ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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3話:選抜レース、勝つしかないよね!

 グリ子とのマッチレースに敗北し、悔しさを噛み締めて枕を濡らしていた俺。そんな俺にも、遂に鬱憤を晴らす機会――選抜レースの日がやってきた。

 

 枠番と枠順は当日の朝に発表される。早速俺とグリ子は掲示板前にやってきて、張り出された出走表を探した。……人が多すぎて何も見えねえ! こういう時、身長がちっちゃいと不便だなぁ。

 

「アポロちゃん、内枠! 内枠だよ! やったね!」

「え、本当!?」

「嘘つくわけないじゃん!」

 

 俺は運良く内枠を引き当てたらしい。グリ子がウマホを掲げて写真を撮ってくれたので、人混みの中から足早に退散する。

 

 俺達はその足でカフェテリアに向かう。白ご飯とお味噌汁とベーコンエッグを頼んで、2人で適当な席についた。

 

「内枠も内枠……最内枠とは。私もツイてるね」

「それだけじゃないよ。エルコンドルパサーさんは1600メートルに、キングヘイローさんは調整の関係で次回の2000メートルに出るんだって。つまり、有力ウマ娘がゼロってこと! アポロちゃん持ってるね〜」

 

 ここに名前の出ていないグラスワンダーは、前回のマイル路線の選抜レースで勝ちを収めている。トレーナーもついたらしい。……セイウンスカイは、どこかで昼寝でもしているのだろうか。彼女の性格を考えれば、最後の選抜レースにふらっと出走してあっさり1位を取っていきそうなものである。

 

 ただ、有力なウマ娘がいないからと言って油断はできない。俺はグリ子に負けたのだ。コーナーリングの上手さを差し置いても、潜在的なスピードの差で追い抜かれてしまった。

 

 俺自身は自分のスパートが結構速いと思っていたんだが……グリ子にスパートをかけられたら普通にかわされちゃったし、あんまり速くないんだろう。これが結構ショックで、不安材料のひとつだ。出走してくるウマ娘がみんな弱ければ何とかなるはずなんだけどね……。

 

「あ、そうだアポロちゃん。いいこと教えてあげる」

「?」

「今回のレースに逃げウマはいないからさ、思いっきり走ってみなよ!」

「逃げウマがいない?」

 

 おいグリ子、何でお前はそんなことまで知ってるんだ? 有名ウマ娘ってわけじゃないから、データを集めるのは難しいだろうに。……データ収集が趣味だったりするのだろうか。

 

 まあそれはそれとして、逃げウマがいないのは大きな情報だ。

 

「じゃあ、この前やったマッチレースみたいに自由に走っていいってこと?」

「うん! 多分!」

 

 えへん、と胸を張るグリ子。可愛いことするじゃん。頼もしいぜ。

 

 ……逃げウマがいない、か。いいのか悪いのかは分からんけど、この前みたいな感覚でやれるなら中々悪くないんじゃないの? スローペースにするかハイペースにするかは考えものだけど。

 

「……正直な話、このメンツだったらアポロちゃんは絶対負けないよ。余程下手こいても絶対3着には入ると思う」

 

 山盛りすぎてタワーみたいになっている白米を頬張っていると、グリ子が真剣な口調でいきなりそんなことを口走る。え、なになに。めっちゃ褒めてくるじゃん嬉し。

 

「でも――()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

「……??」

 

 褒めて……くれてはいるみたいけど、他に何か言いたいことがあるみたい。でも、残念ながら俺は天才じゃないので、グリ子の言わんとすることがよく分からない。選抜レースに勝ったら――場合によっては勝てなくても上位に入れば――トレーナーさんがスカウトしてくれるものなんじゃないの?

 

「あのね、これ言ったら角が立ちまくるけど……アポロちゃんが1番人気なの。これって結構ヤバいことだよ」

「どうヤバいの?」

 

 俺がご飯を飲み込みながら問いかけると、向かいに座っていたグリ子が急にそわそわして周りを確認し始めた。そして、お膳を横に避けてこっちに身を乗り出してきた。

 

 うわ、前かがみになると分かるけどでっか……じゃねえ。え、何? 耳を貸せって?

 

 俺もグリ子に倣ってテーブルの上に身を乗り出してみる。これまでにないほどグリ子の顔が近づいて――

 

 グリ子お前クソ美形やんけ!

 

 まつ毛なっが! 肌のハリが良すぎるだろ。おめめパッチリで吸い込まれそうな翡翠色してますわ。これで「グリ子は美形」なんて声を聞かないんだから、ウマ娘の世界ってやべーわ。

 

 あー、で、何を言いたいわけ?

 最近ウマ耳の動かし方を習得したので、大げさに動かしてグリ子の方に傾ける。グリ子は目を逸らしながら、ぼそっと呟いた。

 

「……他の出走ウマ娘がアポロちゃんに比べると弱すぎるってこと」

「え、まだ入学して1ヶ月も経ってないんだから、そんな差はないはずでしょ。それとも、そんなにやばいの? 運悪く弱い子が固まっちゃったとか」

「…………」

 

 弱い子が偶然集まったにしろ、それはそれで何の問題もないと思うんだけど。逆になんでグリ子はこんなに不安そうにしてるんだろ。だって、勝ったらトレーナーがスカウトしてくれるっぽいじゃん?

 

 俺が耳打ちされてもきょとんとしていたからか、グリ子の表情がより真剣味を帯びる。

 

「……あのね、アポロちゃん。確かにこれまで選抜レースを勝った子は、ほとんど全員がスカウトされてるよ。でもね……レースに勝ってもスカウトされなかった子が昔にいたの」

「えっ」

 

 グリ子の発言に俺は思考が停止してしまう。勝ってもスカウトされないなんてウソでしょ……? トレーナーに見つけてもらうために頑張ってきたのに。

 

 まさか、俺はこの選抜レースで最善の結果を残したところで――スカウトしてもらえないってことなのか!?

 

「ちょちょちょ、冗談でしょ!?」

 

 俺はグリ子の頬を両手で挟み、説明を求める。カフェテリアで朝食を取っていたウマ娘達の注目を集めたが、すぐに彼女達は自分達の食事を再開している。

 

「じょ、冗談じゃないのよこれ。このレースはレベルが低かったよね〜って見なされて、1位の子がスカウトされなかったことがあったんだって」

「そ、それっていつ起きたの……?」

「20年以上は前。まぁ、アポロちゃんのレベルが低いなんてことはないと思うし、まともなトレーナーなら絶対スカウトしてくれるだろうから……杞憂なんだろうけど。ま、一応忠告だけね?」

 

 グリ子はそう言って、元の席に腰を据えた。俺も力が抜けたように、元の位置にぺたんと座った。

 

 ちゃんとやればトレーナーは俺のことを見つけてくれる。グリ子はそう言った。でも、万が一誰もスカウトしてくれなかったら。

 

 そしたら、今の俺じゃ絶対に敵わないキングヘイローやセイウンスカイに挑まなければならない。つまり、この選抜レースを逃したらかなりまずい。

 

 ……杞憂だよね? 勝てばスカウトされるよね? 本気でやれば、問題ないよね?

 

 そんな一抹の不安材料を抱えながら、いよいよ選抜レースが始まった。

 

 

 心地よい春の陽気に混じって、天高くファンファーレが鳴り響く。荘厳な音楽は、俺達ウマ娘の闘志を燃え上がらせるには十分な演奏だった。

 

『いよいよ始まります、2000メートル部門選抜レース。未来の優駿の卵達が今、ゲートに入っていきます』

 

 芝2000メートル、良バ場。トレセン学園第1トラックコースにて。

 フルゲート18人で行われる選抜レースは、春の太陽が照りつける昼下がりに行われようとしていた。

 

『1枠1番、1番人気のアポロレインボウが今ゲートに向かいます』

『私イチオシの子です。どんなレースを展開してくれるのか期待できますよ』

 

 選抜レースはトレセン学園内で行われる独自のレースだ。しかし、本当のレースの雰囲気を味わって欲しいという秋川理事長の希望もあって、実況と解説の方にわざわざ来ていただいているらしい。ファンファーレを吹く演奏隊だっていた。学園付きの演奏隊で、ガチのやつ。

 

「……すぅ、はぁ。大丈夫、何とかなる。少なくとも1人くらいはスカウトしに来るはずだ……」

 

 体操服を身に纏い、ゼッケンを指先で伸ばしつつ、俺はゲートの前に立つ。どうせ乱れるけど――前髪をチェックし、ボブカットを手のひらで押し上げて整える。運命のトレーナーに見つけてもらうため、なるべく見てくれを良くしたい……なんて気持ちの現れだ。

 

 大外の柵の向こうには、グリ子を含めた多くのウマ娘がいる。目が合ったのでウインクすると、グリ子は呆れたように肩を竦めた。……ん? 何かジェスチャーしてる。「集中しろ」――って言ってるみたいだ。そんなこと分かってるよ。

 

 でも、ありがとな、グリ子。お前のおかげで悔しさを知れた。絶対に誰にも負けたくないって気持ちを持つことが出来た。マッチレースに勝っていたら、天狗になってトレーニングなんてしてこなかっただろう。思い出す度に悔しくて胸が苦しくなるけど、グリ子には本当に感謝してる。

 

 今日のためにしっかり準備してきたんだ、グリ子。未来のライバルであるアポロレインボウちゃんの走りを見せつけてやるぜ。俺はグッと拳を突き出し、ゲートに向かって歩き出した。グリ子は頭を抱えていた。

 

 視界の端に映るのは、シンボリルドルフやマルゼンスキーなどの大物。彼女達の周りだけ人口密度が低くなっていている。オーラでも出ているのだろうか。少なくともマルゼンちゃんにはオーラは感じなかったけどな〜。

 

「おっ」

 

 そんなマルゼンちゃんは俺を見て手を振ってくれた。首だけでお辞儀をして、レースに対する集中力を高めていく。視界の隅ではマルゼンスキーとシンボリルドルフがこちらの方を見て話をしているが、集中力が高くなってきて気にならなくなった。

 

 やはり選抜レースというのは一大行事なのだ。シンボリルドルフ生徒会長直々に見に来るってことは、多分そういうこと。

 

 きっとトレーナーにスカウトされないなんて珍事は起きないはず。だって、柵に張り付くみたいにトレーナーがたくさんいるし。100人はくだらないその全員からスルーされるとなると、間違いなく心が折れる。

 

 ゲートに収まると、何も聞こえなくなる。この異常なまでの集中を受けて、俺も()()()()()()()()()()()()()()、なんて思った。いつの間にかウマ娘のレースに対する本能を思い出してきている。勝ちたいという闘争心が湧いてからは、レースに対して異様な集中力を発揮できるようになるまでがあっという間の出来事だった。

 

『全てのウマ娘がゲートに収まりました。いよいよスタートです』

 

 ゲートインを嫌がったり、躊躇ったりしながら、18人のウマ娘がゲートに入り切った。実況の声を最後に、トラックコース全体が静寂に包まれる。

 

「――――」

 

 俺の周りの空気が、ぴりぴりとしていた。ウマ娘達の勝ちたいという欲望が空間を圧倒している。だけど、1番勝ちたいと思ってるのは俺だ。何せ、最強ステイヤーになるってことと、男トレーナーを誑かすっていう2つの夢があるからな。夢の分だけ、思いは2倍ってこった。

 

 視界の中央には、閉じたゲートとその先のターフが見える。まだゲートは開かないのか。まだか、まだなのか。少し苛立ちを覚える。ゲートが苦手って、こういうことなんだろうか。

 

「――すぅぅぅぅ」

 

 ウマ娘の聴力ならどんな音でも聞き漏らさない。俺は腰を地面に沈めて、薄く開いた口から空気を取り入れる。そのまま息を止めて、ゲートが開く僅かな音がした瞬間――俺はロケットスタートを決めた。

 

『――スタートしました! おっと、数名出遅れた! バラバラのスタートとなりました』

『初めてのレースですからねぇ。この緊張感の中では仕方ないと思いますよ』

 

 地面を蹴り飛ばして、ある程度の速度まで一気に加速する。

 

『先頭に立ったのはアポロレインボウ。素晴らしいスタートでぐんぐん後続を引き離していきます』

『少しかかっているかもしれません。落ち着きを取り戻せるといいのですが』

 

 実況が何か言っているが、俺はスタミナが自慢なだけで他には何の取り柄もないバカウマ娘だ。スタミナにものを言わせて、爆逃げを敢行して後続を黙らせる! どうだ、メジロパーマー並の大逃げだぜ!! ははは、これで勝ったらトレーナーも注目してくれるだろ!!

 

『おっと……第2コーナーから向正面に入って、1番手のアポロレインボウは2番手を6バ身以上も引き離した!』

『これは大逃げでしょうか? 選抜レースで随分と思い切ったレースをしますね、やはり私のイチオシウマ娘なだけはありますよ』

 

 コーナーを曲がる時以外は全力疾走。コーナーを曲がる時も8割の全力疾走で、後続を突き放す。レース中で燃え盛る思考回路は、ペース配分とか足の負担なんて度外視して「死ぬ気で走れ」とだけ命令してくる。

 

 あぁ、この感覚。この衝動。最高の感触のまま――俺は先頭を駆け抜けている。誰にも1着は譲りたくない。もっともっと速く、速く走りたい!!

 

『前半1000メートルを通過して、タイムはなんと58秒台! ジュニア級にしてとんでもないタイムを叩き出してくれますね!』

『しかし、これでは後半のスタミナが持ちませんよ。緊張して先走りすぎたようです』

 

 第3コーナーを抜けて、第4コーナーへ。唯一無二の才能であるスタミナはまだまだ底をつかない。背後を見ても、あの時のグリ子のようにコーナーリングに手間取っている子ばかり。脅威にさえ感じない。

 

 俺は最終コーナーを抜けて、独走態勢に入った。

 

『の、残り400メートルを通過して――先頭は依然としてアポロレインボウ! スタミナは尽きないのか!? まだまだ先頭で頑張っているぞ!!』

『これは驚きました。ハイペースの大逃げをした上で、最終コーナーまで前目に()()()スタミナと根性を持ち合わせているとは思いませんでしたよ』

 

 肺が張り裂けそうになり、喉がからからになって酸っぱくなってくる。それでも、グリ子のような強烈な足音は近づいてこない。

 

 最終直線に入ると、背後を確認する余裕はない。スタミナと根性には自信アリだが、疲れるものは疲れるし、しんどいものはしんどい。死ぬほど苦しい。喉が干上がっている。舌の根が乾ききっている。

 

 辛い。苦しい。速く終わってしまいたい。

 

 それでも、初勝利へと。

 夢への第一歩を踏み出すんだ!!

 

「はああぁぁぁあああああああああああ!!!」

 

『残り200メートル! 後続はまだ後ろ! これは決まりか!』

 

 飛び跳ねるように、楽しむように。

 俺は――間違いなく1着でゴール板を駆け抜けた。

 

『ご、ゴール!! タイムが気になるところですが――おや? タイムは2分7秒と、良バ場にしては遅めのタイムになりましたね』

『知らず知らずのうちに、アポロレインボウのスピードが落ちていたんですね。後続の子達は初めてのフルゲートに加えて大逃げがいたわけですから……展開とタイムを読み切れずに、末脚を余らせてしまった子が多いように思えますよ。後で上がりタイムを見ておきましょうかね』

 

「あ、あれ……? タイムめちゃくちゃ遅いじゃん……あはは……」

 

 俺は疲労困憊になりながらゆっくり速度を緩め、柵に手を付いてえずいた。はしたないが、余裕を取り繕うことさえ出来ない。マジで死ぬ。楽しいけど、こんなん何回もやってられんわ。ごめんな、アプリでは3回連続で出走させまくって……反省してます。

 

 しばらくの間、客席ではざわつきが広がっていたが――突然、ワッと湧き上がるような歓声が巻き起こった。

 

 俺はと言うと、電柱に手を付いてゲロってるリーマンみたいになっていた。ビックリして顔を上げると、みんなの視線の先には電光掲示板があって、俺の1着を示す順位と『確定』のランプが点っていた。

 

 なるほどそういうことか。選抜レースでも盛り上がるものなんだなぁ。先輩達は昔を懐かしんで、俺の同級生は友達の頑張りを見て、トレーナーはウマ娘の走りを見て声を上げたって感じか。

 

 あ、なんかパフォーマンスとかいるかな? そんなん考えてなかったけど。……手でも上げとくか。こう、軽くね。

 

 ホームストレートに向かって歩きながら、俺は軽く手を上げた。歓声がいっそう大きくなって、膨大な疲労感の中、俺は歓喜に包まれた。

 




オリジナル要素を詰めすぎて申し訳ない。次回はトレーナーと出会います。

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