ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
誤字報告も本当に助かります。これは心臓が止まりました。
選抜レースが終わって、数日が経過した。レースが終わった直後は色んなトレーナーがスカウトしにやってきた。グリ子や俺の不安が考えすぎだったようで良かったのだが、誰も俺の長距離適正を見抜いてくれなかった。そんな人達と契約を結んだって、元人格のアポロレインボウちゃんの夢である「最強ステイヤーになる!」が達成できない可能性が高い。
メジロ家のウマ娘のように、「クラシックの大目標は菊花賞!」「天皇賞絶対取る!」って感じで公言してるわけじゃないから、そこは仕方ないけどね。
それに、あの場で「この人と契約する!」って勢いに任せて1人を選ぶのは、ちょっと角が立つよな〜って思って、全員丁重にお断りさせていただいた。ただ、自主トレをしてる最中に声をかけてくるトレーナーは一定数いるので、合いそうな人がいたらトレーナーになってもらう予定だ。
てっきりグリ子は「どうしてあの場でトレーナーさんを見繕わなかったの?」って言ってくるかな〜なんて思ってたんだけど、実際に言われたのは「アポロちゃんが冷静な判断をしたからびっくりしたよ」という罵倒に近い言葉だった。なんでやねん。
まぁ、今日も今日とて自主トレをしよう。やっぱりウマ娘と言ったら脚だ。上半身の筋肉は大事だけど、やっぱ脚を鍛えてなかったらダメだ。脚を徹底的に虐めるトレーニングをしたい。
……と思ってたんだが。
「あちゃ〜……予約で埋まっちゃってる感じだったか……」
トレーニング場所が全部、予約済みだった。目の前では、トレーナーとそのチームらしきウマ娘達が和気あいあいと走り込みをしていた。
トレーナーのついていないウマ娘は、屋内プールを使うことが出来ない。ウッドチップコースはもちろん無理だし、坂路も無理。その前提からして、そもそも俺のようなウマ娘がトレーニングを行える場所は限られてしまう。
……唯一フリーのウマ娘でも使えたのが、今まで使っていたトラックコースだったというわけだ。ま、それも予約されちゃったから使えないんですけどね。
結構あの場所がオキニだったからショックだけど、コースを予約されちゃったらまぁ仕方ない。トレーナーのいるウマ娘が増えてきたということだろう。
今日はいい感じに晴れだったから走りたかったけど、トレーニングできそうな場所はないな〜。ウマ娘専用道路を走るのもいいけど、ここら辺の地理が分からんから今は怖い。
……ま、最近詰め気味だったし、図書館に行ってトレーニング方法の研究でもしますか。こういう時は見えない疲れが溜まってるかもしれないし。狭い場所でもできる効果的なトレーニングについて記された本があればいいな〜。
俺は学内を歩き、図書館にやって来た。カウンターにゼンノロブロイちゃんがいたので、トレーニング本を探しに来たと伝えてみる。彼女は眼鏡の位置を両手で直してから、「ついてきてください」と歩き始めた。
やば、この子も超かわいいな。眼鏡地味っ子図書委員、三倍満。でもこんな子が秋シニア三冠を取っちゃうんだから、ウマ娘ってのは分からないぜ。闘争心とか実はめっちゃ秘めてるんだろう。
「ロブロイちゃん、ありがとね!」
「……?」
トレーニング本の辺りまで案内してもらったので、俺はロブロイちゃんにお礼を言ったのだが……やべ、「なんでお前私の名前知ってるの?」って顔してる。そうですよね。気持ち悪い、ですよね。ごめんなさい!! 逃げます!!
「あっ!」
俺は本棚の間を縫ってロブロイちゃんの視界から消えた。
ロブロイちゃんが追いかけてくることはなかったため、俺は落ち着いてトレーニング本を漁り始める。
お、なにこれ。『明日からこれだけやれ! 必勝トレーニング法!』だって? はは、過激なタイトルで注目されたい系ね。ウマ娘の世界でもこういう本があるのね、なんかほっこりしちゃった。ま、欲しい本はもっとしっかりしたやつだ。他の探そ。
…………。
うーん、しっくりくる本がないなぁ。ガチ系のトレーニング本が欲しいんだよね。
残念ながらこの本棚には何も無かったな。次の所探そ。
「ん?」
新しい本棚を探っていると、遂にそれらしき本を見つけた。タイトルは平凡だが、発行機関がURAだ。この時点で間違いがない。恐らく、歴代トレーナーのデータや正しいトレーニング方法、逆に悪いトレーニング方法も載っていそうだ。
俺はその本に向かって手を伸ばす。しかし、本の背を掴んだ俺の白い手の上には――妙にごつごつした手があった。
「え?」
「お?」
手が生えている方向を見ると、俺より身長が20センチは高かろう若い男が俺の方を見ていた。かなり困惑した様子だが、俺も困惑している。だって、図書館で偶然同じ本を手に取ろうとする――だなんて、少女マンガで言う運命の出会いみたいじゃん!
俺はその男の顔をじっと見る。多分トレーナーだ。年齢は20代前半だろうか? 細かいことは分からないが、男だった頃の俺よりは歳下に見える。顔はイケメンとは言い難いが、ブサメンというわけでもない。なんかこう……本当に何処にでもいそうなフツメン。味わいのある顔だ。
無言で顔を見すぎたせいか、男がしかめっ面になる。ヤンキーで言うところの『ガンを飛ばす』ってのはこういうことなんだろうな。
「……どうしたの?」
彼は微妙そうな表情をして、腰を曲げて俺の目線に合わせてくる。子供扱いされてるようで腹立たしいが、今の俺は中等部。今日のところは俺の優しさに免じて許してやろう。それにしてもこの人、絶対に本を手放そうとしないのな。
「どうしたもこうしたも、この本見つけたの私なんですけど」
ぐぐぐ、と力を入れて本を引き寄せる。男は下手くそな笑顔を取り繕いながら、一歩も引き下がらず俺に対抗してくる。
へえ、ウマ娘の俺に抵抗しようっての? 理解できませんね。ウマ娘に人間が勝てるわけがないのに。
ちょっと本気でやってみるか――と思ったところ、俺はあることに気づいて力を弱めた。この男、小脇にステイヤーに関する本を山ほど抱えていたのである。
ドキッとして、俺は本から手を引っ込めた。この男、もしかしたら――
「あ、あの。……あなた、トレーナーですか?」
「そうだよ。ま、新人トレーナーだから誰も相手にしちゃくれないんだけどね。あはは……はぁ」
新人トレーナー。誰も相手にしてくれない。そりゃそうだ、積み上げた実績もないし、技術もデータもゼロなのだから。普通は実績を出しているトレーナーの所に行って育ててもらいたいというのが世の常だ。
しかし、彼が放ったその言葉に、俺の心臓は高鳴った。見たところ、ステイヤーに関して興味があるようだし――俺の夢を叶えるためのトレーナーとしてはドンピシャなのではないか。出会い方も少女マンガ的な意味で満点だったし。
あと個人的な感想だけど、この人は「友達としてはいいけど恋人としては……」っていうタイプに見える。こういう男は、得てして女の子からのアプローチにドギマギしちゃうのよね! アポロ分かってるんだから!
……よし決めた! 俺、この人の担当ウマ娘になるぜ!! ここまで運命の出会いを果たしたからには、もう逃さねぇからな。
「あの、私、アポロレインボウって言います」
「知ってるよ。この前の選抜レースで大逃げしてた子だよね」
そうか、俺のことをご存知なら話は早い。早速アピールして契約を――
「はぁ……君みたいな才能がある子は、もうトレーナーがいるんだろうなぁ」
彼がそんなことをぼそりと呟いたので、勢いが削がれる。いやいや、そんなことないよ? 俺には才能なんてないし、何ならトレーナーもいないよ? おい、なんで本を持って立ち去ろうとしてるの? ちょっと待てや! 本置いてけ!
「ま、待ってください! 私と契約してくれませんか!?」
俺は男のスーツを掴んで、叫んだ。図書館内では静かにしなければならないのだが、今は許して欲しい。この機会を逃せば、俺に合うトレーナーは見つからないと思ったのだ。
男はこちらを振り向いて、驚愕の表情を浮かべる。
「え、君、トレーナーいないの?」
「はい、いません! 今のところ全員保留させていただいてます!」
「……俺と、契約してくれるの?」
「そのつもりで言ったんですけど、ダメですか?」
「……ほんとにいいの?」
「いいんです! お願いします! 私を最強のステイヤーにしてください!!」
俺が手を伸ばすと、彼はすっかり固まってしまった。ばさばさ、と彼の抱えていた本が落ちる。そんなに驚きだったのだろうか。それとも、そんな悪いことを言っただろうか。
ビクビクしながら返事を待っていると、彼は俺の手を取って両手で包み込んできた。
「もちろん、もちろんだとも!! 是非とも俺に協力させてくれ!!」
彼の笑顔が弾けた。右手をぎゅっと強く握られ、思わず胸がときめいてしまう。
トゥンク……
この人の手、あったかくて大きい……。それに、男性らしくごつごつしている。俺の手と比べるととんでもなくサイズが違う。なんかキュンときた。
あれ、俺ってホモなのかな?
「俺の名前は桃沢とみお。ああ、ありがとうアポロレインボウさん。本当に嬉しいよ。こうしちゃいられねぇ。契約用紙を用意しなきゃ!」
桃沢とみお。……いいね、とみお。可愛い名前じゃん。名前聞いただけで、アポロ分かっちゃった。この人となら上手くやっていけそうって。
舞い上がるとみお。ホッとしつつ何故かキュンとする俺。そんな2人の元に、冷たい声が割り込んでくる。
「――図書館内ではお静かに」
声の主はロブロイちゃんだった。あんまりにもどす黒いオーラと怒りを醸し出してるもんだから、俺ととみおは引きつった笑い声しか出なくなってしまう。周囲を見渡すと、俺ととみおに迷惑そうな視線を向けてくるウマ娘達がいた。マジで申し訳ねぇ。
結局、ロブロイちゃんに冷たい笑顔で諭されたので、俺ととみおは図書館から足早に退散した。本はしっかり借りた。
後日、俺ととみおはトレーナー室で再び対面していた。まあトレーナー室と言っても、新人トレーナーに与えられる部屋なんてクソ狭いし辺境の棟にあるわけだが。
コホンと咳払いして、とみおは人当たりの良い笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、2回目になるけど挨拶しとこうか。俺の名前は桃沢とみお、サブトレーナーをちょっとしてた程度の新人トレーナーだ。君みたいなステイヤーの才能を持った子をいつか育てたいと思ってた。これからもよろしくな」
桃沢とみお。かつてメジロマックイーンのトレーナーの補佐、つまりサブトレーナーを勤め上げた実績を持つ。正直俺にしてみれば、春の天皇賞連覇を成し遂げたステイヤーのサブトレーナーってだけでかなり上玉だ。
サブトレーナーを勤めた後、メジロマックイーンがドリームトロフィーリーグに挑戦すると同時に独立したらしい。ここで言うドリームトロフィーリーグってのは、トゥインクル・シリーズとはまた違う舞台のことだ。
トゥインクル・シリーズで好成績を残したウマ娘は、ドリームリーグに上がることができる。そのドリームリーグ内には、夏開催のサマードリームトロフィーリーグと、冬開催のウィンタードリームトロフィーリーグがあるらしい。そんでもって、ドリームリーグに行ったらトゥインクル・シリーズには戻れない。
つまりアレだ。俺達がいるトゥインクル・シリーズは甲子園で、ドリームリーグはプロ野球とか社会人野球みたいな感じ。まぁ、今のところドリームリーグのことは考えなくていいだろ。閑話休題。
「えと、アポロレインボウです! 最強ステイヤーになることと、トレーナーを私の魅力でかんちが――ウホン! 最強ステイヤーが夢です! よろしくお願いします!!」
余計なことを口走りかけたが、咳払いで何とか誤魔化す。とみおはキョトンとしていたが、何でもなかったようにニコニコし始めた。
今日は挨拶が中心でトレーニングは軽めにこなす程度の日だ。上手く行けばこれから3年以上の長い付き合いになるから、こうやってお話する時間も大事なわけ。お互いのことを知っておかないと、色々と軋轢が生まれることもあるだろう。
自己紹介の後、雑談を交えつつ会話が盛り上がった。そりゃ、元の年齢で言えばほとんど同じわけだし……若干素の俺を隠すのに苦労するが、久々の感覚で楽しい。いつの間にかタメ口になっちゃってるけど、まあいいでしょ。
そして、会話は理想のステイヤーについて遷移していく。
「とみおはやっぱ、マックちゃんみたいなステイヤーが理想なの?」
「と、とみおって……まあいいけど。う〜ん、マックイーンは滅茶苦茶強かったなぁ……ほんと、俺がサブトレーナーだったのが嘘みたいだ。話を戻すけど、マックイーンは理想のステイヤーのひとりさ。ライスやパーマーなんかも凄くいいステイヤーだ」
そりゃそうだ。マックやライスは歴代で見ても指折りのステイヤーだからな。パーマーだって、宝塚記念と有馬記念を制覇したグランプリウマ娘。長距離も走れる大逃げウマ娘なんて彼女くらいだ。
ま、そもそもG1を勝てる時点でバケモンなんだよね。アプリをやってる俺達は忘れがちだけど。うんうん言いながらとみおの話に頷いていると、彼はとんでもないことを話し始めた。
「でも、俺の理想のステイヤーは
その言葉を聞いてぎょっとした。こいつマジかよって思った。
日本最長のレースは3600メートルのG2・ステイヤーズステークスだ。G1であれば3200メートルの天皇賞・春。はるか昔には4000メートルの『日本最長距離ステークス』なんてものが開催されていたみたいだが、今はやってないはず。
そもそも4000メートルを走れるウマ娘なんているのかよ? 春天から800メートルも延長してるんだぜ? 流石のマックやライスもキツイんじゃないか。
俺達日本のウマ娘が仮に4000メートルを走るとしたら、海を渡らないといけない。今ある4000メートルレースって言ったら……ヨーロッパのゴールドカップとカドラン賞だけだからな。2つともG1で、ヨーロッパが誇る歴史あるレースだ。古くは最強馬決定戦として位置付けられていたと聞く。
あれか、とみおは昔気質のトレーナーなのか。長距離を走るステイヤーこそ至高って感じの。俺もステイヤーは好きだけどよ、流石に4000メートルはヤバくないか? なぁ、とみお?
チラッととみおを見ると、彼はキラキラと目を輝かせて俺のことを見てきた。
……ダメだ。この人、多分俺を4000メートル走れるレベルまで育てる気だ。マックイーンのノウハウを流用して最強のステイヤーにされちまう。2000メートルでバテバテなのに、その倍って……できる気がせんわ。
「アポロレインボウはどう? 4000メートル走ってみたくない?」
そんなクソ長ぇ距離を走りたいやつはあんまりいないんじゃないかな……。ただ、4000メートルG1を勝ちました! って実績があったら死ぬほどかっこいい。正直憧れる。だが、もし海外に行くなら――国内の長距離重賞を勝たないと無謀な挑戦とこき下ろされるだろうな。
「う〜ん……理想としては挑戦したい気持ちはあるけど、まずは国内の重賞勝たないとって感じかな〜」
「確かに……まずアポロレインボウはオープンウマ娘にならないといけないよな」
……今気づいたけど、マックイーンとかライスは呼び捨てにするくせに、俺はフルネームなんだね。ふーん。誰がとみおの担当ウマ娘か……分からせてやりますか。
「とみお、私のことはアポロって呼んでくれない? いちいち長いでしょ?」
「……そうだな。よし、そうするか! よしアポロ、お喋りはこの辺にして、早速君の走りを見せてくれ!」
からかおうと思ったのだが、普通に空振りに終わった。まぁ、いいか。
更衣室で着替えを終えると、俺達はとみおが予約しておいたトラックコースにやってきた。とみおは妙にヨレたジャージに着替えて来た。普通のウマ娘なら「こいつ大丈夫かよ」なんて思っただろうが、俺はそんなとみおを微笑ましく見ていた。
あぁ……元人格のアポロレインボウちゃん、そして俺。よかったなぁ、よかったよぉ。ついにトレーナーがついたんだ。後はとみおを誑かして最強ステイヤーになって、夢まで一直線だぜ。
「アポロ、何笑ってるの?」
「いや、別に? トレーナーが出来て嬉しかっただけ」
俺はニカッと歯を見せる。すると、とみおは感じるものがあったのか口元を押さえてしまった。とみおも専属ウマ娘が出来て嬉しかったのかな?
――あ。
もしかして俺に惚れちゃった? それだったらウケるわ。
「で、私はどうすればいいの? とみお」
「あ、うん。そうだなぁ……とりあえずこのコースを1周、本番だと思って走ってくれる? 最終直線はスパートをかけてもらえるとデータを取りやすくて助かるよ」
「は〜い」
とみおはトレーナーらしくバインダーとかストップウォッチを持っている。こうやって見るとベテランに見えなくもない……のは古びたジャージのせいだな。
十分なストレッチを済ませた後、俺はスタートラインの前に立ち、スタートの構えを取る。とみおはバインダーを片腕に据えながら、ストップウォッチを掲げた。彼が息を吸い込む音が聞こえる。ざり、と芝を踏み締めて息を吸い込む。
「位置について――よ〜いスタート!」
俺は思いっきりスタートを決めた。完璧なロケットスタートだ。選抜レースを思い出すようにぐんぐんスピードを上げ、俺は溢れ出る衝動に任せてコースを走り切った。
「はぁ――っ、はぁ――っ、ど、どうだった……?」
「うん、全部分かった。ちょっと言いたいことがあるから、今日はトレーニングを中止するね」
「えっ」
とみおは真剣味を帯びた表情でバインダーに挟んだ紙にペンを走らせている。……とみお、怒ってる? うそ。……俺、何かやっちゃったのかな。
眉根をひそめ、ウマホで記録した映像を見返しているとみお。ただならぬ雰囲気だ。
「と、とみお……どうしたの?」
「……後で行く。ストレッチした後、トレーナー室に戻ってて」
「あ、うん……分かった」
俺はとみおに言われるがまま、しゅんとしながらストレッチを行った。その間はお互いに無言のままで、気まずい沈黙が流れている。ストレッチを終えてから、俺は顔色の悪いとみおを置いてトレーナー室に向かって歩き出した。
ノリで過ごしている主人公。果たして大丈夫なのでしょうか。いつかとみお視点の話も書きます。周りの目から見えるアポロちゃんも書きたいので。