ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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ユメヲカケル!シニア級!
81話:担当ウマ娘の実家にお邪魔しよう!その1


 アポロレインボウはG1ウマ娘である。そもそもオープンクラスになるだけでも快挙――ウマ娘全体の中でもトップ層と誇っていい――なのに、G1を3勝したのだから、その実力は言うまでもない。

 菊花賞、ステイヤーズステークス、有記念の走りっぷりから歴代屈指のステイヤーとも評され、URAから販売されている『ぱかプチ』等グッズの売上も凄まじい。まさに人気・成績ともに今をときめくウマ娘である。

 

 そんなアポロレインボウの人気を、桃沢とみおは嫌というほど理解していた。

 まず、アポロレインボウはものすごく可愛い。美形が多いウマ娘の中でも特に、である。担当ウマ娘という色眼鏡を差し引いても目が眩むような美少女だ。ピンクがかった芦毛、小顔、肌が白くて綺麗、本人の美意識が高い、私服がオシャレ、勝負服の造形、レースで見せる気迫溢れる姿のギャップ――とにかく色々なビジュアル的要素が噛み合って、男性にも女性にも多くのファンがいる。

 中にはトレセン学園に通うウマ娘の中にも隠れファンがいるというくらい、ある意味大物のウマ娘なのだ。しかもG1を勝つほど強い上に、昨今珍しい大逃げ脚質のウマ娘であるとなったら――人気はストップ高である。

 

 ――それなのに。本人はその自覚もへったくれもない。トレーニングと友達と家族と桃沢とみお以外には見向きもしないのだ。名声も周囲の評価もそこまで気にしない彼女の姿勢はトレーナー的にも助かっているが、桃沢個人としては非常に困っている。

 ――アポロレインボウの甘え癖。ダダ漏れの好意と、そこから来る近すぎる距離が桃沢を悩ませているようだった。

 

 

 年末。桃沢とみおはアポロレインボウの実家に赴くため、彼女と共に旅路についていた。彼女の実家は遠い田舎にあるので、空港から飛行機に乗り、そこから更に電車を乗り継いでいかなければならない。

 そのため、桃沢とみおはアポロレインボウと共に空港にやって来ていたのだが……。飛行機に乗り込む際、怪我の影響で片目の見えないアポロレインボウが転倒しかけた。

 

「わわっ」

「あぶな――っ」

 

 段差につま先を引っかけ、たたらを踏むアポロレインボウ。咄嗟に抱き留める。ふわり、ほのかに甘い香りが漂って、少し遅れて冷や汗が背中を濡らした。

 

 ウマ娘の身体はまさに資本だ。G1を勝つようなウマ娘の身体なんて言うまでもなく、何者にも代え難い価値を持つ。嫌な話になるが、人気のG1ウマ娘が怪我をすれば、それによって生まれる経済的損失は計り知れない。

 そんなウマ娘の脚がトレーナーの不注意で――しかも片目の怪我をしているという警戒の中で――骨折しちゃいました、なんてことになったら間違いなく首が飛ぶ。それ以上に、彼女が怪我をする姿など絶対に見たくないというのもあるが。

 

「……大丈夫か?」

「う、うん……何ともない」

 

 桃沢の腕の中で尻尾を振るアポロ。トレーナーの心配を知らず、芦毛の少女は彼の温もりに身を委ねてぼーっとしている。通行人の目があったので隅の方に移動しながら、桃沢はアポロの肩を数回叩いた。

 もし判断が一瞬でも遅れたら――()()()()いっていたかもしれない。驚くような()()出来事でも骨折は起こり得るものだ。転倒する、勢いよく手を()()、どこかにぶつける、エトセトラ……。とにかくもっと気を引き締めて、これ以上怪我のないようにアポロレインボウを監視していなければ。

 

 桃沢は生唾を飲み込み、ごめんと一言謝った。その上で、君にも注意して過ごしてほしいと優しく告げた。周囲の人間がどれだけ気を払っていようと、本人が用心しないことには効果が見込めない。

 そもそも菊花賞やステイヤーズステークス、有記念は怪我の危険性と隣り合わせだった。目の怪我だけで済んだのは明らかに運がいい。桃沢とてアポロレインボウの死力を尽くすかのような走りは恐ろしくて堪らないのである。既に実績は一流なのだから、後は致命的な怪我なく現役を終えられればいい。言うまでもなく勝利はしたいが、設けられた最低ラインは怪我なく残りの現役生活を終えることだ。

 

「君が怪我したら、俺が悲しいだけじゃなく……親御さんも悲しむ。ファンの人も悲しむだろう。君の身体はもう、君だけのものじゃないんだよ」

 

 桃沢はそう念押しして飛行機に乗り込もうとする。その時、アポロレインボウが小さな手を差し出した。意図することは明らかだ。「また躓かないように手を握っていてほしい」という言い訳じみた体裁を整えて桃沢に甘えようとするのだろう。

 ……桃沢自身も(さすがにここまで来ると)アポロレインボウの甘え癖は自分のせいでもあるのではないかと勘付き始めたのだが、彼女の怪我は本当に恐ろしかったので素直に手を取った。

 

 からかい半分だったのか、手を握った途端少女の身体が強ばる。桃沢は努めて反応しないようにしながら、指定席まで彼女を移動させる。普段から口数の多いアポロレインボウはずっと目を伏せていた。大きな耳は垂れていて、尻尾は桃沢の脚に巻きついていて、彼女がどう思っているかは言うまでもない。

 座る際に尻尾を押し潰しては大変なので、繋いだ手と逆の手でそっと芦毛を解く。こうして桃沢が腰を据えたのを見てアポロも席に座った。

 

「……アポロ、手はもういいんじゃないか」

「どうせ飛行機から降りたら、また繋ぐことになるじゃん」

「……まあ、そうだけど」

 

 むしろ移動中よりも手を握る力は強い。さっきはあんなに強ばっていたのに、桃沢の手のひらを指先で(くすぐ)る余裕さえあるではないか。何なんだこのウマ娘は、と手を振り解こうとしたが、逆にアポロレインボウは彼の手を五指で絡み取った。所謂恋人繋ぎのような形になる。

 強引に引き剥がそうとしてもウマ娘には敵わないし、何よりアポロが拗ねてしまいそうだ。桃沢は呆れ半分で彼女を眺めた。

 

「…………」

「あれ、くすぐったいの苦手だった?」

「……もう好きにしてくれ」

「やだもう、拗ねないでよ」

「拗ねるというか、何と言うか……まあ気にしないから好きにしてて」

「……むぅ」

 

 気にしないから、という言葉に憤りを覚えたのか、アポロはぷくっと頬を膨らませる。不満を表すように桃沢の指を弄り始めて、大袈裟に溜め息まで吐く始末。この行動を見せつけられてなお彼女の好意に気づくなという方が無理な話だ。もちろん桃沢としては『年頃のウマ娘の平均的な()()()()だから勘違いするな』という選択肢を残しているが……。

 ふと、派手なネイルの爪が目に入る。このまま会話がないとアポロの好き勝手にされてしまうかもしれなかったから、桃沢はとりあえず彼女のネイルを褒めることにした。

 

「そのネイル綺麗だな」

「え、やば! これの良さ分かるの?」

「この前お出かけした時に買ったやつだよな、散々迷ってたやつだから覚えてた」

 

 アポロは重ねた手をひっくり返して、桃沢に爪を見せつける。ウマ娘にとって爪は重要な器官だ。手の爪は何とも言えないが、足の爪が弱いとスパートの際に強く踏み込めなくなるなどの弊害が起きやすい。幸いアポロレインボウの爪は健康そのもので、先天的に爪が弱いだとか、トレーニング中・或いはレース後に爪を割っただとか、そういう心配事は一切無かった。

 むしろ、美意識の高さ故に彼女の爪は完璧に切り揃えられていて。桃沢が感心するくらいには爪の長さが整っている。爪まで死角なしというのだから、アポロレインボウの身体の頑丈さが窺える。……まぁ、これでもギリギリ踏みとどまってきたに過ぎないから、逆に彼女の出力の高さが恐ろしい。

 

「とみおもネイルしてみる?」

「じ、冗談はやめてくれ……」

「え〜可愛いと思うんだけどなぁ」

「君の親御さんに会わないといけないからさ、試すとしたらまた別の機会に頼むよ」

「は〜い」

 

 いつも通りの会話を繰り広げる中、遂に飛行機が動き出す。2人を乗せた箱舟は、遥か遠い故郷へと飛び立っていくのだった。

 

 

 飛行機を降りれば電車の小旅行が始まる。空港からキャリーケースを引きずりながらしばらく歩き、バスに乗る。既に人の気配が閑散としてきており、12月末という季節のせいもあって積雪量が多い。まさに田舎の原風景というような光景が広がっていた。

 

「アポロの家、マジで遠い所にあるんだな」

「ん、まあね」

「こんな雪が積もってるの初めて見たよ」

「ほんと?」

「うん」

「もしかして、雪遊びとかしたことない感じ?」

「無いな」

「かまくらとか雪だるまも作ったことないの?」

「まあな」

「……そんな人いるんだ」

「その言い草はないだろ」

「暇があったら一緒に雪遊びしよ!」

「……その体力と時間があればな」

 

 バスに揺られた後は、寂びた田舎駅まで歩くことになる。地面には水溜まりでぐちゃぐちゃになった雪が積もっていたので、割と普通に滑りやすかった。桃沢は雪国用の靴を履いてきてよかったと思いながら、アポロの足元を見る。まさかハイヒールじゃないだろうなと要らぬ心配をしたが、モフモフのブーツを履いていたのである程度は安心であった。しかし、片目しか見えないアポロレインボウが転倒する恐れは高い。桃沢は荷物を持っていない方の手で、担当ウマ娘の手をしかと握り締めた。

 

 駅にやっと到着すると、1時間に1本来るかどうかの電車を待つ。アポロと桃沢は寒さのせいで言葉数が少なくなっていたが、ずっと手を繋いだままホームのベンチで座っていた。

 どちらのモノとも分からぬ汗が滲む。吐く息は白い(もや)になっているというのに、繋がれた手は温かい。長い時間握り合っていたせいで、もはや一体化しているかのようだ。

 

 アポロレインボウは、クリスマスプレゼントとして貰ったマフラーに鼻先を埋めていた。何となく目が合うと、彼女はにへへとだらしなく笑った。桃沢も釣られて笑う。彼女の握る手に力が篭もる。桃沢はただそれを享受し、傍観を貫いた。

 桃沢とみおの感情が揺れ動くことはない。彼女を大切に思うことこそあれど、それ以上の感情は生まれない。甘え癖には困ったものだという反応こそするが、しかしそれを止めさせるようなこともしない。

 

 トレーナーは誰よりも近くで彼女の成長と逆境を見守ってきた。ある時は全てが敵になったレースを、またある時は破滅スレスレに陥ったレースを乗り越えてきた。桃沢とみおとアポロレインボウは、もはや心の繋がりだけで互いを認識できるような――トレーナーとウマ娘という普遍的な関係を超えた強い絆で結ばれていた。

 だから桃沢とみおの感情は揺れ動かない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アポロレインボウも、桃沢とみおも、お互いが隣にいることが当たり前だと思っている。その思いの強弱はあるが、2人の雰囲気が作り出す空間はもはや長年連れ添った夫婦のそれである。

 人はそれを愛と呼ぶ。恋ではなく、そこには深い愛があった。

 

 白い息を吹きながら、桃沢はアポロに対して軽口を叩く。

 

「……何となく思ったんだけどさ」

「……なに」

「こう、キャリーケースを傍らに駅のホームで佇むアポロがさ、すごい絵になるなって」

「……写真撮る?」

「いいね」

「眼帯写んないように上手く撮ってね」

「りょ」

「うわ、若者言葉きも〜」

「ごめんって」

「後で2人の写真撮ろ」

「わかった」

 

 2人だけのホームでしばらく撮影会を行った後、三両編成の古ぼけた電車に乗り込む。都市圏の地下鉄と違って、椅子が進行方向を向いて立ち並ぶタイプの電車だ。進行方向に対して横向きの座席は少ない。そして何より地下鉄と違うのは、人がいないことか。

 

「貸切状態じゃん!」

「都市圏の地下鉄じゃ有り得ないね……」

「吊り革使って懸垂トレーニングしようかな」

「やめてね?」

「冗談だっての」

 

 桃沢とアポロレインボウは適当な席に腰掛けると、窓の外の風景を眺めながらゆっくりと流れる時間を過ごした。少女がカバンから取り出したおやつを頬張って、「ん」という声と共に桃沢の口におやつを放り込む。桃沢も上手いタイミングで口を開き、息はピッタリだ。

 

「ちょっとメール確認するから、手……離してくれる?」

「しゃーなし」

 

 今までずっと重ねていた手を離すと、むしろ桃沢の方が名残惜しさに包まれた。重要なメールを見逃したらたづなさんに怒られるぞ――と自らを叱咤し、彼はノートパソコンを開く。アポロは久々に帰ってきた故郷の風景を見つめながら、先程撮影した写真をウマスタに上げていた。

 

 メールチェックが終わると同時、周囲が暗くなる。トンネルに入ったようだ。丁度パソコンを閉じたから、明かりはほとんどない。すぐに目が慣れて、更に天井に取り付けられた照明によって電車内が明るくなる。

 

「このトンネルを抜けたら到着だよ」

「結構長いトンネルだな」

 

 車輪を伝わってくる揺れが座席を振動させ、2人の肩を小刻みに衝突させる。桃沢はふと、華奢な身体だな、と思った。成人男性が不意を突いて背中を押せばあっさり転倒してしまうような、羽根のように軽い身体。……よくもまあ、ジュニア級の超絶スパルタで怪我をしなかったものだと思う。

 しかし、これからの1年はもっと大変になる。春先はドバイに、春の天皇賞を終えればヨーロッパを中心に海外遠征をする予定でいるからだ。

 

 怪我なく1年を終えることは、レースで勝ち負けをすること以上に大切だと言えるだろう。有記念を経て分かったが、特に彼女の家族は――もちろんアポロ以外の保護者にも言えるだろうが――娘の怪我を恐れている。桃沢だってもちろん彼女の怪我は怖いが、競走者とトレーナーの夫婦であるアポロの両親は、我が子が怪我をすることに相当敏感だ。

 欧州の芝が致命的に合わない、慣れない環境で調子が上がらない――というような状況に陥ったら、彼女の身体を第一に考えてローテーションを考え直すつもりである。そういう予定を話し合いたいがために彼女の実家を訪れたと言ってもいい。

 

 トンネルを抜けると、白く染まった田舎町が顔を覗かせる。電車が速度を落とし始め、少し姿勢が前傾する。桃沢は完全静止を待たずして立ち上がった。

 

「じゃ、荷物持って出よっか」

「わわ、切符どこやったっけ!」

「ポケット」

「あ!」

「ほら行くよ」

「は〜い!」

 

 キャリーケースを持って2人は駅に降り立つ。誰も乗り降りしていないのか、薄らと積もった白い雪がホームに広げられている。2人は再び手を繋ぎ、歩幅の揃った足跡を刻みながら、駅の外で待っているというアポロレインボウの両親に会いに行った。


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