ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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60話:決意、そして……

 コーヒーを飲み終わったトレーナーとミーティングをする直前のこと。私はトレーナーの膝の上に腰掛け、両手を掴んで身体の前でクロスさせていた。

 

「あ……アポロ。どうかした?」

「…………」

 

 とみおの腕を掴み、ぐっと前に引き出させる。そのまま両手を取り、ゆっくりと重ね合わせた。指と指を絡みつかせ、密着面積を増やしていく。

 

 何故こんなことをするのか。答えは単純明快、私の内なる想いを燃焼させるためだ。ウマ娘は色んな人々の想いを背負って走る。誰かから想いを与えられるか、または自分自身の気持ちを高めることでウマ娘は奇跡さえ起こす。

 

 あの悪夢の中では孤独だった。しかし、私の隣には桃沢とみおがいる。グリ子やミークちゃん、スペちゃん、キングちゃん、セイちゃん、グラスちゃん、エルちゃん、マルゼンさん、パーマーさん、ヘリオスさん、ルドルフ会長、スピカのみんな、マックイーンさん、天海トレーナー、沖野トレーナー、たづなさん、桐生院さん、お父さんにお母さん……他にも頼れる大人や友達がいっぱいいる。

 

 私は孤独では無いのだ。なればこそ、彼らの想いを信じることさえできたならば――あの悪夢を超えられるかもしれない。私独りだけで想いを凝集するのには限界がある。だからこうして彼の手や口を借りることにしたのだ。

 

「トレーナーはさ、私のことどう思ってる?」

「どうって……そりゃ、大切に思ってるよ」

「もっと具体的に言ってくれる?」

「突然だな……」

「いいでしょ。ちょっと菊花賞前で不安になっちゃったからさ、メンタルケアもトレーナーの仕事ってことで」

「それもそうだな」

 

 トレーナーは私の手を優しく解いて、軽く頬をつねってくる。彼の手に触れられて、私自身のほっぺの柔らかさが伝わってくる。猫のお腹くらいには頼りない感覚だ。もちもち、ぷにぷに、時々引っ張られながら、私は彼の言葉を待っていた。

 

 焦らすように髪の毛を軽く撫でたり、顎の下を指先でカリカリしてきたり。ちょっといけない気持ちに傾きかけたが、彼の言葉を聞くことは結構マジに重要な事柄だ。私は唇を一文字に結んで、彼の攻撃に耐え忍ぶ。

 

「どういう言葉を言えばいいのかな?」

「ありのままの気持ちが欲しいと言いますか……菊花賞への不安を払拭してくれるような言葉が欲しい……です」

「そっか」

 

 とみおは私の頭頂部をぽんと叩くと、脇の下に手を入れて私を持ち上げてきた。「わわっ」と声が漏れる。軽々と持ち上げられた私はトレーナーの隣に座らせられて、向かい合う形になる。

 

()()はきっと、今のアポロにとって大事なことなんだね」

「……うん」

「分かった。何から話そうかな……」

 

 とみおの視線と私の視線が交差する。真剣極まりない双眸が私を貫く。どきどきした。彼の言葉に期待せざるを得ない。不安を払拭するようなありのままの気持ちが欲しい……などという私のあやふやな発言を汲み取ってくれた彼は、これまで歩んできた1年半の思いの丈を語り始めた。

 

「君を見つけたのは俺の人生最高の出来事だった。その次に天海さんとマックイーンに出会えたことが入るけど……今は置いといて。最初の出会いは……君がぶっちぎりで最下位を取った選抜レースだったかな」

「えっ……そこから見てたんだっけ」

「うん。ひっどい走り方をする子がいるなぁって見てたよ。あんまりにも素人同然だから目に付いたんだ」

「……うわ〜」

 

 トレセン学園に来てから最初にやったレースと言ったら、スペちゃんが勝って私がクソみそに負けた模擬レースだ。あの時はトレーナー達がスペちゃんに群がっていたけど、あの中にとみおがいたのかもしれない。

 

「2回目に見かけたのは君が勝った選抜レースの時。そこからは君の知っての通りだ……トレーニング面では色々と迷惑をかけたな」

「迷惑だなんて、そんな……」

 

 ウマ娘は走る。全ての動物は走る。走るということに技術はもちろん必要だが、より速く走るためには肉体の強さが不可欠だ。原始的で混ざりっけのない「走る」という運動行為。これを磨いて最速を目指すには、「トレーニング」という地獄のような努力を続けるしかない。

 

 努力はとてもつらい。己の肉体を彫刻刀で削るように、靱やかかつ強い筋肉を作り上げていくのはとても痛い。苦しくて苦しくて堪らない。身体だけではなく心さえ蝕んでいく。トレーニングという鍛錬で心を折られ、トゥインクル・シリーズのメイクデビューを前にして舞台を去るウマ娘もいる。

 

 とみおはそんな地獄を私に突きつけてきた。表舞台に跋扈(ばっこ)する狂気の天才達をぶちのめすには、彼女達が行ってきた以上の地獄に身を投じる他ない――と、私の身体を極限まで虐め抜いた。

 

 その結果、少女の身体はアスリートの身体へと変容し、柔な筋肉は剛な筋肉へと進化したのだ。才能のなかった凡庸な肉体が、やっとこさ優駿達と覇を争うまでの水準に至ったと言うべきか。

 

 無論、その無理なトレーニングのため起こった弊害もあった。少女と男の精神が濃密に混じり合ったアポロレインボウの精神が折れそうになった時があったのだ。

 

「ジュニア級の夏の日のこと、覚えてる? アポロを泣かせちゃった時のこと」

「あ、あ〜……覚えてるよ。あなたのトレーニングが厳しすぎて泣いちゃったやつね」

 

 ジュニア級の7月末。私の心は追い詰められていた。

 陽炎が立ち昇る炎天下で行うスパルタトレーニング。視界はぼやけ、手先の感覚は無い。脚は棒切れ同然になり、爆発しそうな心臓の音だけが鼓膜を刺激している。喉からは血の塊が進行してきて、すっかり乾き上がって鉄の味が咥内に定着してしまった。

 

 苦しみの極限を味わい、疲労と痛みで脳の命令を聞かない四肢で、それでも坂路を走り続ける。どれだけ苦しかろうと、パワーもスピードも圧倒的に不足しているのだから、まだまだトレーニングは続けなければならない。オーバートレーニングと「己の限界へ挑戦する」ことは表裏一体なのである。

 

 トレーナーに鼓舞される。夢を諦めていいのか、と。いいはずがない。絶対に嫌だ。夢を諦めたくない――アポロレインボウの心はそう言っていた。しかし、男だった頃の「俺」は、厳しすぎるトレーニングを前にして折れてしまったのだ。アポロレインボウは坂路から逃げるように飛び出し、寮室に閉じこもってしまった。

 

 毎日毎日、酷い筋肉痛が襲ってくる。毎日毎日、駿川たづな辺りに見せたら卒倒しそうな強度のトレーニングを行っている。苦しみを耐え抜いても「あと一歩踏み出せ」とトレーナーの檄が飛び、それを踏み越えれば更に「もう一歩」と。冗談ではない。終わりのない無間地獄だ。

 

 「己の限界へ挑戦する」ことは、言葉で言うなら非常に容易かった。しかし、俺は安売りされた言葉の本質を知らなさすぎた。悲鳴を上げる心に屈し、()()ステイヤーという楽ではない夢を目指す前段階の時点で潰れてしまったのだ。

 

 しかも、その頃と言えばメイクデビュー・未勝利戦と2連敗を喫していた時期。次こそ勝たなければならないというプレッシャーと戦い、自分を信じてくれるとみおの期待に応えなければならなかった時だ。そのとみおに恐ろしいほどのスパルタトレーニングを与えられ、自分の心はぐちゃぐちゃになってしまったのである。

 

 でも、最終的に私は立ち上がることができた。血反吐を吐き悪態をつきながらもトレーニングについて行くことができた。それは何故か。複雑に絡み合った私と俺が、心の中で話し合ったからだ。

 

 俺は言った。

 こんなに辛いことには耐えられない。最強ステイヤーって夢は、そこまでして目指すようなキラキラしたものなのか。適当にダラダラやって、このトレーナーとぼちぼち仲良くやるだけじゃダメなのか。夢ってそんなにイイもんなのかよ、と。

 

 私は言った。

 確かに私の夢は最強ステイヤーと言った。でも今は違う。最強ステイヤーは()()()()()()()()()()()()なんだ。確かに憧れや羨望こそあるが、現実に届くと信じているからこそ私は最強ステイヤーを狂信的に目指しているのだ、と。

 

 それを聞いて、俺はアポロレインボウの高潔な精神と恐るべき精神力に感嘆した。身体のコントロールを司る俺と私だが、心の深層では2人分の意思が眠っている。その片割れの()()()()()と言うか、魂の美しさに心を打たれたのである。

 

 だが、生来ウマ娘としての生活を送ってきた私にしてみれば、地獄のような努力に耐え忍ぶのは当然のことだった。トレセン学園に入るまでの道程(みちのり)だって、決して平坦じゃなかった。それまで頑張ってきた自分を裏切りたくないのだ。

 

 ヒトやウマ娘が夢や憧れを追いかける姿はとても美しい。夢に少しでも近づいたかなと思うと凄く嬉しいし、自分はもっとやれるんだと思うことがある。だが現実的な部分を見せられると、やはり叶わぬ夢だ、身の丈に合わない憧れでしかないのだと感じることもある。でも、その夢を叶えている人だって実際にはいるわけで。このもどかしさが、夢や憧れを断ち切らせてくれないのだ。

 

 夢や理想を持つから人は葛藤し、葛藤するから身悶えるような苦しみが生じる。そこから自己嫌悪や絶望が生まれ、挙げ句の果てに生きる希望さえ失ってしまう者もいる。しかし、諦めなければ夢は現実になる、絶対に諦めないと必死にもがき続けた者だけが、理想の自分を体現できるのだ。

 

 アポロレインボウは憧れを現実にするため、「憧れ」という変身願望のようなものを、届く範囲の「目標」へと昇華させた。目指すべき道程はトレーナーが厳しくも優しく用意してくれている。だからこそ、私は絶対に諦めるなと俺に言った。

 

「いや〜あの時のとみおのトレーニングはヤバかったね。ほんと、よく食らいついていけたなって今でも思うよ」

 

 結局、逃げ出した次の日に「俺」はトレーニングに復帰した。とみおに謝って、もっと厳しく鍛えてくれと逆に頼み込んだ。「私」に言いくるめられたからではない。男だった頃に何も成し得なかった俺ができることなど限られている。そんなちっぽけな男が、この苦しみを乗り越えて立ち上がれるわけがない――ただ、アポロレインボウの誇り高い魂を信じただけだ。現実に襲ってくるトレーニングの苦しみをヘラヘラ誤魔化し、悪態をつき、クソ野郎めと暴言を吐きながら我慢しただけだ。

 

 かつて、俺と私は一心同体ではなかった。時間を経た今は「私」となって完全に混じり合ったから、厳しいトレーニングにも耐えられるが……まぁ、ジュニア級の頃から「俺」はアポロレインボウの強い想いを信じているよという話だ。

 

「他にも君の行動で色々と気付かされることがあった。自分の未熟さは嫌というほど分かったけど、同時に人に頼ることを覚えられたのは収穫かな」

 

 とみおはそう言って肩を竦める。こう言うと角が立つかもしれないが、とみおは完璧なトレーナーではない。何せ、この世には完璧なトレーナーなど存在しないからだ。完璧に近いトレーナーこそ在れど、完全無欠はありえない。しかし、彼には彼しか持たない固有の長所がある。

 

 それは、他のトレーナーや人間に助けを求められる強さ。かつてはスパルタトレーニングしか知らなかった知識を大いに改め、新たな知識を吸収しようとする柔軟さだ。

 

 観察眼もある。ウマ娘に心の底から寄り添おうとする優しい心の持ち主でもある。お互いに沢山の失敗を重ねてきたが、桃沢とみおは()()()()()()完璧なトレーナーなのだ。私には彼しかいない。今すぐに想いを与えてくれる大切な人もまた、桃沢とみお、ただひとりだ。

 

「……今まで経験してきたレースは全部覚えてる。メイクデビュー。2回の未勝利戦。紫菊賞。初めてのG1だったホープフルステークス。怪我で取り止めた若駒ステークスに、若葉ステークス。セイウンスカイに負けた皐月賞、そして同着の日本ダービー……できることなら全部一緒に勝ちたかったけど、それは叶わなかったね。反省してるし、後悔もしてる。だけど、ここからのアポロは絶対に負けない。負けさせない」

 

 彼は私の手を取り、ぎゅっと握り締める。私もまた彼の手を握り返す。ゆっくりと紡がれる言葉の中で、2人はずっと見つめ合ったまま。水が沸き立つように、想いが高まっていく。私の中にあった願いと結びついて、トレーナーの熱く燃え滾る想いと、私の身を案じる優しさが流れ込んでくる。

 

「アポロが未知の領域に踏み込むのは確かに怖い。でも、アグネスタキオンが示した未知の領域は、何も破滅だけがあるわけじゃない。ウマ娘の次なるステージへの可能性も秘められているんだ。つまり――俺達の目指す()()()()()()()への道があると言ってもいい」

 

 そして、私は彼の言葉に意表を突かれた。今までの私は、未知の領域に対して破滅を呼ぶ厄災のようなイメージばかり持っていた。しかし、未知の領域は破滅のみを呼ぶ恐ろしいモノなのではなく、新たな光さえも呼び込む可能性のある純然たる『未知』なのだ。

 

 アグネスタキオンが示したのはあくまでデメリットだけ。そのデメリットの強烈さに目を惹かれていたが……彼のような考え方もあったのか。私はちょっと呆気に取られる。

 

「それでも……それでも一歩踏み出すのが怖かったら、君の隣に俺がいることを思い出してほしい。いいことも、わるいことも、俺は君と一緒に受け止めて行きたいんだ。君の背中にのしかかる重圧は一緒に背負うし、最悪な運命も受け入れよう。もちろん、いいことが起こったりして、2人で喜ぶのが一番だけど……」

 

 続く彼の言葉に耐え切れなくなって、私はトレーナーの胸に飛び込んだ。そんな言葉をぶつけられて視線をかち合わせていろだなんて、恥辱の極みだ。もはや拷問に近い。嬉しすぎて、くすぐったすぎて、どうにかなってしまいそうだ。

 

 この行動をどう受け取ったかは知らないが、とみおは私の背中に手を回して、小さな子供をあやすように髪の毛を撫でてきた。もしかしたら、私は泣いていたのかもしれない。

 

「アポロ……アポロ。最後はちょっと締まらなかったけど、不安は無くなった?」

「……ん」

 

 脳裏に染み付いていた悪夢のイメージは霧を払うように消え去り、私の脳内は暖かな光に満たされていた。胸の奥がぽかぽかしていて、尻尾の付け根がふわふわしている。よく分からないくらい心が満たされた気分になっていた。

 

 流れ込んできた彼の想いの濃さに酔ってしまったのだろうか。それは分からないが、私の身体はトレーナーの身体に吸い寄せられている。まるで引き合う磁石の如く、私はとみおの身体に自らを押し付けていた。その行動を、まだ不安が残っていると解釈したらしく……トレーナーは少し考え込んだように息を吐いた。

 

「……俺は君に何度も救われてきた。どの口が言ってるんだって感じだけど、厳しいトレーニングに耐え抜いて必死に走るアポロの姿に心を打たれたことが何度もあった。レース中、死にもの狂いで頑張る君には何度も涙を流した。それくらい、君は綺麗だったんだ」

「きっ、きれ――!?」

「アポロレインボウというウマ娘は、みんなに希望を与えることのできるウマ娘だ。もっと誇っていいし、堂々としていい。君の魅力を知ってる俺が証人だ」

 

 次々に破壊力のある言葉を耳元に叩き込まれて、脳味噌が沸騰しそうだった。成長した肉体の出力による自滅を防ぎ、菊花賞で未知の領域をモノにするという奇跡を起こすためのちゃんとした準備だったのだが――目的意識がどこかに吹っ飛んでいきそうだ。これ以上彼の想いが流れ込んでくると、感情がバグって本当に自爆しちゃいそう。

 

 ここが土俵際だ。これ以上の気持ちはマジで勘弁! そう思って顔を上げようとした途端、とみおの口からトドメの一言が飛び出してきた。

 

「俺は君に惚れてる。心の持ちよう、諦めずに頑張る姿、走る姿、もちろん見た目も、全部ぜんぶ綺麗で眩しくて堪らない。俺はアポロに憧れてるし、敬意も持ってる。ちょっとよく分からないくらい、四六時中君のことを考えているくらいには本当に惚れ込んでるんだよ。だから君の本領を発揮できる菊花賞で――俺をもっと惚れさせるような走りをしてほしいんだ」

「〜〜〜〜っ!」

「あ、ごめん。これは個人的な理由すぎたかな?」

 

 私は撃沈した。今度こそ身体の力が抜けて、彼の胸の中で呼吸するだけの生き物に成り下がってしまった。鼻腔を伝って脳髄まで彼の匂いに満たされ、私のウマ耳は無意識のうちに彼の心臓の音を探り当て、ただただ恍惚とするだけのだらしないウマ娘になってしまった。

 

 彼の心臓はかなりの早さで拍動を刻んでいた。もしかしたら緊張していたのかもしれない。でも、私の内側から聞こえてくる心臓の音はもっと早い。この音は、私を抱き締める彼にも聞こえてしまってはいないだろうか。尻尾は激しく喜ぶように動いていないだろうか。耳に感情は出ていないだろうか。様々なことを思考するが、多分全部ダダ漏れだから諦めた。

 

 心地よい微睡(まどろ)みの中、段々と力が戻ってくる。ゆっくりと彼の背中に手を回し、強く抱き締めた。温かく、力強く、大きな身体だった。

 

「……ありがとう」

「おう」

 

 彼には感謝してもし足りない。私の心はこれまでに無いほどの情熱と恋心と闘志――これらを引っ括めた激情に支配されており、地獄だろうが奇跡だろうが、どんと来いという心持ちだ。

 

 想いを燃焼し、奇跡を起こすための儀式は完遂された。

 そしてここからは私個人が行う我儘だ。

 

 私は少しだけ顔を上げ、彼の肩に顎を乗せた。身体と身体が非常に密着し、ほとんど心臓同士を重ね合わせるような姿勢――他人に見られたらどう足掻いても言い訳できないような体勢に持ち込む。

 

 さすがに密着しすぎだととみおが逃れようとするが、ウマ娘のパワーに勝てる人間はいない。私はにやりと意地悪く笑うと、彼の耳たぶを人差し指で弾いた。

 

「っ」

 

 彼が呻く。さっきの仕返しだ。そのまま私はトレーナーの耳元で囁く。

 

「……触ってくれる?」

「えっ……え? さ、触るって……どこを?」

「ん」

 

 私は彼の前に顔を持ってきて、分かりやすいように耳をぴこぴこと動かした。

 

「耳触って」

「でも、ここってデリケートな部位だから――」

「いいから。いっぱい触って、撫でて欲しい気分なの」

「ひ、必要なことなの?」

「――うん。とっても大切なことだから、たくさん触って?」

「う、アポロが必要って言うなら――」

 

 ……私ってこんなにめんどくさい性格だっけ。でも、必要か必要でないかと言われれば必要だ。彼への恋心が強まれば強まるほど、私の闘志は激しく燃え上がる。最強ステイヤーへの夢も、桃沢とみおを大切に思うことも、両方諦めない。私は欲深いウマ娘。どちらの夢も成し遂げるのだ。

 

 

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