ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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激闘!クラシック級!
24話:あけましておめでとう!


 12月31日の午後21時。

 初G1・ホープフルステークスの余韻冷めやらぬ中、私達はトレーナー室で肉じゃがを頬張っていた。

 

「んん……中々美味しいでしょ、私の肉じゃが」

「すげぇ美味しいよ。まさかアポロにこんな特技があるとはな」

「んふふ、もっと褒めてくれていいんだよ」

 

 年末だと言うのにトレーナー室に閉じこもって仕事をしていたとみお。カップラーメンやコンビニ弁当の容器がゴミ箱に溜まっていくのを心配した私は、せめてこの休みくらいは手作り料理を振舞ってあげようとこのトレーナー室に突撃してきた。

 

 外泊届を寮長のヒシアマゾンちゃんに提出して、スーパーに行って素材を買い込んで。19時にトレーナー室に到着したら、丁度トレーナーがカップラーメンに手を伸ばしていた。

 

 私はとみおの手からカップラーメンを取り上げ、「せめて今日はご飯を作ってあげるから、とみおは休んでて」と言ってソファに座らせた。彼はずっときょとんとしていたが、しばらくすると私の意図を理解して仮眠を取り始めた。

 

 ……別に、とみおの寝顔を見てたから21時の完成になってしまったわけじゃない。断じて違う。下準備に手間取っただけだから。ちょっとキスしたくなったとか、案外イケメンじゃん私って見る目あるわ〜とか、全然そんなこと考えてないから。

 

 とにかく、私はとみおに初の手料理を振舞ったわけだ。グリ子と一緒に密かに練習していたので、不味いということはないだろうが……美味しいと言ってくれて本当に良かった。グリ子もトレーナーさんに料理を振る舞えているのだろうか。今度聞いてみよう。

 

「アポロ、ご馳走様。本当に美味しかったよ、ありがとう」

「トレーナーに倒れられたら私が困るんだもん。これくらい当然ってことよ」

 

 軽口を叩きながら、私は食器を流し台に片付ける。とみおも私の背中を追って食器を持ってくる。

 

「あ、私がやるよ。とみおは休んでて!」

「いや、さすがにこれは譲れないよ。せめて洗い物くらいはさせてくれ」

「私はとみおに休んでもらいたかったんだけど……まぁ、いいか」

 

 私は流し台の端に寄り、スペースを作る。トレーナーは私の横に立って食器をいそいそと洗い始めた。

 

「あ、俺がスポンジやるよ」

「ありがと〜」

 

 ……こうして肩を並べると、新婚夫婦の共同作業みたいではないか――なんて思ったのは秘密だ。

 

 ちょっと肩がぶつかる瞬間が堪らなく愛おしい。ふと彼の足元を見ると、私のピンクっぽい尻尾が彼の太ももに絡みついていた。ぎょっとしてそれを引っ込めたが、尻尾の感触というのは案外しっかりしているから多分バレている。

 

 恥ずかしくなって、食器を洗う手が早くなった。

 ……そういえば、私の好意ってどこまで伝わっているんだろう。口にして「好き」と伝えたことはないけど、こうやって行動でなんとな〜く示してきたつもりではいる。彼とて好意のない人間がこんなにベタベタしてくるとは思ってもいないだろう。

 

 だが、好意が伝わっているとしても――それを聞くことはまた別問題。「私の気持ち、伝わってる?」みたいなことを聞いたらそれはもう「好き」と言っているのと同義だ。自爆も甚だしい。

 

 もどかしいが、踏み込めない。私がこの均衡を崩すべきなのだろうか。それとも、彼からアクションを起こさせるように行動すべきなのだろうか。恋愛強者じゃないから分からないのが悔しい。

 

「アポロ?」

「え、どうしたの?」

「食器、洗い終わってるぞ」

 

 ぼーっとしていて気づかなかったが、手元の食器を全て洗い終わっていたようだ。私は両手を宙にさまよわせて固まっていた。とみおは手を洗って私に目を向けてくる。

 

「考えごとか?」

「……まあ、ちょっとね」

 

 私は目を逸らして口ごもった。彼は少し訝しむような素振りを見せた後、チェアに戻っていく。私は手を拭いてから彼の背中を追った。どうやら彼はまだ仕事をしたいらしい。

 

 いい加減私は頭にきて、彼をデスクから引き離す。

 

「トレーナー。年末年始くらいお休みしようよ。ね、無理のしすぎは良くないよ」

「…………」

 

 彼の袖を引いてアピールする。年末年始の(学生の身分からすれば)大型連休まで休んでいないとなると、遠からず蓄積した疲労が祟って倒れてしまうかもしれない。それがクラシックの大事な時期に重なりでもしたらおしまいだ。

 

 キャスター付きの椅子を仮眠用ベッドに向かって引っ張りながら、私は彼にアピールを続ける。

 

 トレーナーあってのアポロレインボウだ。あなたに倒れられては前に進めない。私のためを思って行動してくれているのは分かるが、限度を知ってくれ。そんなことを言いながら、遂に彼を椅子から引き剥がし、仮眠用ベッドに横たえることに成功した。

 

「……さっき、仮眠を取ったばかりなんだけど?」

「1時間も寝てないじゃん。とみお知ってる? 数十分の仮眠って、睡眠不足を解消するには不十分どころか全く効果がないんだってさ」

「知らなかった」

「分かったなら……ほら、毛布被って目を閉じて」

 

 私は脇に置いてあった毛布をバサッと広げ、横たわった彼の身体に満遍なく被せてやった。とみおはもぞもぞと身体を動かした後、観念したように瞳を閉じた。

 

 それを見届けた私は、部屋の明かりを1段階落とす。そのまま目を閉じたトレーナーの髪の毛に手をやって、くしゃりと撫で付けた。彼が目を開いて抗議の視線を向けてくる。

 

「何してるの」

「いいから」

 

 怒ったように睨みつけると、トレーナーは微妙な表情をして目を閉じた。私はとみおが座っていた椅子に腰掛け、椅子を前に引く。睡眠に至ろうとしている彼の眠そうな顔をじっと見て、右手でそっと触れた。

 

 黒髪を撫でる。そっと指先で弄んだ。見た目に艶はあるが、ウマ娘や女の子の髪とは違ってどこか硬い。人差し指、中指、親指で挟んで、擦る。ちりちりと音がして、黒髪が気持ちよく捻れた。

 

 くすぐったそうに身を捩るトレーナー。翻った顔の横についた耳が目に入ったので、次はそこを触ることにした。

 

 かつて私の頭部についていた耳。今じゃすっかりウマの耳に慣れてしまって、人間の耳の感触など忘れてしまっているから……こうして触るのは随分と久々に感じる。

 

 指の腹で、つつ、と耳の縁をなぞってみる。少し温かい。薄暗くなった部屋に存在した僅かばかりの光が、彼の耳に生えた白い産毛を光らせている。くす、と笑って耳元でそれを指摘すると、彼の耳は真っ赤に燃え上がった。

 

 なんだ、まだ寝てないのか。そう思いながら私はまだヒトの耳を弄った。軟骨を揉み、溝を爪でカリカリと掻く。こんなに柔らかかったっけ、とぽんやり感じつつ、耳たぶも捏ねくり回す。仕上げに耳を折り曲げて、シュウマイや餃子を作って遊んだ。

 

「ぎょうざ〜」

「っ……あ、アポロ。寝かせてくれよ……」

 

 夢中になっていて気付かなかったが、とみおはうなじまで赤くして、苦しそうに蠢いていた。かわいいな〜と頬をつんつんすると、彼は毛布に潜り込んで顔を隠してしまった。

 

 やっぱり、ある程度は眠たいらしい。これ以上弄るのは申し訳ない、大人しく寝かしてあげよう。私は苦笑して、椅子から仮眠用ベッドに腰を移した。彼の顔の近くにお尻を定めて、身体を捻るようにして毛布にくるまったとみおを見据える。ぎしり、とベッドが沈む。安物のベッドだから、2人分の重量でさえ悲鳴を上げているのだろう。妙に耳に残る音だ。

 

 私は盛り上がった毛布の上に手を這わせて、とみおの背中を探り当てる。彼の身体はもう反応しない。相当眠いみたいだ。

 

「……おやすみ、トレーナー」

「……ん」

 

 掠れた声が返ってくる。意識はほとんど落ちかけているのだろうか。私は彼の背中に当てた手を動かす。かつて母親にされていたように、一定のリズムでぽん、ぽんと彼の身体を叩いた。手首を使って、手のひらで慈しむように彼に触れる。

 

 すぐに安らかな息遣いが部屋に響き始める。彼が隠された毛布がゆっくりと上下して、とみおが眠りについたのが理解できた。

 

「…………」

 

 あ〜あ、こんなに疲れを溜めちゃってさ。いくら何でも頑張りすぎだって。私のために頑張ってくれてるのは分かるけど、ワーカホリックが過ぎるんだよ、とみおは。

 

 この年末年始はとみおと私の身体を休ませ、お互いの身体の芯に溜まった疲労を抜き切ること――それが来年最初の目標である。

 

 頑張りすぎたら潰れるのはレースでも同じ。私がトレーナーに似たのか、トレーナーが私に似たのかは分からないけど……私達は()()()()()ことを知らないのだ。わざとらしいくらいのブレーキをかけないと、壊れるまで突っ走ってしまう。

 

「今年はありがと、トレーナー。来年もよろしくね」

 

 毛布をめくり、安らかな寝顔のトレーナーに言う。多分聞こえてないけど、それでいい。気持ちというのは素晴らしいもので、その性質上他人に渡しても減ることがない。だから、とみおが寝ていようと起きていようと、どれだけ感謝してもこの気持ちが衰えていくことはないのだ。

 

 トレーナーにはどれだけ感謝してもし足りない。ありがとう。この言葉を100回言ったとしても、全然まだまだ言い足りない。

 

「…………きだよ」

 

 ――この気持ちだって、私は言い足りないんだから。

 

「……なんてね。あ、あはは……」

 

 薄闇に支配された部屋の中、私は顔を真っ赤にしながら頬を扇いだ。まあ、誤魔化したところでこの親愛の感情は収まらないのだけど。

 

 とみおの寝顔を見つめながらテンションのおかしい自分を落ち着けていると、彼が寝心地悪そうに寝返りを打った。腕を首の下に差し込み、何とか安定姿勢を探そうとしている。そういえば、枕が無いのか。とみおは枕が無いと寝られない人なのかな。

 

 きょろきょろとトレーナー室を見回すが、枕はおろかクッションもない。いや、クッションはあるのだが……どうも枕には向いていない形状だ。尻に敷く専門みたいな感じの薄さだから、持ってきても無駄に終わりそうである。

 

「…………」

 

 枕が無いんだったらしょうがないよね。こんなに寝苦しそうにされたら……ほら、さ。そういうことだよ。

 

 自分を適当な言い訳で納得させ、私はとある行動を実行することにした。どうか起きませんようにと祈りながら彼の頭を持ち上げ、仮眠用ベッドと彼の頭部の間に空いた隙間に身体を滑り込ませる。そのまま上手く身体を落ち着かせ、彼の頭を――私の太ももの上に置いてみた。

 

 ――所謂、膝枕。一度やってみたかったんだよね。えへへ……。

 

「っ……」

 

 いや、ちょっと待て。これは思ったより恥ずかしいぞ。しかし、やめようにもやめられない。もう一回頭を持ち上げたらさすがに起きてしまう。

 

 あわわ、どうしよう。これはいかん、脱出不可能な罠にハマってしまった。とみお、中々やるね。あえて無防備に寝ることで私を膝枕させようって魂胆だったんだ。策士じゃん。

 

 太ももの上でもぞもぞするトレーナーの髪の毛がくすぐったい。でも、心地良い。確かな重みが、彼の存在の確かさを教えてくれる。羞恥の感情の奥から湧き出してくる愛おしさが止まらない。

 

 おずおずと手を差し伸べて、私は完全に無防備な想い人の頭を撫でる。髪を梳いて、つまんで、好き勝手に遊ぶ。一度触れてしまえば次の段階に行くのは容易かった。

 

 続いて、トレーナー室にいる時、いっつも深いシワを刻んでいる額に触れる。ちょっと脂ぎった汗がつくが、それさえ愛おしい。人もウマ娘も汗をかくものだし、トレーニング中にお互い汗をかきまくっているし、今更気になるなんてことはない。

 

 額に滑らせていた手が下りて、しっかり整えられた眉毛に触れる。情熱的でいて、それでいて優しさを感じさせるような、一直線の眉毛だ。私がからかうと「ハ」の字になってかわいいことを知っている。

 

 次は柔らかく閉じられた目の付近を触る。彼は一重……いや、奥二重の目をしている。長いまつ毛の下にある漆黒の瞳は――今は見えないが、見飽きるほどに見つめてきた。私が大好きな瞳。私を見つけてくれた瞳だ。薄いまぶたに一瞬だけ触れて、私は少しだけ微笑んだ。

 

 鼻をつんと突いて、ひげの剃り跡が残った口元に触れる。彼は笑う時にえくぼが出る。その瞬間が大好きで堪らない。彼の笑顔のために頑張っていると言っても過言ではない。

 

「じょりじょりしてる」

 

 最後に顎に触れた後、私はトレーナーが寝ているのを確認して、ふぅと息を吐いた。

 

 私がとみおの顔に触れる時、その手つきは自分でもわかるくらい優しくて、隠しきれないくらい愛に溢れていて。それでいて、母が子を撫でつけるような、家族愛に似た何かを感じさせるような手つきだった。

 

 私の中にあった恋心が膨らみ続け、形を変え始めているのだろうか。さっきはメロドラマの如く「好き」なんて呟いてしまったが、私の胸に巡っているこの感情はもっと大きな何かで。愛情、尊敬、親愛、友情――その全てが混じり合って、恋なんて言葉じゃ表せないくらい大きな感情になっている。

 

「……来年もよろしくね、トレーナー」

 

 返事など期待していなかったが、私は彼にそう言った。

 ……いや、起きたらまた同じ言葉を言おう。言いっぱなしで伝わらないのは寂しい。言えるうちに何でもかんでも言いまくってやろう。彼を困らせるくらい感謝の言葉を伝えよう。これからも止まらずに頑張っていくために……。

 

 色々なことを考えながら、私は意識が途切れるまで彼の頭を撫でていた。

 

 

 

 ――いつの間にか寝てしまったと気付いたのは、膝の上にあった重みが無くなった瞬間だった。

 

「ふぁぁ……とみお、起きたんだ」

 

 私は座ったまま寝ていたようで、ほとんど倒れかけの状態で覚醒した。眠い目を擦って欠伸をして、大きく背伸びする。薄暗い部屋の壁に掛けられた時計が1月1日の4時を示していた。何だかんだで5時間近く寝ていたらしい。二度寝に丁度いい時間帯だ。

 

 彼は仮眠用ベッドから立ち上がって、寝癖を整えながら私に話しかけてくる。

 

「アポロ、君が膝枕してくれたのか」

「ん」

「道理で寝心地がいいと思ったよ、ありがとう」

「セクハラ」

「ええっ!? アポロがやったんじゃないか……」

「冗談だって! あははっ」

 

 いつものやり取りを交わしつつ、明らかになってきた意識がとあることを主張し始めた。言うまでもなく、新年の挨拶である。私は乱れていたジャージを整えて立ち上がり、ビシッと気をつけの姿勢になった。

 

「トレーナー、あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」

「おぉ、もう新年だもんな。俺も挨拶しとくか……ウホン。あけましておめでとう、アポロ。今年もビシバシ行くからよろしくな」

 

 様子の変わった私に苦笑しながらトレーナーも挨拶を返してくれる。彼はバキボキと背骨を鳴らして伸びをして、部屋の明かりをつけた。急に明るくなって目が痛い。

 

「二度寝しないの?」

「はは、ちょっとやりたいことがあって」

「また仕事? 三が日が終わるまではぜっったいダメだからね?」

 

 私が耳を倒して不満を明らかにすると、とみおは快活に笑って否定した。

 

「いや、丁度いい時間だから初日の出を見に行きたくなってさ。アポロも来るか?」

「え、行く行く!! わーい、私初日の出見るの初めて!」

「よし、決まりだな。俺はいつでも車を出せるけど、アポロは準備とか必要か?」

「全然! すぐに行こ!」

 

 私はぴょんぴょん飛び跳ねて、すぐにでも行けるということを示す。彼はデスクから車の鍵を引っ張り出して、コートを着込んだ。私も一応持ってきておいた可愛いもこもこの上着を着て、モコモコレインボウに変身する。

 

「ふふ。アポロのその上着、小動物みたいで好きだな」

「……小動物みたいは余計だけど」

「ごめんごめん。じゃ、初日の出――行くか!」

「おー!」

 

 こうして始まったクラシック級。代わり映えのしない会話から始まって、世界がいきなり大きく変わったなんてことはないけど――今年は何かが起きる、そんな予感がした。


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