ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
次なる目標レースは中距離ジュニア級G1・ホープフルステークス。それに挑戦するにあたって――私達には勝負服のデザインに関する問題が浮上した。
ある日のオフ、私は持参したスケッチブックを片手にトレーナー室に入った。今日はその勝負服のデザインを決める日なのだ。
「よう、今日は早いな」
「あったりまえじゃん! 私の勝負服のデザインを決める日なんだから」
――勝負服。それは、ウマ娘に与えられる特別な服。G1のみで着用を許可されており、その意匠は千差万別である。
オープンクラスに昇格し、次走にG1競走を控えているウマ娘にはもれなく勝負服が与えられるのだが、そのデザインはウマ娘と担当トレーナーの要望が反映されることが多い。URA年度代表ウマ娘になるなどの栄誉を受けると、基本の勝負服とはまた違った特別な勝負服が授与されることもあるらしい。トウカイテイオーとか、メジロマックイーンとか、その他諸々。
どの程度まで意見が通るかは未知数であるものの、一生に一度しかない晴れ衣装だ。ゴリゴリに自分の好みを推していく所存である。
「じゃ、早速考えますか!」
「おう。それぞれアイデアを出していくか」
24色の色鉛筆をカバンから引っ張り出して、自画像を描きつつ服のデザインを考えていく。デザイン素人の私だから、勝負服の造形に関して先人に倣うべきだろう。
例えばシンボリルドルフの荘厳な勝負服を取り上げよう。シンボリルドルフの勝負服は軍服の如き色合いの服だ。服の上には7つの勲章が付いており、彼女が残したG1・7勝の偉業を示している。
この勝負服のデザインは、「全てのウマ娘が幸福になる理想の世界」を作りたいというシンボリルドルフの願いの結晶でもある。彼女はその理想を実現するため、世界の支配者たる皇帝然としたデザインを依頼したらしい。道理で、あの勝負服を纏うと彼女の風格も5割増なわけだ。
ただ、聞いた話だと、あの勲章は最初から7つあったわけではないようだ。昔の写真を見れば分かるが、皐月賞を制する前は煌びやかな勲章の無い地味な勝負服だった。日本ダービーを無敗で制した頃から勲章を付け始め、最終的に7つになったとか何とか。
そう、彼女のように確固たる目標や理想があれば、それに沿ったデザインを頼めばいいのだが……私の夢は「最強ステイヤー」である。最強ステイヤーっぽい勝負服のデザインって何だ? 強そうなステイヤーっぽい勝負服にして下さい! って依頼をされても、デザイナーは首を捻るばかりだろう。
なら、単純な私の趣味嗜好から勝負服のデザインを絞っていくか。
「うーん……」
最初にひとつ言えることは、なるべく肌を見せたくないということだろうか。……谷間やらへそやら太ももやらを衆目に晒して走るなんて、私にはできない。ちょっと恥ずかしすぎる。
ナリタブライアンみたいな勝負服はちょっと恥ずかしい。ブライアンちゃんは刺々しい威圧感でバランスを取っているが、普通にあの格好は露出が多いと思う。タイキシャトルもそうだが、ああいう勝負服を着るにはスタイルの良さと堂々とした態度が必要だろう。フジキセキみたいなのもどうなんだろう。私には似合わない。
私の希望としては――そうだなぁ。サイレンススズカのように、露出を控えつつ魅力を感じさせられる勝負服が良いかも。
今はまだ作られてないんだろうけど、最強世代の5人の勝負服は特に完成されたデザインだよなぁ……。あの5人の中では、キングちゃんの緑の勝負服が一番好きだ。彼女の気高さを表しつつ、泥に汚れた姿も栄えるように設計されていて、非常にセンスに溢れている。スペちゃんやグラスちゃんもいい。白と青の衣装というのはシンプルにして最高の色合わせなのかもしれない。あ、でも、エルちゃんの真紅もいいなぁ。そんなこと言ったら、セイちゃんのふわふわモコモコな勝負服も似合いすぎてずるい。
うんうん唸って、私はスケッチブックに色鉛筆を走らせる。
…………。
ぜんっぜん決まらないや。みんなの勝負服のキメラみたいになって、まとまりのないデザインになってしまう。
私にはモチーフになった馬やその勝負服なんて無いし、「アポロレインボウと言えば〇〇色の勝負服!」って言って引っ張って来れないのよ。というかみんなの勝負服のデザインが良すぎるのが悪い。私にもちゃんといい感じの勝負服を見繕ってくれるんだろうか。
スケッチブックに描きかけた服を消して、とみおが向かい合うパソコンの画面に視線をやる。ペイントアプリを使っているのだろうか。……うわ、マウスで描いてるからヘッタクソだなぁ。
……いや、絵が下手くそでもデザイン自体はしっかりとしている。白を基調としたドレスみたいな服だ。へえ、とみおってそういうのセンスあるんだ。
良かった。アポロなだけに宇宙服! とか言い出したら本気で首を絞めてたよ。
「とみお、絵は下手だけどデザイナーの仕事もできるんじゃない?」
「はは、どうかな」
こうしてとみおのアイデアを見ていると、なんかもうこれでいいんじゃないかって気がしてくる。いそいそとマウスを動かすとみおの肩に顎を乗せて、私は画面内の白いドレスを見つめた。
「アポロは描けたの?」
「んにゃ、全然」
「まあそういうもんだよな……いざアイデアを出してくれって言われても、そうポンポン出てくるものじゃないし」
「私、とみおのアイデアがしっくり来てるかも」
「え、これ?」
「うん。この白いドレス、着てみたい」
「……! そ、そうか。ふふ、何だか嬉しいぞ」
とみおは口角を上げ、マウスを忙しなく操作し始める。線はぐちゃぐちゃで、色塗りも穴が空きまくっていたが、どんどんアイデアが固まっていく。たまに「ここはこうしたらいいんじゃない」と口を出して、私達の勝負服が完成していく。
……そうか。この勝負服は私だけのものじゃない。私を支えてくれる大切な人の物でもあるんだ。完成した勝負服案を見て、私はそんなことに思い至った。
――純白の生地に、水色の星が散りばめられたドレス。
簡単なものだったが、こうしてアポロレインボウの勝負服案は固まったのだった。
トレーナーの理想を纏って走る、何て心躍ることなんだろうか。私はその日、眠れぬ夜を過ごした。
後日、そのアイデアを清書しつつURAに送り届けたという旨の連絡を受け、私は教室でひとりニンマリと頬を緩めた。ウマホを見てだらしない表情をする私を見てか、グリ子が話しかけてくる。
「アポロちゃん、どうしてにやついてるのさ」
「んえ? あぁ、良いことがあったからね〜」
「良いこと? ……あぁ、トレーナーさんとの仲が進展したってこと?」
「ぶっ! ちが、違うから!」
私はデバイスを放り出してグリ子を締め上げる。もっとも、身長が低いから全然効いていないけど。グリ子は意地の悪い笑みを浮かべて、締められながらもまだ冗談を言うつもりのようだ。
「え〜本当に? アポロちゃんさ、紫菊賞の時めちゃくちゃトレーナーさんとベタベタしてたよね」
「えっ」
しかし、グリ子が冗談では済まないような発言をしたので、思わずチョークスリーパーする腕の力が緩んだ。
「ほらほら、パドックの時だよ〜。私には分かるよ、あれは恋する乙女の顔だったよねぇ」
「っ……マジでグリ子、あんたって奴は……!」
「いたたたたたた!」
その時を思い出して赤面してしまう。違うのだ。あれはレースに勝つために必要な儀式のようなものだから、ノーカンというか何と言うか。とにかく、そこには触れて欲しくなかった!
私はギリギリとグリ子を(冗談の範疇で済むレベルの)本気でシメた後、一旦落ち着いて席に着いた。グリ子は息を切らして、乱れた服を整えていた。ふとその表情を真剣なものにして、彼女は私の隣の席に腰を下ろす。
「……アポロちゃん。次に出るレースって、ホープフルステークスだよね?」
「まぁ、怪我とかしない限りはそこに出ることになるかな〜」
「…………」
ホープフルステークス――最強世代の当時で言えば、ラジオたんぱ杯に当たるレース。このレースには最強世代の一角を担うキングヘイローが出走しており、ロードアックスという馬の2着に付けている。
当時、3連勝でラジオたんぱ杯に挑んだキングヘイローを完璧に下したロードアックス。その豪脚は凄まじいの一言で、怪我が悔やまれる名馬だ。
しかし、私はこのロードアックスという馬について疑問というか懸念があって。この学園にそのような名前のウマ娘が在籍していると聞いたことがないのである。
かつて彼が制した「葉牡丹賞」というジュニア級1勝クラスの競走があるのだが、その出走表に「ロードアックス」というウマ娘の名は存在しなかった。不気味な事実というか、何と言うか。
ロードアックスの不在。それがどういうことを意味するのかはまだ分からないが……もしかすると、あの歴史とは違った結果が紡がれるということもありえる。つまり、ホープフルステークスでキングヘイローが勝っちゃうとか、逆に訳の分からないウマ娘が掻っ攫っちゃうとか。
ちなみに、私はキングちゃんと戦う覚悟は出来ている。彼女が見せる爆発的な末脚は怖くて堪らないけど、彼女の距離適性の広さ的に、いつかはぶつかる運命だ。キングちゃんは来年のクラシック戦線のG1(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)に皆勤してくるだろうからな。敗北は怖いが、彼女に胸を借りるつもりで全力を尽くす所存である。
「で、ホープフルステークスがどうかしたの?」
「……まずはオープンクラスに昇格おめでとう、アポロちゃん。賞金的に除外も喰らわないだろうし、ホープフルステークスを予定に据えたなら間違いなく出走できると思うよ」
「……?」
おめでとうと言う割には、グリ子の顔色は優れない。首を傾げると、「やっぱりまだ知らないんだ」と微妙な表情をするグリ子。ホープフルステークスに何かあるのだろうか?
「――ホープフルステークス、スペシャルウィークが出走してくるってさ」
「――!」
その言葉に、私は脳髄を引っこ抜かれたみたいな衝撃を受けた。そんなことが起きるのか、ウソだろ……と悲鳴にならない言葉が漏れる。
競走馬としてのスペシャルウィークの新馬戦は11月後半だった。そこから年が明け、1月の1勝クラス競走である白梅賞、2月のG3きさらぎ賞、3月のG2弥生賞、そして皐月賞――という風なローテーションを組んでいたはずだ。
ウマ娘の世界では
考えてみれば、ありえない話ではない。メイクデビューが6月にあったなら、怪我や余程の事情でも無い限り多くのウマ娘は
史実では上がりの遅かったセイウンスカイやエルコンドルパサーも、ほぼ間違いなくオープンクラスに上がっているはずだ。グリ子の言及が無かったと言うことは、この2人は他の重賞に挑むのだろうか。
「す、スペちゃんが……ホープフルステークスに来るの?」
「うん。本人がそう言ってたし、そろそろ公示されるはずだよ」
「エルちゃんやセイちゃんは?」
「その2人はどうだっけ……ちょっと分かんないけど、エルちゃんはシンザン記念に、セイちゃんは京成杯に出るんじゃないかなぁ」
やはり、
ウマ娘がいる世界では、あの歴史にある程度沿いつつオリジナルな展開を迎える傾向があるのだろうか? 詳しいことは分からないが、とにかくスペちゃんがホープフルステークスに出てくることが確定した。来年のクラシック戦線を待たずしての激突。キングちゃんの警戒で手一杯だったのに、スペちゃんもやって来るとなると――これは相当にキツい。
「グリ子、ちょっと用事が出来た。私行くね」
「うん。ホープフルステークス……応援してるから。頑張ってね」
「……ありがと」
早くトレーナーに伝えないと。
「――スペシャルウィークがホープフルステークスに?」
「うん。友達がそう言ってた。スペちゃんもその子も嘘つくような子じゃないし、可能性は高いと思う……」
「そう、か……厄介なことになったな……」
午前中の授業休みを利用してトレーナー室を訪れた私。いつもなら絶対に来訪しない時間だというのに私を迎えてくれたトレーナーは、私の報告を聞いて顎を撫でた。
「スペシャルウィークねぇ……中長距離のスペシャリスト。マイルを走れないことはないし、大きな欠点もない。とんでもなく強いウマ娘だぞ」
「キングちゃんとどっちを警戒した方がいいかな?」
「う〜ん……キングヘイローのベストな距離は短距離からマイルなんじゃないか? ただ、アポロ含めてみんな発展途上だし、どっちを警戒すべきってのは明言できないな」
スペシャルウィークの距離適性はだいたい1800~3200メートルくらいだろう。キングヘイローは1200~1600あたりの短い距離がベストだろうが、とんでもない才能と私並みの根性を持っているものだから、3000メートルなどの長距離を走れなくもない激ヤバウマ娘だ。
例の5人とは普通に友達だし、メッセージのやり取りをするくらいの仲ではあるものの、グリ子のように併走を頼めるほどではない。それ故に、どれだけ育っているかが分からない。まさかダービー前くらいの状態に仕上がったりはしてないだろうけど、その未熟さは才能でカバーしてくるだろう。
「……私はスペちゃんを警戒すべきだと思う」
「どうして?」
私は「史実のキングヘイローが2着になったから」「ロードアックスの空いた1着の座にスペシャルウィークが滑り込む可能性が高いから」と言うつもりは無かった。そもそもこの考えは理解してもらえないだろうしね。
では、私は何故スペシャルウィークを恐れているのか? 理由は簡単で、既に戦ったことがあるからだ。私は彼女のことを恐れている。未熟も未熟、走りのど素人だった頃だけど――選抜レースでぶっちぎられたことを思い出さない日はない。
「1回スペちゃんと戦ったことがあるんだけど、あの末脚が忘れられないの」
「……選抜レースの時か。もう半年も経ったのか、懐かしいな」
「
「?」
「半年前のことだって言うのに、スペちゃんのあの足が忘れられない……って、相当ヤバいことじゃない?」
最終直線で爆発するあの末脚。選抜レースで先行策を取った私を易々とぶち抜いていった怪物の脚。普段は全く無害そうな丸い顔をして可愛らしく振る舞っているが、その実――スペシャルウィークは化け物なのだ。
考えてみてほしい。スペちゃんはG1に9回出走して4回勝利した上、負けたG1レースは全て3着以内。日本総大将の名前は伊達じゃないのである。
「そうか……スペシャルウィークの走りが半年間も心に残り続けたってことだもんな。よし分かった――キングヘイローも怖い相手だが、これからはスペシャルウィーク対策・大逃げの先鋭化を主軸にトレーニングしていくぞ」
元々ホープフルステークスに出走濃厚とされたキングヘイロー対策をしていたが、これからはスペシャルウィーク対策をする必要があるな。作戦は……同じ差し先行型だし、転用できないこともないはずだ。
「一応データは取ってある。今日はトレーニングを軽めにして、彼女が勝ってきたレースの映像を見る時間を作ろう」
「うん!」
「……授業、大丈夫か?」
「あっ」
時計を見ると、ガッツリ授業が始まっていた。とんでもない大遅刻。これでは優等生アポロレインボウのイメージが崩れてしまうではないか。
私はさっと荷物をまとめ、トレーナー室の扉に手をかけた。
「ごめんトレーナー! また後で!」
「慌てずに行けよ〜」
彼の声を背中に受けながら、私はラストスパートばりの全力疾走で教室に向かった。
なお、グリ子が「体調不良でトイレに閉じこもっている」と嘘をついてくれたので、説教は免れることができた。