ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

84 / 151
73話:王位継承

 ゴール直後、芦毛の少女が完全に白目を剥いて膝から崩れ落ちていく。そしてアポロレインボウがターフに激突する寸前、ダブルトリガーの腕が華奢な身体を抱き留めた。

 

「やるじゃないか」

 

 アタマ差で2着に敗れたが、後悔はなかった。むしろ清々しい疲れが身に染み渡っている。勝者らしからぬ醜態を晒すアポロレインボウをゆっくりと柵にもたれさせると、ダブルトリガーは彼女の乱れた前髪を整えた。

 

「……悔しいが、お前の勝ちだ。中々楽しかったよ」

 

 ――これがラストランだ。慣れない日本の芝を相手にした上、最終局面で無理な追い込みをしてしまったため、脚に相当な負担がかかってしまった。悲しいが、6年間走り続けてボロボロになった身体にトドメを刺してしまったのかもしれない。だが、これはアポロレインボウに対する敬意の現れだ。手を抜いて戦うなど考えられなかった。

 

 これまでも肉体の衰えを緩やかにするようなトレーニング方法に変えたが、いよいよ度重なる怪我や時間経過によって衰えが隠せなくなってきた。これ以上トゥインクル・シリーズで戦うのは限界だろう。

 本当なら引退したくなかった。夢への情熱を失ってしまったとはいえ、長距離というジャンルを盛り上げる夢を追い続けていたかった。

 

 しかし、もう自分は引退しても大丈夫だろうとダブルトリガーは思った。何故なら――

 

「ダブルトリガぁぁぁ!! 日本に来てくれてありがとぉぉぉ!!」

「かっこよかったぞぉぉぉ!!」

「6年間ありがとぉぉぉ!! お前の走りは忘れないぞぉぉ!!」

 

 観客の反応を見ろ。これがG2――それも長距離ジャンルにおける歓声の量か? 欧州のG1に比べても引けを取らない、それどころか凱旋門に及ぶような大歓声ではないか。アポロレインボウを中心にして、長距離という世界(カテゴリ)が変わろうとしている。

 ダブルトリガーというウマ娘の夢は敗れたが、この芦毛のウマ娘ならヨーロッパや日本――いや、全世界におけるステイヤーの地位向上を成し遂げられるかもしれない。

 

(アポロ。私はお前に夢を見たぞ。勝手極まるが、お前の背中に私の夢を託させてもらうことにするよ)

 

 英国長距離三冠を成し遂げたダブルトリガーは、今日をもって普通のウマ娘に戻る。だが、その夢は終わらない。

 

「君に祝福あれ」

 

 ダブルトリガーはアポロレインボウの前髪を掻き上げ、そっと口づけした。刹那、2人の周囲に『未知の領域(ゾーン)』の光が宿る。栗毛の少女の額から流れ出した眩い威光が、白目を剥くアポロレインボウに流れ込んでいく。

 

 ダブルトリガーの欠片が向かったのは、『未知の領域(ゾーン)』の中で咲き誇る一本桜が根差す大地。一本桜は光を宿した大地から養分を吸い上げて、()()()()()()()()()()()。アポロレインボウが雪の大地から得たのは、ダブルトリガーが長い時間をかけて練り上げた心象風景の片鱗。それは異国の少女が積み重ねてきた激情の一部に過ぎなかったが、一本桜に確かな変化を与えている。

 

 降りしきる雪の中で歪な形にひしゃげてしまった一本桜に不思議な力が宿り、ダブルトリガーの魂の支えによって歪みが正されていく。心通わせたライバルの夢が一本桜を成長させているのだ。

 ダブルトリガーの光を強く宿したのは、一本桜の()の部分。その光は桜を支える地盤との繋がりを強固にして、荒れ狂う吹雪にも負けないような強靭さをもたらした。

 

 こうしてアポロレインボウの知らぬ間に、ダブルトリガーの想いが継承された。しかし、異形の一本桜はまだまだ成長の余地を残しているようだった。

 月虹は微かにぼやけている。

 

 

 

 

 

 

 私が目を覚ました時、そこにはダブルトリガーさんの鎖骨とゼッケンがいっぱいに映っていた。レース途中から意識がぶつ切りになって、目覚めたら偉大な先輩の鎖骨が視界いっぱいにあって……正直訳が分からない。

 しかし、何で鎖骨が見えているんだ? 少し姿勢を変えると、柔らかいものが額に当たっているのが分かった。すると、私の脳は今の状況を鑑みてすぐに答えを導き出した。ダブルトリガーさんが私の額にキスしているのだ。

 

「おや、目覚めたかい」

「え、えぇ……」

 

 ダブルトリガーさんが顔を離して、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。そのままスタンドに向かって手を振った後、私の腕を取って持ち上げてきた。

 それを見たファンは大いに湧き、観客席からは鼓膜が張り裂けそうなほどの大歓声が襲ってくる。みんなその行動をダブルトリガーさんなりの勝者の称え方だと感じたのだろう、そしてそれは実際正しい。彼女は敬意をもって私に接してくれていることが仔細に伝わってくる。

 

 ただ、レース中に意識が消えてからゴール後に突然の覚醒だ。記憶がぼんやりしている。ダブルトリガーさんにガチのマジで「殺られる」ような感覚がしたのは覚えているが、そこからはどうも記憶に自信がない。

 

 確かスタート直後、ダブルトリガーさんに凄まじいマークを受けた。彼女が私の後ろに位置取った瞬間、怖気がしたのだ。脊椎のあたりから冷たい手を突っ込まれて、そのまま直接心臓を撫で回されるような。吐き気と動悸を抑えられなくなるようなダブルトリガーさんのプレッシャーに気が狂いそうになって、それで……。

 ……ああ、そうだ。ダブルトリガーさんのヤバすぎるスタミナ削りで()()()()()()()()()()()()()()、賭けに出たんだった。3200メートル前後で私のスタミナは尽きると予想を立て、それを知った上で大逃げを続行して――ステイヤー達にロングスパートをかけさせるため、絶妙な所で後続を挑発してやったのだ。

 

 挑発した数秒後には意識が飛んで、訳の分からぬまま前に進んでいた……はず。その結果、無意識のうちに勝利したと言うのか。死ぬほど苦しかったのは何となく覚えていても、自分のレースの結末さえ不覚のまま終えてしまうなんて……自分のスタミナ量が優れているだけに、ダブルトリガーさんのプレッシャーがどれだけ恐ろしいか今更になって理解できた。

 

「ところでアポロ。今お前に触れた瞬間、何だか不思議なことが起こったような気がするんだが。何か知らないか?」

「えっと……よく分からないです」

「そうか。なら良い」

 

 ダブルトリガーさんに倣って、私は歓声に応えるために大きく手を振る。電光掲示板には1着アポロレインボウ2着ダブルトリガーと表示されており、勝ちタイム3分44秒2という結果だった。

 

 私は額に残る微かな感触に触れながらターフを後にする。さっきのキスは海外特有の文化から来るものだろう。額にキスする意味は、確か『親愛』や『祝福』だったと思うのだが……ダブルトリガーさんに直接キスの意味を聞くのは躊躇われた。

 と言うか、多分聞く必要はないのだろう。胸に生まれた確かな温かさを知っていればそれでいい。そう思った。

 

 

 控え室に戻ると、とみおが笑顔と不安をごちゃ混ぜにしたような表情で迎えてくれる。彼はずっと私の周りをぐるぐる回って、私に触診(?)したそうに腕を組んだり手をかざそうとしてきた。

 12月には似合わないレベルの大汗を流していたため、「……私、汗臭いと思うから」と呟いて彼から距離を取る。とみおから離れたい理由のふたつ目に、白目を剥いて青白い顔をした私がターフビジョンに映されたため、かなり恥ずかしい思いをしたからというのもある。この不格好さも勲章ではあるものの……さすがに白目のゴールは必死の領域を超えてギャグの域である。あまり顔を合わせたくない気分だった。

 

「俺はアポロの臭いなんて気にしないよ」

「私が気にするんだけど……」

「いやまあ、そりゃそうだけどさ。あんなスタミナ切れを起こしておいて心配するなってのは無理な話だよ。この後のウイニングライブもあるし、体調を確かめて歌って踊れるかどうかも判断しなきゃいけないだろ」

「先にシャワー浴びてくるね」

「ん? あぁ、なるべくすぐに戻ってきてくれ」

「えっち」

「何で!?」

 

 とみおが口にしたことはないが、正直なところ彼は私の汗の臭いを知ってしまっているだろう。なんせ1年半ずっと一緒にやってきたのだから、特に夏場はどうしても……。それに、大きいレースの後は普通に抱き合ってたしね。

 まぁさすがに乙女の一線ということでシャワーを済ませた後、私はさっさと控え室に戻ってくる。丁度良かったのでライブ専用の衣装に着替えておき、軽くお化粧も済ませておいた。

 

「おかえ……って、ライブに出る気マンマンじゃないか。まったく……」

「いーじゃん! ダブルトリガーさんと歌って踊れる機会なんて一生巡ってこないって!」

「そりゃそうだが、君の顔色はまだ悪いぞ。本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫!」

「う〜ん……そうなのか?」

「うん! この通り!」

 

 私は何回かジャンプしてから、ダンスの振り付けを軽く踊ってみる。とみおは私のやる気と行動に納得するしかなかったらしく、渋々矛を収めてくれた。

 

「そんなことより、有記念に向けて鍛え直したいところができたよ。私、みんなに捕まった時のプレッシャーに凄く弱いみたい」

「あぁ……それは後々言おうと思っていたところだ」

「やっぱり?」

「そりゃな。しかし、ダブルトリガーのトリックは世界一だ。あのレベルのプレッシャーはそうそう無いと思ってくれて構わない。次の有まで厳しいローテーションだし、ゆっくりと仕上げていけばいいさ」

 

 そう言うと、とみおは私の頭をぽんと撫でて控え室を出ていった。そろそろウイニングライブが始まる時間だ。

 そういえば、ダブルトリガーさんは日本語の歌詞を歌えるのだろうか。そもそも海外で流れる曲とは振り付けも歌詞も何もかも違うだろうし、よく考えたら海外遠征って超大変なんじゃ……。

 

 しかし、その考えはライブ本番であっさり打ち砕かれることとなる。

 ダブルトリガーさんは芯のある声で流暢な日本語を歌い、ヨーロッパにない曲の振り付けも完璧にこなしてしまったのだ。

 やはり超一流はどこに行っても超一流のままだった。

 

 そして後日、ダブルトリガー引退のニュースが流れ、最後まで格を落とさぬまま彼女はトゥインクル・シリーズを去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 カーテンが締め切られ、照明もつけられず、薄い闇に染まる部屋にて。グラスワンダーはモニターに流れるステイヤーズステークスの映像を食い入るように眺めていた。

 

「…………」

 

 何度も何度も、擦り切れるくらい見返す。目を血走らせ、されど表情は()()()()()()()()()()のまま、アポロレインボウの弱点を洗い出していく。

 

(やはり……アポロちゃんは生半可な覚悟では至れぬ境地へと到達しているようですね。スタミナ切れを起こしてなお勝利を諦めない根性、本当に素晴らしいとしか言いようがありません)

 

 何度目か分からない賞賛を心の中に浮かべては、グラスワンダーはアポロレインボウ対策の難しさを知ることとなる。

 まず、アポロレインボウを削る逃げウマ娘が複数――それも彼女より内枠側にいなければいけない。加えて、その逃げウマ達にアポロレインボウを捕まえるという意思がなければ、彼女を自由に走らせてしまうことになる。後者に関しては、自由に走らせた時の危険性故に心配することはないが……運絡みが過ぎることが問題なのだ。

 焼き直しになるが、アポロレインボウが例えば1枠1番に入った時はもう()()()である。易々と後続を引き離し、無限に近いスタミナから繰り出される永遠のスパートによって、彼女は世界レコード級の逃げ切りを達成するだろう。

 

 人事を尽くして天命を待つ、という言葉があるが、まさにその通りだなとグラスワンダーは考える。栗毛の少女は、あわよくばアポロレインボウの内枠に入ってプレッシャーをかけることがベストだと考えているが、あまりにもそれは()()()()()()()と思った。

 

 やはり(キー)となるのはスタート直後のごちゃついた展開か。有記念への出走を決めたセイウンスカイはきっとアポロレインボウをマークしてくれるはずだ。狙い通りの動きをしてくれるとは思えないが、それでもある程度アポロレインボウを削ってくれるだろう。

 天皇賞・春の覇者メジロブライトも有記念に出走する。彼女は前方のウマ娘を動揺させることのできる不思議な威圧感を持っているから、アポロレインボウは彼女の存在感に苦しむことになるだろう。

 メジロドーベルはレース終盤の追い上げ、並びにプレッシャーに定評がある。惜しむらくは、グラスワンダー自身も彼女の威圧感に曝されてしまうだろうことか。

 エアグルーヴもグラスワンダーにとっては厄介な敵だ。彼女は後方への圧が凄まじい。距離延長はメジロドーベルと同じく少し怪しくなるが、それでも油断はできない相手だ。

 マチカネフクキタル。長距離を得意とする彼女だが、有記念の舞台はその末脚を発揮するのに最高の舞台だろう。奇術師の名の通り、予想のつかないフクキタルには注目しておく必要がある。

 

(……タイミングさえ噛み合って、その上でアポロレインボウ対その他全員の雰囲気が出来上がれば。私にも勝機は十分にあります)

 

 有記念は一流のウマ娘が集う年末のグランプリだ。トゥインクル・シリーズに興味が無い一般人でも、ダービーと有記念なら知っているという知名度から窺えるとおり、年末の祭典にはとにかく人が集まる。ライトなファンでさえレース場に押しかけるのだから、逆説的にそこにいるウマ娘は超がつく優駿達というわけで。

 ……つまり、その一流のウマ娘達のマークを一身に受けるであろうアポロレインボウは、かなり苦しいレースになるだろうと言うことが容易に想像できた。

 

 勝ち続けると、すべてのウマ娘が敵になる。その言葉の表す通り、出走表が完成する前だと言うのに、各ウマ娘間では『対アポロレインボウ』の機運が高まりを見せているように思える。

 グラスワンダーは瞬きを忘れ、目の乾燥にさえ気付かないまま、画面の中のアポロレインボウを眺め続ける。口の端から透明な雫が伝い、床に垂れそうになったところで――何とか現実に戻ってきて、人差し指で涎を掬う。

 

 栗毛の怪物は無意識中に『領域(ゾーン)』を練り上げていた。勝利への独占欲が膨らみ、その威圧感が()()の雰囲気を纏っていく。

 瑠璃色の双眸に闘志が宿り、八方に与えられる視線が凶悪な威圧感を孕むのだ。それだけではない。睨まれた者は視界が狭窄し、あまつさえ体力を奪われるかのような感覚に襲われるだろう。

 

 ――“不退転”。グラスワンダーには決して生半可ではない、()()()()退()()が宿っている。

 グラスワンダーは微かにそれを自覚した後、モニターを消して内なる『領域(ゾーン)』を更に練り上げていくのだった。

 

 

 そして後日、トレセン学園の廊下にて――

 グラスワンダーは偶然にも芦毛のウマ娘を見かけ、声をかけることにした。

 

「アポロちゃん、おはようございます〜」

「あ、グラスちゃんおはよ〜!」

「先日のステイヤーズステークス、おめでとうございます。惚れ惚れしてしまうような走りでしたよ?」

「え、いや〜……白目剥いちゃって恥ずかしいな〜、あはは……」

「いえいえ。必死さの表れですから。かっこよかったですよ♪」

「うぇ? そ、そお? でへへ……ありがとグラスちゃん!」

 

 会話の最中、栗毛の少女は胸の中に疼きを覚えた。一旦それを感じ取ると、その疼きは際限なく膨らんでいく。否、疼きではない。それは渇きであり、激烈とした猛りなのだ。

 グラスワンダーは目を細めると、尻尾を振りながら駆けていく芦毛の少女を見送った。

 

 ――いつも冷静にと心がけていますが、抑えきれぬ猛りもあります。でも……本番までは隠しておきますね――

 

 アポロレインボウは気付かない。

 グラスワンダーの笑顔の下に、凄まじい激情が秘められていることを。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。