ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
12月中旬。私はオフの日を利用してとみおと一緒にお出かけに来ていた。
今日は気分転換という大義名分に加え、本屋に行ってトレーニング本を探したいという断れない理由を添えて、仕事漬けのトレーナーを外に連れ出した。
友達がしているというネックレスを真似たり、流行のファッション誌を参考にしたりしてバッチリお洒落をして。とにかく彼に「可愛い」とたくさん言ってもらえるような格好をして臨んだお出かけ。オーバーサイズのセーターを着ていたので足元がちょっと寒かったが、お洒落は我慢という格言の通り寒さをぐっと堪えることにする。
さて、今日の主目的は『本屋でトレーニング本を探す』ことだ。そしてその先の目的というのは、ダブルトリガーさんのような凶悪極まりないトリックを仕掛けてくるウマ娘への対抗策を企てることだった。
ゲーム的に言えば『スタミナ回復スキルのヒントを知りたい』、並びに『スタミナ回復スキルを身につけたい』……と言ったところか。今まではそういった技術を知らずに素のスタミナだけで戦ってきたから、ステイヤーズステークスでいよいよ限界が来たと考えたのである。
スタミナ狂のとみおによって私の体力は想像を絶するレベルまで盛られていたのだが、想定外はライバル達にも言えることだったわけだ。ライバルのスタミナ削りが上手すぎるのである。
ダブルトリガーさんをはじめとして、セイウンスカイ(皐月賞)、スペシャルウィーク(ホープフルステークス)などなど……どうにも、スタミナ削りを得意とするウマ娘が増えているように思える。自惚れじゃないが、
「とみお、これなんてどう?」
「あぁ、それは持ってる」
「へぇぇ……じゃ、この本は?」
「それは持ってない。買っていこうか」
「ウェ〜イ」
「な、何だよ……」
これまでの私達は肉体を鍛えることに重点を置いてきた。しかし、これからは特に技巧を磨いていかねば苦しい時期になるだろう。有り体に言えば私は勝利にあたって大きな邪魔者。そんな私も邪魔者なりの防衛策を考えないといけないわけだ。
こうして本を買った後、私達は美味しいスイーツが売っているらしい小洒落た店に寄り道する。店の中にはプレーンカップケーキ、スイートカップケーキ、ロイヤルビタージュース、あと何故かBBQセットと美味しそうな猫缶などがズラリ。
別に何かを買うために入店したわけではなかったが、私はスイートカップケーキとロイヤルビタージュース辺りがとても気になった。
「ねぇ、とみお……」
「ん?」
「これ買って一緒に食べよ?」
「あぁ、いいね。どれが欲しいの?」
「これとこれとこれ!」
「3つも食べたら太っちゃうよ。せめてどれかひとつに――」
「…………だめぇ?」
私はガラスのショーケースに手を付きながら、(いつ身につけたのか覚えていない)必殺の涙目上目遣いでとみおを眺めた。彼はうっと声を上げたが、すぐに気を取り直して拒否の姿勢を示す。
「そ、そんな顔してもダメだぞ。甘いものの摂りすぎは禁止だ」
「そんなぁ! うるうる……私、明日のトレーニングはいつも以上に頑張るよ? それでもダメ?」
「ぐっ……アポロのやつ、最近になって俺のツボを……」
「とみお〜おねが〜い」
「お、おぉ……でもなぁ」
とみおの袖を引っ張って、猫なで声でアピールしてみると……意外や意外。とみおは冗談交じりのアタックにたじろいでいるではないか。反応の薄い普段の彼とは違って、上目遣いだとか媚びるような声にいちいち反応を見せている。その反応がいつもとは違っていて、どこか恥ずかしそうというか、モジモジしているように思える。まるで想い人の前では素直になれない男の子のようではないか。
ちょっと面白くてからかおうと思ったけど、私はすぐにその意味を深読みし始めてしまった。
…………これって、もしかして――とみおが私のことを本当に意識してくれたってことなんじゃない?
私の恋愛脳がフル回転を始め、とみおの行動の意味を探り始める。しかし、私の恋愛脳は控えめに言ってクソザコで未熟だ。よって、行き着く先はただひとつ。
――『とみおも私のことを好きになってくれたのではないか?』『もしかして両思いってこと?』『やばい』『この反応、絶対私のこと好きじゃん』――という先走りまくり
声も出せないまま、とりあえず今この瞬間の状況を確認する。
若者に人気そうなお菓子屋さんのショーケース前で会話する男女。私はしっかりとおめかししていて、彼も彼で大人の落ち着いた服装をしていて。たまに冗談を言って笑い合ったり、お互いを思いやるように荷物を持ち合ったり、私はもちろん彼だって意識してウマホを触らないし。ずっとお互いの顔を見て笑顔が絶えないような――
――これはもう好き合っているのでは?
と言うか、彼の休日を独占している時点で実質恋人同士なのでは?
迷うとみおを横目に、私はショーケースに両手をつく。ガラスに反射した己の顔は紅潮していて、呆然と口を開いて瞳が潤んでいる。少なくともとみおに見せられる顔ではない。思わず顔を伏せて下唇を軽く
とみおが私のことを好き――かもしれない。
その事実は私の心に大きな揺らぎをもたらす。
ずっと彼を好きだったんだ。この1年半、傍で支えてくれる彼に想いを積もらせてきた。そんな彼と両思いだなんて、まさに天にも昇りそうなほど気分である。
私は背中に大汗を掻きながら、アタックを仕掛けるのはここしかないという気持ちの元とみおの腕に絡みつこうと考えた。レースの時以上に心臓がバクバク鳴り響いて、マジに喉の奥からゲロしそうなくらい焦る。
しかし――致命的な一線を越えることは叶わない。
ここで舞い上がって告白でもしてみろ。彼の優しい視線が冷たくなって、微妙な反応をされてしまうだろう。今の心地良い関係が終わり、上辺だけの空虚な関係になったら……私は死んでしまう。
彼は私のことを大切に想ってくれてはいるだろう。しかし、やはりそれは親愛と家族愛に近いもので。とみおは私のことを好いてくれてはいるけれど、そこに恋愛感情は無いのだ。
でも、私はとみおが好き。大好きだからこそ、この関係を進められない。この陽だまりのような日々を壊したくはない。
「……アポロ?」
「ん? どしたの?」
「いや、ずっと張り付いてるからそんなに欲しいのかな〜って」
「…………」
とみおに声をかけられて、はっとする。私ってば、カップケーキの前で固まってたみたい。店員さんが困ったような嬉しいようなよく分からない笑みで私を見ていた。
「分かったよ。そんな顔で見られたら買わないわけにはいかないよな」
とみおは髪を人差し指で掻くと、私の指定したスイーツ達を注文し始めた。私は勇気が出ない自分に無力感を感じながら、会計を済ませるトレーナーの背中を見つめているのだった。
とみおと一緒にトレーナー室に帰ってくると、私達は早速スイートカップケーキ、ロイヤルビタージュース、いちご大福を机に並べる。スイートカップケーキは見るからに美味しそうで、いちご大福は何故かサイレンススズカの姿が脳裏に浮かぶ。ロイヤルビタージュースは……何なんだろう。
ロイヤルな苦味のあるジュースってことだから、コーヒー系統の苦いジュースなんだろうな。カップケーキと一緒に売られてたのを見るに、甘みと苦味で上手いこと口の中をアレコレする感じだと予想できる。
「おいしそ〜! とみお、写真撮って!」
「はいはい」
いちご大福とスイートカップケーキを両頬に当てるようにして、ウマスタに載せる用の写真を撮ってもらう。上手く笑えるか心配だったが、彼から「いい笑顔だ」と飛んでくるので問題なかったらしい。
彼からウマホを受け取って、私はロイヤルビタージュース単体の写真も取っておいた。ロイヤルビタージュースを持つ手のネイルを見せびらかすようにして、所謂可愛いアピールも欠かさずに。こうすればフォロワーのみんなは可愛いと言ってくれるだろう。とみおは私のオシャレに対して何も言ってくれなかったけど。
……この服、とみおの好みじゃなかったのかなぁ。いつもだったら一言くらい言及してくれるのに、これじゃ頑張った甲斐が無いよ……。
ずきりと胸が痛むのを感じながら、私は2枚の写真に『
「んじゃ、食べよっか。ロイヤルビタージュース持って乾杯しよ?」
「お、おぉ……。なぁ、アポロはロイヤルビタージュースがどんな物か知ってるのか?」
「ふぇ? 何かあるの?」
「……いや、何でもない」
とみおは一瞬迷ったような表情になったが、無言でジュースの容器を持つ。険しい顔なのが妙に突っかかるが、まあいいだろう。
咳払いの後、私はわざとらしく
「私もとみおもステイヤーズステークスお疲れ様! あ〜でも“乾杯”だと“完敗”みたいになっちゃうから、次の有馬記念を見越して、“完勝”って音頭にしよっか!」
「お〜、洒落てるね」
「それじゃあトレーナー、かんぱ〜い!!」
「ブほッ!」
「あ、かんしょ〜う!! ウェ〜イ!!」
私ととみおは慌ただしくコップをぶつけ合う。さすがに照れ隠しの意味もあった。
よし、早速ビタージュースに口をつけてみることにしよう。味はどんなもんかな〜?
「う゛え゛え゛!! なにこれマッズ!!!」
「!?」
「コーヒーみたいなものかと思ったんですけど!! 青汁じゃん!!」
「ほんとに知らなかったのか……」
とみおは頭を抱えながらカップケーキを食べ始めている。トレーナーは「ロイヤルビタージュースは疲労回復の効果がある。味は最悪だけど効き目は保証するから、しっかり飲み切れよ」と地味に鬼畜なことを言いながら例のブツを啜る。直後、面白いくらい深々と眉間に皺を刻むとみお。私は吹き出しながら口直しのためにカップケーキを頬張る。
ロイヤルビタージュースの後だからか、スイートカップケーキがとんでもなく美味しく感じた。しかし……ロイヤルビタージュースの残りは8割以上。絶望でしかない。マジで無理な感じの不味さだから、このままじゃキラキラウマ娘になっちゃうよ……。
「とみお〜……まず〜い……」
「だから言ったのに」
「むり〜」
「ダメ。飲みなさい」
「やだ」
「ステイヤーズステークスの疲れを取るためだ。飲みなさい。どうせ後々飲ませる気でいたし、逃げても無駄だぞ」
「うぅ……」
後味が残ると嫌なので、いちご大福とカップケーキを食べる前に処理してしまうことにする。
……喉の奥から全部戻しちゃいそうなくらいエグみがあってキツい。舌に苦味がこびり付いてくる感じだ。舌が腐る。
「んぅ……とみお、私の舌黒くなってない? 見てみて、れぇ〜」
半分くらい涙目になりながら飲んだところで、とみおに舌の様子を確認してもらうことにする。かき氷を食べた後よろしく、舌に色が乗っていないだろうか。
とみおは妙に強ばった顔で、私の舌をまじまじと眺めてくる。二度三度視線が左右に泳いだかと思えば、私の視線を窺ってからそこを見るのだ。とみおのせいで変なことをしているみたいじゃないか。
自分から出したとはいえじっくり見られると何となく恥ずかしいので、私は舌を引っ込めて頬を膨らませた。
「そんな見ないでよ変態」
「な、何でだよ。アポロが見ろって言ったんだろ」
「で、どうだった?」
「何が?」
「ベロ」
「まあまあ黒くなってたよ。かき氷のシロップがついてるみたいだった」
「やっぱり?」
「…………」
「…………」
「ふっ」
「何で笑うの」
「別に」
「うふふ」
「君も笑ってるじゃないか」
「とみおの口元真っ黒でウケる」
「そっちだってクリームとか色々ついてるんだからな!」
こうして私達は意味もなく笑い合う。
束の間の休息を経て、私達は更なるトレーニングに身を投じるのだ。
有馬記念が迫る平日のトレーニングにて。私は
斜め後ろの方からとみおの厳しい声が飛び、うるせぇよとまでは言っていないが――とにかく悪態をつきながら己を鼓舞し、限界ギリギリまで自分を追い込む。
私にはとある悪癖がある。いや、あったと言うべきか。
それは
私の後続確認は、
後々は
……ここまで『回復スキル』『
だってウマ娘はレース中、ずっと全力疾走か超全力疾走しかしてないんだもん。持久力回復したらガチで永遠に走れることになるし、まあそういうこと。ただ、技術によって走れる距離が伸びればそれは『スタミナ回復』と実質同じなので、面倒なのでひとくくりにしているだけな感じもある。
で、私が実践しようとしている
「アポロ、今だ!」
「!」
――ランニングマシンの速度が緩むと同時、私はとみおに向かって身体を捻る。速度が減衰し、
全身に酸素が行き渡らなくなるから辛くなるのだ。その他にも要因はあるが、とにかく酸素。酸素があれば疲れないという暴論のもとトレーナーは指導してくれている。一応この前買った本の内容を受けての裏付けのある結論ではあるものの、割と雑じゃねってのが感想で――
――思ったより効果あるじゃんって事実にビビるのは、それから5分間くらいぶっ続けで全力疾走できた後の話。