ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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62話:いざ菊花賞へ

 後日。授業を休んで大きな病院にやってきた私達は、全身の精密検査のために午前中を全て費やした。その結果、私の心臓が非常に大きなサイズへと肥大していることが明らかになった。

 

 そのサイズは何と、同い歳のウマ娘の平均サイズの2倍に上った。もちろん生まれつきそうなっていたわけではないから、ダービー後から秋の間にかけて成長したということになる。

 

 ……もしかして、アレか。脚の違和感はともかく、胸の違和感に気づかなかったのは、毎日のようにドキドキしてたからか。誰かさんに毎日毎日キュンキュンしてやがったからか。多分そうだ。認めたくないけど絶対そうだ。ほんとありえない……恥ずかしい。

 

 結果が出た日のうちに私達はアグネスタキオンの研究室に行くことになり、こうしてタキオンや沖野トレーナー、サイレンススズカに天海トレーナーを交えて会談が行われることになった。

 

 夕刻。薄暗いアグネスタキオンの研究室に集まった6人は、そこら辺に散らばっていた丸椅子を立て直して円陣を作る。私の右隣には桃沢とみおが、左隣にはサイレンススズカが。サイレンススズカの隣には沖野トレーナーがいて、アグネスタキオンはとみおの隣に座った天海トレーナーと沖野トレーナーに挟まれる形だ。

 

 私には数日後に菊花賞が、サイレンススズカには1週間後に天皇賞・秋が控えている。こうして緊急で集会を開いたのは残された時間がないからだ。沖野トレーナーが青ざめた顔でアグネスタキオンに語りかけた。

 

「昨日聞いた通り、スズカを病院に連れて行った。その結果、股関節だの膝関節だの色々な箇所に――ええと……とにかく簡単に言うと、スズカの下半身の筋肉の柔軟性に異常な成長が見られた。桃沢トレーナーの言う通り……これが未知の領域の予兆だとするならば、俺達はどうすればいい」

 

 とみおは昨日散々私の身体を触った後、同じ状況下にあったサイレンススズカのトレーナーと師匠である天海トレーナーに連絡を取った。それを受けて沖野トレーナーはすぐさま行動を開始し、今日の午前中にサイレンススズカを病院に連れて行ったらしい。天海さんはアグネスタキオンのトレーナーと協力して資料を集め、タキオンが求めるデータを収集してくれたとか。

 

 沖野トレーナーは良識があるのでスズカさんの身体をベタベタ触るようなことはしなかったと聞く。誰かさんとは大違いだが――とにかく、スズカさんにも『未知の領域の予兆』とも言える肉体の変化が見られ、今こうしてアグネスタキオンの指示を仰いでいるのだ。

 

「ふぅン……私は君達のレースデータや走行データから何か分かるものだと思っていたけど、2人の身体自体に変化が出るとはねぇ。少し待っておくれよ、色々な過去の蓄積データに基づく対策の資料があるはずだから」

 

 アグネスタキオンは手元の資料を捲ると、抑揚のない声で話し始める。

 

「君達2人には未知の領域へと到達してほしい。これは私にとっても心からの願いさ。こうした裏付けのある中で進歩が見られれば、私個人としても非常に助かるからね。ただし、レースでは何が起こるか分からない。今から挙げる対策は、あくまで危険性を0に近づけるものであって、0にするものではないと知っておいてほしい」

「御託はいい。教えてくれ」

「はいはい分かったよ、しょうがないねぇ。手書きと活字が混じっていて悪いけど、この資料を見てくれたまえ」

 

 アグネスタキオンは印刷された資料を2人のトレーナーに手渡した。その資料には手書きのメモやペンの走り書きが加えられており、ちょっと見にくかった。しかし泣き言は言ってられない。私とスズカさんはトレーナーの手元の資料の内容を覗き込みながら、タキオンさんの筆跡と文章を辿った。目の下に隈を作った天海さんとタキオンさんがホワイトボードで説明を加えながら、どんどん話が進んでいく。

 

 ――未知の領域へと到達するためには、怪我を徹底的に予防した上で、精神・肉体共に最高のパフォーマンスを発揮することが必要なものと考えられる。

 

 エクリプスの無敗伝説。セクレタリアト不滅の大レコード。100身の衝撃・マンノウォー。フランス最強ウマ娘・シーバード。凱旋門で躍った最強の末脚・ダンシングブレーヴ。2年連続英国長距離三冠・ルモス――伝説を残したウマ娘は数々の修羅場を潜り抜け、自らの礎にしてきた。

 

「……っ」

 

 『彼女達を最も苦しめたのは、恐らく彼女達自身である』。紙にはそう殴り書きされていた。未知の領域に片足を突っ込むことで起きる破滅、つまり出力オーバーによる怪我とそれに対する恐怖だ。

 

 トモを含めた脚の負傷は、ウマ娘を最も多く悩ませる怪我である。高速で走るウマ娘の性質上、他の部位に比べるとトモ(ハムストリングの辺り)の怪我発生率は特に高い。普段ニュースになったりするのは骨折や繋靭帯炎などの派手な故障だが、ウマ娘の多くは案外そこら辺の怪我も経験しているものだ。

 

 そもそも怪我なく現役を終えられた競走馬が数える程しかいないという事実から私達は目を背けてはいけない。トウカイテイオーのように怪我が()になって再発する厄介なケースも多いのだ。

 

 それに、故障をすれば数週間、数ヶ月――はたまた数年に渡って怪我に苦しめられることになる。怪我をするのは一瞬のくせに、回復にかかる時間が尋常じゃないくらい長い。怪我が治らず引退するウマ娘もいる。

 

 怪我することは怖い。それが災いして走れなくなるのはもっと恐ろしい。生きる活力を失うと言っても過言ではない。我々ウマ娘にとって走ることとは命そのものなのだ。

 

 復帰したって、大きな怪我を一度経験すると心理的な不安が残りやすい。無意識のうちにパフォーマンスにブレーキをかけてしまい、怪我後はさっぱり勝てなくなってしまったという話もよく耳にする。

 

 つまり、私達が未知の領域へと踏み込む際の絶対条件は『怪我をしないこと』――これに尽きる。アグネスタキオンの紙片には太文字でそう記されていた。

 

 ナリタブライアン、シンボリルドルフ、ミスターシービー。日本の歴史上、彼女達の他にも未知の領域へと至る者がいたと考えられるが――まさか、彼女達は怪我によって完全なる開花には至らなかったのか? トウカイテイオーのような奇跡は例外中の例外で、それで――。

 

「…………」

 

 紙を流し読んでいくと、『致命的な怪我をすれば、一般的に未知の領域は全く閉ざされる』『しかし競争生命が最優先』――という文面を目の当たりにして、とみおと私は視線をかち合わせ、ごくりと唾を呑み込んだ。

 

「未知の領域を喪った者にも強さは宿る。それとは全く別物の強さだが……どうせなら怪我せずに見たいじゃないか。未知の領域とやらをさ。さて、今から対策を本格的に話していくよ」

 

 まず、彼女は「とにかくヤバいと思ったらレースを中止するように」と告げてきた。ただ、アグネスタキオンとてウマ娘だ――そう簡単に行くものではないと理解しているはず。ウマ娘の本能と結びついた勝利への欲求、そしてレース本番の展開によっては()()()()()()()()()()()()恐れがある。

 

 ……彼女の狂気的な瞳の色を見るに、()()()()()()()は各自に任せたと言ったところか。「さ、次のページを見てくれたまえ。そこに対策を示しておいたよ」という声に合わせて、とみおと沖野トレーナーが紙を捲る。

 

「一晩考えて出てきた対策はそれっぽっちだ。まぁ、その要点を押さえておいて、更に運が良ければ君達はウマ娘の次なるステージへと到達できるというわけさ……単純だろう? だけど、簡単に見えてそれを徹底するのは非常に難しいと思うよ」

 

 次のページに記されていた対策は、『()()()()()()()()()()()()()』『急ブレーキを絶対にかけない』という2箇条だった。

 

「君達の肉体は以前よりも遥かに成長し、いよいよピークに達しようとしている。病院の検査で明らかになったと思うが、以前までのレースとは比べ物にならない出力(パワー)が備わっているはずだ。そんな身体で()()()()()()()()()行動をしてみたまえ――ただでさえ脆いウマ娘(ガラス)の脚はいとも容易く砕け散るよ」

 

 知らぬ間に自分の身体にとてつもないパワーが備わっていたとしよう。そんな状態で、普段のフォームからかけ離れた行為をしたら……間違いなく身体のどこかが破壊されてしまうだろう。

 

 仮に伝説のウマ娘セクレタリアト並の出力が出せるようになったとして、その力が備わった身体で死ぬほど踏ん張るような瞬間があれば、私の細い脚は十中八九砕け散る。この脚が未知の領域へと至る準備を済ませているとはいえ、想いで補強できない現実的な強度の限界は必ずあるものだ。

 

 強烈な力を前にすれば、ウマ娘の脚などチョークのようなもの。私達ウマ娘の身体に刷り込まれた『正しいフォーム』とは、発揮される渾身の力をターフに正しく伝えるためのものである。

 

 これは例え話だが、真横から力を入れればチョークはあっさり折れるが、縦に押し潰すように力を加えればチョークは折れない。速く走るためにウマ娘はフォームを磨き上げていく必要があり、それに加えて自分の身体を守るためにも私達に正しいフォームは不可欠なのである。

 

「急ブレーキをかけない――は何とかなりそうですけど。フォームを乱さない……って、どの程度まで許されるんですか?」

「……これは確定事項ではないから参考程度に留めておいてほしいんだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……なんて行為はなるべくやめておいてほしいねぇ。その点大逃げウマ娘の君達は比較的問題ないと言えるが……」

 

 私の質問に対してアグネスタキオンはゆっくりと答えた。タキオンさんの口ぶりから、言葉のひとつひとつを慎重に選んでいるのがよく伝わってくる。

 

 他のウマ娘と競り合うことで、知らず知らずのうちにフォームが崩れるのはありえない話ではない。それを防止するために模擬レースや併走を重ねて場数をこなすのだが、レース本番――それもG1の狂気的な熱気とプレッシャーに包まれた雰囲気で、寸分の狂いもなくフォームを維持するのは至難の業だ。誰もが練習と同じように本番を走れるなら苦労はしない。

 

 頭の悪い私なんかは、真っ向勝負をされたらムキになってしまうだろう。その結果、必要以上の力を使ってしまって怪我をする……というのも考えられる。言わずもがな、群に接近したり、集団の中に控えたりするのもやめた方がいい。他のウマ娘に接近すれば威圧感やトリックに曝され、()()()()しまうかもしれないからだ。

 

 セイウンスカイの2着に敗れた皐月賞なんかは最たる例だ。大外枠からスタートし、セイウンスカイと限界ギリギリの真っ向勝負を仕掛けられた上、数々のトリックに翻弄され、荒れた場にスタミナを削られて最後に伸び切れず敗北した。もしも今それと同じことをしたら――。そこまで考えて、私の脳内には悪夢の中の淀の坂が思い浮かんだ。

 

 ……最悪だ。確かに、あの悪夢が現実になる可能性はあるな。

 

「……()()()()()()()()()()()()()。そいつをしなけりゃ、俺達に明日はないってことね」

「そうなるねぇ。……さぁ、これ以上話しても仕方が無いし纏めようか! 君達は『競走中にフォームを乱さず』、『急ブレーキを絶対にかけな』ければいいのだよ! そうすることで未知の領域への扉は開かれるというわけだ! あぁ、楽しみだ、楽しみだ! アッハッハッハ!」

 

 アグネスタキオンの高笑いと共に会談は終了した。彼女の目に映る狂気と興奮の根源は、私には分からなかった。

 

 

 

 私達は菊花賞まで残った時間でグリ子とミークちゃんとの実戦トレーニングを積むと同時に、京都レース場やレース中に怪我しやすいポイントを追加で押さえておくことにした。

 

 奇跡を起こすためには準備が必要だ。漫然と受け入れる者には決して起こらない。努力を怠らず、周到な準備を重ね、それでも女神が微笑んでくれるかどうか――その瀬戸際に奇跡は宿る。

 

 何もトレーナーと私は菊花賞に無策で突っ込もうとしているわけではなかった。とみおの発見やアグネスタキオンの助言が無くても、ある程度の策は講じておく手筈だったのだ。想いの力は確かに重要ではあるが、それに加えて現実的な対策を行うことで、未知の領域に踏み込んだ際の危険を更に減らしてやろうという魂胆があった。

 

 まずは京都レース場に特有の怪我・事故多発ポイントを押さえておいた。京都レース場で怪我しやすいポイントと言ったら、やはり第3コーナーに待ち構える高低差4メートルの坂だ。上りは転倒が起こりやすく、下りで起きた事故は大規模な事故になりやすい。

 

 場所に限らず事故が起こりやすいシチュエーションのひとつとしては、芝の不良場。芝が水を含むと当然滑りやすくなり、荒れるためである。

 

 また、芝コースの開催終盤も怪我の原因のひとつだ。重賞及びG1は、〇〇レース場()1()0()()()()になるなどして終盤の開催になるため、 蹄跡(ていせき)――つまりそれまでのレース中にウマ娘がつけた足跡によって場が荒れているのである。ただし、荒れた部分を避けてコース取りするなら距離ロスこそあれど問題にはならない。

 

 次に高速場。ウマ娘の足は鋼鉄によって構成されているわけではなく、骨と肉という細胞によって作られている。そのため、足に負担のかかるレースになればなるほど怪我の危険性は高まるというわけだ。アグネスタキオンの対策に併せて、私にとってはこれが大きな問題になる。

 

 私はレース中にスピードを緩めることがほとんど出来ない。そこまで考える脳が無いおバカだからだ。と言うか、本能剥き出しのウマ娘を相手に手を抜いて走れなどとお願いをされても困る。できない願いだ。

 

 しかも、中途半端に速度を緩めようとするとURAの八百長に対する規則に引っかかってトゥインクル・シリーズから永久追放……なんてのも考えられる。仮に上手く誤魔化せたとしても、抜いたレースをすれば容赦なく襲ってくる3人の優駿から逃れる術はない。そこには敗北が待っている。

 

 未知の領域とはウマ娘のスペックの限界を超えた先にあるため、こればかりは対策の施しようがない。どうしようもなく()()にある臨界点だからだ。私はアグネスタキオンの対策を肝に銘じて、フォームを崩さずブレーキもかけずに突き抜けるだけである。

 

 これらをまとめると、菊花賞本番が晴れになることを願いつつ、荒れた場を避けて走り、京都の坂では気をつけて走り、フォームを崩さないように注意を払う……という対策をしなければならないことになる。ただ、これらの対策はごく一般的と言うか、誰もが気をつけていることだ。石橋は叩いて渡りすぎても問題ない。私達は更なる対策を積む。

 

 更なる自滅の予防に努めるため、私達は蹄鉄を打ち直し、普段はしない足元保護のためのテーピングを巻き、マックイーンちゃんを通して知ったプロマッサージ師の施術、秋川理事長を通じた京都レース場及び全レース場のターフの整備・点検、果てはスズカさんを通じてマチカネフクキタルによる悪霊退散の願掛けを行った。

 

『菊花賞当日の運勢は――おおっ!? 大吉ですよアポロさん!! 大吉!! 凄いです!!』

『救いはあるんですか〜?』

 

 『表はあっても占い』というフクキタルさんの占いテントで大吉を出したことだし、心配事はもはや無い。

 

 10月4週、淀の地にて。大盛況を誇る京都レース場にやって来た私は、一条の恐れも無い清々しい気持ちだった。

 

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