ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
――いや、まだワンチャン私の勘違いな可能性が残ってるから。
先日とみおからかけられた言葉を忘れられず、布団の中で身悶える日々を過ごした私は、ギリギリのところで踏み留まっていた。
アポロレインボウはもう俺の永遠だよ――みたいな言葉を言われたわけだけど。いやいや、直接的な言葉を貰ったわけじゃないし。場合によってはとてつもない勘違いをぶちかましている可能性が無きにしも
結局のところ、私達の関係は変わったようで変わっていない……と思う。微妙な気持ちの変化はあったかもしれないけど、スイッチで切り替えるみたいに精神状態が変容したわけじゃない。まあ、一歩進んだ気はするけど。
眼帯も取れるくらい怪我から回復したある日、通りかかった商店街で福引キャンペーンが行われていた。壮年の男性が大きな声を張り上げて客引きを行っており、正月ということもあってかなりの賑わいがある。
「新春の福引キャンペーン中だよ! そこのお若いカップル、福引券を持ってたら引けるよ! 特賞は温泉旅行券ペアチケット、1等賞は特上にんじんハンバーグ、2等賞はにんじん山盛り、3等賞はにんじん1本、参加賞はティッシュ! どうだい、引いてかないかい?」
「とみお、福引きだって」
「こういうのって当たったことないや」
「まぁ……そういうものだけど、実はお母さんに福引券貰ってるんだ。1回分しかないけど、せっかくなら引いとこうよ」
私達は客引きのおっちゃんに声をかけてから、
2人で取っ手を握り、息を合わせて抽選機を回転させる。ガラガラという木材と小玉の弾ける音が響いて、微かな振動と共に丸い口から着色された玉が転がり出てくる。その結果は――
「おめでとうございま〜す!! 特賞の温泉旅行券が当たりました!!」
抽選機の傍に置かれていたベルがチリンチリンと鳴らされ、おっちゃんの後ろに控えていたスタッフが慌ただしく店舗の奥に引っ込んでいく。そして戻ってきた彼らが持ってきた薄い小包を渡されると同時、あちこちからクラッカーの破裂音が響き渡った。
「え、ウソ……これ現実? URAが仕組んだドッキリ企画なんじゃ……」
周りにいた従業員と一般人の拍手に包まれる中、私達は呆然としていた。
ふらっと寄った商店街。偶然手元にあった1枚の福引券を使ってガラガラを回しただけで、何故か温泉旅行のペアチケットが貰えてしまった。こんなことがあっていいのだろうか。私達は喜びよりも驚きを強く感じたまま、その場から離れていった。中身の温泉旅行券が本物かどうかを確かめながら帰路を歩く。
「とみお、中身ちゃんと入ってるよね?」
「あぁ、入ってる」
「ちゃんと本物だよね? 上手い話の裏には何かあるとか無いよね?」
「……この券、本物みたいだ。有名な温泉宿の名前が書いてあるし、チケットを発行している会社もマジモンだし」
「マジで運が良かっただけってこと?」
「そうなるな」
「ひえ〜……当たっちゃったんだぁ……温泉旅行券」
「嬉しいには嬉しいが……行く時間あるかな?」
「せっかく当たったんだし作るっきゃないでしょ」
「……ま、そうだな」
――温泉。真面目な話、ウマ娘と温泉の間にはかなり密接な関係がある。競走馬もウマ娘も温泉施設で療養することがあるからだ。温泉の効能はヒトと同じく、ストレスの緩和(リラックス効果)や筋肉痛・怪我の治療など多岐に渡る。
アスリートであるウマ娘にとって全ての怪我を
しかし、著しく進歩した現代科学は
そして、そのためのリハビリテーション及び慰労施設が温泉と密接に関わっているのである。
トウカイテイオーやオグリキャップが温泉によって身体を癒していたのはあまりにも有名で、特にオグリちゃんについては各地の有名温泉街のPR大使になっているとかなっていないとか……。
メジロ家にも関係者専用の秘湯があったり、何ならURAがウマ娘専用の温泉を備える訓練施設を所有していたり……とにかく温泉は凄いのである。
私達はチケットの裏表を確認しながら、有効期限の文字を探した。場合によっては今年のトゥインクル・シリーズが忙しいため使えなくなる可能性があったからだ。期限が3ヶ月とかじゃありませんように、と目を凝らしていると、有効期限の文字があった。その隣に刻まれていた数字は、2年後の3月31日までチケットの有効を示すものだった。
「……今年中に行くのは無理だったから、何とかなりそうだね」
「そうだな。シニア級1年目だし、海外遠征のための準備もあるし……色々と落ち着いたらまた考えよっか」
「ん」
さて、福引をしたのはいいが……私達にはやるべきことがある。トレセン学園に帰るための荷物整理である。URA賞授与式が近く行われる運びとなったため、早いところ向こうに帰らないといけないのだ。何ならインタビューとか写真撮影とかテレビ撮影とか目が回るくらいの仕事も控えている。
正直な話、あんまり帰りたくない。レースは走りたいけど、撮影とかのお仕事って疲れるんだよね〜……。ファンのみんなに喜んでもらうことは、長距離界を盛り上げるためにも重要だとは思うけど。
――なんてダブルトリガーさんとの通話で軽口を叩いたら、割とガチめに説教されたのは最近の良い思い出だ。『お前は長距離界のトップを担うウマ娘だ』『お前がそんな心持ちでどうする』――と、聞き取れないくらいの早口で言われたので、Sorry連呼のもと平謝りである。
今もダブルトリガーさんとは交流がある。今春ドバイのレースに出走するかもしれませんとボヤいたら、『ルモスさんと見に行くよ』と即答された。今の彼女はヨーロッパで次なるステイヤーを育てるために勉強しているらしいが、何やかんや頻繁に連絡をくれるし、何かにつけて会おうとしてくるのだ。私ってばモテモテでウケる。
話が逸れたけど、温泉旅行券を持っているというだけで色々と選択肢が生まれてお得だ。しかも期限が2年後までと長めなので、マジに最高の福引になったなぁ。
……とみおと2人きりの旅行もいいけれど、
「とみお、そのペアチケットはちゃんと保管しといてね」
「もちろん」
「トレーナー室の目につきやすい場所に置いといてよ」
「分かってるよ」
「それから――」
「……そんなに温泉旅行が楽しみ?」
「…………いや、別にぃ?」
「尻尾とか耳でバレバレだけど」
「う、うるさいっ! 変態!」
「いて、いてっ! ちょ、蹴るな蹴るな! 脚怪我するから!」
言わなくてもいいことを口走るとみおに軽く蹴りを入れた後、私達は二手に別れた。私は実家に、とみおはホテルに。トレセン学園に帰る準備を整えるためだ。
出発は明日の早朝。決して長くない休養ではあったが、久々に両親と話せたし、とみおと故郷の観光を楽しめたし、非常に満足の行く帰省になった。最短でも戻ってくるのは1年後――それまでは、心身を削って邁進するのみ。私は最後の夕食を一家
いよいよ出発の日の朝がやってくる。荷物を抱えて玄関先で上着を着込む私を見て、お母さんが「寂しくなるわね」と小さな声で呟いた。見送りに来たお父さんも眉を下げて寂しそうな表情だ。
後ろ髪を引かれるような思いになって、ぐっと唇を噛み締める。私だって寂しくないわけがない。ずっと家族一緒に過ごしたいし、時々両親に甘えたくもなる。その気持ちを忘れたことはない。
――だけど。私は行かなくちゃいけないんだ。大いなる夢と永遠のために。
「会おうと思えば会えるでしょ。心配しなくてもいいよ」
「……アポロの走りを見て安心できるわけないじゃない」
「大丈夫。頼れるトレーナーがいるからね」
靴紐を結び終えると同時、インターホンが鳴る。とみおがやってきたみたいだ。
「ん、トレーナーが来たみたい」
私はキャリーケースを引きずって玄関の扉を開ける。外は雪模様で、冷えた空気と細やかな雪が流れ込んできた。視線の先には両手を擦るトレーナーがいて、寒いから早く行こうと言わんばかりの表情である。玄関に両親が控えていると分かったのか、とみおは身体を震わせながら背筋をぴんと張った。
「おはようございます、お父様お母様。アポロ、かなり雪が積もってるから早めに出発しよう」
「……じゃ、そろそろ行くね。お父さん、お母さん」
うわ、お母さん耳ぺったんこじゃん。お父さんもしょぼくれちゃって……相変わらず分かりやすいなぁ、どんだけ心配なのさ。
「桃沢さん、娘をよろしくお願いします」
「任せてください、私は彼女を支え続けます。……必ず」
私達は道路に待たせていたタクシーに荷物を詰め込んで、さっさと車内に乗り込む。タクシーが発進すると、私は両親と家が見えなくなるまで視線を送り続けた。
再び会えるから……なんて確信があるためか、別れは質素なものだ。手を振ったりはしないし、長々と言葉を並べ立てるようなこともしない。初めてトレセン学園に旅立った日もこんなだったっけ。ここにとみおは居なかったけど……。
「久々の実家、どうだった?」
「やっぱりお母さんの手料理は最高だね」
「はは、分かるぞ」
「とみおはカップラーメンを控えるようにね」
「最近は控えてるだろ」
「どうだか……」
私は軽く瞳を閉じて、マフラーに鼻を
……いよいよシニア級の始まりだ。
トレセン学園に帰ってから数日経ったある日、某所の文化ホールでURA賞の授与式が行われることになった。
URA賞授与式とは――トゥインクル・シリーズとウマ娘に関する特に優れた業績に対してその栄誉をたたえ、感謝の意を表すために設けられた『URA賞』の表彰行事を行うイベントである。このURA賞は、ファンやマスコミや関係者、果ては一般社会にトゥインクル・シリーズとウマ娘の存在を広くアピールし、レースの市民性やステータスの向上と普及を図ることも大きな目的としている。
簡単に言えば、今年頑張ったウマ娘を表彰する式典である。数多くのウマ娘やトレーナー、トゥインクル・シリーズ関係者が格式高いホールに集められ、そこで大々的にトロフィーや表彰状を渡すようなパーティが行われるのである。
多くのウマ娘にとっては美味しいタダ飯を食べる場所になっているURA授与式だが、こと今年の私はおちおちご飯も食べられない事情がある。その理由は単純で、賞を与えられることが確定しているからだ。表向きURA賞は当日発表だが、当事者には内密に教えてくれるのである。
URA賞には『年度代表ウマ娘』、『最優秀ジュニア級ウマ娘』、『最優秀クラシック級ウマ娘』、『最優秀シニア級ウマ娘』、『最優秀短距離ウマ娘』、『最優秀ダートウマ娘』、『最優秀障害ウマ娘』、『最優秀トレーナー』の部門があり、私の受賞は恐らく最優秀クラシック級ウマ娘であろう。
一応これでも日本ダービー・菊花賞・有馬記念・ステイヤーズステークスを勝ってるわけですし。
そして、年度代表ウマ娘になるのはクラシック二冠ウマ娘の私か、海外G1含め短距離路線を蹂躙したタイキシャトルか、私の中で意見が割れていた。ティアラ路線と中央地方ダートを荒らしまくったハッピーミークも有り得ない話じゃないし、世間に与えた衝撃度で言えば、サイレンススズカも大いに祭り上げられるべきであろう。
そんなわけで混沌とした心持ちの中、私達は会場のホールにやってきた。入口にいた緑のドレスの女性――駿川たづなさんに軽く挨拶しつつ、関係者が広々とした空間に案内してくれる。
「うぅ……このハイヒール歩きにくいよ……失敗したなぁ」
「……靴擦れとか大丈夫か?」
「靴擦れはしないと思う。ただ、慣れないことはするもんじゃないよね」
スーツでビシッと決めたトレーナーのエスコートを受けつつ、私は会場に置いてあったテーブルに手をついた。
今の私の格好は正装だ。所謂フォーマルなドレスを着させられた上、高いハイヒールを履かせられている。こういうオシャレ(?)よりも若者っぽい緩い服の方が私は好きだなぁ。
周囲を見渡してみると、既に会場入りしていた正装のウマ娘や関係者達が談笑していた。記者の乙名史さん、桐生院葵トレーナーとミークちゃん、既に食事を始めているスペちゃんもいる。セイちゃんにキングちゃん、グラスちゃんはいつも以上にニコニコしてて、あ……エルちゃんは正装でもマスク外さないんだね。
更に向こうには、沖野トレーナーとイチャコラしているスズカさん、妙に正装が似合いすぎるシーキングザパールさんとタイキシャトルさんの2人に可愛がられるグリ子がいた。アドマイヤベガ、ナリタトップロード、テイエムオペラオーの3人トリオもいて……他にも同じレースを走ったウマ娘がいっぱいいた。私はレースのピリついた雰囲気を少しだけ思い出す。
まぁ、そんなことよりも……人が多すぎるわ!
「うひゃ〜……人、多っ……」
「一大イベントだからな。今年なんて特に力を入れてるそうだ」
とみおの言わんとすることは分かる。去年の春先から始まったブームが全く収まっていない――というか更に拡大しているため、今年の授与式は一段と注目度が高いのである。報道陣の数が尋常じゃないわ。
友達と談笑したり、軽く食事をしているうちに、ステージ上にプロジェクターが設置され始める。司会者らしき正装の男性が現れて、マイクを手に持ち出した。
「そろそろ始めるみたいね」
「スペちゃん早くご飯を飲み込んでください!」
「んもも〜」
「アポロちゃんも早く食べて!」
「
グラスちゃんセイちゃんにツッコミを入れられつつ、会場の照明の明るさが1段階落ちる。会場のウマ娘や関係者達も察したらしく、雑談をやめてステージ上に向き直った。
すぐに司会者の男性がよく通る声で喋り始め、URA賞授与式の始まりを宣言した。こういうのって案外あっさり始まるよね、と思いながら、ヒソヒソ声でグラスちゃんに耳打ちする。
「グラスちゃん、ああいうところに呼ばれたら何喋ればいいのかな」
「……考えてきてないんですか?」
「あ、いや、考えてはいるけどね。緊張してセリフ飛んだらどうしよっかな〜って」
「いいコトを教えてあげましょうか、アポロちゃん。こう言えば全て丸く収まりますよ!」
「エル〜?」
「ケ!? まだ何も言ってないデース!」
「2人とも、シー!」
「……キングザパール?」
「ぶホッ!」
「やめなさい本当に!」
セイウンスカイの小声のギャグに吹き出した私。キングちゃんに手首を叩かれて叱られた後、何とか呼吸を整えてステージ上に視線を投げかける。
いよいよURA年度代表ウマ娘の発表段階に入ったらしく、スクリーンの周囲に照明が乱舞し始め、ティンパニのドラムロールがスピーカーから流れてくる。
そして映し出されたウマ娘の名は――
年度代表ウマ娘・最優秀クラシック級ウマ娘 アポロレインボウ 6戦5勝 主な勝ち鞍 日本ダービー(G1) 菊花賞(G1) 有馬記念(G1) ステイヤーズステークス(G2) |
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オオッ、というどよめきがあちこちから起こる。スペちゃん達に祝福を受ける中、関係者の方に案内されるままステージ上に立たされた私は、ガチゴチに固まって苦笑いを披露しながら表彰された。死ぬほど不器用な笑顔を浮かべたままフラッシュを焚かれまくったが、果たして明日の1面はどうなっていることやら……。
その後に発表された最優秀ジュニア級ウマ娘は、ホープフルステークスを制したアドマイヤベガ。最優秀シニア級ウマ娘・最優秀短距離ウマ娘はタイキシャトル、最優秀ダートウマ娘はハッピーミーク、最優秀障害ウマ娘はノーザンレインボーという形になった。
その後はグリーンティターンやエルコンドルパサー、サイレンススズカやスペシャルウィークらに特別賞が送られ、最優秀トレーナーは東条トレーナーが今年もかっさらっていった。
そして司会者が特に面白味もなく喋り倒してから、授与式はつつがなく終了の運びとなった。
授与式が終わった後は食事会である。むしろこっちが本番と言える。スペちゃんに負けじと、カロリーに気をつけながら料理を食べまくる。そんな中、私に声をかけてきたウマ娘がいた。
「アポロ、こうして話すのは久しぶりだな」
「あ、ルドルフ会長! 会長も会場に来場されてたんですね!」
「ん……んんっ、うほん」
そこにいたのはトレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフ。落ち着いた紺のドレスを着ており、いつも以上に大人っぽい。女の私でも正直見とれてしまいそうになる中、ルドルフ会長は柔和な微笑みを浮かべた。
「まずは年度代表ウマ娘と最優秀クラシック級ウマ娘の受賞、本当におめでとう」
「ありがとうございます! 夏休みにトレーニングをお手伝いしていただいたおかげですっ!」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
「……? あれ会長、後ろの御方は……?」
「あぁ……彼女か。紹介しよう」
会長と談笑する中で気になったのは、彼女の後ろに控えた栗毛のウマ娘だった。その栗毛のウマ娘は私にキラキラとした視線を向けてきていて、何と言うか危うい雰囲気の漂う人だなぁという印象である。
ルドルフ会長は片足を引いて栗毛のウマ娘に合図すると、手のひらを向けてそのウマ娘の説明を始めた。そしてルドルフ会長の言葉を聞いて、私はステージに上がった時よりも心臓が飛び出しそうになった。
「こちらはヨーロッパの最強ステイヤーとして名高い
「やぁ……キミがアポロレインボウだね。よろしく」
「よ――ヨロシクオネガイシマス」
私は