龍明の喫茶店で昼食をとる自分。丸テーブルを囲うようにして集まった面子の中で、自分はひとり、口を付けていないコーヒーの水面を眺めていた。
同じテーブルを囲う、ラミア、レイラン、アレウスというメンバー。これまでの関係と変わらない調子で、談笑している皆と一緒に過ごす空間。だが、浮かない顔がコーヒーに映る自分自身を見ていると、昨日にも立ち会った“彼女ら”に対しても、こんな顔を向けていたのかもしれないと思えてしまう————
「八年前、貴女のお姉さんと駆け落ちした憎たらしいパートナー。……私は、貴女のお姉さんである“
疑い。うかがい。少女の顔色が物語る、怒りを越えた先の心境。佇む目の前のユノへと、
騒動を起こしたことにより、鎖でぐるぐる巻きにされた身体の菜子。イスに座るその姿勢で一瞬だけガチャンと鎖を鳴らしていくと、次にも菜子は、爆発した感情のままに涙を流し始めたのだ。
「ッ————てめ、っ、が……っ!!!」
「貴女のお姉さんであるヒイロとは、同意の上だったわ。もっと言えば、駆け落ちを提案してきたのはヒイロの方だった」
……言いたい言葉にキリが無い様子の菜子。だが、提案をしたのがお姉さんだったという本人の意図を耳にした時にも、少女は余計に巡ってきた複雑な気持ちによってか、歯を食いしばって俯いてしまう。
——身内に捨てられた。そう思っても、仕方が無い。しかも、自分を捨てた身内のパートナーが、目の前にいるのだ……。
「…………お姉ちゃんに会わせて。じゃないと、アンタを殺す」
「ヒイロは失踪したわ」
「……!」
唖然だった。菜子の視線で問い掛けるその瞳を、ユノは逸らす事なく見据えながらセリフを続けていく。
「八年前、私とヒイロは衝動のままに駆け落ちした。……家族、家、未来、その全てを捨てて飛び出した私達は、二人で支え合いながら命辛々と生き延びてきたものよ」
顧みるようなユノの目。軽く腕を組むその様子のまま、ユノは語るように続けてくる。
「そんな日々を送ること、三年の月日が経過した頃だった。今から遡ると、五年前にあたるかしら。——借り物の小屋の中。私が朝の日差しで目を覚ました時には既に、隣で寝ていたハズのヒイロが忽然と姿を消していた」
「…………」
「自分のお姉さんを連れ去らった上に、そのお姉さんは姿を消したから会わせられない。と言ったら、私だって怒るわ。だから、貴女に理解してほしいとも言わない。——私は、貴女に責められて当然の所業を働いたのですもの」
目で訴え掛ける菜子へと向き合うユノ。その瞳は真っ直ぐと少女を捉えておりながらも、わずかながらの震えがうかがえる。
「……ヒイロは、黙って居なくなるような人じゃなかった。一日の予定が決まっていたら、必ずと言っていいほどそれを報告してくる人だったんですもの。そのことから、もしかしたらヒイロは、私に言えないような何かしらの事情を抱えていたのかもしれない。それでヒイロは、私の下を去らなければならなかったのかもしれないの」
「それで…………今も分からないの……? お姉ちゃんの行方……」
「依然として、行方が知れないわ。だから私は、一日でも、一分でも、一秒でも早くヒイロを見つけるために探偵になって、今はヒイロの妹である貴女の下に駆け付けた」
「……もういいよ、アンタのことなんて。なんか、聞いてると余計に辛くなってくるから……」
今すぐにでも、目の前からいなくなってほしい。言葉にせずとも伝わってくる菜子のオーラに反して、ユノは少女の目の高さに屈みながら、ここに訪れた理由を説明する。
「今回こうして訪れたのも、貴女の身に危険が迫っているからなの。——五年前、ヒイロが姿を消して以来、私は陰ながら貴女の日常を守ってきたわ。けれども今では、その支えではどうにもならないほどの強大な力が、貴女に狙いを定めている」
「だから、直々にアタシを助けに来たってこと? なにそれ、ヒーロー気取り? ふざけないでよ」
「勧誘に来たの。龍明に移り住んでみないかを、訊ねに。——それに、私はヒーローなんかじゃないわ。それどころか、守りたいと思ったものだけを守る、相手を選ぶような、世間知らずの身勝手な偽善者よ」
「……それも全部、アタシが恋人の妹だからって理由でしょ」
「えぇそうよ」
「——人の姉を奪ったくせに、本人がいなくなったから、次はその妹を大事にしようって? アンタにとってアタシたち姉妹は、替えの利く着せ替え人形だってことを言いたいの!?」
「そう思われても仕方がないわね。——けれども、貴女が私にどんな気持ちを抱こうが、私はこの命に代えても貴女のことを守るつもりでいるから」
「…………帰ってよ」
鋭利な眼光が、ユノを睨みつける。
……暫しと漂った、殺気立つ冷ややかな沈黙。これにユノは立ち上がっていくと、踵を返しながらこちらへと言葉を投げ掛けてきた。
「
「え? あ、はい……」
素直に従い、ユノについていく形でテントの出口へと歩き出す。
その途中にも、ユノは菜子へと視線を向けることなく、呟くようにしながらそのセリフを口にした。
「また、貴女の下に顔を出すわ。その時に、続きを話しましょう」
「…………」
もう、ユノの姿を捉えない。どこにも意識の無い無我でいる菜子と、少女の返答を聞くことなくテントを後にしたユノ。その二人の間に置かれた自分は、申し訳ない足取りでテントから出ていった——
「カンキさん?? どーしましたー??」
ラミアの顔が、覗き込んでいる。これに自分は「うぉ!」と驚いていくと、ラミアはコーヒーを指差しながらそれを訊ね掛けてきた。
「コレ、まだ口付けてませんよね?? 飲まないのでしたら、ウチが貰いますけど??」
「え、あぁ、いいよ……」
「ホントですか!? いやはや、ウチとしましてはジョーダンのつもりだったんですけどね。いやー、やっぱ言ってみるモンですねー、こーいうの!! おかげさまで、一杯分が無料でいただけるというモンです」
しめしめといったラミアの様子に、レイランが頬杖をつきながらセリフを口にする。
「そこまでしてさ、他人のコーヒー飲みたいって思う? 一杯くらい自分でお金出せばいいじゃん」
「別にイイじゃないですかー!! レイランさんがナニを言おうともですね、本人から譲り受けた以上は、コレはウチのコーヒーなんです!! もークチ付けますからね!! 返品不可ですからね!! ぐびぐび」
自分の意識は、平和な日常に戻ってきた。
ラミアとレイランは、今までと変わらない調子で会話をしていたものだ。その様子はまるで、先日にもギルドファイトでいがみ合っていた仲とは思えない。
これには、自分も、アレウスもホッと安心していた。
同じテーブルを共にするアレウスと目が合って、微笑で内心が一致する。こんなことを男二人でしているその最中にも、ふとレイランは思い出すようにそれを喋り出していった。
「あーあ、それにしてもユノさん綺麗だったなぁ。私もなぁ、どうやったらあんなに綺麗で美人でカッコよくなれるんだろ?」
不意打ちの単語。これに自分は反応するが、すぐにも同席のラミアが微妙な表情でそう返していく。
「えー、そーですかねー……。ウチ、あのヒトはどーも苦手で仕方ないです」
「えぇなんで? 確かに話しかけ辛いけど、綺麗で優しくてカッコいいじゃん」
「それはウチも否定はしませんけど、何と言いますかー……色々と波長が合わないです。あのヒトは、ご自分の世界で生きているお方といいますか、別次元に住んでるニンゲンというカンジで、どーしてもあまり関わりたいとは思えませんね……」
「うーん、そういうもんなの?」
「ウチはそーですよ。——ここだけの話、ウチのような考えを持っている町の方も、少なくはありませんからね」
「私は、ユノさんに憧れちゃうなぁ。ラミアの言うそういうところもさ、なんか、ミステリアスでカッコいいじゃん?」
「ウチはイヤですよ。ナニをお考えなのかが分からなくて怖いじゃないですか」
「それに、ユノさんはすごい強いし!」
「そちらはー……否定のしようがありませんね。事実ですし」
聞いているだけだった自分は、ラミアの返しを耳にするなり無意識と訊ね掛けてしまった。
「強いって? ユノさんが?」
「なんですか?? カンキさん、あのヒトの下で働いておいて、そんなことも知らないんですか??」
「むしろ、知らないことばかりだよ」
「現役助手のカンキさんがコレなんですから、やっぱ不気味で怖いヒトじゃないですかー!!」
ラミアのセリフに、レイランが食い気味に「不気味じゃなくって、謎を秘めているの!」と訂正を加えてくる。
そんな彼女らを他所にして、アレウスがこちらへと説明をしてきた。
「…………!」
ユノさんは、我々が知る限りでは、最も高い戦闘力を、持っている、何でも屋。でも本人は、それを売り込もうとせず、普段は探偵としての、日常的な依頼を、こなしている。
「そうだったんだ。初めて知った……」
元々から、強そうな雰囲気は醸し出していた彼女。しかしその直感も間違いではないどころか、現役の何でも屋にここまで言わしめるほどの力を隠し持っていたとは、という驚き。
アレウスの説明の後。彼のそれを満足そうに聞いていたレイランとは裏腹に、ラミアは天井を仰ぎながらそんなことをぼやいていく。
「ウチ、やっぱあのヒト好きじゃないです。せっかく、荒稼ぎできるほどの実力を兼ね備えていらっしゃるというのに、それを全く活かそうとしない無欲な姿勢が、ウチにとって見ていて腹立たしく思います。あのヒトは、ご自分の価値をご存じじゃありません」
ムスッとするラミアを見て、アレウスはそんなことを彼女へ伝えていった。
「…………!」
強さに関係なく、力の使い道は、人それぞれ、だと思う。
「む、むゥ……アレウスさんも実力があるから、そう言い切れるんですよ。レイランさんも、汎用性の高い異能力をお持ちですし。——ウチはそーいうのありませんから、皆さんよりも敏感に考えちゃうんですー」
語尾を伸ばして、自身の不服を強調するラミア。それを聞いた自分は、港で見せた先日の光景を思い浮かべつつ、不思議に思ってラミアにそれを訊ねてみた。
「でも、ラミアも力持ちだよね? 九百キロの魚を、あんなに軽々しく持ち上げて運んでたりしたけれど、あれも、みんなの言う異能力ってやつじゃ……?」
「違いますよ?? ウチは、生まれつきで力持ちなだけなんです」
「それって、異能力とは別にすごいことじゃ?」
「スゴイ、から売りにしたかったんですけどねー。でも、ただの力持ちじゃダメなんです。——“あのヒト”がいらっしゃる以上は」
ラミアのセリフに、レイランとアレウスが一瞬だけ申し訳なさそうな表情をする。
これに自分は疑問に思うと、次にもラミアは、ふてくされたような顔をこちらに向けながらそう説明してくれた。
「ユノさんです。あのヒト、とにかく規格外でスゴイんですよ」
「ここでユノさん? なんで、どういうこと……?」
「まずですね、ウチのような力自慢の何でも屋は、あのヒトの劣化に過ぎません。あのヒトが所有するお力は、ウチの怪力に匹敵します。それに加えてあのヒト、戦闘のセンスがピカイチです。なので、魔物の討伐といった荒事のご依頼はお手の物。ウチは戦闘がダメダメですから、この時点で競合相手であるユノさんに負けてしまいます」
不満が募るラミアの調子。その頃合いを見計らうようにレイランは口を開くと、付け足すようにしてそう喋り出す。
「ユノさんの何がすごいって、やっぱあの“身体能力”にあるよね! どんな力自慢も、どんな速さ自慢も、どんな耐久自慢の人をも凌駕する、鮮やかで、華麗で、それでいて暴力的なあの立ち回り……! 戦闘のカリスマとも言えるユノさんの戦う姿は、“超人”って例えられているくらいなんだよ!」
「それが、ユノさんの異能力ってこと……?」
「ううん! ユノさんは異能力を持ってないらしいから、それで私たち異能力者も敵わないほどの圧倒的な力を発揮しているんだもん。はぁ、カッコいいなぁ……」
心から憧れているのだろうレイラン。彼女が空虚に向かって瞳を輝かせるその横で、ラミアがボソッと呟いていく。
「ソレ、何でも屋としてどうなんですか。つまるところ、ウチだけでなくレイランさんも相手にされていないってコトですよ」
「私はそれでいいけど? ——それに、何でも屋のみんなが相手にされていないって訳でもないと思うけど。ほら、戦闘面での依頼の実績で言えばさ、アレウスも中々イイ線いってると思うし」
アレウス?
自分が振り向いた時には、この場の全員が一人の青年に注目していた。
これには、寡黙なアレウスも思わず目を逸らしてしまう。
「アレウスさんはー……まー、そーですね。今現在、龍明であのヒトに食い下がれる何でも屋は誰かと問われましたら、ウチはアレウスさんと、“オキクルミさん”の名前を挙げますけど……」
「おおっ! 珍しくラミアと意見が合った……。私も、その二人の名前を挙げるかも!」
「数あるご依頼への対応力や、戦闘のセンスを加味して考えますと、そのお二方が残るのは必然かと——」
と、ラミアはふと思いついたようにハッとすると、次にも彼女はレイランへとそれを持ちかけたのだ。
「レイランさん。ここは一つ、賭けをしませんか?? もしも、万が一、アレウスさんとオキクルミさんがギルドファイトで勝負することになりましたら、レイランさんはどちらに賭けます??」
「へー、面白そうな戦い! じゃあ私はアレウスに賭ける!」
「では、ウチはオキクルミさんですね。ま、そーいうワケなので?? アレウスさん、オキクルミさんには、程よく手を抜いてあげてくださいよ??」
「何言ってるのラミア! アレウス! この戦い、絶対に勝ってよ!!」
二人の少女から、あらぬ期待が掛かったアレウス。そんな、実現もしていないギルドファイトで盛り上がる二人を前にして、アレウスはただただ困惑の表情を見せていたものだった。