脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第13話 脅威に晒される世界で生きるということ

 昼下がりの龍明にて、町長室に訪れていた自分はネィロに資料を手渡していく。

 

 まとめられた紙束には、びっしりと連ねられた文字とグラフがうかがえる。その全部に自分は目を通したわけではないが、目についた文章をざっと読み取った雰囲気からするに、探偵として完遂した業務の報告書と、龍明への移住を希望する人間の、その査定の途中経過という内容が記されているように見えた。

 

 自分から受け取ったネィロ。「おぅ、さんきゅ」とまとめられた紙束を軽く流し読みすると、ふと彼はこちらへ声を掛けてきた。

 

「それでよぉ、カンキちゃん。どんなもんよ、最近は。住み付いてからすぐにもギルドファイトに立ち会ったりしてよ、今じゃ随分とギルドタウンってモンに慣れてきたんじゃねぇの?」

 

「そうですね。今では自分と関わってくださっている仲間達もいることから、とても快適に毎日を過ごすことができています。それでも最初は戸惑うことばかりでして、覚えることも多かったことからロクに業務もこなせずに、ユノさんからはどやされまくったものですよ」

 

「ぷふっ、っはっはっは! 目に浮かぶぜ、鮮明とな。ぁあ、ユノのやつ、男が相手だとまるで容赦しねぇから、カンキちゃんも随分と苦労してるな? えぇ?」

 

「ですが、ユノさんのおかげで、こちらに住まうことを許されているようなものですからね。俺に手伝えることがあるのでしたら、ユノさんのお力になりたいとは思っています」

 

「おおぅ、相変わらず真面目ちゃんだなおい」

 

 サングラスの位置を直す仕草を交えるネィロ。そして回転するイスをキキィッと鳴らしながらこちらに向いてくると、彼は見透かすようにそんなことを訊ね掛けてきたのだ。

 

「——何かあったな? さては。思う所あるんだろ、ユノによ」

 

「え? ……まぁ、そうですね」

 

 ……先日にも目撃した、敵である異能力者の男性を消し飛ばしたユノの姿。その蹴りの一撃は廃れた街に横殴りのクレーターを残していき、その規格外の破壊力を前にして、自分は彼女の“行為”を申告するべきかどうか悩んでいた。

 

「……ネロさん。俺、ユノさんのことについて、あなたに告げるべきかどうか悩んでいることがあるんです」

 

「ん、まぁなんだ。取り敢えずソコに座れよ。オレちゃんが紅茶淹れてやっから、その間にでも、話すこと頭ん中で整理しておきな」

 

 長テーブルへと移った、自分とネィロ。向かい合う形で先日のことを話した自分は、話し終えた瞬間にも罪悪感に苛まれたものだった。

 

 こちらの話を親身になって聞いていたネィロ。脚を組み、顎に手をつけて暫しと考えに耽っていくその様子。それに、自分は顔色をうかがうような視線を向けていると、次の時にもネィロはそのセリフを口にしてきたのだ。

 

「カンキちゃん的にはよ、ユノの行いについて、どう思うよ?」

 

「俺が、ですか。……まず第一に思ったのが、いくらなんでもやりすぎだ、というものでした」

 

「違いねぇ。だが一方で、カンキちゃんには迷いが生じている。——やりすぎなユノに対して、どこか共感できてしまえる部分があるものだから。そうだろ?」

 

「…………」

 

 否定はできない。現に世界は、“それによって成り立っている部分”もあるから——

 

「納得、いかないかい?」

 

「……頭では解っているんです。ただ、もっと他にやりようはあったハズだとも思えてしまいます。それこそ、相手と話し合ってみるだとか、他の条件で何とか妥協してもらうだとか……」

 

「んまぁ、ユノが選択した手段はよ、外敵を退けるのに最も有効な、最短かつ最小限の被害で済ませる方法だったってことだな」

 

「それも、やむを得ない場面ではありました。現に、あの時ユノさんが対処してくれていなかったら、まず菜子ちゃんは確実に拉致されていたでしょうし、俺もあの場で始末されていたかと思います……」

 

「最適解——とまでは言い切れないけどよ、実際にアイツのとった行動は結果的に、カンキちゃん達の未来に繋がったことは確かだ」

 

「……一人の未来が、潰されました」

 

「オレちゃん解った。カンキちゃんはな、優しいんだよな。まあ、だから、そう思うのも無理もねぇってなもんだろうさ」

 

 向き合うこちらに、穏やかな調子でネィロは続けてくる。

 

「ユノのように、潔く割り切っていけとまでは言わねぇさ。その優しさをずっと忘れずにいられるのも、れっきとしたカンキちゃんの長所なんだからな。——しかし、そんな平和主義者のカンキちゃんに対してもよ、現実っつぅモンは容赦なく降りかかってくる。それも、性質の悪いことに、こいつぁ誰も避けようが無い必然としてやってくるのさ。……そこで、この必然をできる限り緩和する目的で生み出された制度こそが、ギルドファイト制度ってなもんよ」

 

 自分の目が訴え掛けていく。……それが、何に繋がるのか、と。

 

「カンキちゃんに限らず、誰もがよ、争いなんかしたくねぇんだ。——が、ユノの言う通りよぉ、生き物ってのは、完全には分かり合えねぇようにもできている。残酷にもな。……そんな必然に抗うべく、ギルドファイト制度が生み出された。こいつぁ、町の貢献度で勝敗を決めるシステムだ。んで、最小限の被害に留めたその私闘は、誰もが傷付かず、かつ、与えられた余裕ある時間の中で、お互いに納得し合うためのキッカケとなって機能している」

 

 ラミアとレイランのいがみ合いを思い出す自分。あれも今思えば、先日の時と同じような異なる意思同士の衝突であったとも言えるだろう。

 

「……周りにも、本人達にも被害が及ばないよう工夫されていただけで、何気なく暮らしている日常の中でも実は、先日のような意思の衝突は発生しているんですね」

 

「無理に理解しろとも、無理に納得しろとも、オレちゃんは言わねぇ。カンキちゃんの持つ優しさも、この世界には必要とされているからさ。——ただよ、今回のユノの件も含めて、“この世界はそうして成り立っている”って認識をどうかよ、記憶の片隅にでも置いといてくれると助かるぜ。……どうしても避け様がない、必然という形でな」

 

 と言って、イスから立ち上がったネィロ。そこから自分の下へと歩み寄ってくると、こちらの肩をトントンと叩いて声を掛けていった。

 

「話をして、スッキリしたか?」

 

「……自分なりに考えを整理することができました。ありがとうございます」

 

「ぉう、また何かありゃオレちゃんに相談しろ。いつでも話を聞くぜ」

 

 お礼をして、町長室から去ろうとする自分。と、そうして部屋の扉を開けて、それを閉じようとした時だった。

 

「ぉ、そーだった。——カンキちゃん、ちょい待ちな!」

 

 呼び止めてくるネィロに、自分は動きを止めて振り返る。

 何か別件だろうか。そう思って彼の言葉に耳を傾けると、次にも聞かされたのは“町の住人”についての話だった——

 

「なんでしょうか?」

 

「全く関係ねぇ話になるんだが、先ほどにも“新たな住人”が此処に到着したと連絡があったもんでな。そいつぁ出戻りの形で帰ってきた、龍明に馴染みのあるヤツなもんだからよ。カンキちゃん、これからでも“そいつ”んとこに顔を出して挨拶してこい。いいな?」

 

 

 

 

 

 広いフロアに散りばめられた丸テーブル。ソファや仕切りが無い解放感あるその喫茶店ではよく、ラミア、レイラン、アレウスといったメンツと昼食を共にしている。

 

 この店の前を通り掛かった時にも、自分は普段と異なる店の様子に注目していった。

 喫茶店に集いし、黒服の屈強な男達。皆がサングラスに通信機を装備して、何かの警護にあたっている。見慣れない状況に自分は店の透明ガラスを見ていくと、その先でうかがえたのは黒服に囲まれたラミアの姿だった。

 

 ……誰かと話している。談笑している彼女の姿に自分は店へと足を運び、警護の男達に鋭い視線を向けられながら踏み入った店内。

 

 喫茶店に入るなり、自分は視界の中央に映った光景へと見遣っていく。

 ——警護の男達に囲まれながら、自分達は丸テーブルを囲んで話し込む四名の姿。その三名がラミア、レイラン、アレウスといういつものメンツであったものだが、あと一人である“見慣れない女性”を確認するなり、自分は周囲の状況に納得してしまった。

 

 翡翠色の麗しきドレス姿の、雅やかなその女性。口に手を当てて上品に微笑むその姿は、触れたらひび割れてしまいそうなほどに繊細な雰囲気を醸し出している。

 

 イスに座ったその状態で、百七十八はあるだろう高身長。ミルクティーカラーの長髪は膝辺りまで伸びていて、長いまつ毛や翡翠色の瞳、肌の透明感や頬の感じが、人形を思わせる。翡翠色のドレスが高貴なシルエットを象りつつ、白色の手袋に、翡翠のかんざしというその風貌は、説明が無くとも裕福なお嬢様であることが分かった。

 

 凛々しくてたくましいユノとは異なる方向性で、女性はとても美しい人物だった。これに自分は謎の後ろめたさを感じながら四人の下へ合流すると、こちらを見たラミアが、おいでおいでと手で招いてきたのだ。

 

「あ、ようやく来ましたね。今日は遅かったじゃないですかー。ホラ、カンキさんもご一緒しましょうよー。——なんとですね、イマなら全額“カノジョ”の奢りですから。なので、ココはひとつ、カンキさんもご厚意に預かった方がおトクに済みますよー??」

 

 口元に手を当てるようにして、こちらへ掛けてきたセリフ。これにレイランが呆れ気味に突っ込んでいく。

 

「ちょっとラミア、あんまそういう言い方をしない方がいいって。……カンキ君これから昼休憩でしょ? なら、一緒にどう? せっかくだから、挨拶も兼ねてさ」

 

 手で席へと促してくるレイラン。これに自分は甘えるよう席に座っていく中で、先ほどからずっと、じっと視線を投げ掛けてくる無垢な瞳と向き合っていく。

 

 丸テーブルを挟んだ向かい側。自分よりも背が高い女性の、相手から言葉を掛けてくるのを期待して待ち続けるサマに、自分はその期待に負けるよう話し掛けていった。

 

「初めまして……ですよね?」

 

「まぁ! 初めまして!」

 

 ぱぁっ、と表情を明るくして手を合わせてきた女性。これに自分がセリフを続けていく。

 

「ギルドマスターのネロさんから、少しだけお話をうかがいました。——俺は、柏島歓喜といいます。まだこちらに来たばかりの新参者ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、メデューズ財閥宗家の第十五代当主ブルイヤールの娘であります、“ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズ”と申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

「ど、どうも……ニュアージュ、さん……?」

 

「お気遣いなく! ニュアージュとお呼びくださいませ」

 

 雪崩のように押し寄せてきた情報量。彼女がニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズという名のお嬢様であることを把握して、自分は会話を続けていく。

 

「以前にも、こちらにお住まいになっていたとおうかがいしましたが……?」

 

「はい! 清らかな空気に包み込まれるこの町、龍明は、わたくしの身を隠すのに絶好な環境でございました。ですので、わたくしはしばらくこちらに滞在していた時期がございます」

 

「身を隠す?」

 

「わたくし自身、外部からの脅威には、常に警戒を払わないといけない立場に置かれているものですから」

 

「それはまぁ、ご苦労が絶えないようで……」

 

 これを聞いていたレイランが、ニュアージュの説明に補足を加える形でセリフを口にする。

 

「見ての通りだと思うけど、ニュアージュはいつ狙われてもおかしくない身分の人間なの。それでね、何でも屋の仕事の関係でメデューズ財閥と親交があったマスターが、ニュアージュの隠居を手伝ったことがあるんだよ」

 

「それじゃあ、ネロさんを通じて、ニュアージュは一度ここに移り住んだことがあるんだ」

 

 レイランの説明に、ニュアージュは「ご説明いただき、ありがとうございます」とおっとりなお礼を述べてから、引き継ぐように彼女が喋る。

 

「その際にも、レイラン様、ラミア様、アレウス様にはお手数をおかけしましたね。おかげ様でわたくしは、隠居生活に留まらない刺激的な日々を送ることができました。——こちらで学びました、何でも屋としてのノウハウは、わたくしにとってかけがえのない財産として今も大切にしております」

 

 ……それが、以前までの話であるならば、それじゃあ今回は一体どんな件でこちらに戻ってきたんだろう?

 

「それでなのですが、ニュアージュさん。再びこちらに住まいを移したということは、今回もそうせざるを得ない事情があるんですね……?」

 

 気になった疑問をそのままぶつけていく。そんな自分の問い掛けに、ニュアージュは一瞬だけ口を噤んでいくと、次にもその説明を始めてきたのだ。

 

「はい。と言いますのも、昨今にも頻発するようになりました、多種多様な魔物による多大な被害の報告を受けまして、メデューズ財閥当主のお父様はわたくしに、安全圏への避難を命じられたのです」

 

「魔物による被害の、頻発?」

 

 ……自分は耳にしていないぞ、その情報。不思議に思った自分の表情が、向かい側の店の窓に映り込む。

 

 それに目が行った時にも、ふと自分は些細な変化に気が付いた。

 ……それは、この話題が出てきた瞬間にもわずかに見せた、どことなく落ち着きがないアレウスの目の動き。勘違いかもしれないほどの小さな動きに自分は不思議に思いつつも、この時間はニュアージュとの会話に花を咲かせたものだった。


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