ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
7月中旬、トレセン学園にて。スピカのみんなと集合した私は、とみおが運転するトレセン学園所有のマイクロバスに荷物を詰め込んだ。そもそもトレーナーが大型車の免許を持っていることに驚いたのだが、どうやら毎年夏合宿の時に大型車を運転しなければならない機会が多いため、大型免許を持っているトレーナーは多いらしい。
とみおはメジロマックイーンのサブトレーナー時代に免許を取得し、合宿に役立てていたとか。もちろん沖野トレーナーも例年の夏合宿のために免許を持っている。今回はとみおと沖野さんが交代交代で運転して目的地に向かうらしい。長時間の運転は疲れるからねぇ。
グミを頬張りながら座席に座った私は、早速ウマスタを覗くことにした。どこをスクロールしても「夏合宿なう」「水着の撮影です」「日焼けしちゃった!」と夏らしい投稿に溢れている。まぁ、日本は夏の間にG1が存在しないから、大体それくらいしか呟くことがないのだ。
もちろん『サマー2000シリーズ』や『サマーマイルシリーズ』、『サマースプリントシリーズ』――所謂『サマーシリーズ』という夏季トゥインクル・シリーズを盛り上げるための距離別シリーズが行われていて、それも盛況ではあるのだが……どうしてもライト層や世間の注目はG1に向きがちだ。『サマーシリーズ』はG3やG2やオープン戦から構成されているため、同時期の海外G1に注目が奪われる……なんてのはよくある話だ。
今で言うと、フランスに飛んだタイキシャトルとシーキングザパールは日本中のファンの注目を集めている。海外G1に挑戦することが正式に発表されたからだ。
私はフランスのビーチでサングラスをかけてツーショットを撮るタイキちゃんとパールちゃんの写真に「ウマいね!」を送った。とてもエクセレントな写真だ。背景にはドーヴィルレース場が映っていることから、最寄りのビーチで撮ったのだろう。海外で撮影した写真というだけで空模様が異質なものに見えてくるのは、やはり海外への憧れなのだろうか。
そりゃ海外はどの分野でも憧れの舞台だよね〜なんて思いながら画面をスライドさせていると、12秒前に更新されたシンボリルドルフ会長の投稿が目に入った。どれどれ……。
『都会って汚いとか言って来た足湯で疲れを吹っ飛ばす』
写真も何も無い文字だけの投稿。めちゃくちゃ有名なはずなのに、写真はアップしないしこういう地味な投稿ばかりだから、ルドルフ会長のウマスタには絶妙に「ウマいね!」が少ない。こういう堅物なところも好感が持てる。もしかしたら本人のアカウントだって気づかれてないのかもしれないなぁ。私はくすくす笑いながら渾身のダジャレで返信してみる。
『@SymboliRudolf よくできた内容ですが欲で汚いようです』
『@ApolloRainbow ねっとり容赦なくてネット利用者泣く』
何なんだこのやり取りは。深夜テンションの時はたまにリプライさせていただくことがあったけど、よく考えたら傍から見てる人はこれかなり気味が悪いんじゃないか。いや、私達が楽しければいいのかもしれないが……。
ニヤニヤした笑いを堪えながらウマホを見ていると、テイオーちゃんが私の隣に座ってきた。何だろうと彼女の方を見ると、ウマホの画面を見せつけてきながらぶーぶー言っている。
「アポロちゃん! なんでカイチョーと仲が良いんだよう! ボクには普通の返信しかしてくれないのにぃ!」
「えぇ……別に羨ましいと思われるようなことじゃないと思うんですけど……」
「ずるいよぉ! ボクも2人みたいな会話したいよぉ!」
……それはトウカイテイオーのイメージが崩れるから止めておいた方がいいだろう。そんな言葉をぐっと飲み込みつつ、私はテイオーちゃんにグミをあげて宥めることにした。そうこうしている間に沖野トレーナーと天海トレーナーがバスに乗り込んできて、声をかけられる。いよいよ出発だ。
「シートベルトは締めたか? それじゃあ出発するぞ!」
沖野トレーナーがそう言うと、スピカの面々が喜びの声を上げる。運転手のとみおが頷くと同時、ちょっと排気ガス臭いバスが動き出し、私達はトレセン学園から合宿場所に向かって走り出した。
都会を抜けて道路を突き進むバス。走れば走るほどにすれ違う車は少なくなっていき、建物の高さも低くなっていく。というか、緑。マジで緑しかなくなってきた。山とかトンネルとか、どれくらい越えたんだろう。
いつの間にか車内は静かになっていて、さっきまでトランプだのゲームだので遊んでいたはずのみんなは眠っているようだった。昔行った修学旅行でも、新幹線の中で眠っちゃう人は多かったなぁ。行きも帰りも。
何度かドライバーが交代して、ドライブ開始から数時間が経過した頃。いよいよ潮の香りが車内に漂ってきて、次々にみんなが目を覚まし始める。窓際の席に座っていたスペちゃんが、隣にいるスズカちゃんの肩を叩いて窓の外を指さす。
「わあ! 海ですよ海!」
その声に釣られて外を見ると、茂みを切り裂いて、ガードレールの向こう側に深い青色の大海原が広がった。少し遠くに砂浜が見える。海水浴シーズンだというのに客がいないあたり、穴場と言って差し支えない。これなら砂浜を利用したトレーニングも可能だろう。
どんどん海が近づいてくる。近くで見る海は青というよりは緑がかって見えた。波立った海面がギザギザして感じられる。窓を開けると、カモメかうみねこの甲高い鳴き声も聞こえてくる。ちょっときつい磯の香りがバス内に入ってきて、私は思わず窓を閉めた。
テトラポットが並ぶ堤防付近を走り抜けて、いよいよバスが止まる。ぷし、というガスの抜ける音が聞こえると、私達は早々と荷物を下ろし始めた。目指すはこれからしばらくお世話になる古めかしい旅館。あれよあれよといううちに大部屋に荷物を移動させ、バスを適当な場所に引っ込めた後、私達は旅館のスタッフさん達に挨拶をした。
これからお世話になります、よろしくお願いします……と頭を下げる。懐かしいなぁ、学生の頃に泊まった宿でも挨拶してたなぁなんて思いながら、私はスタッフさん達に失礼のないように過ごそうと密かに誓った。深夜にうるさくしたり、窓ガラスとか花瓶を割ることのないようにしよう。
時刻は夕方。ウマ娘8人の大部屋とトレーナー3人それぞれの部屋で荷物を落ち着けてから、貴重品などを身につけて私達は旅館近くのトラックコースに集合した。元々私達はジャージでバスに乗っていたため、到着から20分ほどでトレーニングに移行することができた。この旅館に到着してから無駄に過ごす時間はほとんどない。全てトレーニングと勉強に当てられ、僅かなオフや自由時間にもレース鑑賞会やら何やらの予定が入っている始末。しかし、この厳しさこそ強さの所以だ。苦しく辛い合宿になるだろうが……恋もレースも抜かりなくやってやる。
私はそう誓って、合宿最初のトレーニングをこなすのだった。
「……つ、疲れたべ……」
「桃沢トレーナーのトレーニング、キツすぎるよぉ……」
「あ、アポロ先輩は……はぁはぁ……毎回この量をやってるんですか?」
「え? うん。これくらいやらなきゃ勝てないからね〜」
「ふぅ、気持ちよかった」
「あ、ほら。スズカさんにはちょうど良かったみたいだよ」
「ウソぉ……」
初日のトレーニングはウッドチップコースの走り込みに加え、腰を主軸として下半身の筋肉を鍛える1000メートルハードル走などを行った。旅館付近のトレーニング施設は非常に設備が揃っていて、さすがにトレセン学園には劣るものの合宿を行うには不便しない。それどころか、環境を変えたトレーニングのために普段よりも効果が見込めるという。
「腹減った〜! オレ、ここに着いてからずっとお腹ぺこぺこだったんだよな〜」
「アタシも倒れそう……」
「まだ初日だろ? このズッシリ来るような疲労感はかなりヤバいぜ」
「もっと走りたかった……」
「えぇ……スズカさん……」
駄弁りながら旅館に帰って食堂に入り、汗だくのまま豪勢な海の幸を食す。腹を膨れさせた後は、今日の疲れを癒すためお風呂に向かった。パジャマや着替えを持って脱衣所に押しかけた私達は、ずっしり重くなった体操服を脱ぎ捨てて素っ裸になる。そのままシャワーで身体を洗って、足先からそっと湯船に浸かった。
「あ゛あ゛〜……」
耳の間にタオルを乗せて、オッサンみたいなダミ声で大浴場の湯船を満喫する。これから数週間、「とみお→沖野さん→天海さん→とみお」というローテーションで考案されるトレーニングを行う予定だ。1週間のうち6日をトレーニングに費やすのである。余った日は勉強会兼オフ。スピカのみんなに聞く限り、最終日以外はまともなオフがないとか何とか。その日は毎年恒例の海水浴をするらしい。……そこで、私はとみおに水着を……。
なんて思っていると、湯船に浸かって饅頭みたいになっているトウカイテイオーがこちらにやってきた。相変わらず線の細い、華奢なウマ娘である。身長は私より5センチも低い150センチメートル。そんな彼女には、体格に恵まれなくとも世代を代表する優秀なウマ娘になれるのだと、勝手に勇気を貰っている。無論、タッパが小さいなら小さいなりに、大きいなら大きいなりの長所短所があるだろうから、一概には言えないけど。
テイオーちゃんは口を湯船に沈めてぶくぶくしている。確かに湯船に浸かっている時は手持ち無沙汰だが、如何せんその行為は子供っぽく見える。同じく近くに寄ってきたマックイーンちゃんに「はしたないですわよ」と窘められて、テイオーちゃんは顔を湯船から上げた。その代わりに私の手を取って、興味津々な視線を向けてきた。
「アポロちゃんお肌真っ白ですべすべだね〜」
「そ、そうですか? テイオーさんに褒められるなんて嬉しいです。でも、お肌でいったらマックイーンさんの方が綺麗だと思いますよ」
「あら。
「そりゃマックイーンはそうだよ」
「なんですの、その言い方は」
「別に〜?」
……濃厚な関係性の深さを見せられているような、見せられていないような。まあ、メジロマックイーンとトウカイテイオーは長年しのぎを削ってきたライバル同士だ。私の知らないようなことでも既知の関係なのだろう。
マックイーンちゃんのジト目をやり過ごすテイオーちゃん。彼女は私の手を取った後、背中に手を伸ばしてきた。「アポロちゃんさ、背中も綺麗だよね。ほら、ニキビとか全然ないし」なんて言いながら肩甲骨から肩の辺りを触られる。思わず、うひぃ、なんて声を上げてしまう。
「そ、そりゃ、勝負服で露出する部分ですし……私も一応ちょっとしたケアはやってますよ。それはそれとして、くすぐったいですテイオーさん……」
「あ、ごめん」
トレセン学園の教育の中には、『メディア露出』について語られる授業が組み込まれている。そこで『地上波・インターネットに姿を見せることはどういうことか』を死ぬほどじっくり教えこまれたのだ。家族や親戚、友人やファン、そして何より自分自身に恥のないよう――見た目でも最高の自分を準備することは非常に大切である。
ダービー後の撮影ラッシュでは、それを特に思い知らされた。生来美貌を兼ね備えたウマ娘と言えど、最低限のケアやオシャレは必要不可欠なのだ。どの分野でも努力してこそ一流なのである。……恥ずかしながら、インタビューとか撮影は緊張してしまうので苦手の部類に入るのだが。
「……でも、私に限らず、トレセンにいる子ってみんなお肌も髪も綺麗ですよね。意識高いんだなって入学当時は思いましたよ」
「ボクはあんまりやってないけどね〜」
「そこは嘘でも話を合わせるものですわよ……」
身体のケアにせよトレーニングにせよ、トレセン学園ではそういう努力は常識以前の問題だ。誰に言われるでもなくやらなければならない。厳しい競走の中で生き残れないから。そして、そういう意識の高いウマ娘がいることで周りのウマ娘の意識も高くなり、更にそれが伝搬して好循環が生まれる。他人に言われてやるようなウマ娘は(例外こそあれど)大成しないのだ。
トウカイテイオーもメジロマックイーンも見た目は超絶美少女で苦労知らずに見えるが、彼女達は努力家にして激情家。見た目に出さないだけで相当な苦労もあったことだろう。そういう血の滲むような努力あっての実績と人気だ。私の目の前で無防備にお風呂に入っているのは、生きた手本なのである。この合宿では、トレーニング効果による肉体研磨はもちろん、彼女達の生き様すら学ぶ必要があるだろう。
本当にありがたい――周りの人に恵まれたものだ。この恵みを受けて最強ステイヤーになれないなんて、不格好にも程がある。必ず菊花賞で花開かせてやる。
……ふぅ、何だか考え事してたら、頭がクラクラしてきたなぁ。身体に力が入りづらいし、私ってばどうしちゃったんだろう。テイオーちゃんの真似をしたつもりじゃないのに、水面でぶくぶくしちゃってる。ぶくぶく、ぶくぶく……。
「アポロちゃん……アポロちゃん!? 顔真っ赤だよ!?」
「の、のぼせてますわ! 早くお風呂から上げないと! 皆様手伝ってくださいまし!」
こうして私はお風呂から引き上げられ、脱衣所で扇風機に当てられつつ数十分ダウンするのだった。
スペちゃんとスズカちゃんに見守られて体調を取り戻した私は、火照った身体を鎮めるために外へ繰り出した。夏といえども夜は涼しい。海辺ともなれば潮の香りに満ちた風が吹き、ちょうど良い体感温度に感じられる。
時刻は21:54。合宿所の周囲には田舎町があるだけで、明かりはほとんどない。月明かりが雲間から覗くだけで、海は真っ黒にうねっている。今後1週間は天気が安定しているから、波にさらわれるようなことはないだろうけど……警戒するに越したことはないので、私は波打ち際に近寄らないようにしながら砂浜を歩く。
サンダルの隙間から細やかな砂が侵入してくる。足の指の隙間にこびりついてきて不快だ。ちょっと後悔した。またお風呂に入らないといけないなぁ。
「……ん?」
そうして歩く傍ら、遠くの方にぼんやりした光が見えた。あれは……懐中電灯の光だろうか。誰かいるみたいだ。波打ち際で何かを探しているのかな? 沖野トレーナーか、天海トレーナーか、それともとみおか。はたまた、不審者か。真相を確かめるべく、私は謎の人物に向かってゆっくりと歩く。
「ん?」
懐中電灯を持っていたのはとみおだった。顔はよく見えないけど、間違いない。雰囲気で分かる。迷わず声をかける。
「とみお、何してるの?」
「その声は……アポロ? 君こそ何をしてるんだ」
とみおは懐中電灯で私の顔を照らすようなことはしなかった。本当に声だけで分かってくれたのだろう。不意に嬉しさが湧いてきて、尻尾の付け根がぶるると震えた。
「先に質問したのは私! 先に答えてよ」
「なに、大したことじゃないよ」
とみおは明日の砂浜トレーニングのために、砂浜付近に落ちている危険物を拾っているとのことだった。明日のトレーニングは裸足で行われるから、確かに物を踏んだら怪我の原因になる。
彼が軽く持ち上げたビニール袋を見ると、流れ着いていたのであろう瓶やプラスチックごみが入っていた。少量ではあるけれど、こんなに綺麗な海にもゴミが漂着しているとは驚きだ。その他には渚にあった流木や海藻を退かすなどして、砂浜付近の環境を整えていたそうで。私は迷わず彼に手を貸すことにした。
「私も手伝う!」
「えっ、宿題とか大丈夫なのか? 今の時間はみんな勉強してると思うけど――」
「もう全部終わらせたからいいの!」
「うそぉ!?」
「ほんとだもん! 元社会じ――ウホン、ダービーウマ娘を舐めないでよね」
「おみそれしました……」
元社会人の私にかかれば、中等部の宿題などお茶の子さいさいである。無論、物量があるため時間自体はかかったが……今は空いた時間にレース研究やトレーニング論を勉強している。あとは、来年を見すえた外国語の勉強とか。
「まあ、暇なら手伝ってもらおうかな……」
「ん。じゃ、私はこっちやるから」
「おう」
こうして私は、ウマホのライト機能を使いながら砂浜を歩き始める。やれ「ガラスには触るなよ、俺がやる」だの「クラゲとかも触るなよ」だのと注意を受けながら、私は流木を退かしたり小さなゴミを拾っていく。元々管理が行き届いているのか、ほぼ歩くだけだったけど。
しばらく何も無かったので、無言で浜辺を歩く。彼が私の歩くスピードに合わせてくれる。そんな中、私は近くにあったペットボトルを見つけて手を伸ばす。すると、隣から伸びてきたとみおの手が、私の手と重なった。ぎょっとして隣を見る。その瞬間、この月夜において、初めてトレーナーの表情が見えた。それも、至近距離で。
目を見開くとみおの表情が見える。顔色は分からない。赤いようにも見えるし、特に変化していないようにも見える。とにかく近い。そうか、同じタイミングでしゃがみこんだから。何も考えられない。目をそらすこともできない。心臓の音が胸を叩いている。
何か、何か言わなければ。このドキドキを、どうにかして収めなければ。チャンスなんだ。スピカのみんなにも背中を押してもらったではないか。夏合宿でこの恋を実らせると。私はぱくぱくと口を開いて、衝動的に言葉を吐き出した。
「――あっ、とっ、とみお!」
「うっ、うん」
「つ、月!」
「……? 月が何か――?」
「………………め、めっちゃ綺麗じゃんね?」
「お、おお……確かに綺麗だな。夜の海と相まって幻想的だ。このペットボトルは俺が拾っておくよ」
「あ、うん……」
とみおは私の言葉に頷いた後、普通にペットボトルを拾って歩き始めた。
――やっちまった。この下手くそ! 月が綺麗だとしても、もっとこう言い方ってもんがあっただろうに! どうして誤魔化して尻窄みになってしまったんだ……せめて普通に「月が綺麗ですね」って言えば良かったじゃんバカ野郎が!
「はぁ……」
私は溜め息をつきながらとみおの後を追った。そのまま特に何のイベントもなくゴミ拾いが終わり、トレーナーと別れて旅館に戻った私は、足を洗いながらひとり呟くのだった。
「私のバカ。とみおのにぶちんトレーナー……」