ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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82話:担当ウマ娘の実家にお邪魔しよう!その2

 寂れた田舎駅を出ると、1台の自動車が止まっていた。桃沢には普通の車に見えたが、どうやらアポロレインボウにとってはひと目でわかる家族の車だったらしく……慌てたように桃沢の手を離し、車に向かって大きく手を振っていた。

 照れ隠しなのだろうが、手を離してしまうと転倒の危機がある。咄嗟に身体の後ろに手を回し、恐る恐る彼女の横顔を覗き見た。アポロレインボウもそれを分かっているのか、その場を動こうとせず惨事には至らなかった。

 

 ただでさえ人のいない駅前広場にいる2人組は嫌でも目立つ。アポロレインボウの芦毛も相まって、軽自動車に乗っていたアポロの両親はすぐに彼女達の存在に気がついた。

 軽自動車がバックしながら接近してきて、助手席側の窓から母の顔が覗く。やはりアポロの顔とそっくり――というか、普通に姉に見えるレベルだ。桃沢はアポロの両親に会釈して、自動で開いたバックドアの中に荷物を詰め込み始めた。

 

「おかえりアポロ、外は寒いし早く車に乗っちゃいなさい」

「は〜い」

「寒い中わざわざありがとうございます」

 

 桃沢は恐縮しながら車に乗り込む。知り合いの親が運転する車に乗るのは、いつになっても何とも言えない気まずさがあるなぁと思いながら、彼は楽しそうに話すアポロレインボウ一家を眺めていた。

 しばらくすると、己の格好に失礼がないか不安が湧いてくる。一応、ロングコートの下にはジャケパンが隠れているから、最低限の礼節は守れているはずだが……やはりオフとはいえスーツが良かっただろうか。

 

(……お土産は空港で買った蹄鉄のクッキーだけど……満足してくれるだろうか? 結構高級なやつだし、何とかなるかな……?)

 

 疑問に頭を悩ませているうちにアポロレインボウの実家が近づいてくる。そのままとんとん拍子に彼女の家に通された桃沢は、もてなしを受けながら早速彼女の両親と腰を据えた話を始める。アポロレインボウが自分の部屋で寛いでいる間に、レースで獲得した賞金の管理や怪我の具合と経過についての説明をした。

 もちろんこれらの話は形式的なものだ。アポロレインボウの両親がお金をどうこうする人だとは思っていないし、怪我の具合も逐一報告していた。今一度確認のために話しただけで、本題はここからだ。

 

「それで、娘さんの来年の予定なのですが――」

 

 アポロレインボウの夢は『最強のステイヤーになる』こと。そして桃沢のトレーナーとしての夢は、『最強のステイヤーを育てる』こと。2人の夢が合致した結果、自ずとシニア級の目標はヨーロッパになる。もっと詳しく言えば、ステイヤーとしての最高の名誉であるヨーロッパの4000m級G1及び『ステイヤーズミリオン』対象レースを勝利することが目標として最適だろう。

 ヨーロッパに設置されたステイヤーの祭典『ステイヤーズミリオン』を目指して海外遠征する。それがシニア級の大観であった。

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズは、『イギリス』『アイルランド』『フランス』『ドイツ』が中心となって展開している。多国籍のウマ娘が入り交じるとなれば、当然そのレベルは上がるだろう。

 また、ヨーロッパの芝に適応することは向こうで走るための必須条件だ。クラシック級とは違ったトレーニングをした上で、肉体をこれまで以上に強化していく必要がある。

 

 何より、アポロレインボウが制した有記念は特殊すぎた。あれだけしつこいマークをしてもアポロレインボウが止まらなかったのだから、これからのレースは彼女への対策をする――と言うより、アポロレインボウに対抗できるような強い身体作りをするウマ娘が増えていくはずだ。

 つまり、敵の脚を引っ張る戦法ではなく、自らのフィジカルを鍛えてライバルのレベルに近づこうとしてくるだろう――ということ。

 

 要点を掻い摘んで話すと、海外遠征とトレーニング内容の変化と強化に許可してもらうことが必要となる。果たして良い返事を貰えるかどうか……。

 ――と、思っていたのだが。アポロの両親の返事は快い肯定だった。

 

「あら、いいじゃないですか」

「アポロと桃沢さんが良いと思うなら、私達は背中を押すだけです」

「そんなあっさり……よろしいのですか。私は若駒ステークスの前や有記念で、彼女に怪我をさせてしまったんですよ」

 

 桃沢の疑問にアポロレインボウの母親は微笑む。

 

「ウマ娘は大なり小なり怪我をするものです。勝つために限界まで肉体を鍛え抜くのはトレーナーとして当然のことでしょう? 若駒ステークスは出走を取り止める好判断を下してくれましたし、有記念の怪我は不慮の事故としか言いようがありませんし……桃沢さんは本当に良くやってくれていますよ」

「…………」

「トレーナーは本当に怪我に気を遣ってくれていると――うちのアポロがよく電話してくれるんです。娘も桃沢さんが頑張ってくれていることは分かっていると思いますよ。どうか志を曲げず、うちの娘と共に歩んでいってください」

「――ありがとうございます」

 

 桃沢は咄嗟に頭を下げる。アポロレインボウの真っ直ぐな性格を育んだのは、間違いなく彼女の家族のおかげだと思った。

「ところで桃沢さん、初めての担当ウマ娘がアポロだと聞いたのですが」アポロレインボウの父親が問いかけてくる。桃沢は「はい、そうですが……」と返した。彼の返事に2人は顔を見合わせ、何かを察したような表情になる。自分達の出会いとほとんど同じ境遇だったからである。父親は咄嗟に咳払いし、適当な話題を投げかけてみることにした。

 

「……いえ、お若いのに素晴らしい腕をお持ちだな、と」

「サブトレーナー時代にメジロマックイーンに関わっていまして、そこで培ったノウハウが生きている形ですね」

「メジロマックイーンの! なるほど、道理で……」

「そこまで大層なことはしていませんよ。娘さん自身の才能、レースに対する真摯な姿勢、何より絶対に諦めない強い心が彼女を強くしたんです。私は本当に手助けをしただけと言いますか……」

 

 桃沢は本心から「アポロレインボウは元々強かった」と思っている。向上心があり、根が真面目で、無尽蔵のスタミナを備えていて。無茶なトレーニングについてくる根性があって、しかも身体が丈夫となれば――誰が担当してもある程度の成績を収められただろう。彼はそう口走った。

 しかし、父親がその発言に待ったをかける。

 

「桃沢さん。その発言には謙遜が含まれているとは思いますが……それは違います。他でもないあなただったから、うちの娘はここまで大きくなったのです」

「…………」

「ウマ娘とヒトが育んだ絆は、時に科学では説明できないくらいの力を引き出すことがあるんです。例えばホラ……菊花賞の時なんて、まさにそうだったでしょう?」

 

 にこやかな笑みをたたえながら、割と踏み込んだことを言うアポロレインボウの父親。桃沢はドキッとしながら彼の言葉に耳を傾けた。

 

「……私の娘はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、入学した途端()()()()()()()()()()()()()()()()()……きっと、あなたに出会ってから娘は変わったんでしょうね。誰でもないあなたが、うちの娘を強くしてくれたんです」

 

 アポロレインボウの父親は語気を強める。桃沢がトレーナーとして優れていると見込んだ上で、父親はシニア級の行く末を桃沢に任せることにした。

 

「……シニア級の予定は分かりました。父親として、トレーナーとして、ひとりのファンとして――うちのアポロを頼んでもよろしいでしょうか」

 

 来年のヨーロッパに向けて愛娘を厳しく育ててやってほしい、勝利はもちろん敗北でさえアポロを大きくする糧になる。だから、どれだけ苦しく辛い道のりになっても、夢に向かって共に歩んでいってほしい――そう言って、アポロレインボウの父親は深々と頭を下げた。

 桃沢の心に煮え滾る炎が宿り、目頭を熱くする。彼は二つ返事で「任せてください」と返した。

 

 腰の据えた話が終わると、話の内容が雑談めいたものになってくる。軽くなった雰囲気を察したアポロレインボウが居間にやってきて、4人入り乱れての世間話が展開される。

 しかし、大人が3人、子供が1人となれば、必然的に話題の内容は大人好みなものになっていくものだ。噛み合わないなぁと思ったのか、しばらくするとアポロレインボウはウマスタやネットサーフィンを始めてしまった。

 

 そして、実家に帰ってきてから数時間後。窓の外が暗くなってきたのを見て、桃沢はロングコートを着て荷物を纏め始めた。

 

「今日はありがとうございました。そろそろ良い時間なので、私はここら辺で……」

 

 ――などと、撤収のセリフを口ずさむ桃沢。てっきり家に泊まるものだと思っていたので、アポロレインボウは結構驚いた様子である。

 

「とみお、うちに泊まらないの?」

「さすがにそこまでの迷惑はかけられないよ……」

「え〜」

 

 口を尖らせるアポロに対して、桃沢は「いやいや」という風に大きく手を振った。よく考えてみて欲しいのだが、教え子の実家に泊めてもらうなんて相当難易度が高いことだ。年末に教え子の実家に泊まるなんて非常識なことはちょっとできない。

 アポロはそれが分からないのか、驚愕と失望を露わにしてムスッとしている。桃沢の周りを旋回しながら、「どこに泊まるの?」「すぐに会える?」と質問攻めの構えだ。苦笑いしながらひとつひとつの質問に答えていく。

 

「ここの近くのホテルを取ったから。メッセージくれたらすぐに会えるよ」

「なぁんだ、良かった〜。正月は商店街でくじ引きやってるからさ、初詣も兼ねて一緒に行こ?」

「考えとくよ。……そういうわけで、本日は大変ありがとうございました。アポロはこれからのことについて、ご両親としっかり話し合っておくんだぞ」

「桃沢さん、ぜひまたお越しください」

「またね!」

 

 アポロレインボウの両親は、桃沢を見送るために玄関先まで荷物運びを手伝った。桃沢が望むのなら家に泊めることも(やぶさ)かではなかったのだが、無理に引き止める訳にもいかない。

 こうしてホテルのチェックインのため、桃沢は3人に見送られてアポロの実家からホテルへと移動していった。タクシーに乗って消えていく彼を見送った後、アポロレインボウの両親は生暖かい視線を娘に向ける。

 

「アポロ、桃沢さんとは上手くいってるのか」

「あんな良い男、ほっといたらすぐに取られちゃうわよ」

「え、え? ……な、何のことぉ?」

 

 しかし、当のアポロレインボウは口笛を吹きながらすっとぼけて、両親からの質問を掻い潜って自室に逃げ帰ってしまうのだった。


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