ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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開幕!ジュニア級!
1話:ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になった


 

「あ〜あ……ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になって、冴えない男を勘違いさせて〜わ…………」

 

 思えば、こういうオタク特有の妄想が始まりだったのかもしれない。

 

 ――ウマ娘。現実の競走馬が擬人化して可愛い女の子になるという、言葉尻だけ見れば意味不明なフィクションの存在。

 詳細は割愛するが、そんなウマ娘ひとりひとりの物語中では、様々な経験を通して『トレーナー』と呼ばれるパートナーとの信頼関係を深めていくという流れが汲まれている。

 

 普通に社会人をしていた俺は、そんなフィクションの存在に憧れを抱いていた。ついでに、ウマ娘になって男を勘違いさせたいムーブをしたいと思っていた。

 控えめに言って気持ち悪いTS(性転換)願望である。でも仕方がない。可愛い女の子になって美貌で男を勘違いさせたいという願いは、全人類が持ち合わせる夢なのだから。

 

『ガチで可愛いウマ娘になってトレーナーを誑かしてぇ〜』

 

 俺はSNSにそう呟いてから、スマホをぶん投げて部屋の明かりを消す。よくあるオタク特有の意味不明な拗らせた妄言だ。辛い現実を嘆き、現実から目を逸らすための発言でしかない。というか、こういう発言をしてる人なんてごまんといる。

 

 ――だから。

 俺はこの妄言が実現するなんて思っちゃいなかったんだ。

 

 俺は先程の呟きのことなんか忘れて、心地よい微睡みの中、暗闇に意識を溶かしていった。

 

 

 

 

 

 

 目覚めると、知らない天井が広がっていた。

 酒癖が祟って、友人の家に泊まってしまったのだろうか。肌寒い外気に触れないように、布団の中に潜り込む。手だけ外に出してスマートフォンを探るが、どこにもない。

 

「……?」

 

 俺の寝起きはネットサーフィンとウマ娘プリティーダービーから始まるのだ。その朝のルーティーンができないとなると、ちょっと不機嫌になってしまう。ムスッとしながら俺は布団を捲った。

 

 そこで俺は違和感に気づく。

 

(……あれ? 白髪が生えてる)

 

 視界の端にチラついた白い髪。手に取ってみると、サラサラとして肌触りが良い……じゃなくて、しっかりと根付いている。間違いなく俺の髪の毛だ。と言うか、クッソ長い。白髪の量多すぎだろ。え、待って。もしかして髪の毛全部白髪になっちゃった!?

 

 マジかよ、まだ20代半ばだってのに……あはは、もう俺もオジサンになったか……。

 

 果てしないショックを受けて、俺はベッドに逆戻りする。はぁ、マジでお布団の温もりだけが癒しってワケ。

 

 …………。

 

 布団を被ろうとした際に気づいた。

 あれ、俺の手なんかおかしくなかった? ちっちゃくなかった?

 

 俺は布団から顔を出しながら、自分の手を睨んだ。……とてもじゃないが、男のものとは思えないほど白かった。透き通るような美肌? って感じ。それに、骨ばってないし、柔らかい。丸みがある。……何か、女の子の手みたい。爪もこじんまりとしてるし。

 

 ……ちょっと、おかしすぎないか? 一日で白髪が生え揃うわけが無いし、手が小さくなるはずもない。この部屋に来るまでの記憶もぼんやりしてるし、控えめに言ってマジでヤバい。

 

 脳が異常事態を察すると、眠気がぶっ飛んだ。布団を蹴り飛ばし、ベッドから転げ落ちる。

 

「いて!」

 

 自分から発せられる声が女の子のものだし、何より自分が着てるパジャマが女物だし、部屋の向かい側で知らない女の子が寝てるし……ガチで脳がバグりそう。

 

 しっちゃかめっちゃかになりながら、俺は部屋の中を這いずった。ふと、机の上に置かれていた手鏡が目に入る。

 

 ――非常に。今世紀最大級に、とてつもなく嫌な予感がした。

 

 恐る恐るそれを手に取り、己の姿を見る。

 

「――!?」

 

 そこにいたのは、驚愕に目を見開く美少女()()()。彼女――いや……俺は、ボブカットにしたゆるふわ芦毛を蓄え、アメジスト色の瞳をしている。鼻は小さく、桜色の唇はぷるんとしていて――

 

 いや俺可愛すぎか!?

 

 ビックリしている顔が死ぬほど可愛い。え、何これ。俺ってこんなに可愛いの? 可愛いってこんなにエグいんだ。つーか、自分のモノではあるけどウマ耳ってどうなってんの。俺は(多分)ライスシャワー並にでかいウマ耳に触れてみる。

 

「なるほどね……?」

 

 猫とか兎の耳に感触は似ていた。唯一違うのは、俺の頭から生えてるものだから、くすぐったさを感じること。芦毛の体毛らしきものがもふもふする。おぉ、軟骨もあるのね……。

 

「やべ〜」

 

 こういう時の俺の適応能力は異常だ。自分の美しさに見惚れていた俺は、気づいた時には手鏡を手に様々な表情を繰り出していた。

 

 怒った顔、笑った顔、真顔、泣き顔。まあ、涙はそんな急に出せないけど……とにかく俺ってば可愛すぎ。

 

 しかもスタイルがイイ!! ……多分。

 

 え、あるよね? このサイズって結構ある方だよね?

 

「もう、アポロちゃん……何やってるの?」

「!?」

 

 自分の身体を確かめていたところ、部屋の向こうで寝ていた女の子が俺に声をかけてきていた。あなた誰? あと、アポロちゃんって誰のこと?

 

 とにかくヤバい。つーか、この状況がわけわかんねぇ!

 

「おれ――じゃなくて、私、えと、学校の身支度をしてて! あ、あはは!」

 

 勢いで誤魔化すが、ベッドの上で目を擦っている鹿毛のウマ娘が首を捻った。

 

「アポロちゃん、今日は土曜日だよ? 授業も何も無いけど」

 

 あぁ……第一声で墓穴を掘っちまった。そもそも、俺が誰なのか、ここはどこなのか、適当にかましたけど学校とか授業って何なのか、全部が全部分からない。

 

 ……ここは素直に白状した方がいい気がする。いつか誤魔化しが利かなくなるくらいなら、いっそのこと言ってしまった方が楽だ。

 

「……その、ごめんなさい。お……私、今までの記憶が無くなっちゃって」

「き、記憶が?」

「……うん」

「本当に言ってる? 怪しい針師に針でもぶっ刺されたの?」

「それもよく覚えてない……」

 

 意識して女の子っぽい口調を心がけつつ、俺は洗いざらいを話した。

 

 

「ふーん……なるほどねぇ」

 

 同室のウマ娘――グリーンティターンは顎に手を当てた。

 

「つまり、ガチの記憶喪失で……超・困ってるってことだね」

「うん……まあ、そういうこと」

「今ひと通り説明したけど、大丈夫そ?」

「とりあえずは、何とか。本当にごめんね」

「全然いいよ!」

 

 俺の名前はアポロレインボウ。この場所は『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』、通称トレセン。そして、この子と俺は中等部。あと、今は4月で入学式が終わってすぐ後らしい。……全く覚えていないので申し訳ない。

 

 過去のアポロレインボウこと俺は、グリーンティターンによると『最強のステイヤーになる』ことを目標にトレセン学園に入ってきたらしい。過去の自分を信用するなら、俺にはステイヤーの才能があるということだ。ひとまずの俺の目標は『最強ステイヤーになる!』でいいだろう。

 

 もちろん、こんな可愛いウマ娘になったんだから、トレーナーをからかって勘違いさせたくはあるんだけどね。

 

 とにかく、そろそろアレだ。選抜レースってのが行われる時期。まぁ、俺は中央トレセン学園に入れるほどのウマ娘だ。競馬で言えば、中央デビューできる馬って、生産馬に対して数パーセントにも満たないらしいじゃん。なら、俺ことアポロレインボウは結構なエリートってことだ。あはは、何とかなるでしょ。

 

 

 ――なんて考えていた時期もありました。俺がバカでした。大バカでした。

 

『ゴール!! 1着はスペシャルウィーク!! 2着以下を大きく引き離し、選抜レースで勝利を上げました!』

 

 はい。選抜レースでスペちゃんと当たっちゃいました。というか、最強と名高いあの世代と同世代でした。今の生活に慣れるのに精一杯で、同世代のこととか考えてませんでした。

 

 スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイロー……短距離から長距離まで、ついでにダートまでクソ強ぇメンツが揃う中に放り込まれたわけです。

 

「ぐふっ、おえぇ……みんな速すぎ……」

 

 俺はターフの上に大の字になりながら、滝のような汗を拭った。ちなみに俺は、さっきのレースじゃドンケツの最下位。俺が憑依(?)してからウマ娘の闘争心をぽっかり忘れている上、そもそも走り方を知らないから、当然といえば当然だが……トレーナーに囲まれているスペシャルウィークを見ると、何だかもやもやした。

 

 くそ。俺だって、強ぇウマ娘になって勝って、トレーナーにちやほやされたかったよ。そんで、男トレーナーを勘違いさせたかったよ。――でも、選抜レースで上位を取らなければ、そもそもトレーナーがつくことさえありえない。つまり、メイクデビュー出走すら叶わないのだ。トレセン学園がそんな当たり前の競争社会であることを、俺は大敗するまで忘れていた。

 

 ゲーム内じゃ勝って当たり前だったし……何より本気にならなくてもよかったのだ。指先でポチポチやってるだけでクソ強いウマ娘がポンポン出来てたから、周りのウマ娘から溢れ出す熱気と闘志を肌で感じていなければ、俺は勘違いしたままだっただろう。

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ、はぁ――っ……」

 

 スペシャルウィークは言うまでもないが、2着、3着になったウマ娘にもスカウトの手が伸びていた。もちろんスペシャルウィークに比べると人数は少ないが……彼女に食らいついていたこの2人の能力が評価されたのだろう。

 

 ……羨ましいと思った。本当なら、トレーナーが争奪合戦を繰り広げるくらいぶっちぎってやりたかった。でも、それは叶わなかった……。

 

「これが、俺の全力……なのか……?」

 

 いや、これが全力のはずがない。俺はもっと伸びる……はずだ。

 

 そもそも、前提からして不利だったのだ。男の身体からウマ娘の身体に憑依して、全力疾走できますかという話だ。言い訳はしたくないが、あまりにもぶっつけ本番すぎたのは間違いない。

 

 ただ――こんな俺にも有利な点はある。未来の結果・彼女達の得意脚質が全て俺の頭の中に入っていることだ。皐月賞、ダービー、菊花賞、それからシニア級に至るまで……彼女達の着順やレース展開は全て覚えている。インターネット様様だ。

 

 純粋な能力で劣るなら、頭脳で何とかするしかない。それこそ、セイウンスカイみたいに。まあ、ここで問題なのは、恐らく俺がセイウンスカイよりも才能に乏しいことなんだよね。

 

 セイウンスカイは確か「自分には周りの子ほど才能がない」なんて言っていたはずだ。いやいや、俺の方がないんですけど。セイちゃんと比べたら、アポロレインボウなんてメイクデビューで蹴散らされるモブ以下よ。

 

 今になってG1に出走していたモブウマ娘に敬意を抱いてしまう。元の世界の歴史には存在しないウマ娘だ。その強さは保証されたものではない。……きっと、滅茶苦茶頑張ったんだろうな。

 

「スペシャルウィークさん、私と一緒に日本ダービーを取ってみませんか!!」

「俺と一緒に最強のウマ娘に!!」

「僕と――」

「私が――」

 

 スペちゃんの周りにいるトレーナーが、早くも()()()()()()()()()()()()()を熱弁している。あぁ……そうか。この人達にとっては、メイクデビューはもちろん、選抜レースさえ()()でしかないんだ。

 

「……っ」

 

 ――必ず、俺を見せつけてやる。

 

 唇を噛み締める。心の底に、熱く燃え上がる闘志が宿った。

 

 ウマ娘プリティーダービーをやっている時、育成ウマ娘がメイクデビューを負けることに腹が立った。そんな時は速攻でデータを消去したし、何なら敗北のひとつにさえ苛立っていた。

 

 ストーリーはもちろんスキップ。ファン数を稼ぐため、コンディションも得意脚質も、彼女達の夢も無視してレースに出させまくった。俺の求める『結果』は上振れだけ。そのために何人のウマ娘が消えていったのだろう。

 

 出てくる言葉は汚いものばかり。モブブロックやめろ。クビ差ハナ差で負けるな。因子が。ファン数が。下振れが。上振れが――

 

 違う。ここにあるのは現実だ。やり直しなんて出来ないリアルだけが広がっている。

 

 アプリのことなんて忘れろ。この世界に目覚まし時計なんて存在しねぇ。過去は覆らないんだ。

 

 胸が熱く、苦しくなる。その熱は身体全体を包み込み、抑えようのない衝動となった。

 

 このまま負けていいのか? いや、それは俺のプライドが許さねぇ。何より、憑依したこの子――アポロレインボウちゃんに申し訳が立たない。この子は最強のステイヤーを目指してトレセンに入ってきたんだ。せめて長距離重賞のひとつでも取らないと、アポロちゃんも浮かばれねぇ。

 

 俺の中の意識が変わっていく。全力が出せなかったとはいえ、本気で臨んだ。それでぶっちぎりの最下位を取った。スペシャルウィークがいたとはいえ、それ以外にも完敗した。

 

 これが悔しくなくて何だ。

 

 ――やってやる。二度とスペちゃんには負けてやらねぇ! ウマ娘に備わる闘争心がない? 全力疾走が怖い? うるせぇ!! 全部乗り越えてやるよ!! 俺のなけなしのプライドをへし折った罰を与えてやるから、覚悟しとけよスペシャルウィーク!!

 

「スペシャルウィーク――っ」

 

 スペシャルウィーク、日本総大将。あの欧州最強馬モンジュー……ウマ娘ではブロワイエに勝っただけあるぜ。だが、目標ができた。俺はスペシャルウィークを超えた最強のステイヤーになる。絶対になってみせる!!

 

 俺は拳を握り締めて、歯軋りした。常日頃から努力を重ねている彼女達の上を行くため、更なる努力を重ねなければならない。トレーナーがつかないウマ娘の多くは、夢を諦めてトレセン学園を去ると聞く。この世界では、レースが全てなのだ。勝たなければ。いや、勝つ。

 

 努力は嫌いだが、この身を焦がすような悔しさと情けなさを味わったら、否が応でも努力しなくちゃいけないって流石の俺でもわかる。……もしかして、これがウマ娘の勝ちたいという本能的な欲求なのだろうか。

 

「……帰るか」

 

 俺は寮に帰りながらウマホに目を落とす。カレンダーアプリを立ち上げ、次回の選抜レースの予定を確認する。

 

「……あと、3回か」

 

 2週間刻みで選抜レースが行われ、その後にメイクデビューとなる。つまり、残り2ヶ月もしないうちにある程度の実力をつけなければ、そもそもトレーナーがつかずにトレセン学園から退学しなければならないのだ。

 

 ……厳しい。指導者も誰もいないこの状態で何ができるのか。自分の脚質も分からないのに、どうしてレースで勝てるのだろうか。

 

 実力に差がありすぎるスペシャルウィークやグラスワンダーあたりのウマ娘と当たらないように祈りつつ、モブ・フルゲートの時の選抜レースで勝ちを拾っていくしかないわけか。

 

「先は長いし、真っ暗だなぁ……」

 

 俺の逆襲が叶うとしたら、まだまだ先のことになる。ステイヤーってのは晩成型が多いから――クラシック級の夏を超えた辺りから俺は本格化するだろう。まずは選抜レースで勝ちを拾い、トレーナーをつける。そこから何とかオープンウマ娘になり、スペちゃん含めたこの世代に勝負をかける……しかない。考えれば考えるほど、取らぬ狸の皮算用って感じでげんなりしちゃう。

 

 だけど、俺は諦める気はない。長く苦しい戦いになるだろうけど……アポロレインボウちゃんの夢と、トレーナーをからかって勘違いさせるって夢のために、俺はやるぜ!!

 

 気合を入れるため、俺は頬を叩いた。

 

 思ったより力が強くて、後になってほっぺが手型に腫れた。

 


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