ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
皐月賞が終わって数日が経った。僅か数センチの悔しさをバッサリ切り捨て、色々な感情を抜きにして皐月賞の映像を見るのには時間がかかったけど……私はもう『立ち直った』と言っても過言ではない精神状態まで回復していた。今はあれやこれやと日本ダービーに向けて準備をしている最中である。
最近変わったことと言えば、セイウンスカイとそのトレーナーの如月さんが取材にインタビューに引っ張りだこになったと言うことだろうか。桜花賞後のグリ子とトレーナーさんみたいに、今後1週間くらいは忙しいのではなかろうか。グリ子曰く、『私の場合、桜花賞後のオフはインタビューとか撮影で潰れた。今は何とかNHKマイルカップに向けて調整してる。セイちゃんもダービーまでは忙しくなるんじゃないかなぁ』とのことであった。
あ、後はとみおの雰囲気が少し変わったんだよね。何て言うんだろう……上手く言えないけど、とても頼りがいのある顔つきになった感じ。別にこれまでが頼りがいのないトレーナーだったとか、そういうんじゃないけどね。
寮の部屋で、自分のウマホに落とし込んだ皐月賞の映像を見ていると、私はとあることを思い出した。
「ん、そういえば……」
色々考えていた結果、ウマスタ更新をしていなかったんだった。桜花賞後に『桜花賞ウマ娘のグリーンティターン様とツーショット!! 私も頑張るぞ!!』という投稿をしたっきり、ウマスタさえ開いていなかった。私は何度か躊躇いながら、皐月賞の報告をすることにした。
『皐月賞、負けちゃいました……。セイちゃん、とっても強かったです。……だけど! 日本ダービーは1着を取れるように頑張ります!』
「……ま、こんなもんでしょ」
正直なところ、心無いメッセージが届くのではないか……という気持ちが無いわけではなかった。それでも、私を応援してくれるファンのためにも、皐月賞の報告だけはしておかなければならないと思った。
アンチコメントや怖いメッセージが届きませんように……と祈って、えいやっという気合と共に私はウマスタを更新した。インターネットの怖いところは、ボタンひとつで世界中に情報を発信できてしまうところだ。それはつまり、私のことを気に入らない人もこの投稿を見るかもしれないということで。
――「ウマいね!」や「メッセージが届きました」という大量の通知が押し寄せてきて、私は尻尾を跳ねさせて戦慄した。思わずウマホを投げ出して、お布団の中のやさしいせかいに隠れてしまうほどには。
床に転がったウマホを恐る恐る取り上げて、画面が割れてないかを確認しつつ通知欄を開く。するとそこには、数々の「ウマいね!」と応援メッセージが届いていた。
『皐月賞お疲れ様でした! 手に汗握る展開で惜しくも2着になった時は、自分の事のように悔しかったです……しっかり休んでダービーに備えてください! 応援してます!!』
『あなたが一生懸命走る姿、本当に大好きです。日本ダービー、信じてます。』
『メイクデビューをたまたま目にしてから、ずっとアポロちゃんのファンです!! 決して諦めないアポロちゃんが大好きです!! 日本ダービー頑張って!!』
『ワイはアポロちゃんがダービーを勝つのを信じとるで!!』
数分もしないうちに送られてきた、名も無きファン達からの熱いメッセージ。私は熱いものが込み上げてくるのをぐっと堪えて、ひとつひとつのメッセージを読み続けるのだった。
ある日の夜、レース研究の休憩がてらウマスタを見ていると、メジロパーマーからメッセージが届いていることに気づいた。パーマーちゃんのアイコンをタッチして
『次の木曜日、暇? 予定が空いてるなら連絡欲しいな!』
数時間前に送られたメッセージだ。普段の私であれば、パーマーちゃんからのお誘いなんて死ぬ気で予定を空けて然るべきなのだが、日本ダービーが1ヶ月後に迫っているからあまり暇がないのが現状だ。
とはいえ、その木曜日は丁度オフの日だった。私はウキウキしながらパーマーちゃんにメッセージを返す。
『その日はめちゃくちゃ空いてます! ちなみに何するんですか?』
数時間前に届いたメッセージだ。さすがにパーマーちゃんの返信も時間がかかるだろう――と思っていたが、画面の左下に『入力中』の文字が踊り始めたのを見てぎょっとした。ギャル特有の早すぎる返信だな?
『空いてるんだ! 嬉しいよ! その日はヘリオスとマルゼンさんを呼んでアポロちゃんの激励会を開く予定なんだ〜』
「ひえ〜! …………いや待て、大丈夫かな?」
普段からお世話になっている先輩方にここまでよろしくしていただけるなんて……と喜びそうになったものの、マルゼンスキー×ギャル組という空前絶後の組み合わせに私は早くも不安が出てきた。私でさえマルゼンちゃんやギャル組の言葉を完全に理解していないと言うのに、この3人が同じ空間にいる時どんな化学反応が起きてしまうのだろうか……。
私はパーマーちゃんとメッセージのやり取りをしながら、『バッチグ〜』とにこやかな笑顔でサムズアップするマルゼンスキーを幻視するのであった。
そして来たる木曜日、私はトレセン学園の正門前に立っていた。どんな格好で行けば良いか聞いたところ、『制服でいいよ〜』とのことだったので、授業が終わった後も私服に着替えたりせずに正門前に直行した。
現在時刻は13:00。あの3人とはこれまで何度か一緒に遊ばせていただくことはあったけど、全く緊張しないわけじゃない。春秋グランプリ連覇ウマ娘に、マイルチャンピオンシップ連覇ウマ娘に、無敗のウマ娘。実績で言ったらもう雲の上のような御三方である。
特にマルゼンちゃんに関しては、あの頃の私がなりふり構わなさすぎた。何でマルゼンスキーに直接メールを送ったのか、冷静になってみるとわけが分からない。……まあ、これも運命と言うやつなのだろうか。
そういえば、パーマーちゃんとヘリオスちゃんと知り合ったのも偶然だったなぁ。トレセン学園内で偶然出会って、ヘリオスちゃんのハンカチを拾って。そしてパーマーちゃんがマックイーンちゃん繋がりで私のことを知っていて、何故か私のことを気に入ってくれて……。
「ほんと、恵まれてるなぁ……」
ぼそりと呟くと同時、トレセン学園の正門前に一台のリムジンが止まった。ウマ娘の耳でも『小さいな』と思えるくらいのエンジン音。トレセン学園周りでは(主にメジロ家のおかげで)珍しくないので、露骨に私に寄ってきてやっと注目できた。一体何なんだろうか、と一歩引いてリムジンの様子を窺っていると、後部座席のドアが自動で開いた。中からダイタクヘリオスの弾ける笑顔が飛び出してきて、私を車内に招いてくる。
「ウェーイ! アポロっち、元気してた〜!?」
「ヘリオスさん! じゃあこのリムジンは……」
私が言うまでもなく、ヘリオスちゃんの隣――ドアの隙間から「おっす」と手を振ってくるパーマーちゃん。やっぱりメジロ家のリムジンだったらしい。あっという間にリムジン内に引きずり込まれると、私を挟んだギャル組があれやこれやと話しかけてくる。
やれ「ヘアオイル変えた?」だの「タピオカ飲んだ?」だの、目まぐるしく会話が二転三転。ヘリオスちゃんにボブカットをモフモフされながら質問に答えて談笑していたら、ものの数十分で車が止まった。どうやら目的地に着いたらしい。まあ、私は『木曜日の13:00に正門前に来い』としか知らされてないから、ここがどこなのか分からないけ――ど――……?
「……パーマーさん、ここってもしかして?」
「うん、私の家だよ」
リムジンが止まったのは、ちょっと信じられないレベルの大豪邸の前だった。あの名門メジロ家の豪邸である。というか、パーマーちゃんってメジロ家から家出したことがあるとか聞いたことあるんだけど、その辺はもう大丈夫なのかな……? いやでも、マックイーンちゃんやライアンちゃん達とは仲がいいみたいだし、もう不仲とか勘当の心配はないのかも。
リムジンから恐る恐る降りると、その近くに見慣れた真っ赤なスーパーカーがあった。そして、その車に寄りかかったバブリーなお姉さんも。リムジンに気づいたマルゼンスキーが、手を小さく振りながら近づいてくる。
「みんな、元気してた? パーマーちゃん、今日は誘ってくれてありがとね〜!」
「いえいえ! ささ、上がってください!」
メジロパーマーが人当たりの良い笑顔を浮かべながらマルゼンスキーを家の中に連れて行く。私はダイタクヘリオスに抱き締められながら彼女達についていくことにした。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま! 今日はお客さん連れてきたから、部屋借りるね。例のモノもよろしく!」
「かしこまりました」
デカすぎて博物館みたいだ……なんて思っていると、広い広い客室に通された。本当に制服で良かったんだろうか? ドレスコードっぽい服で来た方が良かったんじゃないの。私は引きつった笑いを携えて棒立ちになってしまった。
「何ぼさっとしてんのアポロちゃん」
「こ、こんな大きな家に招かれるのは初めてで」
「ん〜、自分の家だと思ってくつろいでいいよ?」
「いや〜それはちょっと……」
「ウェイ! 早速パーティ始めちゃお!」
「いいわね〜、私も久々にテンションアゲアゲで行こうかしら♪」
マルゼンスキーとダイタクヘリオスが、どこから取り出したのか、パーティ用のサングラスやつけ髭を装着しながら早速暴れ始めている。使用人やシェフがケーキやスイーツを持ってきて、ついでに謎のくす玉が部屋の中央に括り付けられた。
私がポカンとする中、3人は顔を見合わせて「せ〜の」と言うと、くす玉を思いっ切りぶちまけた。中から虹色のヒラヒラが飛び出してくると同時、『日本ダービー頑張れアポロレインボウ!!』という達筆な文字が書かれた垂れ幕が登場する。
間を開けず、傍に控えていた使用人さん達が懐から取り出したクラッカーを発射して、客室は大きな拍手と片付けが大変そうなキラキラに包まれた。
「ウェーイ! ピースピース!」
「使い捨てカメラ持ってる〜!?」
「使い捨てカメラ……?」
ぶさいくなデカ鼻とつけ髭を装着したヘリオスちゃんと、使い捨てカメラに対して疑問を抱いたパーマーちゃん、そしてテンションが高すぎるマルゼンちゃんに囲まれて、写真をパシャリ。何がなにやら分からぬまま使用人達がゴミを片付けながら撤収していき、部屋には私達4人が残された。
「あ、あの……これは一体どういう……?」
「今日はアポロちゃんの激励会だって言ったでしょ? ちょっと早いけど、日本ダービー頑張ってよねってことで!」
「ほんとはウチら、皐月賞前にやろうよ〜って話してたんだけどね〜、予定が合わないし忙しくて。つまり今日しかなかったってワケ!」
「あんまりこう言うと良くないんだけど、皐月賞に僅差で負けたから……アポロちゃんを励ます会でもあったのよ? でもその必要はなかったみたいね、結構元気そうだから。お姉さん安心!」
なるほどと納得しながら、私は一番美味しそうなスイーツを無遠慮に頂いた。他の3人も思い思いに席に着き、スイーツやらケーキやらを食べ始めている。
絶品グルメに舌鼓を打ちつつ、私達は世間話に花を咲かせた。マルゼンちゃんの死語は(分かる限り)翻訳して噛み砕いてギャル組に伝え、ギャル組(主にヘリオスちゃん)の流行語も(分かる限り)翻訳してマルゼンちゃんに伝える役割になったけど、それを抜きにしてもめちゃくちゃ楽しい時間になった。
中でも、マルゼンちゃんがクラッカーをぶっぱなしながら『あたり前田のクラッカー!』と言った時は流石に噴き出した。彼女のテンションのおかしさはもちろんだが、くだらなさすぎて笑ってしまったのだ。ちなみにパーマーちゃんとヘリオスちゃんにもバカウケして、『ナウなヤングにバカウケね!』とマルゼンスキーがニコニコしていたのが印象深かった。
そして夕暮れが近づいてきた頃、用意してくれたお菓子類は全て食べ切って、門限のために私達学生は寮に戻らなくてはいけなくなった。激励会の終わりの言葉を務めるのはもちろんメジロパーマーだ。彼女はくす玉の垂れ幕の前に立って、私達3人を見回した。すうっ、と息が吸い込まれ、彼女の明るい声が部屋の中を満たした。
「みなさん、今日は集まってくれてありがとう! 何だか普通に遊んで騒いでただけかもしれないけど……まぁ、とにかく! アポロちゃんの勝利を祈りまして、マルゼンさんから熱いメッセージがあるそうです! アポロちゃんはしっかり聞いてよね!」
びっくりしてマルゼンスキーを見ると、彼女の優しい瞳と目が合った。ずっと私を抱き締めていたダイタクヘリオスが無言でその場から離れていき、パーマーの下へと駆け寄っていく。空気を読んでくれたのだろうか。さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは違うから、私も生唾をごくりと呑み込んでしまう。
マルゼンスキーは目を細めると、私の頭を撫でてきた。「わわっ」と声を上げてしまう。そんな私の仕草をどう思ったのだろうか。マルゼンスキーの笑顔は更に深まり、女神の如く慈愛に満ち溢れたものになった。
「……アポロちゃんは知ってるでしょうけど、私は日本ダービーどころかクラシックにも出られなかった。特にダービーは大外枠でもいいから出してくれって頼んだんだけど、当時の規定じゃ私に出場資格が無くてね――」
マルゼンスキーは私の髪の毛を梳くように撫でながら、その心境をつらつらと語ってくれた。現役中のマルゼンスキーは当時の中央の厳しい規制のため、ダービーどころかクラシックの出走権がなかったこと。そして、これまでに走ったレースに後悔はないものの、もし仮に不利な大外枠でダービーに出走できていたならどうなっていたのかを想像してしまう寂しい心を。
彼女はゆっくりと続ける。
「アポロちゃん、あなたは可愛い可愛い後輩よ。あなたひとりに肩入れしちゃうのは気が引けるけど……こんなに仲良くなった後輩だもの。あなたには私が取れなかったクラシック――日本ダービーを絶対に取って欲しいの」
これまで見たことのなかったマルゼンスキーの内心と熱い気持ちが、彼女の手のひらを通して伝わってくる。『
数々の圧勝、そして名声を手にした彼女でも手にできなかった日本ダービーという栄光。『最も運の良いウマ娘』という称号。マルゼンスキーの煮え滾るようで少し悲しみも含んだ複雑なこころに共鳴した後、私は顔を上げた。
「日本ダービー、応援してるわよ」
マルゼンスキーの手が私の頭から離れていく。顔を上げた時、彼女はもう『いつもの
マルゼンスキーは私を応援してくれている。そして私は彼女の想いを背中に受けて走る。それで充分だった。
「――はいっ! 日本ダービー、絶対勝ちます!!」
「……いい返事よ、アポロちゃん♪」
マルゼンスキーがウインクすると、ダイタクヘリオスとメジロパーマーも会話に入ってくる。
「いや〜、私も条件戦をウロウロしたり障害レースに出たりして、クラシックにはカスリもしなかったからねぇ。アポロちゃんには同じ爆逃げウマ娘として、期待せざるを得ないわけですよ」
「ウチもクラシックは特にダメダメだったからね〜☆ マジ・アポロちゃん応援してます!!!」
おちゃらけたように言う2人。メジロパーマーは非公式の野良レースや障害レースに出ており、数多の路線変更を経た個性派だ。彼女が覚醒したのはシニア級になって爆逃げを習得してからであり、クラシック級は怪我などもあってあまりレースには出場していない。ダイタクヘリオスも、距離適性が短めというのもあったが、覚醒したのがシニア級。彼女もまたクラシック級限定タイトルには手が届いていない。
マルゼンスキー、メジロパーマー、ダイタクヘリオス――この3人にもそれぞれ思うところがあるのだろう。私みたいな後輩を呼びつけてパーティを開いてくれるくらいなんだから。
夕陽の光が差し込む客室内で、私達は身を寄せ合った。
「じゃ、激励会の最後に気合入れてあげますか! アポロちゃん背中出して! 思いっ切り叩いて私達が入魂してあげるからさ!」
「え、いいんですか!」
「逆にいいの!? ウチ手加減せずに叩くよ!?」
「うふふ、フルスロットルで行くわよ? 後悔しないでよ?」
「構いません! お願いします!」
「あはは! じゃ、行くよ! せ〜の――」
「「「頑張れよ、アポロレインボウ!!」」」
――バシン、と。
丸めた背中に、3人分の強い想いを乗せた衝撃が伝わってきた。
憧れの先輩3人に背中を叩かれ、私は零れそうになった熱い気持ちを何とか堪えるのだった。
――日本ダービーまで残り1ヶ月。
私の背中に、想いが紡がれていく。