ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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68話:何気ない会話の中で

 菊花賞が終わって少し経った。世間は11月の中旬に突入し、いよいよ秋の終わりに差し掛かったという雰囲気だ。以前にも増して冬の肌寒さが近づいてきた頃で――私はやっとこさ腰の据えた休息を取ることができた。

 

 菊花賞が終わってまず初めにしたことは、関係者達に囲まれての表彰や写真撮影だった。その後は山ほど飛び込んできたインタビューと取材の予定を組み、今後の予定や世界レコードを記録した感想を聞かれまくった。

 中にはプライベートの関係ないことまで聞いてくる悪質な記者がいたけど、そういう良くない人達はたづなさんがきっちり()()()()()をしてくれたので何ともなかった。

 

 菊花賞前から疲れが溜まっていたため、私はとみおに言われて軽い休息期間に入ることになっている。とは言え、勉強以外にやることがないのでトレーナー室に入り浸ってダラダラしているのだけど。

 

 ……トレーニングしてないと暇だ。もっと言うと、何かに追い立てられていないと不安で仕方がない。しっかり休めとの指示があったため、自主トレも禁止されているからガチで暇。本を読んだり宿題をやったりして暇を潰すしかないが、いつか飽きが来る。ウマホを触っているのも、目の疲れで限界がすぐに来る。

 

 私はソファで溶けそうになりながら、キーボードに指を滑らせているとみおに声をかけた。

 

「ねぇ」

「ん?」

「ひま」

「ふ〜ん」

「とみおは?」

「俺仕事」

 

 とみおはこっちを向かないまま生返事してくる。ちょっとムカッとして、私は姿勢を起こした。

 

「俺仕事、じゃないよ。可愛い担当ウマ娘のアポロちゃんが暇してるんですけど」

「自分で可愛いって言うなよ……まぁ可愛いのは否定しないけど

「かまって」

「いや、俺仕事中――」

「やだ! かまって!」

「はぁ!?」

「かまってよ! ね〜ね〜遊ぼうよ〜!」

「……はいはい、ちょっとだけだからな」

 

 とみおは大きな溜め息を吐くと、椅子を回転させてこちらを向く。何したいの、と視線を合わせてきて、私はちょっと頬が熱くなるのを感じながら目を逸らす。

 一緒に遊びたいのは本当だ。しかし正直なところ、ダル絡みしたかっただけでどうやって遊ぼうかなんて考えちゃいなかった。我ながら面倒くさすぎる性格である。

 

「…………」

「……え? 何も考えてなかったの?」

「あ、いや。占いとかどう? 相性占いとかやってなかったな〜って」

「占い?」

「そうそう」

 

 私はウマホで最近流行りの占いサイトに飛ぶ。学生間で『トレーナーとの相性占い』が大流行しており、今後の付き合い方の参考にするウマ娘が多いとか何とか。

 私は占いを信じていない系の女子だから結果がどう出ようと関係ないけど、一応参考程度には頭の中に入れておきたいからね。

 

「この占いには質問があって、それにどんどん答えていく形式なの」

「へ〜」

「結果によって私達の相性が分かるんだってさ」

 

 私は画面をタップして質問を投げかけていく。

 とみおは正直興味がなさそうな声色だが、これも女の子の勉強だと思って付き合ってもらおう。

 

「質問1、相手の家族構成を言えますか」

「イエス。アポロは一人っ子で、お父さんお母さんがいるんだったよな」

「そうそう。私もイエスかなぁ。とみおも私と同じ3人家族でしょ」

「正解だ。しかし、そのうち君のご両親にも挨拶しなきゃいけないな……」

「そのことなんだけどさ、ダービー勝った後から『トレーナーさんを連れてこい』ってお母さんがうるさくて……」

「あ〜」

 

 占いの質問をぶった切って会話してしまうが、実はお母さんからトレーナーを連れてこいとの催促が本当に激しいのだ。菊花賞を勝った時もめちゃくちゃ電話が掛かってきたし。

 久々に帰ってきなさい、アポロの顔が見たいわ、あのトレーナーさんも一緒に連れてきなさい……そんな言葉を何回聞いたことか。

 

 しかし、お母さんお父さんが何度も「寂しい」という電話を寄越してくると、一人娘である私もさすがに結構堪えるものだ。私もしばらく会えなくて寂しい思いをしているわけだし、ここは思い切ってトレーナーと口約束でもしておこうか。

 

「……とみおが迷惑じゃなかったらの話なんだけど。もし良ければ、お正月くらいに私の実家に来ない?」

「分かった」

「え、いいの?」

「丁度いい機会だし前向きに検討しておくよ」

「あ〜」

 

 社会人の前向きに検討するは信用ならない……むしろ厳粛な会議の結果お断りされそうなものだが、まぁ良しとしよう。次の質問に行こう。

 

「質問2、相手の休日の過ごし方は予想がつきますか」

「…………」

 

 とみおは腕を組む。対する私は簡単に察しがついた。多分この人は休日も私のトレーニングメニューを組んだり、ライバルウマ娘の研究をしたり、インタビューや撮影のスケジュール調整、加えてグッズ制作のアレコレにてんてこ舞いなのだ。

 休日まで私のことを考えてくれる――もとい考えざるを得ない――のは嬉しい話だが、いい加減理事長やたづなさんは彼に休みを与えて欲しいものである。

 

「私はイエスかな。とみお、休みの日も仕事してるんでしょ」

「……はい」

「ほんと、うまい具合に休んでよね」

「今はアポロに尽くせることが一番嬉しいんだ。さすがに休日は疲れたらすぐ休んでるし、あんまり心配しないでいいよ」

 

 ふ〜ん。やっぱり休みの日も仕事してるんだ。後でたづなさんに連絡しておこう。

 

「で、私は休日に何してるか想像できる?」

「できるよ。本を読み漁って、ネットサーフィンしてるんだろ」

「むっ」

 

 とみおの返答が正解だっただけに、私は軽く彼の方を睨んだ。お世辞でも女の子らしいことをしてるところを想像していて欲しかったものだ。

 ……まあいい。次の質問に取りかかることにしよう。

 

「質問3、言葉にしなくても、あ、相手の考えていることが分かりますか」

 

 あれ? 何か質問の内容が怪しくない? これってもしかして、カップル用の相性占いなんじゃないの。

 ふと向けた視線がかち合う。急に視線が熱く感じて、私は瞳を伏せる。もしかして、とみおは私の考えていることすら分かっちゃってる人なのかもしれない。だったら私の今の思考は全部ダダ漏れで――「はは、さすがに無理でしょ」

 ……ですよね〜。

 

「ま、こればっかりは私もノーかな。ある程度は推し量ることができたとしても、完全にわかるわけじゃないしね」

 

 人が完全に理解することができるのは、どこまで行っても『己』だけだ。哲学的な話になるかもしれないが、自分である以上他人にはなれないのは当たり前だし、他人の行動が見えて理解できてもその真意を知ることはできない。

 だから人は行動以上に言葉で気持ちを伝えてきたわけだ。

 

 ……とみおが人の気持ちの分かるエスパーだったら、私の気持ちはダダ漏れである。いつかはこの気持ちを言葉にして伝えなきゃいけないのかなぁ。いや、『トレーナーとウマ娘』などという普遍的な関係を覆して一歩先に進むためには、私から言葉にして今の関係を壊す必要があるだろう。

 いつになるかは分からないけど、その日がそこまで遠いわけでは無さそうだ。

 

 画面をスライドさせてみると、残りの質問は2問と表示されていた。トレーナーとウマ娘に対する質問ではないのでは? と思いながら次の質問を読み上げていく。

 

「質問4、お互いの夢を言えますか」

「俺達の夢なんて言うまでもないだろ。アポロと俺の夢は世界最強のステイヤーになることだ」

「うふふ、そうだね」

 

 私とトレーナーの夢は変わらない。出会った時からずっと、最強ステイヤーになるという憧れは私の根底に存在している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アポロレインボウに乗っかった俺の夢でもある。それでは、桃沢とみおの夢の原点はどこだろう? 彼が最強ステイヤーに(こだわ)る理由となったキッカケは何だろう?

 

「……そう言えば、とみおは何でそこまでステイヤーに(こだわ)るの?」

「好きだからって言ってなかったっけ? それとも、聞きたいことはもっと根本的なこと?」

「……うん」

「そっか……いいよ。どこから話そうかな」

 

 とみおは椅子から立ち上がって私の隣にやってくると、そのままゆったりと腰掛けた。ソファが沈み、私の座る位置が彼の方にずれる。

 

「子供の頃、俺は結構な数の習い事をしてたんだ。習字に水泳、あとサッカーにそろばんに塾……うわぁ、思い出すだけでも嫌になるな。……最初の方は何とかこなしてたんだけど、友達と遊びたかったのに習い事のせいで遊べなかったりするもんだから、俺もいい加減頭にきちゃって。ある日、親に反抗するために家出しちゃったんだよ」

「とみおも家出とかするんだ。何か可愛いね」

「……こ、子供の頃の話だからね」

 

 とみおは頬を掻く。まぁ習い事が多すぎて精神的にも肉体的にも疲れてしまったんだろう。習い事の内容は将来的に役立ってくることが多いけど、子供心には分からないものだ。気持ちは痛いくらい分かる。

 

「電車に乗って何駅も跨いで、これからどうしようかなって時……外は酷い雨になった。台風でも直撃したんじゃないかっていう暴風雨だったよ。傘は一瞬で捲れ上がりながら壊れて、でも引き返すわけには行かなくて。ホテルに泊まるような大金は持ってなかったから、途方に暮れながらそこら辺をうろちょろしてたその時……俺は見つけたんだ。雨音に負けないくらいの歓声が聞こえてくるレース場を――」

 

 懐かしむように、思い出すように、とみおはぽつりぽつりと過去を再現し始める。他の人もあまり知らないであろう彼の過去に踏み込んでいるという事実に、私は言葉にできない高揚感と優越感に浸った。

 

「雨の中でも大騒ぎが聞こえるものだから、俺は導かれるままに観客席に入った。するとどうだ、いいタイミングでレースが始まるところだったんだ」

「どんなレースだったの?」

「……名前は分からなかったけど、とにかく長距離のレースだ。めちゃくちゃ長かった記憶がある。……スタートと同時に客席から声が飛んで、みんなの視線の先に雨風に打たれながら一生懸命走るウマ娘がいたのに気づいて。俺は彼女達の表情に魅入ってしまったんだ」

 

 長距離レースで土砂降りになったら、どれだけきつい消耗戦になることか。私でさえ絶対に考えたくないレベルだ。子供だったとみおでさえ、雨の中で長距離を走るキツさがひしひしと伝わったに違いない。

 

「空気中の雨が波打って見えるくらいには豪雨が降り注いでて――それでも怯まずに走り続けるウマ娘の凄さといったらもう、言葉にできなかったよ。キラキラとか華やかさとは程遠い光景だったけど、俺はあの厳しい消耗戦の中に美しさを見出したんだと思う」

 

 ウマ娘に限らず、人が死力を尽くして戦う姿には魔力が宿る。その魔力は人を惹きつけてやまない。雨に打たれて泥まみれで戦う彼女達は、さぞ美しかっただろう。想像するだけでも涙が出そうなくらい辛い消耗戦。

 多分、私がその場所にいても同じような夢を持ったのではないだろうか。この人達のように強く戦いたい、長距離の舞台で残忍なまでの削り合いをやりたいと――本能的に感じていたはずだ。

 

「……で、その後はどうしたの?」

「ライブを見て普通に帰ったよ。雨も止んでたしね。家に帰ったら人生で一番こっぴどく叱られたけど、理由を知って親も凄く反省してたよ」

「ま、習い事なんて子供にとってはダルいものでしかないしね……」

「トレーナーになってステイヤーを育てたいって夢ができたから、そろばんと塾だけは続けることにしたんだけどね」

「偉すぎるでしょ……」

「あの家出も習い事も無駄じゃなかったさ。当時は辛かったけど、今から見てみれば辛い過去もちゃんとした糧になってるってことだ」

 

 とみおは胸を張って微笑む。難関とされる中央トレーナー試験をパスするくらいなのだから、彼には確固たる意思があったのだろう。高収入目当てでトレーナーを目指す人は勉強の辛さでドロップアウトしていくと聞くし、そのレースを走っていたウマ娘達は、とみおによっぽど強い残滓を残していったのだろう。

 ちょっと嫉妬しそう。

 

「子供の頃の記憶ってすごく印象に残るよね」

「本当に。アポロもそういうクチ?」

「うん。私も似たようなもの……だった気がする」

 

 人の夢は誰かに与えられるものだ。とみおの夢はウマ娘に感化されて生まれたものなのだと予想自体はついていた。それが今やっと聞けて私は信頼関係の深まりを感じている。

 では、私の夢の始まりはどこからだったか。記憶を掘り返してアポロレインボウの夢の原点を探る。

 

「私も全然覚えてないんだけどね――」

 

 それは、いつから私が私であったか――つまり、自我の始まりはいつからであったか、という質問に答える難しさと似ていた。

 「だいたいこんな状況だった」「何となくこんなことがあったような気がする」という抽象的でどうでもいい事柄は思い出せるが、決定的な何かは思い出せない。しかし、その日が私の原点だと知っているという何とも奇妙な感覚。

 

「多分、テレビ画面の向こうで走るウマ娘を見て――」

 

 そうだ。あの日、私は両親に挟まれてテレビを見ていたのだ。そこに映っていたのは恐らくトゥインクル・シリーズのレース映像で、きっと長距離戦だったはずである。

 瞼の裏に映像が浮かんできて、ノイズがかった記憶が呼び起こされる。テレビの中に流れる映像だけがやけに見えづらい。いったい、どこで誰が走っていたんだ。

 

 ――ダメだ。輪郭がハッキリしない。決定的に思い出せない。

 私は()()()()()()()()

 とても大事なことだった気がするのに。

 私の心の奥底にある、一度たりとも忘れたことのない大切な記憶だったはずなのに。心臓に直接氷水をぶちまけられたかのような感覚に陥り、視線を動かせなくなる。

 

「あなたみたいに凄く心を打たれたと思うんだけど――」

 

 ぐらり、と何かが揺れる。

 そこで過去の追憶は途切れた。

 

「――思い出せないや」

「……そっか」

「思い出したらまた言うね」

「うん」

「話が逸れたけど、これって占いだよね? まだ質問が残ってるのかな」

「あ、そうだった」

 

 とみおに言われてウマホの画面に目を戻す。先程まで何を考えていたのか分からなくなり、すっかり()()()()()()()()。これで良かったのかと思い返す暇もなく、記憶が混濁し闇に流されていく。

 

「じゃ、次の質問いくよ〜」

「はいはい」

 

 これで良かったんだよ。今はね。

 そんな声が響いた気がした。

 

「最後の質問! 相手の失敗を許せますか!」

「はは、考えるまでもなくイエスだね」

「私も〜! お、占いの結果は――『2人の相性は最高』だって!」

「ふ〜ん」

「ふ〜んじゃないよ! とみおは嬉しくないの?」

「男は占いとか興味無いもんなんだよ。そもそもダービーと菊花賞に勝てた俺達の相性が悪いわけないだろ」

「んにゅっ」

 

 占いから導き出された2人の相性は『最高』。

 いつものように会話して、いつものように彼の言葉にどぎまぎして。何もかも普段と変わらない日常だったはずなのに――どこか肌寒い。

 

「……もう」

「そろそろ、俺は仕事に戻るよ」

「……うん」

 

 私は溢れ出しそうな冷たい何かを胸の奥底にしまい込み、深く深く封じておくことにした。

 暖房が効いているはずなのに、薄ら寒い違和感は拭えなかった。

 

 ……ステイヤーズステークスまで、あと2週間。

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