟で無様なウマ娘。それでも、不安が溢れ出して止まらない。

 

 いつの間にか、私が顔を押し付けていた彼のシャツはびっしょりと濡れていた。自覚のないまま、私は泣いてしまっていたらしい。あぁ、情けない。自分が嫌になる……。

 

 きっと酷い顔をしている。彼の顔なんて見られない。私はいっそう強く彼の胸板に身体を預けて、背中に手を回してぎゅっと抱き締めた。

 

 身体が、心が、壊れてしまいそうだ。勝利の余韻を感じていたいのに、強力なライバルの存在に目が行って、目の前の勝利ひとつ喜べない。本当はもっと喜びたい。思いっ切り飛び跳ねて、とびきりの笑顔でとみおに抱き着きたかった。

 

 だけど、目に見えている私の弱点、距離適性、最強世代の5人に対するスピード・パワー不足が脳裏にチラつく。あの幻影達はそんな私の不安の現れだったのだろうか。

 

 文句も言わず慈しむように私の頭を撫でていたとみおは、軽く私の耳に触れた。

 

「……アポロ。今日のレースに出てたウマ娘の名前を覚えているか?」

「……え?」

 

 意図の分からぬ質問だった。私は素っ頓狂な声を出して、恐らく涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔を彼に向けた。とみおは苦笑いしつつ、胸ポケットからハンカチを取り出す。

 

「2着はファイフリズム。差し先行が得意だけど、ちょっとパワー不足だから成績にムラがある。3着のラブリーシルエットは、地方出身。中距離専門の距離適性。4着のロイアルマリーンはパフェが好き。太り気味はパワーのトレーニングで治したらしい。5着だったヤムヤムパルフェは、アポロを意識してか逃げをつかまえるトレーニングをしていたそうだ」

「……何が、言いたいの?」

 

 左手で私の頬に手を添えて、右手に持ったハンカチで私の涙と鼻水を拭うトレーナー。私の肌を傷つけないよう、丁寧で繊細な手つきを意識しているのが分かる。

 

「今日のレースに出ていたライバルは――正直、強くは無かった。でも、全員が全員、()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そ、んなこと……あるわけないじゃん」

「でも、可能性がゼロなわけじゃない。勝つためなら()()()()()()――俺達はそういう世界にいるんだ。そうなる未来があったかもしれないんだ。その場合、スペシャルウィークとかエルコンドルパサーとか、ここにいないライバルの名前を上げている場合じゃなくなるのは分かるよね? ……目の前のライバルを見ず、他の子に意識を割かれるだなんて。今のアポロは、他の子達に対して失礼だよ」

「っ……」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。優駿たちの幻影ばかりに目が行って、私は実際のレースの相手を見ていなかった。今日は何とかなったが、そんな状態でレースを重ねていたら、いつか足を掬われていたに違いない。

 

 急に悪寒がした。私、なんてことをしてしまったのだろう。アニメ1期で、スズカのことしか見ていなかったスペちゃんに激怒していたグラスちゃんの怒りが身に染みて分かった。私は下を向いて、情けなさのあまり瞳を閉じて拳を握り締めた。

 

「ごめんなさい……」

「反省できるのは君の良いところだ。これから気をつけような」

 

 そう言って、とみおは私の頭を撫でてくる。

 ……こいつ、本当にこういう所だ。どんどん私の心に入り込んでくる。

 

「アポロ。これから一緒に、強くなろうな」

「……うん」

「誰にも負けないくらい強くなって、最強のウマ娘になってやろうぜ」

「うん」

「これからもビシバシ行くからな」

「うふふ」

 

 もちろん強くなるために理想を追い求めるのは必要だと思うけれど、目の前の現実をこなしてから理想を見るべきだ。私はとみおの大きな身体に抱かれて、最後の涙を拭う。

 

「ほら、次はウイニングライブだろ? 京都のお客さんにアポロレインボウを見せつけていこうぜ」

「……あ。ねえとみお、私の目、腫れてない? 無様に泣いちゃって赤くなってたら最悪なんだけど」

「ぶ、無様って……泣いてるアポロも可愛かったと思うけど、どれどれ」

 

 またこの男は女の子を落とすようなセリフを吐きやがった。

 とみおが屈んで私の目をじっと見てくる。綺麗な漆黒の双眸。……とみお、やっぱり今日もカッコイイ。私だけのトレーナー……じゃなくて、何か急に照れくさくなってきた。頬から耳までが熱くなるのが分かる。そんなに見られたら普通に恥ずかしい。

 

「うーん。ちょっと腫れてるけど、遠くからなら分からないんじゃないかな? ……おい、アポロ? 顔が赤いぞ? やっぱりどこか怪我したんじゃ――」

「っ、うるさ! あっち行け! マジ最悪なんだけど!」

「え、えぇ……」

 

 私はトレーナーを軽く突き飛ばして、フンと鼻を鳴らした。頭をポリポリと掻いて苦笑するとみお。「これから着替えるんだから、外行ってて! ヘンタイ!」と控室からとみおを追い出し、扉をパタンと閉めた。

 

 だが、感謝自体は伝えないことには意味がない。照れくささのあまり暴言を吐いてしまったが、私はとみおに本当に感謝している。

 

「……本当にありがとう、とみお」

『……俺は君のトレーナーだからな。ウイニングライブ、楽しみにしてるよ』

「うん……それじゃ、また」

 

 私はとみおの気配が消えたことを確認して、扉と背中合わせになる。そのままズルズルと床にへたりこみ、真っ赤になった己の顔を覆った。

 

「マジでヤバい……私、とみおのこと好きすぎるでしょ……」

 

 今更すぎる気付きであった。

 

 

 

 ウイニングライブが終わり、その日のうちに関東へ帰ることにした私達。月曜からは普通に学校があるから、あまり長居はできないのだ。本当は観光とかしたかったんだけど、また今度にしよう。

 

 京都レース場からホテルに帰り、荷物を纏めて新幹線に飛び乗った。控えめに言って、お互いに疲労困憊である。

 

 私はレース直前まで精神を研ぎ澄ませていたし、肉体的にもこのレースに向けて調整したり何なりで死ぬほど疲れてる。とみおだって日々トレーナー室に閉じこもって色んな仕事をしていたし、私よりも寧ろ疲れているだろう。

 

 何より、「待つだけの立場」というのは意外にキツい。自分は何も出来ないというもどかしさ、負けた時の「自分がもっと何とかしてやれなかったのか」という無力感……ストレスの溜まる仕事であろう。

 

 そしてその証拠に――とみおは帰りの新幹線内で爆睡してしまった。

 ぐおお、という漫画みたいないびきをかいて鼻ちょうちんをぶら下げている。何なんだろうこの人は。

 

「……とみお」

 

 隣で寝るトレーナーの肩に寄りかかる。ウマ耳を彼の皮膚に寄り添わせて、接地面積を増やす。温かくて、大きな身体。触れているだけで心がぽかぽかする。

 

「……えへ」

 

 投げ出された彼の左腕が目に入ったので、つつ、と指先でなぞる。腕から肘へ、肘から手首へ、手首から手の甲へと指の腹を滑らせる。彼の手の甲に浮いた血管を、ぷにぷにと押し潰してみる。懐かしいような、可愛らしいような、不思議な感覚だった。

 

 かつて、男だった頃……自分の手はどんなだったか。もう忘れてしまった。何なら、この人の手の方が自分のそれよりも印象深い。

 

 浮いた血管で遊んだ後は、指先を弄る。大きな爪。節のある細長い指。躊躇いなく彼の左手に私の右手を絡める。俗に言う恋人繋ぎと言うやつ。彼の肩に体重をかけている上、無意識に伸びた尻尾がとみおの太ももに絡みついているから……傍から見たらとんでもなくイチャついている。まあ、乗客が絶妙に少ないし、誰も私達のことなんか見ちゃいない。公然でありながら2人だけの空間。それが不思議に心地よくて、ほぅ、と息を吐いて欠伸をした。

 

 こうして彼と手を繋いだのは初めてだけど、案外どきどきはしなかった。こんなもんか、とさえ思った。ただ、心地よい心臓の高鳴りが彼の吐息と混じり合っていた。

 

「……ん」

 

 とみおの温もりで眠気が襲ってきた頃、彼が身を捩って微かに息を漏らした。

 

「あ、起きちゃった? ごめんとみお――」

「……ぐぉ……」

「……寝てる、か」

「……んぅ…………ぽろ…………あぽろ……」

「!」

 

 左手のウマホに目を落とそうとした瞬間、私は彼の寝言に驚いて画面から目を離した。まさかこの人、私の夢を見てる? 不意に心臓が跳ね、彼の唇に釘付けになってしまう。

 

「……あぽろ…………かつぞ……」

「――っ」

「がん……ばるぞ…………あぽろ………………」

 

 彼の寝言に、感情が爆発しそうになった。

 

 私はとみおに対して恋愛感情を抱いている。でも、それ以上に親愛や尊敬の念も持ち合わせている。だから、彼の寝言に涙が溢れそうになった。

 

「――当たり前じゃん。絶対、勝つから」

 

 控室でしばらく分の涙は流したと思っていたのだが――再び流れてきた涙は留まることを知らなかった。

 

 

 こうしてオープンクラスに昇格したアポロレインボウ。

 ――次なるレースはホープフルステークス

 

 そこにあるのは、希望か絶望か。

 ジュニア級G1が、来る。

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