脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第12話 衝突

 出勤時間ギリギリ。慌てる自分は、音を立てながら外付けの階段を上っていって玄関扉を開けていく。

 

 遅刻をしたら、ユノさんにどやされる……! そんな気持ちが先行する力強い勢いで探偵事務所に入っていくと、自分は息を切らしながら、彼女がいるであろう事務机へと挨拶した。

 

「おぉぉ、おはようございます!! ……あれ?」

 

 自分ひとり。ユノの姿が見当たらない。

 見渡すようにしながら自分は事務所へ入っていく。そして、中央の長テーブルに置かれた一枚のメモ用紙を見つけると、自分はそこに連ねられていた文字を見て、すぐさまスマートフォンを取り出していった。

 

 ……いやいやいや、『菜子(なこ)ちゃんを守りに行ってきます』って——ッ。

 

「…………だめだ、繋がらない」

 

 ユノと連絡が取れない現状。これによって彼女の居場所を把握できない状況に置かれた自分は、もう一つの可能性に全てを託す思いで“彼”へと電話を繋げていく——

 

「もしもし、モブキシさんですか? 自分、龍明探偵事務所で、ユノさんの助手をしている柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)というものですが——」

 

 捕らえられた少女への面会時にも、一応と思って連絡先を交換していた騎士の青年。自分はそちらに電話を掛けて、ユノが姿を消したことと、彼女の行き先に関する情報を本人に与えたかどうかを訊ねてみたものなのだが……。

 

『ユノさんが、そんな置手紙を? ……あー、いーや……心当たり、ですかー……』

 

「その口ぶりだと、知っていますね?」

 

『まあ、疑いが晴れて釈放したあの子を監視していたのも、わたしですからねぇ……』

 

「今は菜子ちゃんを監視していないんですか?」

 

『あー……まぁですね、わたしを含め、数人体制で監視はしていたのですがー……その複数の監視の目を掻い潜ってですね、現在、対象は逃走中なんです……』

 

「……それで、ユノさんが出向いたのか……? ——では、ユノさんが向かったであろう行き先をお教えいただけませんか?」

 

『いやぁ、そればかりは機密情報ですので、教えるわけにはー……』

 

「ですけど、ユノさんにはお教えしたんですよね?」

 

『それは——し、仕事上の都合といいますか! わたしとユノさんは、依頼人と引受人という立場ですから!! とにかく、あなたには関係の無いことです!』

 

 自分、ユノさんの助手だから関係者だと思うんだけどなぁ……。

 内心で思ったその言葉だが、ここでそれを彼に伝えたところで逆上を招くことになり、余計に教えてくれなくなるかもしれない。

 

 現時点で自分が心配していたのは、ユノという人物の行方ではなかった。もちろん彼女の単独行動も気に掛けているものだったが、それ以上に、ユノが出向くに至った、蓼丸(たでまる)菜子(なこ)という少女の安否について自分は心配していたものだ。

 

 ユノさんが自ら出向いたということは、菜子ちゃんという護るべき対象に何かしらの動きがあったから。それを考えた時に、やっぱり人手は必要だろうから自分も加勢しようと思い立ち、少女への合流を急ぐためにも、何とか騎士の青年を説得させようと頭を働かせる。

 

 ……前に遭遇した場面。騎士の青年とユノさんの会話の中でうかがえた、二人の関係性——

 

「あの、提案なんですけど。……ここは一つ、自分とあなたで、手を組んでみませんか?」

 

『手を組む? どういうこと?』

 

「立場上の関係性で言えば、自分は今、ユノさんの傍でお仕えする身分にあります。なので、自分とユノさんの距離感は少なくとも、あなたよりは近い状況にあると思うんですよ」

 

『そ、それが何だって言うんだよっ! 余計なお世話だ!』

 

「聞いてください。ですが、自分は別に、ユノさんを恋愛対象として見ておりません。なのでここは、彼女のことをより本気で想ってくれている他の方に、彼女を任せるのが一番だと考えているんです」

 

『……そ、そうなん、だ?』

 

 相手の好意を弄んでいるようで、気が引けてしまう。だが、もしも万が一、ユノさんの助けが間に合わなかった場合の可能性を考慮すると、今は菜子ちゃんの身の安全を確保するための手段として致し方なしと、自分を納得させていく。

 

「ここで、自分とあなたが連携して、菜子ちゃんの身の安全を確保できたとします。そしたら、ユノさんはまず、我々に多大な感謝を示すことでしょう。そこで、です。自分は、モブキシという人物のサポートがあったからこそ、菜子ちゃんを確保することができた。と、お伝えします。すると、どうなるでしょうか?」

 

『…………ほ、褒めて、くれる?』

 

「一目、置いてくださると思いますよ。——彼女に意識してもらえる機会となる可能性がありますし、職場が離れているが故の今の距離感を打破するキッカケともなるかもしれません。そう考えてみますと、自分の提案は、そう悪くはないと思うのですが、いかがでしょうか……?」

 

『……………………』

 

 

 

 

 

 一時間後くらいには、菜子が行方をくらましたとされる廃れた町に到着することができた。

 

 モブキシが言うには、数年前にもこの町から住人が撤退。その窮地に追いやった魔物が仲間を引き連れて、今では魔物の住処になっているとのこと。

 

 菜子ちゃんも、どうしてそんな場所に来ちゃうのかな……! という内心を胸に留めつつ、自分は黒色のショルダーバッグを提げた状態で、コケが生えたビルを始めとする植物だらけの建物の森を駆け抜けていく。

 

 魔物に見つかったら危険だった。自分のような普通の人間では、まず太刀打ちできない脅威を孕んでいる。そのため、安易に足音を立てられないし、呼び掛けを行うこともできやしない。

 

 自分は、耳を澄ませて音を聞くことにした。

 ——わずかながら響いてくる、何者かの靴の音。それが確実に人間のものであると認識すると、自分はそちらの音に向かって真っ直ぐと駆け付けていった。

 

 ひび割れた道路。傾げている信号機。ファンタジー色がうかがえる龍明の光景とは対照的に、この街は現代に近しい構造を展開している。

 

 建物と建物の隙間へと続く曲がり角。自分はそこを覗こうとして半身を乗り出した、次の時だった——

 

 ——真正面から走ってくる、見覚えのある制服姿。後ろを振り返っていた“少女”が、自身の往く先で覗いてきていたこちらを発見するなり、手に持っていた金属バットを思い切りと振り下ろしてくる。

 

「——ッ!!」

 

 ……寸前だった。わずか数センチという距離で静止した、目先の金属バット。

 鉄の香りが一瞬だけ嗅覚をくすぐる中、咄嗟に防御した自分を見た蓼丸菜子は、直後にも突然と自分へ飛び掛かってきたのだ。

 

 思わず、「うわっ」と声を上げた自分。——その視界を突き抜けていった、槍のように伸びてきた伸縮自在の金属の攻撃。

 助けられた。押し倒す形で攻撃を回避した菜子がすぐさま身構えて、後ろから迫ってきたのだろう脅威へ金属バットをふりかぶっていく。

 

 だが、バットによる攻撃が炸裂した時にも響き渡ったのは、“金属同士”がぶつかり合う甲高い音だった。

 ——菜子のバットが、グシャリと凹んでいく。そして次の時にも、菜子は“鋼鉄の拳”によって顔面を殴りつけられたのだ。

 

「んぎゃ——!!」

 

 自分の真上を飛んでいく少女。これに「菜子ちゃん!!」と慌てて駆け寄ろうとした瞬間にも、自分の襟を掴んできた“男性”によって、足止めを食らってしまった。

 

「お仲間かい? なら、見過ごせないね」

 

 振り返る自分。その真横を掠めてくる、槍よりも鋭い刃物の腕——

 

 胸倉を掴まれて、自分は持ち上げられた。

 抵抗がままならない。こちらを持ち上げる腕に両手を掛けていったものだが、その腕は鉄に等しい金属の感触で、ろくに掴むこともできやしない。

 

 そして、自分は対象を確認した。

 自分よりも背の高い、茶色のコートにグレーのパンツという大柄な男性。三十代とうかがえる彼は黒色の紳士なハットを着用しており、身体の一部分を鉄へと変化させたサマを晒しながら、サングラスから覗かせた目でこちらを見遣っていたものだ。

 

「用があるのは、あの女の子の方なんだ。聞くに彼女は、“蓼丸(たでまる)ヒイロ”という女性の妹さんだそうじゃないか」

 

「それが……っ、それが、どうした……!」

 

「わたしたちにはね、“彼女”という存在が必要不可欠なんだ。だから、『雲隠れした“彼女”の行方』を喋ってもらうために、まずは妹さんのご協力を仰がないとなんだよね」

 

 蓼丸ヒイロ……!?

 今でも鮮明と耳に残っている、とある女性の名前。同時にして、男性のセリフに違和感を覚えた自分が疑問に意識を向けている間にも、掴まれている自分の横を通り抜けた、一つの影——

 

 凹んだバットで、菜子が男性を殴りつけた。

 響き渡る、金属音。コートの下にある本体が鉄であることを告げる音と共にして、男性は自分を放り投げ、すぐさま菜子へと手を伸ばしていく。

 

 だが、少女は機敏だった。

 ——戦い慣れ。潜り抜けてきた数多の戦場を感じさせる。ただでは捕まらない菜子が倒れ込む自分の前へと立ち塞がり、先ほどの攻撃で完全に折れたバットを他所へと捨てるなり、中腰で戦闘の構えを取る独自の体勢で、男性と対峙した。

 

 ……前後左右。脚をバネにして、いつ、どこにでも飛び出せるような構えの菜子。先ほどの機敏な動作からもうかがえるように、彼女は独自に確立した戦闘スタイルを得意とするらしい。

 

 これを見て、男性は鼻で笑うようにして一歩踏み出した。

 ——大地を蹴り出す少女。極度に短く、高速なステップ。そこから瞬間的に動作を止める不規則な動きで男性を警戒させていくと、次の瞬間、脇を引き締めた状態かつ、上半身で殴り抜けるようなフックを菜子は繰り出したのだ。

 

 鋼鉄の顎を捉える。その強度は、生身で突破することは絶対に叶わない。

 しかし、菜子の一撃は、身体の一部を鋼鉄に変化させる相手をも、仰け反らせることに成功した。——鉄の上から加えられたそのフックによって、男性は思わず数歩と退いていく。

 

 だが、それ以上に菜子が重傷を負っていた。

 鋼鉄を殴りつけたのだ。フックをかました拳は潰れ、滲んだ血の色で染まった拳をかばうようにしながら少女は悲鳴を上げていく。

 

「菜子ちゃんっ!!」

 

 怯んだ少女へと、怒りに満ちた男性が鋼鉄の拳を振るってきた。

 駆け出した自分では、菜子の下へと到達できない。懸命になって手を伸ばしていくものの、それは決して、少女を掴むことも許されない。

 

 直撃する。届かないことを悟り、この想いだけでも届いてくれと、自分は祈り出す。

 間に合わない。菜子も戦慄する表情を向けていた、振るわれた攻撃の着弾点——

 

 ——二人を遮るよう、真上から降ってきた黒色の軌道。“それ”が男性の拳に殴られると、周囲には甲高い音を伴った衝撃波が行き渡る。

 

 ……足を止める自分。それでいて、この視界で呆然と佇む菜子の姿。

 男性の拳は、菜子よりも大きな存在に直撃していた。そして直にも、自身のこめかみを殴りつけた相手へと、“彼女”は真っ直ぐな瞳を向けていく——

 

 ——灰色混じりの白髪ポニーテール。先の衝撃で揺れるそれとは相反して、本体である彼女は微動だにしなかった。

 目だけを動かし、こめかみの拳を確認していく。そんな彼女の様子を目の前にして、男性はというと、動じない敵に対して動揺を見せ始めたのだ。

 

「な、なんで、わたしの攻撃が、通じな————」

 

 一歩、彼女が踏み出す。

 

 勢いをつけ、横にターンしてから繰り出した、突き出す蹴り。鮮やかな軌道で敵の腹部を蹴り付けたその瞬間、未知数である破壊の衝撃によって自分の視界はホワイトアウトした————

 

 

 

 

 

 ……木っ端微塵の瓦礫が降りかかる。意識が戻り次第に自分は倒れていることを認識し、共にして、吹き飛んだ先に居たのだろう自分をクッションにした菜子が、この上に乗り掛かっていた。

 

 自分は、少女を抱えるようにして起こしながら声を掛けていく。

 

「な、菜子ちゃん、大丈夫……?」

 

「ぁ、ぁぁ、ぅん……ヘーキ。ありがと……」

 

 拳をかばう少女を抱えつつ、自分は前方を見遣っていく。

 ……街の建物に刻まれた、真横に広がる巨大なクレーター。廃れた街の面影すらも残さない光景に、地面が抉れ、宙を舞う埃すらも消し飛ばすほどの破壊力がうかがえる。

 

 前方には、平然と佇むユノが存在していた。これに自分は菜子を立ち上がらせつつ、ユノの下へと駆け寄ってクレーターの痕跡をまじまじと見つめていく。

 

 ——あの男の姿が見えない。見渡してもうかがえないその存在に、自分はユノへと問いを投げ掛けたものだ。

 

「…………先ほどの男は、どこに行ったんでしょうか……?」

 

「もういないわよ」

 

 淡々と答えてきた彼女。これに自分は、ユノへと振り向いていく。

 

「いないって……どこかへ飛んでいってしまった、ということでしょうか……?」

 

「いいえ。言葉通り、彼はいなくなったわ。——懸命になって全世界を捜索しようとも、もう、彼という存在を見つけることは不可能でしょうね」

 

 ……背筋を伝う悪寒。言葉にできない感情に一瞬と喉を詰まらせると、次にも自分は、彼女へとそれを訊ね掛けていったのだ——

 

「——いなくなった。ではなく、“消し飛ばした”、でしょう……!?」

 

「そうね」

 

「そう、って……っ。ユノさん、あなた、まさか……自分が何をしたのか、お分かりになっていないとでも言うんですか……!?」

 

「? 敵を排除することの何がいけないの?」

 

「何が、って——」

 

 迫るユノ。直後、自分の背後にあった壁に、穴が開く。

 ——右脚で壁ドンを行ってきた彼女。これに自分は言葉を失っていくと、ユノは自身の脚に寄り掛かるように肘をつきながら、そのセリフを繰り出してきたのだ。

 

「私達にとっての敵は、あの男だった。そうよね?」

 

「……攻撃を仕掛けられた以上、確かにあの男は敵だったでしょうね……」

 

「そう。あの男は、私達の敵だった。——でもね、私達が彼を敵であると認識していたように、あの男からすれば、私達が敵として映っていたはずよ」

 

「…………?」

 

 脚についた肘で、頬杖をつくユノ。傍では様子をうかがう菜子が歩いてくる中で、ユノはこちらへとセリフを続けてくる。

 

「『人に限らず、生物というものは基本、分かり合えないようにできている』。私はそう考えているわ。だから、生物というものは衝突するし、敵とみなした存在に対しては、正義の鉄槌の名の下に、容赦の無い無慈悲な攻撃を加えていく。その分かり合えない思想同士が衝突し合った時に発生するのが生存競争なのであって、この行為自体は、生物が共存する上で、絶対に避け様のない必然によって起こるものなの」

 

「……それが、何だと言うんですか……!」

 

「お互いを理解することができないから、衝突というものが引き起こされる。あの場面においても、そうだった。彼らに従いたくない菜子ちゃんと、菜子ちゃんという存在を必要とする彼ら、という対峙の構図。こうして発生した相反する意思の衝突は、双方の理解と納得で決着をつけるような話し合いなんかでは、絶対に解決しないのよ」

 

 頬杖から、手の甲に寄り掛かるようにするユノ。その上目遣いは自分を捉えていて、かつ、冷酷な陰りに染まっている。

 

「だから、力で決着をつけるの。生物というのは本当に自分勝手な存在で、力にものを言わせることでしか、物事に決着をつけられない。——じゃあ、こちらから手を出さないようにしてみる? それは逆効果よ。何もしてこないと踏んだ敵は間違いなく、恰好の的としてこちらを標的に定めてくるわ。……それがたとえ、争いたくないが故にこちらがどんなに我慢して耐え続けたとしても、敵はそれを好都合と解釈して、より一層と激しい攻撃を仕掛けてくるようにできている」

 

「だからと言って、あの男を殺していい理由にはなりません……!」

 

「違う。だからこそ、黙らせるの。——それも、時間をかけずに、一瞬で」

 

 ——ゆっくりと脚を下げていくユノ。その間も彼女はこちらの目を真っ直ぐと見つめながら、そうセリフを続けてくる。

 

「私はきっと、貴方が考えているほどの人間ではないことでしょう。正義のヒーローを語るつもりも無いわ。——私はね、自分に従って生きているだけなの。どんなに自分勝手に思われようとも関係無いわ。ただ私は、自分に正直に感じて、自分に正直に考えて、自分に正直な行動をとっていく。だから私は、敵とみなした存在には容赦をしないし、心の底から愛した人間の妹さんを、この命に代えても守ってみせるつもりでいる」

 

 すぐ隣で佇んでいた菜子の方へと、ユノは向いていく。そして彼女は歩き出すと、菜子へと手を伸ばしていったのだ。

 

 だが、菜子は一歩下がってしまう。……これにユノは動きを止めて、目で語るようにじっと少女を見遣っていく。

 直にもユノは、菜子の負傷した拳をゆっくり手に取った。それを両手で包み込むようにして、次第と少女の背に手を回したユノは次にも、菜子という少女を優しく抱きしめていったのだ——

 

「……菜子ちゃん。大切なお姉さんを奪ってしまって、本当にごめんなさい。——こんな謝罪の言葉が、貴女への贖罪になるとは私も思っていないわ。だけど……もしも菜子ちゃんが、私が貴女への罪を償うことを許可してくれるのであるならば、私は貴女に、尽くせるだけの誠意を尽くしてみせると約束する。……絶対に」

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