ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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34話:レッツゴー・若葉ステークス!

 スペシャルウィークとセイウンスカイ、どちらの『領域(ゾーン)』が覚醒したのかは分からぬまま、弥生賞のライブが終わった。

 

「ライブ、みんな可愛かったね!」

「ダンスも歌も上手かったなぁ。……そういえば、アポロは歌もダンスも完璧だけど、どこかで練習してたりするの?」

「ん〜、カラオケとかはよく行ってたけど」

「ふ〜ん」

「あ、そうだ。今度一緒にカラオケ行こうよ! 前々から行きたいと思ってたんだよね〜」

「え。いや、俺は下手だからいいよ……」

「ぶ〜ぶ〜! いいじゃんたまには! 私の歌ばっかり聞いてるのはずるいよ!」

「わ、分かったよ……でも本当に下手だからな……」

 

 トレーナーと会話をしながら、私達はトレーナー室に帰ってきた。

 

 来週にはサイレンススズカが出るというG2・金鯱賞、再来週には私の出るオープン戦・若葉ステークスが待っている。いつカラオケに行けるかは分からないが、そういう楽しみがないとやっていられない。

 

 さあ、弥生賞が終わってトレーナー室に帰ってきた私達がやるべきことと言ったらひとつ――録画しておいた弥生賞のレースを再度見ることだ。

 

 特に、最終コーナーで見えたあの光の正体を確認したい。セイウンスカイの『領域(ゾーン)』が覚醒したのか、それともスペシャルウィークのそれが目覚めたのか……今すぐにでも確かめなければ。

 

 とみおも私のやりたいことを分かっているのか、いそいそとモニターの準備を始めていた。私は彼の準備を待つ間にお湯を沸かし、インスタントコーヒーの包装を開け放つ。

 

「アポロ、こっちは準備できたよ」

「はいは〜い」

 

 キッチンからコーヒーカップを2つ持って、ソファに駆けつける。問題の向正面まで映像を流し見つつ、ストップウォッチを構えるとみおの手元を横目で見る。

 

 暴走が始まった1200メートル地点から1600メートル地点のタイムは、何と23秒台。よくもまぁ最終直線まで競り合えたものである。

 

 そして、映像が最終直線の入口に入りかけたセイウンスカイと、その後ろを走るスペシャルウィークを映した。ここだ。ここで眩い光が視界を覆い、『領域(ゾーン)』が展開されたはずなのだ。

 

 私は目を大きく開いて、その瞬間を見逃してやるものかと画面に張り付いた。「ちょ、邪魔」とトレーナーの手が伸びてきたが、ここだけはどうしても譲れない。多分カメラで捉えた映像は光らないのだろうけど、とにかく見ないといけないんだ。

 

 ――しかし。あの光が生まれたはずのタイミングで加速したのは、2()()()()()()()()()()()()

 

 セイウンスカイとスペシャルウィーク、その両者が不自然なまでの超加速をしていた。

 

「…………」

 

 そのまま、映像内のスペシャルウィークが競り合いを制して1着でゴール。後ろから「走破タイム自体は平均よりちょっと早い程度か」と呟く声がした。

 

 私は勘違いしていたのかもしれない。てっきり、あそこで『領域(ゾーン)』に覚醒したのは、セイウンスカイかスペシャルウィークの()()()()()()だと思い込んでいた。だがこの映像を見る限り、『領域(ゾーン)』を獲得したのはセイウンスカイとスペシャルウィークの両者。あろうことか、2人同時に覚醒してしまったのだ。

 

 とみおが何度もレース映像を巻き戻して観察を続ける中、私は複雑な気持ちに囚われていた。

 

 

 

 若葉ステークスを控えた前日。私はベッドの中でウマホを開き、何度も何度もレースの映像を見ていた。ライバル達が覚醒した弥生賞はもちろん、前週に行われた金鯱賞もいっぱい見返している。

 

 ……いや、ここ1週間に限るなら、サイレンススズカの出場した金鯱賞の方が見直した回数は多いかもしれない。それほど、サイレンススズカが見せた金鯱賞は衝撃的だった。

 

 3月3週の中京レース場で行われたG2・金鯱賞。大阪杯のトライアルとして行われた、シニア級限定の2000メートル戦。そこに集った優駿は、重賞2勝を含め5連勝中のミッドナイトベット、G3を難なく勝って昇り調子のトーヨーレインボー、G3レース2勝の実績・テイエムオオアラシ、大阪杯を見据え乗り込んできたタイキエルドラド、そして昨年の神戸新聞杯でサイレンススズカが苦杯を舐めさせられた最大のライバル・菊花賞ウマ娘マチカネフクキタルなどの――総勢9人。

 

 かなり少数での出走にはなったものの、強豪・古豪の揃った好メンバーの重賞となった。その実力は拮抗していると見られ、弥生賞が終わった頃から話題になっていた金鯱賞で――サイレンススズカは全員の予想通り、思い切った大逃げを打った。

 

 1000m通過タイム、58秒1。かなりハイペースのレース。『流石のサイレンススズカも、どこかで息を入れるだろう』――レースに出走していたウマ娘や見守る観客の誰もがそう思った。弥生賞のセイウンスカイがハイペースによる暴走で最後に捕まったように、()()()()()()()()()()()()()の粘り強さを求められるレースになるだろうと――そう考えられていた。

 

 しかし、第3コーナー、第4コーナーを曲がっても2番手との差は縮まらない。それどころか、最終直線に差し掛かると、サイレンススズカの上体は更に前傾姿勢になった。直線の半ばから後続を更に突き放すような圧巻の走り。決して弱くないはずのウマ娘達が、あっさりとちぎって捨てられる衝撃たるや――言葉もない。

 

 中継を見ていた私でも分かるくらい、スタンドがざわめいていた。実況の声が戸惑っていた。

 

 ――()()()()()

 

 誰もが理想とした完璧な走りだった。2番手との差は11バ身。左回り芝2000メートル、日本レコード。前週のG2・弥生賞を遥かに凌ぐ熱気が中京レース場を包んでいた。

 

 ゴールする前からサイレンススズカは拍手に包まれていた。ウィナーズサークルにスズカが現れると、中京レース場は熱狂と喝采の坩堝と化した。中継カメラが揺れるほどの興奮模様が伝わってきた結果、私も昂りを抑え切れなくなり、その場を旋回し始めてしまったのを覚えている。

 

 照れくさそうにしてインタビューを受ける彼女の愛おしい姿に、観客の心は更に鷲掴みにされた。そもそも観客の心を初めに動かしたのは、最終直線の凄まじいパフォーマンスだ。華奢な身体を前傾させ、綺麗な栗毛をたなびかせながら先頭を走り抜ける彼女は、まるで絵画のように美しく――見事に全ての人の注目を奪ってしまったのだった。

 

 中継を見ていた私は忘れられない。みんな、ウィナーズサークルの周りから去ろうとしなかったことを。誰もがサイレンススズカを讃えていたことを。ありがとう、という声さえ聞こえてきたのを覚えている。

 

 あの金鯱賞で、サイレンススズカは誰もが理想とする『逃げて差す』究極の走りに辿り着いたのだ。シンボリルドルフ、ミスターシービー、マルゼンスキーすら辿り着けなかった領域に足を踏み入れたのだ。あぁ――サイレンススズカは、()()()()()()になったのである。

 

 こんなに素晴らしいことがあるだろうか。マチカネフクキタルやミッドナイトベット達を応援していたはずの観客を取り込んでしまったのだ。

 

 『強くて人気があり、誰もが理想とする大逃げをこなすウマ娘になる』という偉業に、サイレンススズカは挑もうとしているのかもしれない。世間では連日サイレンススズカの報道がされていて、クラシック級の熱い戦いとはまた別に『サイレンススズカブーム』が巻き起ころうとしていた。

 

「…………」

 

 私はウマホを閉じて、布団の中で両脚を抱え込んだ。そのままぎゅむっと目を閉じて、深く息を吸い込む。

 

 いい加減サイレンススズカのことを思考から放り出して、明日の若葉ステークスに備えてさっさと寝ようとしているのだが……さっきから金鯱賞の映像を見返しすぎてどうにも寝つけなくなってしまった。生中継時の感動を思い出して、精神が興奮してしまっているんだろう。

 

 仕方ないので、ここは逆に思いっ切り金鯱賞――サイレンススズカのことを考えてから睡眠することにした。

 

「うぅん……サイレンススズカ……」

 

 サイレンススズカ、栗毛のウマ娘。私とはまた別の性質を持つ大逃げを得意としており、たまに学園で見かけると、「あ、スズカちゃんだ。ぼーっとしてるな〜」という印象を抱かせる子だ。

 

 私のライバルのスペシャルウィークが慕っている先輩で、スペちゃんと話すと漏れなくスズカの話題がついてくるくらいにはベッタリで。

 

 ……まぁ、そんな印象はともかく、気になるのは彼女の『領域(ゾーン)』のことについてだろうか。

 

 金鯱賞の最終直線。サイレンススズカは明らかに『領域(ゾーン)』を発揮した走りを見せたけれど――何と言うか、彼女のそれは他の人とは違うな、と感じた。

 

 サイレンススズカの小さな背中には、大切な人々の気持ちが乗っかっているのだろう。それでも、サイレンススズカのパフォーマンスは、誰かの想いを受けて練り上げた極致と言うよりは、彼女自身の突出した才能故に導き出された『領域(ゾーン)』に見えた。

 

 私の勘違いだろうか? テレビ越しに見た印象だから信用はできないけれど……仮に私の感覚が正しいとするなら、獲得した固有スキルが十人十色なように、『領域(ゾーン)』覚醒の経緯もまた違ってくるのだろうか? 一般的には激闘の中でゲットできるとされているけど、サイレンススズカのそれはどう考えても、()()()()()()()()()()()()()()()()もので――

 

 ……いや、これ以上は哲学的な問題だ。それに、ウマ娘の不思議に迫る内容になってしまう。マジで眠れなくなるから、考えるのはやめておくか。明日は早いし……。

 

 明かりの消えた室内、ベッドから手を伸ばしてウマホの画面をつける。表示された時刻は「23:16」。ギリギリ夜更かしだとトレーナーに怒られちゃうかもしれないな。

 

 丁度よく眠くなってきたので、私は布団の中にすっぽり収まって、大きくあくびをした。

 

 ……おやすみ。

 明日は頑張るぞ……。

 

 

 

 ――3月4週の土曜日、阪神レース場にて。

 前日が授業だったので当日の現地入りを果たした私達は、控え室で早速作戦の確認を始めた。

 

 阪神第10レース、若葉ステークスの出走表は以下のようになった。

 

 1枠1番、9番人気ヒロインアドベンツ。

 1枠2番、1番人気アポロレインボウ。

 2枠3番、10番人気バイプロダクション。

 2枠4番、7番人気ディスパッチャー。

 3枠5番、14番人気サマーボンファイア。

 3枠6番、15番人気シャープアトラクト。

 4枠7番、8番人気ビワタケヒデ。

 4枠8番、4番人気アウトスタンドギグ。

 5枠9番、5番人気グレイトハウス。

 5枠10番、2番人気グリーンプレゼンス。

 6枠11番、6番人気リボンスレノディ。

 6枠12番、16番人気リフレクター。

 7枠13番、12番人気ワイスマネージャー。

 7枠14番、13番人気デュアリングステラ。

 8枠15番、3番人気ディスティネイト。

 8枠16番、11番人気グリンタンニ。

 

 若葉ステークスはフルゲートの16人での発走になる。

 

 気になるのは、ビワタケヒデとグリーンプレゼンス。史実の血統面で見ると、ビワタケヒデは兄にビワハヤヒデとナリタブライアンが、グリーンプレゼンスは弟にナリタトップロードがいる。それに、確かグリーンプレゼンスはこの若葉ステークスの勝ち馬だったはずだ。

 

 そして、やはり来たか――ディスティネイト。1着か最下位しか取ったことのない、極端すぎるムラムラのウマ娘。こういうオープン戦で、こうも精鋭が揃ってしまうものなのか……この世代は。ちょっと嫌気が差す。まぁ、戦うライバルが強くないと燃えてこないんだけどね。

 

 さて、私が気にするのはもちろんディスティネイト――ではなく、グリーンプレゼンス。彼女は条件戦を勝ち上がってきたウマ娘で、その末脚の爆発力はディスティネイトをも凌ぐ。

 

 グリーンプレゼンスは差しの作戦なので、レース終盤まで競り合うことはないだろうけど……それでも、意識しておくように、ととみおに言われたので従うことにした。

 

 パドックのお披露目に向かうと、すっかり春の陽気となった阪神レース場に結構な数のお客さんが詰めかけていた。まぁ、今日は(開催レース場が違うとはいえ)G3・フラワーカップに加え、G3・中日スポーツ杯ファルコンステークスが開催されるから……そのライブビューイングに訪れた客も多いのだろう。

 

 この若葉ステークスに結構な有力ウマ娘が揃ったのもあるだろうが、観客の熱の入りようが弥生賞に匹敵するくらいだ。それとも、兵庫にある阪神レース場という土壌の成せる技なのだろうか。私に向かってヤジじみた応援の言葉がひっきりなしに飛んでくる。すっごい関西弁で、怒られてるみたいでビビる。

 

「あ、あはは……頑張ります……」

 

 地域によって雰囲気が変わるのも、トゥインクル・シリーズの醍醐味なのかなぁ。みんななりの応援なんだろうけど、お客さんのとんでもない勢いはちょっと苦手かも。

 

『1枠2番、アポロレインボウ。1番人気です』

『1月末の若駒ステークスでは不運に泣きました。およそ1ヶ月半の期間を空けて戻ってきた彼女が、果たして元気な大逃げを見せてくれるのか。サイレンススズカとはまた違った大逃げには要注目ですよ』

 

 実況解説に紹介されたので、私はゼッケンを伸ばしながら体操服を整え、余所行きの笑顔を振り撒いた。何やら『I♡アポロレインボウ』という団扇を掲げているファンがいたので、軽く手を振ってあげる。すると、彼はものの見事に卒倒して、すぐに駆けつけてきたURA職員に連れて行かれてしまった。

 

『アクシデントがあったようですが、次のウマ娘を紹介しましょう――』

 

 阪神レース場ではこれが日常茶飯事なのだろうか。ちょっと引きながら、私はとみおの下に走り寄った。

 

「グリーンプレゼンスちゃん、やっぱり調子良さそうだよ。逆に、ディスティネイトちゃんとビワタケヒデちゃんはあんまり来なさそうな感じ」

「だな。結果的にアポロの対抗ウマ娘はグリーンプレゼンスに絞られたわけか」

 

 鹿毛のポニーテールを揺らすウマ娘――グリーンプレゼンス。何だか耳も尻尾もしょんぼりしているディスティネイトちゃんとは違って、毛並みがシャキッとしている。あの小柄な体躯から繰り出される末脚には要注意だ。私よりも身体が小さいという見た目で侮るなかれ。格闘技ならともかく、ウマ娘は身体の大きさで強さが決まるわけではないからね。

 

「アポロレインボウ――今日はこの子がサイレンススズカじみたレースを見せてくれると思うぜ」

「どうした急に」

「彼女には弥生賞を走れなかった悔しさがあるはずだ。SNSでも弥生賞のスタンドで惚けた表情をするアポロちゃんが目撃されたという情報が多数ある。それに、前週行われた金鯱賞でのサイレンススズカの激走――アポロちゃんが金鯱賞を見ていたなら、あの歴史的勝利にも同じ爆逃げウマ娘として心動かされたはず。だからきっと、彼女はこの若葉ステークスで鬱憤を晴らすような爆走をしてくれると俺は予想するぜ!」

「なるほど……しかも、アポロちゃんのトレーナーの顔つきが、この前とは違って自信に満ち溢れているように見えるぞ。きっと、俺たちが見ていない間に、とんでもない成長をしているに違いない……!」

「あぁ。怪我するウマ娘が出ないように祈りつつ、アポロちゃんを応援しようぜ!」

 

『さぁ、阪神レース場第10レース、若葉ステークス! いよいよ返しウマが始まります!』

『元気のあるアポロレインボウにグリーンプレゼンス、元気のないディスティネイトとビワタケヒデ。何だか調子の具合が両極端ですねぇ』

 

 パドックが終わると、本バ場入場から返しウマが行われる。8割の全力疾走で身体を温めていると、内ラチ側を走っていたビワタケヒデとディスティネイトを追い抜いた。

 

 やはり、ビワタケヒデもディスティネイトも調子が悪いようだ。返しウマですら動きが鈍い。ウマ娘の体調管理というのは非常に繊細極まるものだから……トレーナーが調整に失敗したのだろうか?

 

 グリーンプレゼンスは第1コーナーの辺りをうろついていて、返しウマは軽いランニングに留めているようだ。

 

 かなりの速度でホームストレートに帰ってくると、ヤジの混じった大歓声が私を出迎えた。ワッと盛り上がる阪神レース場。うぅ、やっぱりやりにくいかも……。もしかしたら、ビワタケヒデちゃんもディスティネイトちゃんもこの雰囲気が苦手だったりするのかな?

 

 返しウマが終わると、コース上に設置されたゲートの前に16人のウマ娘が立った。全員、視線は合わせない。自分の世界に入って、集中力を高めているのだ。

 

 私も精神を高めるため、春の青空を見上げながら、胸に手を当てて深呼吸した。視界が狭窄し、頭に血が上る感覚がした。さっき、とみおの両手を握ったから、恋心を闘志に変換する作業は完了している。私の心にあるのは底冷えした激情だけだ。

 

 ――さぁ、1月の若駒ステークスで走れなかった鬱憤、全部晴らしてやろうか!

 

 私は犬歯を剥き出しにして、にやりと笑った。

 

 

 そしてこの若葉ステークスで、私は予想外の結果を目の当たりにすることとなる。





【挿絵表示】

☆元祖柿の種☆ 様から、カラーになったアポロちゃんが送られてきました。
へそ……ありがとうございます。

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