ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
菊花賞のトライアルレースは2つある。G2・セントライト記念とG2・神戸新聞杯。中央トレセン・地方トレセンを問わず、これらのトライアルレースで3着以内になれば、そのウマ娘は菊花賞への優先出走権を与えられる。
なお、桜花賞・皐月賞・オークス・日本ダービーで1着になったウマ娘にも優先出走が認められている。そのため、菊花賞に出ようと思えば桜花賞ウマ娘のグリ子や、オークス(とジャパンダートダービー)を勝ったハッピーミークも出走可能だ。彼女達は短距離路線だったりティアラ路線を中心に走っているから、多分来ないんだろうけど……長距離もバッチリ走れるハッピーミークは一応警戒対象である。本当に一応程度だけどね。
話を戻すと、菊花賞のトライアルレースには優先出走権を狙って夏の上がりウマ娘が多く出走してくる傾向にある。ここで言う夏の上がりウマ娘とは、夏季開催のレースで力をつけて下級条件レースからオープンクラスに勝ち上がってきたウマ娘のことだ。
ある時期まで凡走を繰り返していても、突然変異の如く別人同然に変貌。今までが嘘のような好走を見せ、連戦連勝を飾ってスターダムをのし上がるウマ娘は意外と少なくない。
夏の上がりウマ娘とされるウマ娘は3人。ジョイナス、ホットコマンドー、そしてリトルフラワー。以下、本人のウマスタや月刊トゥインクルから得た情報である。
ジョイナスは6月末までに芝とダートで7戦0勝。地方移籍やトレセン学園退学も考えていたそうだが、7月2週の2600メートル未勝利戦で突如覚醒。その勝利を皮切りに、条件戦の阿寒湖特別(2600メートル)、オープン戦の丹頂ステークス(2600メートル)を勝って3連勝。長距離での潜在能力をアピールすると同時に次走を神戸新聞杯に据え、菊花賞への自信を窺わせている。
ホットコマンドーは8戦0勝で挑んだ7月1週の2000メートル未勝利戦に勝利すると、7月3週の条件戦・伊達特別(2000メートル)、8月2週の条件戦・信濃川特別(2000メートル)、8月4週のG3・小倉記念(2000メートル)をタイトなスケジュールながら連勝。一気に秋の最有力候補となった。彼女は2000メートルを得意とするため、菊花賞こそ出走しないが秋の天皇賞に向けて準備しているらしい。次走は2200メートルG2・オールカマー。
リトルフラワーはジュニア級を4戦2勝で終え、いよいよこれからという時期にトレーニング中の事故により骨折。春のクラシック戦線を棒に振った。夏の復帰戦として挑戦した2勝クラス木曽川特別(2000メートル)で勝利を上げると、オープン戦・巴賞(1800メートル)で2着後、オープン戦・関越ステークス(1800メートル)で快勝。G2・札幌記念はエアグルーヴの2着と後塵を喫することになったが、シニア級にも劣らない実力を示した。「怪我が完全に癒えた。距離延長も視野に」という陣営の言葉通り、彼女は次走にG2・セントライト記念に決めた。本命は菊花賞というわけだ。
春のクラシック戦線で何度も戦ったディスティネイトも菊花賞を予定しているらしい。とみお曰く、夏の間は条件クラスで修行を積み、敗走と勝利を繰り返した後に大きく成長したとか。そんな彼女は神戸新聞杯に参戦するという。
三者三様、十人十色の経歴を辿りつつ、9月中旬の朝日杯セントライト記念が始まる。有力な出走ウマ娘は夏の上がりウマ娘・リトルフラワーとキングヘイローの2人、出走人数はフルゲートの18人。
テレビの前に陣取った私ととみおは、18人分の資料を両手に持って観戦を始めた。リトルフラワーとキングヘイロー……2人の単純なスペックを比較するならキングヘイローに分がある。しかしその時の瞬間最大風速というか、身にまとっている「勢い」というのはバカにできないものだ。
実力や勢い、枠運を考慮した上で五分五分と言ったところだろう――とみおはそう言った。
「キングちゃんは菊花賞に出るんだねぇ」
「ん……どういうことだ?」
「いやさ、キングちゃんは中距離以下の方がいいと思うんだよね」
「まぁ……そうかもね。しかしどこでも走れる才能を持ってるんだから、勝つにせよ負けるにせよ……彼女の走りたいところを走るのがいいんじゃないかな」
とみおが寝る間も惜しんでまとめ上げた紙の束を捲りながら、私達はパドックでのウマ娘の動きを注視する。
『1枠2番キングヘイロー、1番人気です』
『仕上がりはそこそこと言ったところでしょうか。しばらく勝利から遠ざかっている彼女ですが、ここで復活の勝利を上げたいですね』
パドック上にいるキングヘイローが髪の毛を掻き上げている。いつ見ても綺麗な顔だなぁと思ったけど、普段見るキングちゃんと比べるとどこか表情は晴れない。形の整った眉毛がハの字になっていて、G1の時に見せてくれるような覇気が見当たらないのだ。ピークを1ヶ月後の菊花賞に持っていくために、今は調子が低くてもいいという彼女のトレーナーの方針なのだろう。
『7枠15番リトルフラワー、2番人気です』
『前走はエアグルーヴの2着という結果に終わりましたが、クラシック世代においてその実力は確かです。この勢いのまま勝利をもぎ取ることができるでしょうか』
メガネをかけた栗毛のウマ娘が、人当たりの良い笑顔を浮かべながら手を振っている。彼女がリトルフラワー……ノリにノッているイケイケウマ娘。私は彼女のデータを眺めながら、モニターから聞こえてくる実況解説の声を聞いていた。
――リトルフラワー。身長167センチ、体重◾︎◾︎キログラム。B85、W60、H87――何でこんなことまで知る必要があるのか後で問い詰めよう――芝適性有り、ダート適性は無し。距離適性は1800〜3200メートル(暫定)。作戦は差し、スピードとパワーが世代トップクラスなどなど――つよつよステータスが目白押しだ。
パドックが終わると画面が切り替わり、ターフの上に次々とウマ娘が送り出される。元気いっぱいなリトルフラワーが観客に笑顔を送っている。観客にアピールできるくらいには自信たっぷりといった風体だ。前年の年度代表ウマ娘・エアグルーヴとの対戦が彼女に自信を与えたというわけか。
まぁ、強者との激闘はそのウマ娘に自信を与えてくれるものだ。私が初めてキングちゃんとスペちゃんと戦った時だって、結果こそ敗北だったけれど「頑張ればこの子達とも戦えるんだ!」って自信に繋がったもんね。
「とみおは誰が勝つと思う?」
「キングヘイローかリトルフラワー」
「2人挙げるのはずるじゃん!」
「同着かもしれないだろ」
「まぁ、実際分かんないからしょうがないけどね。はぁ、ドキドキするなぁ」
「もし未来視ができたとして、レースの結果とか未来の自分が分かっちゃったら……アポロは嬉しい?」
「え〜、私は嫌だな。つまんないよ」
「だよなぁ」
「未来のことが誰にも予想がつかないから、みんな死ぬ気で頑張ってるんでしょ。みんなサボり癖になっちゃうよ」
「いいこと言うね」
「でしょ」
朝日杯セントライト記念は2200メートル。正直なところ、菊花賞が3000メートルなんだから2800メートルくらいのトライアルレースがあってもいいのに……なんて思わないでもない。まぁ私にはその辺の事情は分かんないけどね。
資料からモニターに視線を移すと、丁度演奏隊が映し出されてファンファーレが鳴り響く。音楽が鳴り止むと、18人のウマ娘がゲートに収まっていく。天候は晴れの良馬場。絶好のコンディションの下、いよいよ全てのウマ娘のゲートインが完了した。
一瞬の静寂。ゲート内にいるウマ娘が、ぐっと力を溜めるように身体を沈める。スタートは絶対に失敗できないため、ウマ娘達はとてつもなく緊張するものだ。位置取りの有利不利はおろか、下手をすれば勝敗に直結するものだからね。
私が生唾を飲み込むと同時、乾いたゲート開放音が鳴り響いた。レースがスタートし、各ウマ娘が中山レース場を駆け抜けていく。歓声やウマ娘の足音が鳴り響いて、一気にモニター内が騒がしくなった。
さて、レース序盤は逃げウマ娘のランツクネヒトが引っ張る展開。若干のスローペースによって馬群はぐっと密集し、
「これは……」
とみおが顎に手を当てながら呟く。彼はそれ以上の言葉を紡ぐことはなかったが、その先は何となく予想できる。『あれだけ囲まれたらキングヘイローは勝てないかも』――とかそんなセリフだろう。実際、マークを受けている上にスタートで手間取ったキングちゃんはガッツリ囲まれている。それ故か、画面の向こうから感じるキングちゃんの苛立ちは並大抵のものではなかった。
何故だろう、
現場に居合わせているわけではないのに、彼女の煮え滾るような想いが流れ込んでくる。ホープフルステークスを勝利してから弥生賞、皐月賞、日本ダービーと敗北が続いていて。ベストな走りができないもどかしさ、信じてくれるトレーナーに申し訳が立たないという焦りに似た気持ちが私の胸を焦がした。
『最終コーナー回っていよいよ最後の直線だ! 先頭はまだランツクネヒトが粘っている! おっとここでリトルフラワーが大外から一気に仕掛けてきた! 各ウマ娘、どんどん位置取りを上げていきます!!』
『スローペース展開の上、最終直線の短い中山レース場です。前につけたウマ娘が有利になりますよ』
ウマ娘同士の隙間はギッチリ詰まっており、キングヘイローの前が開く気配はない。右に行けば内ラチが、左に行けばウマ娘が、前には先行ウマ娘の壁がある。一旦後ろに下がって大外に持ち出す暇もない。キングちゃんは首を大きく振って周囲の状況を確認しているが、その手詰まり感に大きく歯を食いしばっていた。
そんなキングちゃんを横目に、リトルフラワーが猛ダッシュで他のウマ娘を抜き去っていく。コースの外は比較的進路が空いている。長距離までを走れるスタミナを武器に、リトルフラワーは大外をぶん回す。
リトルフラワーが一瞬キングヘイローに目線を送ったかと思えば、コーナー旋回による遠心力で大きく外に膨らみながらラストスパートしていった。残り310メートルしかない。キングヘイローはまだ馬群の中だ。
『最終直線に入ってランクツネヒト粘る粘る! リトルフラワーが末脚を爆発させている! これは2人の争いになるか!? 1番人気のキングヘイローは来ないのか!? はるか後方で必死にもがいている!!』
逃げウマ娘のランクツネヒトが大きく抜け出し、それを大外から捉えようと速度を上げるリトルフラワー。大きく離れた2人の距離を考えると、ランクツネヒトは勝負根性を使うことができないだろう。それ込みでリトルフラワーは大外から先頭を狙うつもりか。
残り200メートルを切って、先頭はランクツネヒト。半馬身ほど離れてリトルフラワー。更に2馬身離れて集団が追い上げてきている。馬群に呑まれてキングヘイローの姿は見えない。内枠のごちゃつきに巻き込まれてしまったのだろうか。でも、あのキングちゃんがここで潰えるようなウマ娘ではないと私達はよく知っている。
『残り200メートルの標識を通過して、ランクツネヒト捕まった! リトルフラワーが大外から一気に抜き去った!! これは決まったか!!』
実況が叫び、独走態勢に入ったリトルフラワーの顔が一瞬緩む。残り200メートルで、後続との差が2馬身。しかも、2番手は力尽きた逃げウマ娘。3番手は更に後方だ。多くの観客が「決まった」と確信した。だがその瞬間――馬群を切り裂くひとつの影が一瞬だけカメラに映った。
――キングヘイローだ。
『えっ!? キングヘイロー、キングヘイローが内ラチスレスレを通ってすっ飛んできたぞ!! 何という根性、何という勝利への執念だ!! リトルフラワーとの差を3――2馬身に縮めてきた!!』
内ラチにその身体をぶつけながら、前方に立ち塞がっていたウマ娘の壁をこじ開けて侵攻するキングヘイロー。内ラチに絡んだ大事故一歩手前の暴挙だ。高速で走る中、内柵にぶつかる恐怖があったはずだ。内柵が壊れやすく柔らかめの設計をされているとはいえ、転倒は免れないだろう。それでもキングヘイローは大内コース突破を強行し、貪欲に勝利を狙っている。
『キングヘイロー頑張る!! リトルフラワー粘る!! しかし――キングヘイローの勢いは衰えない!! 残り150メートルを切った!! キングか! リトルか! まだ分からない!!』
キングヘイローの体操服や白いゼッケンは酷く汚れていた。集団に揉まれる中でどこかを打ち付けたのか、それとも唇を噛み締めていたせいか――口の端からは深紅の血が垂れている。画面を隔てても伝わってくる闘志。口を大きく開いて咆哮し、懸命に腕を振ってリトルフラワーを追走するキングヘイロー。
心を打たれた。彼女の執念を美しいと思った。私は拳を握り固め、思わず振り上げていた。
「行けキングちゃんっ、頑張れえっ!!」
「キングヘイロー……何てウマ娘だ」
トレーナーが絶句するようなパワーで馬群をぶち抜き、『
キングヘイローに抜かれたリトルフラワーが唖然としたような表情に変化したかと思えば、再び差し返しを試みる。しかし、そこが2200メートルの幕切れだった。
『ゴォォールッ!! 世代最強の末脚が炸裂、1着はキングヘイロー!! 最終コーナーで絶望的な位置にいたはずですが、何と内ラチのギリギリを通って進路を切り開きました!! 2着は惜しくもリトルフラワー!!』
『リトルフラワーは完璧なレースをしましたよ。これは勝ったキングヘイローを褒めるべきでしょう』
馬群に埋もれて進路を塞がれていたはずの彼女が、その根性と度胸でおよそ9ヶ月ぶりの勝利をもぎ取ったのだ。中山レース場はG1レースにも劣らない大歓声に包まれ、劇的な勝利をもたらしたキングを賞賛する『キングコール』が響き渡った。私も一緒になってキングヘイローの名前を叫ぶ。
「キングちゃんかっこいい〜! キング! キング!」
「う〜ん……困ったな、キングヘイローのマークを強くしなきゃ……」
トレーナーの言葉でちょっと冷静になった私は、アグネスタキオンの言っていた「未知の領域」だけではなく、夏の間に成長したウマ娘達も改めて警戒しなければならないなと我に返る。
そしてその予想は、来たる神戸新聞杯と京都大賞典でより濃厚となるのだった。
――神戸新聞杯、スペシャルウィークが夏の上がりウマ娘・ジョイナスを含む後続に8馬身をつけて圧勝。そして京都大賞典にて、セイウンスカイが春の天皇賞ウマ娘・メジロブライトに5馬身の完勝。予想以上のライバル達の仕上がりように、私達が立ち向かわなければならないものは更に複雑かつ強大になっていくのだった。