ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
マルゼンスキーとシンボリルドルフの襲来。そして、彼女達との対戦が待ち受けるとなって、私達は少なからず怯えていた。その中でも私は断トツでビクビクしていたと思う。
マイル以下を主戦場とするウマ娘はマルゼンスキーと、中距離以上を主戦場とするウマ娘はシンボリルドルフと1対1で対戦すると決まり、私が対戦するのはルドルフ会長。舞台は2500mの右回り。有馬記念を意識した勝負らしい。本当は3000メートルで戦いたかったが、その距離で走ると「コイツ余裕で3000メートル走りやがる! 菊花賞出れるじゃん!」ってバレちゃうからね。2500メートルならまだ誤魔化しが効く。
2500メートルという距離は私の得意な長距離ではあるが、長距離はルドルフ会長も得意な舞台である。戦々恐々の気持ちが止まらない。マルゼンちゃんもルドルフ会長も軽く流す程度で戦ってくれるんだろうけど……やっぱり怖い。
ちなみに、ダイワスカーレット、ウオッカ、サイレンススズカはマルゼンスキーを相手取り、私ことアポロレインボウ、ゴールドシップ、トウカイテイオー、メジロマックイーン、スペシャルウィークはシンボリルドルフを相手にする。こうして見るとスピカ組は中長距離偏重のメンツが揃っているなぁ。トレセン屈指の長距離巧者達が目白押しって感じ。
先陣を切ってマルゼンスキーに挑んで行ったダイワスカーレットと、インターバルを開けて挑んだウオッカ両名は惜しくもマルゼンスキーに敗れ去った。むしろ私より年下なのだから、マルゼンスキーを前にして食ってかかっていけたことそのものが素晴らしい。それぞれ見せ場も作ったし、将来有望なこと請け合いだ。
さて、対シンボリルドルフの1戦目は、あみだくじの結果私――アポロレインボウに決まっている。準備は万端、早速コース入りした私とシンボリルドルフはゲートに向かう。
ガチガチに緊張しているので、会話をしに行こうという気持ちは湧かなかった。逆に話しかけないでくださいと思っているくらいだ。だって、クソくだらないギャグで逆鱗に触れた可能性が高いからね。そうじゃなきゃ、私のことを『アポロ』だなんて呼び捨てにしてくるわけがない。ルドルフ会長はゴリゴリに距離を詰めてくるギャルタイプではないだろうし、ここは最低限の挨拶で済まして終わらせよう。
「ルドルフ会長、今日はよろしくお願いします」
「そう固くならずに、楽にしてくれ。私まで緊張してしまいそうだよ、アポロ」
「ひゅっ」
会長に砕けた呼び方をされるだけで肝が冷える。そんな私を見てなのか、シンボリルドルフの尻尾はご機嫌そうに揺れている。きっと、怯える私を見て喜んでるんだ。
「ところで君、私とマルゼンスキーはこの合宿所に着くまでに多くの山を越えてきたんだ」
「は、はあ……」
「険しい山は迫力マウンテン……君もそう思わないかい?」
「……ん?」
「はて、私の顔に何かついているかい?」
私はそのダジャレを聞いて、思わず会長の顔を見た。彼女はにこにこ笑顔でこちらに視線を合わせてくる。まつ毛が長すぎる。美人すぎる。そんな彼女の屈託のない微笑みのせいか、シンボリルドルフの周りには柔和な雰囲気まで漂い始めている。
そういえば、ルドルフ会長はこれまで直接的に私を威圧してきたことは無かった……ような気がするな。もしかして勘違いしてただけで、私ってば会長に気に入られてる?
普通は自分の
若干過大評価な気もしたが、とにかくシンボリルドルフが私を嫌がっていないことは確かだった。急に会長が近しい存在になった気がして、私の口は調子に乗り始めた。まあ、後輩は多少生意気なくらいが可愛いって言うしね?
「こうして近くで話していても、
「おや、すまない」そう言うシンボリルドルフの頭から芋けんぴを摘み上げる。くすぐったそうにしている会長に向けて私は軽口を叩いた。
「そろそろレースが始まりますけど、本気で来られたら私勝てないので……ルドルフ会長、手加減してくださいね?」
「今日の私は
シンボリルドルフがそう言ってゲートに収まる。私もそれに続いてゲートインした。芋けんぴを飲み込んで、私は深呼吸する。こうした実戦形式のレースは2ヶ月ぶり――日本ダービー以来だ。定期的にレースのピリついた雰囲気に触れなければ間違いなく
いや、大丈夫なはずだ。私には優秀なトレーナーがついているんだから。精神を正し、ゲート内で前を向く。天海トレーナーの声が飛び、準備完了の合図が上げられる。
天候は快晴、芝は良馬場。気温30度を超える灼熱の中、いよいよ有馬記念を模した練習試合が始まった。
ガシャ、と乾いた金属音が弾ける。外側に立っていたシンボリルドルフとほとんど同時にゲートから飛び出す。流石は皇帝、スタートも完璧だ。私のロケットスタートに並ばれたのには驚いたけど……私の武器はスタートだけじゃないもんね。
意気揚々とスタート直後からぐんぐん速度を上げて、時速70キロを超す爆速の逃げが敢行される。無意識下に耳に入ってくる実況の声がないため、少しやりにくさはあるものの――レースに影響が出るほどではない。スタートから直線400メートルを通過してカーブに入ると、私達の位置取りは確定した。私が大逃げ、シンボリルドルフが3馬身後ろで
元々シンボリルドルフの脚質は自在に近い多様性を持っている。好位抜け出しで圧倒する彼女の脚質がよく語られるが、実は重賞で逃げ切ったり、ダービーで差し切ったりと、シンボリルドルフは逃げから追込気味の差しまでやってのけるウマ娘なのだ。
個人的には差しや追込で来て欲しかった。他者を支配して圧勝する時が多かった前目の策で来られる方がよっぽど嫌だったのだ。でも、やはり彼女は私を捕まえに来た。そりゃ、厄介だもんね。殺人的ペースで逃げ続けてワンチャン勝っちゃうようなウマ娘ってのは。
勝負事というのは、自分のしたいことをするのも大切だが、相手の嫌がることをするのもまた大切なのだ。私はシンボリルドルフを睨みながら、第2コーナーを曲がって向正面に入った。実況の声もざわめきも聞こえない中、2人の荒い息遣いと風切り音だけがターフを包んでいる。
ここまでは順調の一言。しかし不気味だ。シンボリルドルフは全く動かない。私に競りかけてくることもせず、プレッシャーを与えるでもない。そのための先行策ではなかったのか? 舐められたものだ。流石のシンボリルドルフと言えども、このままのハイペースで走っていれば末脚もスタミナも容易く消し飛ぶというのに。
向正面の中間地点を過ぎ、残り1200メートルほど。爆速で逃げている上、私の得意とする長距離だ。いつもより足の回転が良いし、速度も出ている気がする。このラップをゴールまで刻んでいれば、きっとレコード更新の快挙を達成できる。非公式の記録ではあるものの、限界まで己を試してみたい。
私は利き足で強くターフを踏み込んで、更なる加速を始めた。ダービー後から鍛えまくっていたスタミナを燃焼させ、シンボリルドルフを突き放しにかかる。
残り1000メートル、早くも独走態勢。少し後ろを見る。シンボリルドルフとの差は6馬身。彼女は私の姿を静観するだけだ。
あまりにも呆気ない。本当にルドルフは捕まえに来ないのか? このままだと、私が本当に逃げ切ってしまうぞ? 私の後にスピカのみんなとの対戦が控えているし、手を抜いているのだろうか?
――まあ、それならそれでいいか。私は皇帝に勝つ。
そう意気込んで、ロングスパートをかけようとしたその時だった。
遥か後方から、恐ろしい一言が聞こえた。
「さて、
その言葉を聞いた瞬間、一瞬思考が止まった。理解ができなかったのではない。恐ろしいプレッシャーが私を呑み込んで、四肢の動きを封じ始めたからだ。
「はっ、う、ぁ――!?」
威圧感――なんて生易しいものじゃなかった。
これは殺意だ。どす黒く練り固められた勝利への欲求と、戦略的な思惑が噛み合った最凶最悪の武器。絶対にレースを勝ちたい――そのためには敵を一人残らず殺してもいい――そんな覚悟と闘志の塊が私の全身にぶつけられている。
勝利への独占欲とでも言うべきなのだろうか。プレッシャーをかけようと思って発揮される圧のレベルじゃないし、生来持ち合わせたモノなのだろうけど――
(こんな威圧感をレース中に食らったら、まともに走れないよ――!)
シンボリルドルフが発する黒い瘴気が脚にまとわりついてきて、私の速度はがくんと落ちる。いつの間にか2馬身――いや、1馬身まで詰められているではないか。
残り500メートル、最終コーナーを曲がる。迫り来る怪物の足音。大地を揺るがして、背中に近づいてくる轟音。一歩、また一歩――シンボリルドルフの闊歩によって震えるターフ。その度に心臓を鷲掴みにされるような冷たさを感じながら、ど根性で何とか踏ん張る。
あぁ――そういえば、とみおが言っていたな。『シンボリルドルフは加速時のストライドがめちゃくちゃ大きいんだ』――って。他人事のようにトレーナーとの会話を思い出す。
それと、こんなことも言っていたではないか。
シンボリルドルフはコーナーの回り方が上手い――と。
その言葉どおり、最終コーナーの終わり際、シンボリルドルフの鹿毛が私の隣に並び立った。最終コーナーで加速し、末脚を使いながら好位から抜け出すシンボリルドルフの常勝パターン。
そもそも外に持ち出させないように進路を若干塞ぐのが正解だったか。いや、私はそこまで器用じゃないや。下手をすれば進路妨害を取られるし、怪我の危険もあった。ああ、まずい、余計な思考をするな。このままだと、皇帝が望んだとおりにぶっちぎられてしまう。こんなの、どうすれば。
僅かな抵抗の後、私の横を抜けていくシンボリルドルフ。その須臾の時の中で、ぎらついた皇帝の目と視線が交わされる。
「君の本気はそんなものか?」
轟音と舞い上がる芝を置き去りにして、シンボリルドルフがラストスパートに入った。大きなストライドを刻みながら加速し、私との差を突き放していく。前傾姿勢になった身体はみるみるうちに小さくなって、逆にゴール板は刻一刻と接近してくる。そんな中、私の心には激情が渦巻いていた。
「シンボリ、ルドルフ――っ」
蔑んだような、失望したような――或いは、
怒りと屈辱と、
レースの終わりを知覚した瞬間、視界の四隅に火花が走り、身体中に電撃が走る。肉体の末端まで酸素が行き渡り、想像以上のプレッシャーで枯れ果てたスタミナが僅かばかり息を吹き返す。『
刹那、
一瞬、ホワイトアウトした幻の中に何かが見えた。恐ろしいモノに見えた。愛らしい何かに見えた。目指すべき光景にも、破滅した未来にも見えた。でも、それが何かは分からなかった。全て猛吹雪に攫われて、レースの終焉が迫ると共に消えていった。
シンボリルドルフと肩を並べる。驚いたような、喜びを感じているような皇帝の横顔が見えた。ゴール板が目の前に迫っている。私が差し返そうと速度を上げる度、彼女の唇は大きく歪んでいった。スタミナ切れによる苦しさなど放り投げて、彼女は笑っていた。
「――素晴らしい」
そんな言葉を聞いたと同時、レースは幕を下ろした。
結果は1/2馬身で――アポロレインボウの勝利。相手が完全な本気ではなかったにせよ、私が生きるレジェンドであるシンボリルドルフに土をつけ、模擬レースは終了した。
スペシャルゲストによる模擬レースが終わったところで振り返ってみると、マルゼンスキー・シンボリルドルフ連合に勝てたのは私とサイレンススズカだけだった。サイレンススズカはマルゼンスキー相手にハナを譲らず、そのまま1馬身の押し切り勝ち。終わってしまえば、トゥインクル・シリーズを現役で走るウマ娘のみが勝利を収めたのだった。
ちなみに、ドリームトロフィーリーグに移籍したトウカイテイオーとメジロマックイーン(と経歴不明のゴールドシップ)に対してシンボリルドルフは本気で戦っていた。メジロマックイーンは3000メートルの舞台で戦ってハナ差、トウカイテイオーは2400メートルの舞台で戦ってクビ差だったので、条件やタイミングが違っていれば勝敗が変わっていただろう。何故か今日のシンボリルドルフは絶好調だったし、メジロマックイーンとトウカイテイオーは良くて好調程度の調子だったからね。
マッチレースが終わると、マルゼンスキー・シンボリルドルフ達からのアドバイスを受けたり、記録した映像を見てフォームの乱れを修正する時間になった。特にルドルフ会長と戦った中長距離を主戦場とするウマ娘達には厳しいチェックが入る。
距離が長ければ長いほど、フォームに無駄があるとその分スタミナロスが生じるのだ。私がガチなのは3000メートルからなので、余計なスタミナ消費を無くすために、とみおのチェックはミリ単位に及んだ。
ここで生じた敗因や弱点を矯正し、長所を伸ばすのがこの合宿の目的とも言える。
こうして私達は試行錯誤を繰り返しながらトレーニングに励み――気がつけば8月中旬になっていた。その頃には私達の肌は黒々と焼けており、体つきも非常にしっかりしたものとなった。
まだまだ夏合宿は終わらない。トレーニングは佳境に入り、いよいよ海外に飛んだタイキシャトルとシーキングザパールの戦いが始まろうとしていた。