ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
スパルタからの脱却と、『
開眼の方法が「ライバルとの戦い」と限定されすぎている上、ライバルと戦ったとしても確定で『
……2月の初旬に行われた1800メートルG3・きさらぎ賞にて、スペシャルウィークは圧巻のパフォーマンスを見せて勝利した。これで弥生賞に出走するウマ娘のほとんどが出揃ったことになる。あの5人の中から弥生賞に出走するのは――スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー。
彼女達は弥生賞に出ることで、『
私が出走する若葉ステークスに出てきそうな有力ウマ娘は……1着か最下位しか取ったことのないウマ娘、ディスティネイトだろうか。彼女は間違いなく重賞・G1級の実力を持つウマ娘だから、彼女と戦うことでもしかしたら何かを掴めるかもしれないが……私には引っかかることがある。
……『
マックイーンが第4コーナーで見せた『
この世界がある程度ゲーム内の設定を引き継いでいるなら、歴史に存在しなかった私やディスティネイト、グリ子なんかは固有スキルを持たない――もしくは持てないはず。
天海トレーナーがそれを理解しているのかは不明だ。果たして彼女の言葉を鵜呑みにして大丈夫なのだろうか。非常に不安だ。それとも、そういった事情すら引っ括めて『限界を超える』ことができるのだろうか。
それでも、私の存在を過大評価するとしたら――まだ希望はある。キングちゃんが『
この理論で言うなら、モブウマ娘の私でも『
私は明らかに軽くなったトレーニングをこなしながら、2月の寒空を見上げた。厳しい寒さと降り注ぐ雪は、生命にとっては絶望そのものだ。死の季節と言っても差し支えない。
雪が積もった日には、白い雪の上で虫がひっくり返っていることがある。生きているか死んでいるかは分からないけど、まあ先は長くないなってのが分かる。
モノの溢れた現代社会を生きるヒトやウマ娘においては、寒さや飢餓による死よりもむしろ火事による死の方が身近というのは皮肉であるが――それでも、遥か太古から苦しめられてきた『冬』という季節に、私達のこころが強く反応しているらしい。
上手く言えないが――
この本能の揺らぎにのっとって『
世代のトップを争うに至り、私達の肉体にはほとんど差がない。違うのは技能と精神力だけ。私はもう、色んな人達の想いを背負って戦うフェーズに入っているのだ。
さて、私達の課題が山積みであることには変わりないが――トレセン学園にバレンタインの季節がやってきた。2月13日は丁度オフの日にぶつかったので、思いっきりバレンタインの準備に勤しめるというわけだ。
日本式のバレンタインデーは、いつの間にか、女の子が好きな男の子にチョコを渡すイベントになっていたわけだが、本来のバレンタインデーはもっと広義的だ。まず、贈り物がチョコである必要は無いし、渡す側の性別も関係ない。バレンタインデーとは、恋人や親しい人に花やケーキ、カードなど様々な贈り物を送る日なのだ。
まぁ、ここまでうんちくを並べ立てたものの、結局のところ作ろうとしているのは手作りチョコだ。何だかんだ言っても、チョコを贈るのが一番思いが伝わりやすくて手っ取り早いからね。
……え? 義理か本命かって?
そりゃ本命でしょ。ちょ、言わせないで欲しいんだけど。
2月13日の朝、私は同室のグリ子を叩き起こした。
「グリ子! ほら起きて起きて!」
「んぅ……うるさい……」
「今日はトレーナーにチョコ作る日なんでしょ! 買い出し行くよ!」
「……! そ、そうだった! ごめんアポロちゃん、10秒待ってて! すぐ支度するから!」
私の声にバッチリ目を覚ましたグリ子は、本当に10秒でパジャマから私服に着替えてしまった。果たして乙女がそれでいいんだろうか。
「そんなガサツなウマ娘じゃ、あんたのとこのトレーナーは靡かないでしょ」
「アポロちゃんが叩き起こしたんじゃん!」
「はぁ!? 10秒で支度するって言ったのはそっちじゃん!」
お互いぎゃーぎゃー言いながら化粧を済ませ、買い出しのために近場のスーパーに向かう。ここでも買い込む板チョコの種類で喧嘩した。
だって、グリ子が「ここはあえてホワイトチョコの方がいい!」とか言ったからしょうがないじゃん。普通のチョコで良いのにさ、奇をてらってホワイトチョコなんか選ぼうとするからトレーナーとの仲が進展しないんだよ。……まあ、この言葉はとみおとの仲が進展していない私にとってもブーメランだけど。
揉めに揉めつつ、最終的に普通の板チョコをたんまり買った私達は、Webサイトを見ながらお菓子製作を始めた。私達が作るお菓子はアレだ。あの……ほら。アルミホイル容器に包まれたチョコケーキみたいなやつ。
お菓子作りの過程は大幅に省略させてもらう。グダグダしまくりで目も当てられなかったからね。
こうしてお菓子が完成間際になると、私はチョコにおまじないをかけ始めた。手作りのものに気持ちを込めると良いとか、そういう迷信じみたことを信じているわけじゃないけど……今だけは頼ってみようと思ったのだ。
ありがとうの気持ちと、淡い恋心に気づいて欲しいという少しの期待をチョコに込める。手を添えて、ふんわり包み込んだ。言うまでもなく、照れくさくなって、すぐにやめた。
完成したのは、ガトーショコラっぽいお菓子。見た目は不細工だが、味は及第点だった。既製品のチョコを砕いて作ったのだから、不味かったら料理下手なんてレベルじゃない。
さて、次はこれをどうやって渡すかだけど……どんな感じで渡せばいいのだろうか。普通に「いつもありがと。今日はバレンタインデーだから」と言って、何の気負いもなく渡すべき? それとも、「これ本命ですっ!!」みたいな感じでやるべき?
いや〜……今告白するのはナシかな〜……。とみおは私の好意に気付いてはいるだろうけど、ここまでラブなのは分かってないだろうし、とみおが私に好意を持ってたとしても娘に対する好意みたいなものだろうしね……。
今の私は残念ながら子供だ。女性って感じじゃない。精神的には若干大人びているかもしれないけど、私の身体ってちんちくりんだし……。まぁ、とにかくナシだ。流れでいい感じに渡そう。
グリ子はかかり気味になって「明日告白する!!」って言ったけど、何とか宥めてやった。グリ子のトレーナーさんはチームのトレーナーだから恋敵は多いけど、上手いこと頑張ってほしいものである。
――2月14日。放課後のチャイムが鳴ると、私は辺境のトレーナー室に向かった。毎度毎度本当に遠い道のりだが、今日ばかりは楽しかった。何故なら、ラッピングされたお菓子らしき物を持ったウマ娘がめちゃくちゃいたからだ。
顔を真っ赤にして扉の前をうろついたり、ヤバい子になると廊下の壁に額を打ち付けて悶え苦しんでいる子もいた。……多分そういう子は、卒業を間近に控えたシニア級以降のウマ娘だ。玉砕覚悟のワンチャンスに賭けて、一世一代の告白をしようというのだろう。
……まぁ、3年以上も付き添ったかけがえのないパートナーだ。そりゃ好きにもなるよ……ってことで、私は声をかけずとも、扉の前で苦しむウマ娘達に心の中でエールを送った。卒業したウマ娘と結婚するトレーナーは多いし、学生の私達にもチャンスはある。精一杯気持ちを伝えてきな……と。
ニヤニヤしながら、私はとみおのいる部屋の前に立つ。周りの部屋は物置倉庫だったり空き部屋だったりするので、私の周囲にウマ娘はいない。つまり、とみおを狙うウマ娘は私ひとり。とみおの恋のレースはアポロレインボウの独走状態というわけ。ガハハ勝ったな、と私は扉を開ける。
――そこには3つの包装された小箱を持ったトレーナーがいた。
私の中の前提が崩れ去る。明らかに高級そうなお菓子も混じっているではないか。あれは間違いなく本命チョコ……! ……誰だ? 私のトレーナーを掠め取ろうとする不届き者は。
「授業おつかれ、アポロ。今日もトレーニングがんば――」
「――何? そのチョコ」
「え」
私はバッグをソファに投げ捨てて、デスクにずいと詰め寄った。とみおがびっくりしたように身を引く。しかし、向こう側が壁のため逃げ場はない。もう一段階距離を詰める。とみおは戸惑いながらも私の質問に答えてくれた。
「あぁ……同僚に貰ったんだよ。今日、バレンタインだからさら」
「3つあるけど、誰に貰ったの」
彼の顔に、デスクからすくい上げた3つのチョコを突きつける。左から、高級チョコ、高級クッキー、高級ゼリーの詰め合わせ。ふざけるな。めちゃめちゃ狙われてるじゃん、私のトレーナー。
私はとみおの頬を挟み込む。「んぶ」と間抜けな声がした。ぐりくりと手のひらで頬をこね回し、「誰に貰ったの」ともう一度問いただした。
「アポロには関係」
「誰に貰ったの」
何故か答えるのを躊躇っていたので、私は鋭く睨みをきかせた。すると、彼は観念したようにお菓子の贈り主を呟き始めた。
「……こ、これは桐生院さんに貰った義理のやつ。こっちも天海さんに貰った義理のやつ。で、こいつは……その。駿川さんに貰ったチョコです……」
「…………」
「な、なんでそんなに怒ってるんだよ……」
「……怒ってないけど?」
「いやいや、尻尾と耳で分かるんだよ……」
高級クッキーは桐生院ちゃんに貰った
次、高級ゼリーの詰め合わせは天海トレーナーに貰った
だけど。だけどさぁ。駿川たづな! 何ですかこの『ガチ』な高級チョコは!! ハートマーク型のチョコにぃ? 赤いリボン付けてさぁ!? 完全に本命チョコじゃん!! 「私はトレーナーさんのサポートに徹します」みたいな雰囲気醸し出しつつ、しっかりと私のトレーナーを狙ってるんですね!
「……駿川さんのチョコ、これ本命に見えるんだけど」
「う、うぅ……ごめん。こういう経験に乏しくて、どうもよく分からないんだ。たづなさんは『バレンタインですから』みたいなことしか言わなかったけど……」
「……
「あ」
私の言葉にとみおが凍りつく。……いや、凍りついたというのは私の主観か。どちらかと言うと、何かを思い出したかのような反応だった。彼は斜め上を見上げながら私に話し始める。
「……結構前のことなんだけど。2人でお出かけしつつトレーニング理論を語ってるうちに、いつの間にか朝になっちゃったことがあってな……その時にたづなさんが『駿川ではなくたづなとお呼びください』って言ってきて。それ以降、あの人のことはたづなさんって呼んでるんだ。他意はないよ」
下の名前呼びをしたから驚いたが、そうか……う〜ん……。たづなさんに関してはミステリアス過ぎるし、何を考えているか分からないのが正直なところだ。ただ、あえて何かを匂わせるような行為をするイメージがある。とみおと絡んでいるところを見ることは稀だし、これは彼女が私に向けたイタズラ――
「でもさアポロ、何でそんなに怒ってるんだ? 別に俺が誰にチョコを貰おうと関係ないだろ?」
「〜〜っ、う、うるさい! 関係あるの! こっちの都合で!!」
とみおの思わぬ反撃に早口になりつつ、ソファに投げ捨てたバッグから包装された小包を取り出した。後ろ手にそれを隠して、上目遣いでチラチラとトレーナーを窺う。とみおは察し悪く首を傾げていた。
「……と、トレーナー。これ、手作りのガトーショコラ……」
「えっ」
「良かったら食べてよ。…………ぎ、義理だから!」
私は彼の瞳を見られないまま、それを押し付けるようにして手渡した。フンと鼻を鳴らして、照れ隠しに腕を組んで後ろを向く。チラチラととみおの様子を見ると、彼は双眸を大きく見開いて歓喜に打ち震えていた。
「――嬉しいよ、アポロっ! あ、あはは……まさか手作りのお菓子を貰えるなんて。人生で初めてだ。なぁ、今、食べてもいいか?」
「え、いいけど……あっ……」
とみおは丁寧に包装を解き始める。緩く糸で結んだ口を開いて、彼の指先が中に入っていたガトーショコラを探り当てた。ゆっくりと上ってくる私のお菓子。彼は宝石でも観察するように、ゆっくりとそれを天に掲げて回転させ始めた。
「……美味そうだな」
とみおの喉仏が、ごくりという音を立てて動く。成人男性に送るにしては小さすぎたかもしれない。グリ子がチームメイトにあげる用に結構な量を持って行ってしまったから……後悔してももう遅いか。
中に入っていた、使い捨ての小さなプラスチック・スプーンを取り出すとみお。スプーンの先が、しっとりとしたガトーショコラの表面を突き刺した。彼が軽く動かすと、ガトーショコラは綺麗な曲面を描いて抉れた。こうして見ると、上手い感じに柔らかく仕上がったみたいだ。私は内心ガッツポーズを決める。
とみおの口に運ばれていくガトーショコラ。はむ、という音を立てて、私のチョコが彼の口に収まった。とみおは目を閉じて何度も咀嚼している。いつまで経っても感想を言わないものだから、美味しくなかったのかも、という最悪の可能性まで考えてしまう。
数十秒経ってやっと彼が口を開く。トレーナーの口から出てきた言葉は、私が最も欲していた言葉だった。
「……ん。本当に美味しいよ、アポロ。手作りなんて大変だったろ? ありがとうな」
そう言ってとみおは私の頭を撫でてくれた。心臓が飛び出しそうになって、尻尾がピンと上を向く。ごつごつした彼の手の感触を楽しみつつ、私はウマ耳を横に倒して「もっと撫でろ」と暗に示した。
――こころが、熱くなっていく。恋心が激しく燃焼して、こころの壁のあちこちにぶつかって、爆発しそうになる。
厳しい冬の季節によって、過敏になっているせいなのだろうか。私のこころはこれまでにないくらい、大きく揺らがされていた。
何かが爆発しそうな予兆を感じさせつつ、私達の2月は終わりを告げ。
――いよいよ3月がやってくる。