ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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JPNⅢ、JPNⅡ、JPNⅠ、GⅢ、GⅡ、GⅠなどの表記ゆれは、全てG+半角数字に統一しています。(G3、G2、G1のみ使用)


20話:クリスマスと勝負服

 11月が過ぎ去り、12月も終わり際に差し掛かった。12月の後半はクリスマスだの年末だの、とにかく色んなイベントがある。忙しくて、何だか寂しくて……私の好きな季節だ。

 

 そんな12月だが、芝にダートにG1が目白押しである。年末のグランプリ有記念はもちろん、ダートG1東京大賞典、チャンピオンズカップ、ジュニア級G1の全日本ジュニア級優駿、阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス、ホープフルステークス……合計7つものG1がある。

 

 既に終わったジュニア級G1としては、先々週に行われた「全日本ジュニア級優駿」と、先週に行われた「阪神ジュベナイルフィリーズ」の2つ。

 

 川崎レース場で行われたダート1600メートルG1・全日本ジュニア級優駿の覇者はハッピーミーク。差し切っての見事な勝利であった。どうやら彼女は来年ティアラ路線とダート路線に進むらしい。彼女の万能適性に世間が驚く日は遠くない。

 

 阪神レース場で行われた芝1600メートルG1・阪神ジュベナイルフィリーズの覇者はグリーンティターン。そう、何とびっくりグリ子である。豪脚一閃、見事な追込のクビ差勝利。本人は「ミークちゃんとアポロちゃんと例の5人がいなかったから何とか勝てたね〜」とヘラヘラしていたが、とんでもない。

 

 グリ子は短距離・マイル路線に進むらしい。来年のローテーションは桜花賞→NHKマイルカップ→スプリンターズステークス→マイルチャンピオンシップ……のようになるのだろうか。ミークちゃんやエルちゃん辺りと被りまくる気がするけど、頑張って欲しいものだ。

 

 ――さて。眼前のモニターでは、G1「朝日杯フューチュリティステークス」が行われている。カフェテリアには他多数のウマ娘がいて、いずれも設置された画面に食いつくようにしてレースを見ていた。

 

 朝日杯に出場したのは、最強世代の一角グラスワンダー。正直、私が一番苦手な子だ。嫌いというわけじゃなくて、何と言うか()()のである。冗談ひとつ言っただけで睨まれそうな雰囲気があるからなのかな。

 

 そんなグラスちゃんのレースは圧巻の一言。2番手に差をつけ、ぐんぐん加速。その小さな身体を弾ませ、レコードで後続をぶっちぎってしまったのだ。

 

 カフェテリア内にざわめきが広がる。やはり、彼女の実力は()()()()()。詳しく言及するなら、あの5人の実力が同世代ではずば抜けて高い。隣のグリ子がはちみーに口をつけながら呻いた。

 

「うぅ……グラスちゃん強すぎるよ……来年、当たりたくないなぁ」

「グラスちゃんは無敗の4連勝か……マイル中距離路線に進むっぽいから、たまにぶつかるかもね」

「怖いなぁ〜……」

 

 グリ子はモニターを見ながら項垂れている。私からすれば、グリ子の勝ち方も相当強かったんだけど……そこはまぁ、本人にしか分からない実力の差があるのだろう。私だって「ホープフルステークス、絶対勝てるって!」と言われることはあるけど、今の状態じゃスペちゃん達に勝つのは厳しいって分かってるから、そういうことなんだろうな。

 

 ……そのスペちゃんだが、カフェテリアの奥の席で先程からぼーっとしている。私はグリ子に言ってスペちゃんの机に歩き出した。

 

「スペちゃん」

「あ……アポロちゃん」

「どしたん、ぼーっとして。話聞こか?」

 

 スペちゃんの隣に座り、どこかしゅんとした様子の彼女に話しかける。耳は元気が無さそうに垂れていて、尻尾の動きも弱い。何かあったのだろうか。

 

 グラスワンダーの勝利インタビューに視線を彷徨わせながら、言いづらそうにスカートを握るスペちゃん。これは相当辛いことがあったに違いない。私は身構えて耳を傾けた。スペちゃんは今にも泣きそうな顔で、やっと口を開いた。

 

「しょ、勝負服が届いたんだけど……その、スカートのチャックが締まらなくて」

「は?」

「……トレーナーさんに太り気味って言われちゃった」

「…………」

 

 ずっこけそうになるのを我慢して、私はスペちゃんに苦笑いを作る。

 スペシャルウィークは生来大食いである。同時に、ちょっと太りやすいというか、体重管理が難しいという性質を抱えている。それは付いた脂肪を筋肉に変えやすいという長所でもあるのだが、どうやら今回は悪い方の結果になってしまったらしい。……うん、そういうこともあるよ。

 

「あ、あはは……体質的にしょうがないって。まだホープフルステークスまで1週間あるんだし、体重を絞るのは全然間に合うよ」

「そうかなぁ……そうだよね。うぅ、トレーニング頑張らなきゃ……」

「それにしても、スペちゃんは勝負服届くの早いね」

「実は3日前に届いたんだ! すっごくカッコよくて、早くレースしたくてうずうずしてる!」

 

 ぱあっと表情を明るくして語るスペシャルウィーク。どこまでも真っ直ぐで、ライバルの私すら応援したくなってしまうほど健気な女の子。それがスペシャルウィークだ。ただ、そのレースぶりはある意味残酷で、人畜無害そうな顔から繰り出される鬼の如き末脚で何人ものウマ娘を屠ってきた。

 

 彼女の勝負服は白と紫を基調とした服。まさに主人公という感じの堂々とした色合いとデザインだ。スペちゃんと言ったらこれ! という勝負服で……超かっこいいし可愛い。

 

 私の勝負服も早く届かないかなぁ。白いドレスの勝負服。

 

「アポロちゃんの勝負服は届いたの?」

「いや、全然。URAから連絡が来ないし、体操服とかライブ衣装でホープフルステークスに出ることになったらどうしよ〜……なんて」

「ええっ!?」

「あはは、冗談冗談。……多分」

「た、多分って……怖いこと言わないでよぉ」

 

 私の勝負服は未だ届かず。デザイン案をURAにぶち上げて1ヶ月以上経過しようとしているが、向こうから音沙汰はない。スペちゃんに聞いたところ「私はだいたい2週間で届いたよ〜」と言っていたから、私だけ逆贔屓されてるのかもしれない。

 

 その後、スイーツを制限されて嘆くスペちゃんと別れ、私とグリ子は寮の部屋に帰った。グラスちゃんのライブ可愛かったね〜なんて雑談しながら、話題はクリスマスのことに変移していった。

 

「そういえばさ、アポロちゃんはクリスマスイブにトレーナーさんとお出かけする予定とかないの?」

 

 ――12月24日、クリスマスイブ。ここ日本では本来の意味から離れ、「サンタさんが来る日」とか「恋人達がイチャイチャする日」とか言われたりしている。

 

 このトレセン学園では、特に後者の意味に捉えられることが多い。色恋沙汰の好きな学生らしく、クリスマス付近になると恋バナに花を咲かせることが多くなるのだ。男トレーナーの担当ウマ娘なんて格好の餌である。

 

 そして、トレーナー好きが(同学年の子のほとんどに)バレバレな私は、友達にハチャメチャに弄られる。グリ子はそのひとりで、何かにつけて「トレーナーとの仲は進展したか」「早くしないとあんな優良物件取られちゃうよ」とお節介な近所のおばちゃんの如く急かしてくる。

 

「…………ナイデスヨ」

「嘘つかないで良いって! ほんとはお出かけするんでしょ?」

「いや、別に……」

「目ぇ逸らさないで、私にだけ言ってよ! 絶対誰にも喋らないからさ!」

「…………」

「お願い! 一生のお願い!」

「…………まぁ、トレーナーとは……お出かけ、するけど。でもデートとかじゃないし。大したことはないよ」

 

 グリ子の質問攻めに屈して、私は真実を口にした。そう、私はクリスマスイブの日、トレーナーとお出かけするのである。まぁ、普通に蹄鉄を買ったりするだけなんだけど……。

 

 ……それでも、脳の片隅に特別なイベントを期待しないでもない乙女な自分がいる。もっと仲良くなれたらいいな〜とか、もしかしたらプレゼントをくれるのかな〜とか。ちなみに私はお小遣いを叩いて買ったネクタイをプレゼントする予定である。

 

 頬を染めて髪の毛を弄りながら歯切れ悪く言った私に、グリ子は気色の悪いニヤけを更に増幅させた。

 

「うわ、なにそのガチな乙女の反応。あんた、どんだけトレーナーさんのこと好きなん?」

「っ」

 

 グリ子の核心を突く言葉、マジでイラッとする。ええそうですけど? 私はトレーナーのことが大大大好きですけど何か悪いですか!? クソ! 弄るだけ弄ってあんたは高みの見物ですか!!

 

 弄られっぱなしは性に合わない。グリ子の攻勢に反旗を翻すべく、私は手札を切る。

 

「う、うるさ! そっちこそどうなの? グリ子のところも男トレーナーじゃん!」

「っ……べ、べっつにぃ? アイツのことは何とも思ってないしぃ? と言うか、アイツは私以外にも担当してるウマ娘がいるし……チームのトレーナーだし……あ、いや、何でもない。私はトレーナーのことなんて興味ないかな〜」

 

 グリ子に担当トレーナーさんのことを聞くと、彼女の声は突然裏返った。目を忙しなく泳がせ、手で頬の辺りをぱたぱたと扇ぎながら、聞いてもいない言い訳を並べ立ててきた。ついでに失言もしつつ、フンと腕を組んで私に視線を投げかけてくる。

 

 …………ほ〜ん。

 

 みぃつけた、グリ子の弱点♠

 

「ちょっとグリ子〜! あんたも結構乙女なところあるじゃ〜ん!」

「な、何よ急に……」

「芹沢さんだっけ? 確かにかっこいいもんね〜!」

「あ、アイツなんて全然かっこよくないし……」

 

 芹沢裕也。グリ子の所属するチーム『カストル』のトレーナーである。身長190センチで筋骨隆々、常ににこやかな笑みを携えている優男。初めて会った時は色々とデカすぎてビビった。

 

「そっかぁ、グリ子は芹沢トレーナーのことが気になってるんだぁ。散々私のこと弄ってたくせにね〜」

「…………」

 

 グリ子は耳を畳んで押し黙ってしまった。ベッドに寝転んで向かい合っているのだが、彼女の頬が真っ赤なのが窺える。かわいいヤツめ。

 

 羞恥が限界に達したのか、布団を被ってしまうグリ子。彼女は茹で上がった耳だけを出して、私にこんなことを提案してきた。

 

「……アポロちゃん。協定を結ばない?」

「きょうてい?」

「そう。……女同士の取り決め、どうやったらトレーナーに意識してもらえるかをアドバイスし合いたいの。そのために、お互いからかい合うのはやめようっていう協定。……どう?」

 

 グリ子は不安げに耳を横に倒して、ぴこぴこと揺らめかせている。私は二つ返事で彼女の言葉に頷いた。

 

「いいよ〜」

「ほんと!? じゃあ早速アドバイスが欲しいんだけど、どうやってトレーナーをクリスマスデートに誘えばいいかな!?」

「うわ、すごい食いつき……ピラニアかな? と言うか、私は別にとみおとデートするわけじゃないよ」

「デートじゃなくても、とにかくクリスマスにトレーナーとお出かけしたいの! どうにか口実を作って、トレーナーを引っ張り出したい!」

「それならさ――」

「でも――」

「関係ないって!」

「そうかなぁ……」

 

 こうして私とグリ子は意見を出し合い、お互いのトレーナーとのクリスマスの過ごし方に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 有記念が終わり、クリスマスイブがやって来た。商店街は12月に入った頃からクリスマス一色であったが、イブともなればイルミネーションも賑わいも段違いである。

 

 私ととみおは予定通り、蹄鉄やスポーツドリンクなどのトレーニングで消費する物を買いに来た。クリスマスの雰囲気もへったくれもないが、私は彼と一緒に居られるだけで嬉しいと思っている。

 

 商店街で売られているテレビには、先日行われた有記念の覇者であるマーベラスサンデーが大きく映されている。ゴール板を駆け抜けた直後の映像だ。弾けんばかりの笑顔で、両腕がちぎれるんじゃないかというくらいぶんぶん腕を振っている。パッと画面が切り替わったかと思うと、マーベラスサンデー、エアグルーヴ、メジロドーベルのウイニングライブが始まった。

 

 人通りの多い中、僅かに流れ出すライブの音楽と歌声。有記念……いつか出てみたいなぁ。

 

 立ち止まってテレビに釘付けになっていた私の横に、両手に荷物を提げたとみおがやってくる。ベンチに座り、肩を並べてテレビを見る。

 

「有、凄かったな」

「うん。いつか一緒に行こうね」

「……当然だバカ野郎。でもまずはホープフルステークスだ」

「…………」

 

 ホープフルステークスまであと数日。勝負服はまだ届いていない。でもそれ以上に、キングヘイローとスペシャルウィークと激突することに不安がある。

 

 紫菊賞から2ヶ月間、ずっとパワーを鍛えてきた。逃げて差すという極致に辿り着けたわけじゃないけど、逃げて先行気味に末脚を使うくらいの体力を身につけることが出来た。磨いてきた根性とスタミナを見つめ直し、更なる先鋭化にも成功した。

 

 でも。それでも。果たして2000メートルでスペシャルウィークとキングヘイローに勝てるのか――という不安は一向に拭えない。ぶるり、と私は身震いした。武者震いか、それとも外気温の低さによるものか。

 

 かちかちと歯の根が合わない中、視界に黒い影がかかる。それはまつ毛に引っかかって停滞していた。何だろうと思って指先でそれを掬うと、冷たく白い塊が肌に灼かれて透明な雫に変わっていった。

 

 雪だ。反射的に空を見上げると、曇り空から牡丹雪が降ってきていた。

 

「……お、雪だ。珍しいな」

「ホワイトクリスマスだね」

 

 マフラーの下に鼻を埋め、隣のトレーナーに少しだけ接近する。商店街の中央にそびえ立つクリスマスツリーに白い装飾がふり積もっていく。お互い声も出さず、しばらく周囲の風景を眺めていた。

 

 テレビに映るニュースの映像。雪が降ってきたためか、小走りで駆けていく人。或いは、肩を寄せ合って寒さに耐え忍ぶカップル。牡丹雪に喜びの声を上げる子供と、明日の通勤を心配するその親。紙袋を両手に持ち、せっせと歩いていく人。

 

 走る人達を危なっかしく、子供やカップル達を微笑ましく思いながら、私達はしばしの間ベンチで街ゆく人を見つめていた。

 

 そのままどれくらい経っただろうか。私達の他には人っ子一人おらず、商店街の喧騒はどこかに行ってしまった。雪が強くなり始めたからだろう、みんな建物の中に籠ってしまった。

 

「雪が積もる前に俺達も帰ろうか」

「ん」

 

 とみおが立ち上がり、荷物を持つ。蹄鉄や重い荷物は私が持ちつつ、それに続いてよっこらせと立ち上がる。隣の彼を見ると、私の頭の方に視線が向いていた。首を傾げていると、彼の大きな手が私の髪の上に積もった雪を払った。

 

「アポロは雪が似合うな」

「そう?」

「あぁ。桃色の髪に雪が良く映えるって言うか、美味しそうって言うか」

「うふ、何それ」

 

 耳を横に向けて彼の手の感触を楽しんでいると、「触るぞ」と声がかかる。どうやらウマ耳の上に乗った雪も払ってくれるようだ。

 

「ちょっと、くすぐったいよ」

「ごめんごめん。でも、寒そうだったからさ」

 

 ウマ耳には厚い毛が生えている。毛の下にはちゃんと皮膚があるけど、軽い雪が多少積もっていても案外分からないものだ。トレーナーが私の大きなウマ耳にわしゃわしゃと触れ、雪を落としてくれる。指先がウマ耳の溝をなぞってきてくすぐったいけど、彼に触れられて悪い気はしない。

 

 しかし、ウマ耳というのは非常に繊細だ。外気にずっと触れたままというのは風邪の原因になってしまうかもしれない。

 

「私もネイチャ先輩みたいなイヤーキャップ買おうかな〜」

 

 そう言いながら歩き出そうとすると、とみおの歩みが硬直する。何度か迷ったような素振りを見せた後、彼はこう言った。

 

「……先に言うことになっちゃうけど。アポロのクリスマスプレゼントにイヤーキャップを選んだんだ。トレーナー室に行ったら渡すよ」

「え、ほんと!? 私、凄く嬉しいっ!」

 

 とみおは私の言葉に対し、照れたように笑った。まさか、彼からしっかりとしたプレゼントを貰えるとは思っていなかった。しかも、長く使えそうなイヤーキャップをプレゼントしてくれるなんて。……この男、できる。

 

「何でイヤーキャップにしようと思ったの?」

「う〜ん。アポロの耳ってかなり大きめだろ? 何もつけずにトレーニングしてるのを見てたら、寒そうだな〜って思ってさ」

「へぇぇ……」

 

 私のこと、よく見てくれてるんだな〜。あ、担当ウマ娘がひとりしかいないから当然か。

 

 ちょっと照れ臭くなって、私は首に巻いたマフラーに頬までを沈める。気分が高揚してきて、テイオーステップみたいな足取りで歩き出したくなる。

 

 そんな私の気配を耳と尻尾で察したのか、彼が私の手を掴んできた。手袋越しに固く手が繋がれ、ぎゅむっと握られる。真剣な眼差しのとみおが、困惑する私にこう言った。

 

「雪が薄く積もってる。転ぶといけないからな」

「〜〜っ、わ、分かった……」

 

 地面を見ると、アスファルトの上に半透明の層が出来ていた。微かに積もった雪が溶けたのか、水と混じってぐしょぐしょに濡れた数センチの層を作り出している。

 

「……確かに、危ないもんね……」

 

 彼の耳にその言葉が届いたかは分からない。しかし、その発言を言い訳に、私は彼の手を強く握り締めた。

 

 お互いに荷物を持って、黄昏に染まりつつある商店街を歩く。時々立ち止まって、荷物を持って痺れていた手をほぐして、お互いに積もった雪を払い除けて。明日は積もりそうだな、なんて声をかけ合って。固く繋がれた手は違和感が無くなるくらいまで溶け合って、ひとつになっていた。

 

 お出かけの内容はロマンチックと程遠いものだったけど、こういうのが私達らしいのかもしれないなぁ。白い息を吐いて、私は頬を緩める。こんな穏やかな時間がずっと続けば嬉しいな、と思った。

 

 すっかり空が暗くなった頃、私達はトレーナー室に帰ってきた。12月後半はとにかく日没が早い。冬の本番にはまだ早いが、冬至の日が近いからだろう。

 

 トレーナー室の扉を開き、数度の点滅の後に明かりが点灯すると、私達はいつもの雰囲気に戻った。

 

「ふぃ〜、寒すぎる! 暖房暖房!」

「とみお、コーヒー入れてくるね」

「お、サンキュー」

 

 とみおがエアコンのリモコンに手を伸ばし、私はキッチンに向かってお湯を沸かす。とみおはブラックにミルク、私は微糖にミルクを加えて完成だ。コーヒーカップを持っていくついでに、私はキッチンに隠しておいたプレゼントを取り出した。

 

(……喜んでくれるかな)

 

 トレーナーに渡すクリスマスプレゼント。水色のネクタイに、ネクタイピン。ひょっとしなくても私、重い女だよね……。もう後には引けないけど、レース前くらい緊張する。

 

 私はコーヒーカップをデスクに置きに行ってから、プレゼントを後ろ手に隠して彼の前に立った。

 

「うぅ、コーヒーうま。暖房効くのが遅いなぁ。……ん、どうかしたかアポロ?」

「あ、あの。えっとね。私、トレーナーにプレゼントを用意したんだ……」

「えっ」

 

 椅子に座ったとみおが驚きに目を丸くする。私は彼にパンチする勢いで、プレゼントの入った紙袋を突き出した。

 

「こ、これ! ネクタイとネクタイピン! トレーナーのネクタイ、ちょっと糸が解れてるように見えたからさ。……どうかな?」

 

 割れ物に触れるように、優しく紙袋を受け取るとみお。私と紙袋を交互に見る彼の目はきらきらと輝いていた。

 

「ありがとうアポロ! 丁度ネクタイを買い直したいと思ってたところだったんだ! めちゃくちゃ嬉しいよ!」

「っ……」

 

 満面の笑みで「ありがとう」と言うとみお。そんな笑顔で言われたら、もっと好きになっちゃうじゃん……。

 

「早速確認していいか?」

「うん、いいよ」

「おお――水色のネクタイか! 可愛くていいな!」

「トレーナーには案外明るい色が似合うかなって思ってさ」

 

 やばい、静まれ私の尻尾。こら、揺れるな。

 

「……でさ、トレーナー。急かすようで悪いけど……イヤーキャップって――」

「あ、そうだ。忘れないうちに渡しておくか。ちょっと待ってろ、そこに置いておいたから――って、あれ? 何だこのダンボール」

「?」

 

 とみおがガサゴソと部屋の隅を漁り始めたかと思うと、そこには大きなダンボールが鎮座していた。疑問の声を上げるとみおの背中に近付いてその箱を見ると、差出人が「URA」と書いてあるのが分かった。

 

 その瞬間はピンと来なかったが、次第に「もしかして」と思い始める。これって、まさか。

 

「とみお、これって――」

「――勝負服」

 

 2人の時が止まる。待ちわびた勝負服が届いたのだ。嬉しさと同時、緊張感が走る。お互いに顔を見合わせて、頷き合う。ガムテープをゆっくりと剥がし、梱包を取り除いていく。そして現れた勝負服は――

 

「わぁ――」

 

 ――純白のドレスだった。

 

 純白の上等な生地に、一定間隔で水色のポイントとなる刺繍が刻まれており、まるでウエディングドレスのような印象を受ける。

 

 上半身はオフショルダーに半透明のフリルがついており、ウエストの部分できゅっと締まっている。下半身は膝丈のスカートで、非常に上品で清楚な雰囲気を醸し出している。

 

「――これが、私の勝負服」

「っ……あぁ。ついに……G1に出られるんだ、俺達っ……」

 

 とみおは涙ぐんで肩を震わせている。彼がくれると言うイヤーキャップは嬉しいが、それ以上に勝負服が嬉しすぎて感情が追いつかない。こんな綺麗な服を、私なんかが着ても良いのだろうか。

 

 鼻水を啜ったトレーナーが、勝負服を私に渡してくる。そして、こう言い放った。

 

「アポロ。勝負服とイヤーキャップ、今ここで着てくれないか」

 

 私は幾度か躊躇いながら、ゆっくりと頷いた。そのまま更衣室に行き、私服を脱ぎ捨てる。

 

「こ、こんなの……私には綺麗すぎるよ……」

 

 私は勝負服の美しさに何度も狼狽しつつ、その服に袖を通していく。すると、身体中にフィットする感覚がした。上等な絹の感触が私の肌を包み、心の内に燃え上がるような闘志が湧いてきた。

 

 続いて私は、彼がくれたイヤーキャップを取り出した。明らかに高級そうな箱の中にそれは沈黙していた。私の耳が大きいからか、既存のサイズではないオーダーメイド品だと分かる。

 

 私はおずおずと水色のイヤーキャップを摘む。両側にピンク色の目立つ刺繍が施されており、私の毛色を意識してくれたことが分かる逸品。手触りも良く、試しに耳にはめてみたところ、違和感なくフィットしてくれた。

 

 イヤーキャップと勝負服を着た私は姿見の前に立つ。

 私は絶句した。

 

「――――」

 

 そこにいたのは、涙が出そうなくらい美しいウマ娘だった。

 

 白いドレスに身を包み、可愛らしいスカートを揺らめかせて。白い手袋に、白いタイツに、白と黒のハイヒールを履いて。誰だか分からなくなるくらい綺麗な女の子。私は口元を手で覆い隠して、歓喜の波に打ち震えた。

 

 更衣室から出て、私の方を指さしてくるウマ娘の間を抜けながらトレーナー室に向かう。

 

 コンコン、と扉をノックして、彼の返事を待つ。

 

『……着替えてきたのか?』

「う、うん。でも……似合ってるかどうか分からないよ」

『大丈夫。絶対似合ってるから、恥ずかしがらずに入っておいで』

「……入るよ? 笑わないでね?」

 

 私は一度、深呼吸をして、扉を開いた。

 

 扉の向こうにいた彼が笑顔で迎え入れてくれる。すぐに彼の表情は驚愕の一色に変容し、思わず漏れた――といった風な言葉が彼の口をついて出た。

 

「――綺麗だ」

 

 心臓が、どくんと跳ね上がった。スカートを握り締めて、次なる言葉を待つ。いや、次の言葉なんて無いのかもしれない。それでも、「綺麗だ」なんて言葉で終わるのは、もったいない気がした。もちろん最高の褒め言葉で、天に昇りそうなほど嬉しいのだけど。

 私は強欲だ。もっと言葉を求める。

 

「……それだけ?」

「え?」

「……勝負服を着た私は、綺麗なだけ?」

「――――」

 

 とみおが椅子から立ち上がる。私に一歩、二歩と近付いてきて、目を擦って私の姿を確かめる。その目は歓喜と感動で潤んでおり、もしかすると私の姿が分かっていないのかもしれない。

 

 それでも彼は、何度も大きく頷いて、満面の笑みを浮かべていた。

 

「綺麗なだけじゃない。凄く可愛いよ。イヤーキャップも君によく似合ってる。本当に、この世のものとは思えないくらい……神秘的で、綺麗で。……ごめん、涙でよく見えないや」

「……もう。バカ……」

 

 私はティッシュを持ってきて、彼の双眸から決壊した涙を拭ってあげた。あぁ、なんて愛おしい人なんだろう。彼のためならどんな苦境にだって挑みたくなる。やっぱり、私はひとりじゃ成長できなかったんだ。この勝負服も貰えなかった。本当に、本当に、ありがとう、トレーナー。

 

 でも、勝負はここからだ。まだ私は泣いてやるものか。この服を着て涙を流すのは、勝利の歓喜によって、だ――

 

「……ありがと、トレーナー」

「っ、うぐっ、それは卑怯だってアポロ……」

「ホープフルステークス、絶対に勝つから。勝って、ウイニングライブのセンターで踊ってみせるから。だから見てて――私のこと」

「あぁ――あぁ! 見てる。きっと、いや絶対、目を離したりなんかしないからな、アポロ……!」

 

 酷い泣き顔だ。雰囲気もへったくれもない。でも、こんな彼が大好きなんだ。

 私はしばらく彼の涙と鼻水を拭い、彼の嗚咽が収まってからは、お互いに顔を見合わせて、ぷっと噴き出し合ったりした。

 

 

 こうして私達のクリスマスイブは終わりを迎えた。

 私達らしい、最高のクリスマスイブ。

 

 ……でも、ひとつだけ文句があるとしたら。

 

「……この勝負服、何でお腹の部分が透けてるんだろうね」

「……俺はそんなアイデア出してないぞ」

「そうなの?」

「う〜ん……デザイナーに君の腹筋フェチがいたんだろうか……」

 

 何だか締まらないなぁ、と思いながら、私達の聖夜は過ぎていった。




次回、決戦のホープフルステークス。
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