ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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理想は完結まで毎日投稿です。感想と評価がモチベになってます、ありがとう。


8話:最終コーナーの幻影

 ――メイクデビューの事故を無意識に恐れて、第4コーナーで大きく膨らみながら減速してしまう。それがとみおから俺に告げられた弱点だった。何らかの精神的影響によって、特定の運動が出来なくなってしまう――詰まるところ、俺はイップスのような症状にかかってしまったのだ。

 

 怪我やトラウマを恐れて思うような走りが出来なくなった馬の例として挙げられるのは、ナリタブライアンだ。真偽は不明だが、怪我をしてからのブライアンは無意識にブレーキをかけるようになり、全力を出せなくなってしまったらしい。

 

 実際、ブライアンの3歳時は無敵の強さだったと聞く。それが、怪我をして古馬になってからは惨敗続き。マヤノトップガンとの伝説のマッチレースである阪神大賞典も、見方によっては「ブライアンが弱くなったから競り合いが生まれた」とも取れる。

 

 とにかく、俺は致命的な爆弾を抱えてしまった。最終コーナーでの競り合いに弱くなってしまう――というか出来ないとなると、これはレースどころの話ではない。

 

 とみおは何度も俺に謝ってきたが……俺はとみおの謝る姿が見たくて走ってるわけじゃない。喜ぶ姿を見たくて走ってるんだ。

 

 そうと決まれば、俺の行動は早かった。

 

 まず、「これってバッドステータスなんじゃね?」と思った俺は、近所の神社に突撃した。保健室じゃ治せない類の症状なのは分かりきっていたから、小銭を叩いておみくじを引く。すると、育成中に出るとそこそこ嬉しい中吉が飛び出してきた。

 

 うおおおおお、これでバッドステータスが消えたぜ! そう思ってトレセンのコースを走ってみたら、最終コーナーで例の幻覚を見て見事に減速してしまった。

 

「おぉ……もう……」

 

 ……神社でバステ解消作戦、失敗。

 

 次に俺は親友のグリ子を頼ってみようと思った。早速グリ子の暇な日を探して、朝イチから土下座で頼んでみる。

 

「はぁ? 『大外から私を押さえ込んで欲しい』……って、どゆこと??」

「お願いグリ子! はちみー3杯奢るから、私のために時間をちょうだい!! ください!! 何卒!!」

「別に、はちみー奢ってくれるなら全然いいんだけど……何かあったの?」

「……ちょっとね」

 

 俺がグリ子に伝えた内容は、逃げる俺を第4コーナーの大外から差し切りつつ、バ体を俺に合わせてみてほしいというものだ。正直難しい注文だとは思うが……大外に膨らむ癖を矯正しつつ、あのトラウマを乗り切るにはこれしかないと思う。

 

 俺のような逃げウマは、ぴったりとバ体を合わせられると、負けん気が生まれて前に前に行きたがってしまうものだ。そこら辺の性質を利用しつつ、走りたいという本能でトラウマを封殺する! う〜ん、できたらいいなぁ。

 

 何も知らないグリ子にしてみれば意味不明なトレーニングだが、これがきっかけであっさりトラウマが解消されるかもしれないわけだから、試してみる価値は大いにある。

 

 俺達は人がいない時間を見計らってトラックコース内に入った。軽くストレッチをし、ランニングで体を温める。この矯正は質より数で行った方がいいだろう。早速俺達は第2コーナー地点まで歩いてきて、スタートの構えを取った。

 

「それじゃグリ子、最終コーナーでよろしく」

「おっけ〜」

「さっきも言ったけど……危険だと思ったら迷わず回避してね」

「……大外に逸れる癖ができちゃったんだっけ? まぁ、垂れウマ回避は上手いから任せといてよ」

「それを聞いて安心したわ。じゃ、行くよ……よーいドン!」

 

 自分でスタートの合図をかけたこともあって、相変わらずのロケットスタートが決まる。すいすいと前に出て、グリ子と2バ身まで差を広げた。第3コーナーに向かう直線まではベストパフォーマンスができた。では、第3コーナー自体はどうだ?

 

 俺は内ラチに沿って身体を傾ける。速度は緩めない。姿勢を低く保ち、蹄鉄を地面に引っ掛けて、遠心力を推進力に変えるのだ。()()()()()()()()()()()加速するというトンデモ技術――弧線のプロフェッサーと曲線のソムリエを模した俺のスキル。これはとみおとのトレーニングで得た技術だ。

 

 コーナーリングで一切の妥協をせず、後続との差を突き放す。逆に速度を落とした2番手のグリ子との差は5バ身。

 

「……!?」

 

 背後のグリ子が僅かに戸惑っている。恐らく――いや、ほぼ確実に「こいつ最終コーナーがどうとか言ってたけど普通に走れてるじゃん!」って思ってるな。

 

 ……それが違うんだよグリ子。仮に今が圧倒的だとしても、最終コーナーからの俺は本当に弱いんだ。今に分かるさ……。

 

 第3コーナーを抜けて第4コーナーに入る。

 

 ここまではいい。やはり、最終直線に入る寸前のカーブ――俺がジャラジャラに肘打ちを受けてしまった場所に問題が潜んでいるのだ。そこまでは身体も動くし、何の心配もなく走りに集中することができる。とみおとのトレーニングの成果も出ている。

 

 逆に、例のトラウマが俺の身体を縛り付けてしまう理由こそ分からない。それ程までに、俺の身体には痛みが深く刻まれてしまったということか……。

 

 例の違和感は突然やってきた。最終コーナーが終わりかけの時――視界に最終直線が入ってこようかという時に()()は起きる。

 

 突然、俺と内ラチの間を縫って誰かが現れた。ジャラジャラのような髪色をしているウマ娘。明確な悪意を持って彼女は腕を横振りに払い、俺の顔面に向けて叩きつけてきた。

 

 間違いない、これは脳が作り出した幻想だ。だってジャラジャラはこんなことをする子じゃないから。あれは悪意のない事故だったというのに、随分と脳内では脚色されたものである。そんなことは分かっていたが、あの時の激痛がフラッシュバックする。

 

「っ」

 

 俺は顔をぶん殴られたかのように怯んでしまう。スピードが落ち、大外に脚が向かう。ああ、またダメだった――と脚が止まりかける寸前、背後から親友の声が飛んできた。

 

「アポロちゃんっ!!」

「――ッ!」

 

 斜めに大きく膨れた俺の更に大外を通って、グリ子が身体を併せてくる。肩がぶつかりそうなほどに身体が接近し、これ以上身体が大外に行かなくなる。

 

 逆にグリ子の併せウマによって押し戻されるように俺の身体が内側に向かっていき――ど根性が発動した。

 

 メイクデビュー以来、最終直線で行う久々の競り合い。

 

 しかし、一旦落としたスピードを挽回するのは難しく――勝負の軍配はグリ子に上がった。ゴール板を駆け抜けて、その差は半バ身。ゆっくりとスピードを緩めながら、グリ子が俺に話しかけてくる。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

「……アポロちゃん、本当にどうしちゃったの? 最終コーナーまでは全く追いつける気がしなかったのに。この前併走した時はそんな癖なかったよね?」

 

 グリ子は不思議そうに、かつ心配そうに俺の脚を見てくる。一方の俺は、僅かに見えた光明に震えていた。あと一歩、もう少しで解決できる。そんな予感がした。

 

 正直言って、俺自身はあの事故を恐れていない……つもりだ。最終コーナーに差し掛かっても普通に走ろうとしている。どちらかと言うと、この身体自身が恐れているというか――俺が乗り移る前のアポロレインボウちゃんが怖がっているというか。本気で走る際、ひょっこりと顔を出してくる彼女の無意識が、俺の邪魔をしてくるような感覚だ。

 

 確かにぶん殴られるのは怖いけど、全力の走りを中断するほどの脅威じゃないだろ? 俺自身はそう思ってるんだけど、如何せんウマ娘の本能ってやつなのかな……。この辺のことは、ウマ娘の生態が分からん俺からすると未知の領域か。

 

 ……ううむ、ひとりで解決するには限界があるか。

 

「グリ子、もう一回行ける?」

「え? あぁ、うん。無理しちゃダメだよ? アポロちゃん」

「分かってるって――」

 

 グリ子はそう言ったが、今の俺は無理をすべき時だ。こうしてしばらく特殊な併走を行っていたが、最終コーナーの幻影は消えなかった。

 

 

 

 時は流れて、7月中盤。梅雨が終わり、夏がやってくる。朝起きればムシムシした暑さにげんなりし、ミンミンうるさい蝉に辟易とする、そんな季節。

 

 世間一般の学生は夏休みというビッグイベントが迫ってきているだろうが、ウマ娘には――細かく言えばトレセン学生に夏休みはない。そこにあるのはトレーニング漬けの毎日だ。有望なウマ娘はジュニア級でも夏合宿に行って1ヶ月以上トレーニング漬けの日々を送るし、合宿に行かない子達もトレセン学園で汗を流す。

 

 本音を言えば合宿に行きたかったらしいが、とみおは新人トレーナー。金がないため行けないという。経費で落ちる金額にも限度があるし、そこら辺はしょうがない。

 

 チームを設立でもしない限りは合宿を行うことは難しいとか。加えて、余程実績を残したウマ娘じゃないと一人での合宿なんて絶対に無理らしい。環境を変えて練習したいな〜なんて思っていたから、ちょっと残念だ。

 

 まぁ、そんなことよりも……まだ例のトラウマを克服できないことが問題だ。

 

 今まで色々と試してきたけどダメだった。

 目の前ににんじんをぶらさげながら走ったり(にんじんは好きだけどあんまり釣られなくて効果がなかった)――

 何故かとみおと一緒に走ったり(言うまでもなく効果はなかった。とみおが遅すぎて逆に楽しかったけど)。

 

 何回か克服のきっかけを掴みかけた。しかし、そのことごとくが手から零れ落ちていった。結局、精神の異常なんてのは本人の問題なのだ。何か大きなきっかけがあれば、あの幻影は消えるはずなのだが……。

 

「そのきっかけが掴めない、か……」

 

 半袖のシャツを着て、第2ボタンまで開けたとみおが呟いた。仕事用デスクの上で排熱を出しているパソコンが熱いのだろう。未勝利戦での敗北を経てから、とみおはずっとパソコンと睨めっこしている。

 

 あまり良くないことだと知りながらも画面を覗いてみると、そこには俺の身体に関するデータがびっしりと並べられていた。身長、体重、スリーサイズ、脚の筋肉の付き方、両足にかける体重バランス、腕の振り方――彼はこれら全ての変化を追っているらしい。

 

 こうして見ると、アポロレインボウがかなりの成長を示していると分かる。身体の完成度だけで言えば、ジュニア級の重賞ウマ娘に勝るとも劣らない。

 

 これは自慢なのだが、腹筋がうっすら割れた。くびれもできた。世間様に晒しても恥ずかしくないお腹になったのだ。トモは出会った頃よりも2回りほど大きくなったし、腕を振るための筋肉や踏ん張るための背筋もついた。

 

 俺はあんまり知らなかったけど、女の子が腹筋を割れさせるには相当鍛えてないといけないらしい。それがいつの間にか割れていたのは、とみおの指導が死ぬほどスパルタだからなぁ?

 

 そう言えば、グリ子にトレーニング内容を言ったらドン引きされたんだった。俺達が半日でこなしている内容が、通常では3日かけてやっていく内容だったらしい。道理で、最初の方は死ぬほど辛かったわけだ。

 

 最近は慣れて余裕が出てきてるんだけどね、ってガハハ笑いしたら、グリ子に「それ続けてたら死ぬよ」って真顔で言われたのが今も頭に残っている。

 

「…………」

 

 とみおがウマホで記録していた俺のフォームを見ていたので、俺は彼の肩に顎を乗せて「何してるの?」と聞いた。

 

「あ〜、今何やってるかって? 一番初めの頃のフォームと、メイクデビュー戦寸前のフォームと、今のフォームを見比べてるんだ」

 

 とみおがパソコンに目を移し、キーボードを打ち込む。すると、彼の言った3つのフォームの映像が比較されるように映された。

 

「左が最初のフォーム。真ん中がメイクデビュー前のやつで……右が今のフォーム。どうだ、これ見たら最初の方は酷いもんだろ?」

「ほんとだね。きったないフォーム」

 

 ウマホに記録されていた初期のフォームを見ると、よくもまぁこんなフォームで走れてたなってくらいバランスが悪いし、ぎくしゃくしていた。

 

 じゃ、今はどうなのって? そりゃ、トレーナーのお陰で完璧なフォームだよ。ウマ娘には「ピッチ走法」と「大跳び」、「それ以外」の走り方があるんだけど、俺は「ピッチ走法」気味の走り方が合っているらしく、言われるがままそれを身に付けた。

 

「う〜ん……でも、真ん中と右のフォームはあんまり変わらないんだよなぁ。大きく変わってしまうのは、最終コーナーの終わりかけだけだし……」

 

 とみおがぶつぶつと呟いている。

 

 俺は正しいフォーム以外にも、コーナー加速の方法を身に付けたり、スタートに手間取った時のためにバ群の抜け方を学んだり、内ラチいっぱいを走る勇気を得ることができた。その成果が先日のグリ子との特殊併走で出ていたのだが……。

 

 ……そうだな。トレーナーが言うように、後は心の問題だけか。

 

 でも、心の問題は俺が解決するべきだと思うんだ。とみおは俺の身体を究極的に鍛えてくれている。それで充分じゃないか。他人の心の中なんて分からないものだし、とみおは俺の身体に集中してくれればそれでいい。

 

 何もかもに手を出しすぎて、とみおは疲れている。最近休んでいなかったし、お互いリフレッシュのためにお出かけするのも手じゃないか?

 

 そう思った俺は、とみおの背中に抱きついて無理矢理デスクから引き剥がした。

 

「うおっ!? あ、アポロ! いきなり何すんだこの野郎!」

「とみお、いい加減詰めすぎだって! リフレッシュにお出かけでもしようよ! ね〜ね〜いいでしょ〜?」

 

 媚びるような声を出して、とみおの背中に頬擦りする。……こ、これならどうだ? 可愛いよな? お仕事止めてくれるよね?

 マジでとみお最近頑張りすぎなんだよ。隙あらばウマ娘の医学に関する本を読んでるし、たづなさんに聞いたら夜中まで部屋に残ってるらしいし。

 

 俺の声を受けて、とみおの動きが止まる。しばし彼は顎に手を当てた後、俺の拘束を優しく解いた。

 

「……ありがとな、アポロ。うん、ちょっと頑張りすぎてたみたいだ」

 

 とみおは優しく笑って俺の頭を撫でてくる。俺は耳を横に倒して、とみおの撫でられる面積を増やす。彼のごわごわした手が頭の上を滑ると、何だかくすぐったかった。

 

「うへへぇ」

 

 変な声が出てしまったが、お出かけはどこに行こう? 神社はこの前行ったし、商店街にでもデートしに行くか!

 

「とみお、商店街に行こうよ! パフェとか食べたい!」

「おう、いいぜ」

 

 そう言うと、とみおは財布を持って立ち上がった。そのまま勢いよくトレーナー室から出ていこうとしたので慌てて引き止める。

 

「ちょ、とみお! 待って待って!」

「ん? どうした?」

「ボタン外れてるよ」

 

 俺はちょっと背伸びして、とみおのボタンに手をかける。ぷちぷちと第2・第1ボタンを付けて、終わりを告げるように彼の胸板を叩いた。

 もう、俺がいないとだらしないなぁとみおは。

 

「ほら、行くよトレーナー!」

「お、おう……」

 

 とみおは少しの間ぽかんとした後、俺の後に続いてトレーナー室を後にした。

 

 

 雑談をしながら河原を歩き、商店街に着いた俺達は、早速名物のパフェを食べることにした。

 

「ほら、とみお! パフェが来たよパフェが!」

「お、お〜……デカすぎんだろコレ……」

 

 ドン引きするくらいデカいパフェ。俺の顔より高くそびえ立つフルーティなパフェだ。……ん? そんなに俺の方を見てどうしたんだとみお。ははーん、俺のパフェが欲しいんだな? とんだ欲張りさんだなぁ。

 

「もう。そんなに欲しかったらひと口食べる?」

 

 俺はスプーンでパフェを掬って、一番美味いところを彼の前に差し出す。とみおは瞠目して俺とパフェを交互に見た。

 

「……あ、アポロはそういうの気にしないの? 俺みたいな男が口つけるの、嫌じゃないのか?」

「え? 何が?」

「…………。あ〜、じゃあ、貰おうかな……」

「うん。ほら口開けて? あ〜ん!」

 

 微妙そうな表情をしたまま、とみおは大きく口を開けてスプーンを口に含んだ。俺がスプーンをゆっくり引き抜くと、妙に赤い顔をしたまま彼はパフェを咀嚼していた。どこか焦っているように見えるが、アレルギーでもあったのだろうか? いや、それなら先に言うよな……。

 

「その辺りがめちゃくちゃ美味しいんだよね。とみおもそう思わない?」

「お、おう……美味しいよ」

「……?」

 

 

 その後も俺達は楽しく商店街を回った。俺の私服を買ったり、とみおのコーディネートを見繕ってあげたり、小物を買ったり……。

 

 いつの間にか日は落ちていて、夕焼けも終わりかけだ。

 ベンチに座って、俺達はしばらくの間ぼーっとしていた。

 

「……今日は楽しかったよ、トレーナー」

「おう。それなら良かった」

「リフレッシュできた?」

「……あぁ、大分楽になった。ウマ娘に心配されちまうなんて、トレーナー失格だな」

「それは違うって! トレーナーが私のために凄く頑張ってくれてるの、よく知ってるもん」

 

 マックイーンとそのトレーナーは、『人バ一体』というスローガンを掲げている。トレーナーとウマ娘が一体となり、2人で1つになったかのように連携することの意である。

 

 そのスローガンには、どちらの立場が上だとか下だとか……そういう意味は含まれていない。互いのために努力するパートナーを支え合い、目標に向かって歩み続けるという純粋な関係があるだけだ。

 

 俺は――それになりたい。トレーナーと肩を並べ、共に歩みたい。共に高みを目指したい。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

 ゆったりとした黄昏を過ごしながら、俺は彼の瞳を見た。

 

「私を8月の未勝利戦に出して」

「……! アポロ、それは――」

「分かってる。でも、今は無茶を通してでも限界を超えるしかない……そんな時なんだと思う」

 

 この精神的な問題を解決するきっかけは自分から掴むべきだ。何故だかは分からないが、そう確信していた。

 

 これまでのトレーニングで掴めなかったのなら、実戦の中で探し出すしかない。このまま永久に平行線でいるより、荒波に揉まれて全部ぶち壊すくらいの勢いじゃないと、スペちゃん達には絶対に勝てない。

 

 荒療治。ウマ娘達の全力に触れて、あの甘えた幻影を吹き飛ばすのだ。本番のレースでしか感じられないことだってあるはずだ。

 

「……お願い、トレーナー。私、絶対に勝つから」

 

 俺はゆっくりと頭を下げた。とみおは俺の気持ちに感じ入ったかのように表情を変えると、その願いを受け入れてくれた。

 

「――分かった」

 

 彼は頭を抱えて、己の髪の毛をぐしゃりと握り締める。

 

「……アポロ。俺は酷いトレーナーだ。ベストコンディションにない担当ウマ娘をレースに出そうだなんて……トレーナー失格って言われてもおかしくないよ」

「そう? とみおは私のことを鍛えてくれる有能トレーナーだと思うけど」

「…………」

「……無茶言ってごめんね。でも、ありがと」

 

 もし次の未勝利戦に負ければ、俺ではなくトレーナーが学園側から何らかの罰を受けることになるだろう。精神的な問題を抱えたウマ娘を出走させるなど、本来言語道断なことだからだ。

 

 だからこそ、俺はこの状況に自分を追い込んだ。悪いことだとは思う。しかし、追い詰められたトレーナーの立場さえも利用して、絶対に勝たなければならない状況を作る。そして、結果を出さなければならない状況を利用し、限界を超えた力を引き出す。そうでもしないと、俺の傷は治らない。

 

 心の奥底に、真っ赤な炎が宿る。

 ここまで頼み込めば、トレーナーは8月の未勝利戦に俺を出走させてくれるだろう。後戻りできないところまで俺はやってきた。

 

 ともすれば――ウマ娘の俺は、全力で走るだけ。

 

 俺は忘れていない。

 敗北によって流れた彼の涙を。

 

 もう二度と、涙は流させない。

 次に流れるのは、歓喜の涙だ。




次回、2度目の未勝利戦に挑む。
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