脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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【序章】彷徨う末に往き着いた世界
第1話~第2話 往き着いた先の世界


 逃げなければ。今すぐに、”此処(ここ)”から————

 

 

 

 

 

 何も考えられない。疲弊しきった身体を引き摺るようにして、壁に手を付けながら暗がりを歩いていく。

 

 トンネルであることは確かだった。見知らぬ土地の、目先へと伸び往く緩やかな右曲がりの道路。この右側に寄り掛かるよう進めていく自分の足取りは、とても重い。

 

 気を抜いたら、足を止めてしまいそうだった。それでいて、一度でも足を止めてしまったら最後、自分はもう、こうして歩みを進めることができなくなる。そんな予感を、確信であると信じながら、自分は先の見えないカーブの道を、ただひたすらに歩き続けていく。

 

 トンネルの外側には、いくつもの柱がまるで鉄格子のように並んでいた。そこからは、燦々と大地を照らす太陽の光が射し込んでいたものだったが、一方として、そんな眩さからは信じられぬほどの大嵐が、今も外で青空に雷鳴を轟かせている。

 

 白い雲から、針のような雫が降り注ぐ。それが鉄格子の隙間を掻い潜ってトンネル内に着弾すると、内側の壁を伝う自分へと、跳ねるように勢いよく飛んでくるのだ。

 

 緩やかな右曲がりを通り過ぎ、目の前には出口の光が溢れ出す。

 ——あれが、自分にとってのゴール地点。真横で唸る嵐の脅威を他所にして、この足は眼前の光へと一歩、踏み出していった。

 

「…………ここ、は……」

 

 ——ゴールに到達する直前となって力尽きた身体。倒れた動作で出口への一歩を踏み出した自分は、うつ伏せになった状態で嵐に晒されている。

 

 横殴りの大粒が降り注ぐ中、世界を覆う眩い光は、倒れる自分を照らしていた。

 ……天からの光がとにかく煩わしい。だから、手で目元を覆い隠すことを心から望み、この手を動かそうと指先に意識を送り出していくものの、倒れた自分の身体はピクリとも動きやしない。

 

 ……しょうがない。だったら、目を瞑ってしまおう。そう思って、自分はゆっくりと瞼を閉ざしていく。

 

 まぁ、ここまでよく頑張った。巡った感情は、諦めに近しいものを感じられた。そして、あとは流れに身を委ねようという運頼みによって閉じられたこの瞼。

 

 その、暗がりへと意識を投げ遣る途中のこと。それは、細く、黒くなって、この視界が完全に閉ざし切る、その直前のことだった。

 

 地面に伝わる音と共にして、倒れるこちらへ駆け寄ってきたのであろう二人の少女と一人の青年。閉じ往く視界の隙間からうかがえた彼らの足元と、微かに感じられた身体を揺する感覚を最後にして、自分は深い眠りについていったものだった——

 

 

 

 

 

 暗黒の世界に燃え広がる業火。荒廃した瓦礫の街に取り残され、心細さから周囲へと視線を投げ掛ける。

 だが、どこを見渡しても意味が無い。何故なら、この空間には逃げ道が用意されてなどいないから。

 

 こちらを囲うような、瓦礫の数々。どれも道を塞ぐようにして崩壊した様子から、自分は怯えたサマで背後へと振り向くことしかできなかった。

 ——そこに存在していたのは、背を向けて佇む一つの人影。二メートルはあるだろう背丈の陰りは腕を組み、野生的な筋肉質の身体と、くすんだ青色のアラビアンパンツのみを身に付けた容姿で、こちらへ振り返ってくる。

 

 ……“彼”は、ヒョウのような頭部や両脚を象る獣人だ。それが威圧的な眼光でこちらに歩み寄ってくると、この頭を荒々しく鷲掴みにして、自身の目の高さまで持ち上げてくる。

 

 “彼”の黒い瞳に、陰りが落ちた自分の顔が映り込む。

 次に“彼”は、もう片方の手を持ち上げた。そして、刃物のような鋭利な爪のある人差し指を立てると、それを、こちらの眉間へとゆっくり近付けて——

 

 ——注射の要領で、刃物も同然な細い爪を眉間に刺し込まれた。

 響かせた悲鳴。頭部に侵入する激痛。こちらが“彼”の手を退けようと抵抗するものの、こちらの全力を注いでもなお“彼”の手は微塵にも動かない。

 

 眉間からの血が、両目の視界を奪ってきた。

 温かい液体に覆われた目。これに瞼を閉じると共にして、刺し込む爪の指が眉間に到達する。この恐怖心に加えて、即死も許されない現状と、足掻くことも敵わない絶対的な脅威を前にして、自分はこの時にも受け入れ難い”現在(いま)”を嘆くように、悲鳴まじりの絶叫を上げていった————

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!!」

 

 飛び起きた上半身。ガバッと動いたこちらの動作に、“三人”がビクッと反応を示していった。

 

 ……病院。白色のシーツやカーテンが清潔的で、窓の外から見える青空と海の光景が視界に映り込む。

 

 急斜面に築かれたのだろう、段々となった傾斜の地形に適応した街並み。白色が多く見受けられる数々の四角い民家が連なり、急斜面を繋ぎ合わせる灰色の道路が、綺麗を通り越して神秘的なその景色。

 

 病院の中からでも、海を渡る鳥の声が透き通るように響き渡ってくる。そして、鳥の声に共鳴するよう、外界からは船の汽笛や車のエンジン音が程よく聞こえてくるのだ。

 

 ……場面は戻って、病院の中。ベッドで眠っていたのだろう自分は、荒げた息のまま眉間へと指を添えていく。

 

 ——とんでもない悪夢だった。味わった恐怖が未だ自分の意識を支配するその中で、看病してくれていたと思しき三人の人物の気配が、感覚として伝わってくる。

 

 二人の少女と、一人の青年。見覚えがある三人の存在に目もくれない自分だったが、傍についていてくれるその三人の、内の一人であるピンク髪の少女が訊ねるように喋り出した。

 

「えーと……なんかすごいうなされていたけれど、大丈夫?」

 

 意識がボーッとする。傍についてくれている彼女らにも振り向けないほどの、とても放心した思考の状態。ただ、視界の隅から感じ取れる存在感から、ピンク髪の少女の容姿を何となく汲み取ることができた。

 

 イスに座っているものの、背丈は百六十八くらいに見える。自分が百七十五であるものの、彼女の方がよほど大人びていた。その理由として、上半身にシルエットを与える黒色のポンチョに、ほぼロングスカートであるアイボリーのワイドパンツ。ヒールまではいかないものの、それの運動性を上げたような白色の靴に、前が開いたポンチョからへそが顔を出している。

 

 ピンクの髪は、肩甲骨辺りまで伸びている。それは耳にかけており、さらには藍色とアイボリーのバンダナを頭に巻いている。彼女はおっとりとした目つきでありつつ、初対面でもラフな声音でこちらにセリフを投げ掛けると、黒色の瞳を左右にいる“彼ら”へと向けながら言葉を続けてきた。

 

「あー、取り敢えずお医者だね! お医者さん呼んでくるから、みんなはちょっと待ってて!」

 

 と言って、イスから急ぎで立ち上がった彼女。

 

 すると、彼女の様子に“もう一人の少女”が声を掛けていった。

 

「あぁ待ってください。そんな急いだら——」

 

「どぅわっ!!」

 

 ガタンッ!!

 勢いでベッドに足をぶつけたピンク髪の少女。この衝撃に思わず、ボーッとしていた自分の意識が覚醒する。

 

 同時にして、「ぼふぅっ!!」と個性的な悲鳴を上げながらコケた少女。そこから慌てて起き上がっていくと、「あっははは、よくあるよね~」とピンク髪の少女は言葉を零しつつ、そのまま違う部屋へと走り去ってしまった。

 

 ……大丈夫かな。自分と“青年”が不安そうに背を見送る中で、ヴァイオレットカラーの髪であるもう一人の少女が呆れ気味にセリフを喋り出す。

 

「ホント、落ち着きがないおヒトですねー。ドジっ子と言えば愛嬌あるように聞こえますけど、如何せんずっとあんな調子ですから、何と言いますか、生きていて大変そうですよね。——ま、カノジョのドジは、タダのドジで終わらないのが唯一の救いなんでしょうけど」

 

 イスに座っている少女が、こちらへと向いてくる。

 百六十五ほどの背丈である彼女は、へそ辺りにまで伸ばしたヴァイオレットカラーの長髪を持っている。まだまだあどけなさを残した容貌に加えて、暗めの赤色と暗めの青色がボーダーとなっているパーカーに、同色のキャスケット、ヴァイオレットカラーのショートパンツに、赤と青のボーダーのブーツという外見をしていた。

 

 ヴァイオレットカラーの瞳をくりくりと動かしながら、ベッドの上のこちらへとセリフを続けてくる。

 

「おかげで、アナタは完全に目を覚ましました。——カノジョのドジはですね、必ず何かしらのイイ効果をもたらすんですよ。それも、ドジした自分にではなく、ウチらのような周りのニンゲンに、です」

 

「そう、なんだ……」

 

 悲鳴を除いて、初めて喋った自分。

 ……看病してくれていた彼女らに視線を投げ掛ける。その紫の子は首を傾げてみせ、そのまま自分は視線を、佇む“青年”へと向けていく。

 

 百七十七くらいはあるその背丈。灰色のショートヘアーは後ろで結っており、また、毛先へ往くにつれてその色は暗い黄色へと変化している。彼自身とても穏やかそうな表情を見せていたものだが、その素肌が筋肉質な褐色という、一転とした荒々しい印象も与えてくれる。

 

 灰色のコートを羽織るようにして着ているその上半身。上は他に身に付けていないことから筋肉が強調されており、下はゆったりとした黒色のパンツに焦げ茶色のブーツという、上半身の露出を除いて着飾ることのない無難な服装。そんな彼は琥珀色の瞳でこちらを見遣っていくと、柔らかい笑みを見せながら、そうセリフを投げ掛けてきたのだ。

 

「…………!」

 

 …………え? 何?

 

 確かに喋っている。口を動かし、身振り手振りで、何やらこちらの無事に安堵しているようだ。

 が、しかし、彼の声が聞こえてこない。声量が小さいのかと思って耳を傾けていくものだったが、こうして聞き取る努力をし始めた自分の様子に、紫の彼女が喋り出す——

 

「あー、えーっとですね、『無事に目を覚ましてくれて、一安心した』って仰っておりますね」

 

「え? そうなの……?」

 

 こちらの問い掛けに、少女は続けていく。

 

「カレは一切と声を発しない、とても寡黙なおヒトなんです。——その代わりとしてですね、身振り手振りとその表情で、自分が伝えんとするセリフを相手に汲み取らせるんですよ。だから、カレのジェスチャーをじっと見ていてください。すると、自然と頭によぎってきますから。カレがお伝えしたいのでしょう、カレ自身の声なきお言葉が」

 

「え、えぇ……」

 

 なんか、変わった人が多いな……? そんなことを思いながら、身振り手振りと口パクで訴え続けてくる彼へと注目する。

 

 ……心配、していた……? 突然の、嵐の中。『町』の、出入り口で、倒れていた、から……?

 

「……本当だ。何となくだけど、分かる……」

 

「だ、そうです。良かったですね、“アレウスさん”」

 

 他人事っぽい調子で、“彼”へと言うヴァイオレットカラーの少女。それに寡黙な彼が満足そうに頷いていくものだったが、飛び出した名前に自分は「あっ」と思いながら二人へと言葉を投げる。

 

「まずは、ありがとう……。倒れていた俺を助けてくれて。——自己紹介、しないとだよな。俺は、“柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)”。どうか、よろしく」

 

 柏島歓喜。こちらの自己紹介に、ヴァイオレットカラーの少女が応えていく。

 

「あー、これはこれはどーも、ご丁寧に。カンキさんですね、ハイハイ。——ウチはですね、“ラミア・エンプーサ”といいます。で、こちらにいるカレが、“アレウス”ですね」

 

 ヴァイオレットカラーの少女ことラミア・エンプーサは、佇む彼ことアレウスへと手で促しながら自己紹介を行っていく。

 

「ラミアとアレウス……。よろしく」

 

「ハイ、よろしくお願いします。まー、そういうことでですねー……」

 

 と、途端にしめしめとした様子でラミアがそう続けてきた。

 

「既にカンキさんもご存じかと思われますが、ウチらはあの激しい激しい嵐の中での見回りで、不運にも倒れていたアナタを発見しました。で、ですね……そんなアナタを、ウチらはこうしてわざわざ病院まで運んであげまして、さらには目覚めるまで付きっ切りとなってあげていたワケですよ」

 

 とてもワルい顔を見せたラミア。そのまま彼女は、口元に手をかざしながらこちらへ顔を近付けると、少し声量を落としながら、そんなことを言い出したのだ。

 

「……ですから、カンキさんにはですねー、ウチらへの感謝を?? “カタチ”?? にして示してもらう、義理、というものがありましてですね。……いやいや!! そんな深刻にお考えにならなくてもケッコーです。ただ……それ相応となる報酬を、ウチに支払ってもらうだけでいいだけですから——」

 

「ラミア!! 保護した人から(たか)ろうとすんな!!」

 

 ドジしたピンク髪の少女の声が、こちらのやり取りに突っ込んできた。

 共にして、お医者さんのおじいさんを連れてこちらへと歩いてくる少女の姿。

 

「ラミアさ、やり方が汚いよ! 何でもかんでも、こじ付けで自分の利益に繋げようとすんな!」

 

「ですけど、ウチらがカレを救い出したコトは事実ですよ?? そもそもとしてですね、カレのような困っている方々をお助けすることで生計を立てているのが、ウチら“何でも屋”じゃないですか」

 

「だからって、目が覚めたばかりの被災者に恩着せがましく見返りを要求するのも、私としてはどうかと思うけど——ぎょわっ!?」

 

 ズボッ!! 突然、彼女が歩いていた床が抜けた。

 

 下半身が埋まった状態で、床に項垂れたピンク髪の少女。これにラミアも言葉を止めていく中で、少女の後ろを歩いていたお医者さんは頭を掻きながらセリフを口にする。

 

「おや、危なかった。やっぱり老朽化は進んでいるみたいですね……。いやはや、病人や怪我人を扱う繊細な施設なものですからね。まさかこうした形で、施設内のキケンをお知らせしてくださるだなんて、さすがはこの“ギルドタウン”の何でも屋。ありがたいばかりです」

 

「あっははは…………中々に不本意ではありますが、とにかくお役に立てたのならば光栄です……」

 

 床に嵌ったまま、汗をかきつつ返答するピンク髪の少女。そんな彼女のドジは、場の空気を一旦リセットする意味でも、非常に重要な働きをしていたものだった。

 

 

 

 それにしても、過去のことを思い出せない。どうして自分は、何かから逃げていたのだろうか。そもそもとして、その”何か”とは、何なのか。

 

 医者によって診断された、記憶喪失の症状。場に居合わせた一同の驚きを他所にして、自分は何かから逃げていた、自分は何かに恐れていた、という思い出せないモヤモヤ感で複雑な表情を見せていく。

 

 そんな自分は、こちらを拾ってくれた親切な三人にこの町を案内される運びとなっていった。

 成り行きによって辿り着いた新世界。病院の扉を開くと同時に射し込んた日光で目がくらんでしまいながらも、手で目元を覆い隠しつつ周りに促されて歩き出す自分。

 

 直にもこの町で暮らすことになるという未来を、自分はまだ知る由もない。ただ、そう遠くない内にも自分は、脇役として数多の場面と立ち会う運命にあった。

 

 これは、自分を主人公として捉えた物語ではないのだ。これは、脇役である自分が語り手として、周囲の様々な光景と立ち会っていく物語。

 

 日常と闘争が入り混じる異世界譚。病院から足を一歩踏み出したその瞬間にも、射し込む光へと飛び込む形で、自分もその舞台の一員へと昇華したのであった。


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