脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第15話 アフターストーリー -Seeking a reunion編-

 自分が住む、龍明の一軒家。豆腐のように四角い空き家を借りたこの家は、倉庫としての運用が目的とされていたのかもしれない。そんな小さい空間ではあったものだが、住むには十分な環境であったことから、今でも快適に暮らせていたものだった。

 

 そんな自分の住む建物の横には、同じく豆腐の空き家が存在していた。周辺にも似たような空き家が倉庫として使用されていたのだが、その隣の建物へと自分は尋ねかけて、取り付けられたインターフォンを鳴らしていく。

 

 ……ちょっとして、ガチャッと扉が開く。

 そこから姿を現したのは、学生服を模した風貌の少女。こちらの顔をうかがうような、どこか不安そうな表情で見つめてくる彼女へと、自分は挨拶を掛けていった。

 

「おはよう、菜子(なこ)ちゃん。昨日はゆっくり休めたかな?」

 

「…………まぁ、うん。そう、かな……」

 

 口先を尖らせた少女、蓼丸菜子。龍明に移り住んできたばかりの少女は、周囲の目を気にするようにしながら口を開く。

 

「……ホントに寝込みを襲われなかった」

 

「襲う……?」

 

「うん……。アタシを此処におびき寄せて、ひと気の無い場所で密かに始末する算段なのかなって、思ってたから……」

 

 ……相当なまでに追い込まれた環境で過ごしていたことが、容易く想像できる。

 とても苦しく、まともに休むことも許されない日々を送っていたのかもしれない。自分は手で外へ促しながら、菜子を誘っていく。

 

「ユノさんから、指示を受けてるんだ。今日一日、菜子ちゃんに龍明を案内するようにって。良かったら、ちょっと散歩してみない? 気分転換もかねてさ」

 

「あぁ、うん。……名前、なんだっけ」

 

「俺は柏島歓喜」

 

「カシワジマ……じゃ、カッシー、って呼ぶね」

 

「カッシー?」

 

「カッシーってさ、戦えるの?」

 

「え、戦う……?」

 

 探るような目。菜子の、未だに拭えない不安感がうかがえる。

 

「菜子ちゃん。大丈夫だから。この町にいる限りは、誰かと戦うなんてことは絶対に起こらないから」

 

「そんなこと言われても信じらんないから、直接見てから決めるつもり。——そのためにも、備えとして戦力は必要になるから。この環境じゃ、土地勘の無いアタシの方が不利だし」

 

「……菜子ちゃん、俺に任せて。菜子ちゃんに何かあったら、俺が守るから」

 

 意外。こちらの言葉を耳にした菜子は、次の時にも鼻で笑うような反応を示した。

 

「ふっ、ごめん。なんかウケる。アタシより戦えなさそうなのに、よくそんなこと言えるよね。……でも見張りをつけるなら、アタシなんかに簡単に倒されるような人なんか寄越さないか。——カッシーはなに、都合の良い捨て駒なの?」

 

「捨て駒にされてもおかしくない程度には、俺は弱いかもしれない。だから、そっちの意味で安心して。俺が怪しく見えたら、いつでも殴り飛ばしていいから」

 

「なにそれ、イミ分かんなくてウケるんだけど」

 

 作った嘲笑で言い切る菜子。だが少しして少女はこちらを見てくると、次にも見定めるような目を向けながらそのセリフを口にしてきたのだ。

 

「じゃ、美味しいものをお腹いっぱい食べたい。もちろん、カッシーの奢りでよろしく」

 

「菜子ちゃんのためにって、ユノさんからお金を預かってきているから、安心して。だから、遠慮せずに好きなだけたくさん食べようね。——ついてきて菜子ちゃん。町の中央で、一緒に飲食店を物色しよう」

 

 

 

 

 

 と言って訪れた場所は、いつもの喫茶店だった。

 本当にここでいいの? もっとガッツリ食べられるお店とかあるよ? と訊ね掛けた一方で、菜子の答えは「全面窓ガラスだから、周囲の様子をうかがえて都合が良い」というものだった。

 

 警戒心が残るのも仕方が無い。自分は訪れた喫茶店で菜子に食事を振る舞っていき、テーブルいっぱいに広がる料理と空のお皿という光景に立ち会っていく。

 そして、菜子は貪るように食べ物を頬張っていた。絵面的には女の子として問題のあるものだったが、欲求のままにお腹を満たしていく様子はなんだか、安心感まで覚えてしまえる。

 

 それでも、周囲への警戒は怠らない菜子。自前の黒い金属バットをイスに立てかけたその状態で、少女はふとこちらの背後へと視線を投げ掛けた。

 

 警戒? 自分は振り返っていく。するとそこには、こちらを覗き込むようにしていたアレウスの姿があった。

 

「あぁ、アレウス」

 

「…………?」

 

 見慣れない子が、いるけど、一体、どうしたの?

 

 寡黙な青年の口パク。しかし伝えたい言葉が脳裏によぎるこの感覚に、菜子は目を真ん丸にしながら眺めてくる。そんな少女を一旦置いといて、自分はアレウスへと伝えていった。

 

「急遽、新しくここに住むことになったんだよ。名前は、蓼丸菜子。ユノさんの知り合い的な感じで、ネロさんからの許可を得て龍明で保護することになったんだ」

 

「…………!」

 

 よろしく、蓼丸菜子。

 

 快く迎え入れようとしてくれたアレウス。だが、菜子はイスを退けるように立ち上がっていくと、俊敏な動作で金属バットを手にするなり身構えてしまう。

 

 手練れな動きだった。しかし、これに自分は慌てて落ち着けていく。

 

「菜子ちゃん! 大丈夫だから! ——アレウスも、せっかく挨拶してくれたのにごめん! 菜子ちゃんはまだちょっと、龍明に馴染めていないところがあって……!」

 

「…………!」

 

 アレウスもビックリしたらしい。両手を小さく上げてお手上げの意思を見せて佇む彼に、菜子はうかがうような視線を向けながらも、こちらにそれを訊ね掛けてきたのだ。

 

「っ……ねぇカッシー、この人ホントに無害なの? ——なんか、すごくヤな感じがする……」

 

「菜子ちゃん、大丈夫だから落ち着いて。住んでる人達はみんな良い人だから、警戒しなくてもいいんだ」

 

「ごめん。やっぱアタシ、ここに住めないかも」

 

 バットを身構えたままの菜子。その少女に対して、申し訳なさそうな顔をするアレウス。

 

 ……緊張が走る空間。気まずい空気が流れ出し、自分は菜子を連れてこの店を出るべきかと考え始めた、その時だった——

 

 ——それは、元気が有り余る調子で喋る“男の子”の声。

 

「あれぇ!? なんか初めて見るカオがいる!! もしかしてオマエ、例の柏島(カシワジマ)歓喜(カンキ)!!?」

 

 よく通る声だった。それに自分を含む三名が声の主へと振り返っていくと、見るなり駆け足で寄ってくる一人の男の子が乱入してきた。

 

 男の子と言えども、その背丈は百七十四。暴れるようなヴィジュアル系の黒色ショートヘアーというそのナリは、彼から見た右目が青色、左目が黄色という光の無いオッドアイをガンガンに見開いていく様子でより強調されている。

 

 服装は、両肩からずり落ちた黒色のパーカーに、七分丈の黒色のパンツというもので、それぞれに眩しいほどのピンク色のラインが入っている。加えて、全身タイツの要領である黒色のインナーを着用し、黒色とピンク色の靴で駆け寄ってくるなり、彼は見慣れない顔であるこちらへと一気に覗き込んできた。

 

「うわぁーー!!! ユノが認めたヤツって聞いてたから期待してたけど! なんか思ってたよりフツー!!! アッハハハハ!!! マジ笑える! で、オマエ柏島歓喜だよな!!? え、違う!?」

 

「は、初めまして……仰る通り、俺、柏島歓喜だけど……」

 

「だよなァ!! なんかそんなカオしてるモン!! あ、オレオレ。オマエはオレのコト聞いてる?? 知ってる?? ねぇねぇ」

 

「いや……初めましてだけど……」

 

「えじゃあ知らない!? ならジコショーカイ要るよね!!? オレ、“オキクルミ・トリックマスター”って言うから覚えて!! 絶対!! いい!?」

 

「よ、よろしく、オキクルミ……」

 

 オキクルミ・トリックマスター。そう名乗った彼は、目玉が落ちそうな勢いで見開きながらこちらに迫って来る。その距離も初対面とは思えないほどにだいぶ近く、鼻先が当たってもおかしくないくらいの迫り具合で初対面を果たしたものだった。

 

 ……それでいて、オキクルミという名前には聞き覚えがあった。この時にも脳内に巡ってきたのは、先日にもこの喫茶店で交わしていた、ラミアとレイランの会話——

 

 

 

『アレウスさんはー……まー、そーですね。今現在、龍明であのヒト(ユノ)に食い下がれる何でも屋は誰かと問われましたら、ウチはアレウスさんと、“オキクルミさん”の名前を挙げますけど……』

 

『おおっ! 珍しくラミアと意見が合った……。私も、その二人の名前を挙げるかも!』

 

『数あるご依頼への対応力や、戦闘のセンスを加味して考えますと、そのお二方が残るのは必然かと——』

 

 と、ラミアはふと思いついたようにハッとすると、次にも彼女はレイランへとそれを持ちかけたのだ。

 

『レイランさん。ここは一つ、賭けをしませんか?? もしも、万が一、アレウスさんとオキクルミさんがギルドファイトで勝負することになりましたら、レイランさんはどちらに賭けます??』————

 

 

 

「ドコ見てんの??? なんか思い出してた??」

 

 光の無い笑み。剥き出た目玉でギョロッと見遣り、吊り上げた口角が頬に刻み込まれる。意識を途方に飛ばしていたこちらへとオキクルミは尋ね掛けると、首を九十度と傾けながら、再度とセリフを口にした。

 

「オレのコト、知ってたでしょ?? ね???」

 

「聞き覚えはあったけど……どうしてそれを……?」

 

「そんなカオしてた」

 

 ニヤッ。笑っていない満面の笑み。矛盾しているようなそれに自分は言葉を失っていく中で、オキクルミはふと、バットを構えていた菜子に気が付いていく——

 

「あれェ!!? 見慣れないカオがもう一つ!? なんで!? もう一つの柏島歓喜!?」

 

 ズカズカ。場の空気を読まない前進。迫るオキクルミに、菜子は警戒のまま数歩と引き下がっていく。

 

 だが、彼は止まらない。少女の様子も見ない。自分はそれを止めようとして手を出したものだったが、時すでに遅し。躊躇なく近付くオキクルミを見て衝動に駆られた菜子は、次の時にも悲鳴のような声を上げてバットを振るってしまったのだ。

 

 止めようがない。ただ自分は、「待って菜子ちゃん!!」と声を上げて駆け出していく。しかし振るわれたバットはそのままオキクルミのこめかみに直撃してしまい、これを受けた彼の頭からは、“大量の針金が生え始めた”——

 

 ——ぶつかったバットを呑み込んでいく、パキパキと音を立てながら蠢くそれ。まるで意思を持つかのように針金はバットへと絡みついていくと、直後にも伝うように菜子の手元まで伸びたそれによって、少女は金属バットを取り上げられてしまったのだ。

 

 ……怯える菜子。自分はすぐ少女に近付いて、抱き留めるようにしながら「大丈夫だから、落ち着いて!」と声を掛けていく。

 

 その間にも、オキクルミは「お?」といった様子で、持ち上げられていたバットへと振り向いていた。それでいて、衝撃を受け止めた針金の束を気にすることなくバットを手に取っていくと、次にも彼はニッとしながら、剥き出した目でそうセリフを口にしてきたのだ。

 

「クリーンヒット!!! ヨワいとこ、よく知ってるね!!! コッチの柏島歓喜はもしかして強いの!? ねぇねぇ!!」

 

「オキクルミ! この子を驚かせないでくれ! 頼む!」

 

「驚かせる?? いつのハナシしてんの?? ——てか結局、どっちが柏島歓喜??」

 

 気に留める様子もなく、オキクルミは純粋な疑問に首を傾げていた。

 

 と、彼の背後から手を伸ばしたアレウス。それをオキクルミの肩に置いて彼を振り向かせていくと、アレウスは語ることもなく無言で静止を訴え掛け始めた。

 

 ……視線がぶつかり合う二人。不気味なほどに冷たい沈黙が流れると、ふと、オキクルミは思い出したようにそう喋り出したのだ。

 

「——あぁそうだそうだ!!! ねぇアレウス、“ギルドファイト”の件、考えてくれた?」

 

 突然の単語。これにアレウスが手を離してオキクルミから距離を取ると、アレウスに構う事なくオキクルミはそう続けていく。

 

「最近になって、魔物の数が急激に増えてきてるってハナシは、もう聞いてるよね?」

 

「…………」

 

「それってさ——オマエのせいなんじゃねーの」

 

 ドスの利いた、落ち着いた声音。光の無い瞳はそのままに、細めた目つきと、ハキハキとした口調でオキクルミはアレウスと向き合っていく。

 

「オマエが来てからさ、龍明周辺における魔物の被害報告が増えてきてんだよ。それだけじゃなくて、日を追うごとに魔物の数自体が着実に増えつつあってさ、その影響で、近隣の農村や村里が危険な目に遭ってんだ。で、オレはさ、魔物の数が増えつつあるコトを把握してたから、それで先回りしてヤツらを狩猟して、なんとか近隣の平和を保ち続けてきたワケなんだけど——」

 

 菜子から取り上げたバットを、自身の手に軽く打ち付けていくオキクルミ。先ほどまでの破天荒なサマとは別人格の、落ち着きながらも秘めた怒りを漂わせたその声音を以てして、オキクルミはアレウスへとそれを言ってきたのだ。

 

「——ショージキ、こんないたちごっこを続けてちゃあさ、結局、何の解決にもならねーよな?」

 

 バットを手放したオキクルミ。そして、彼のパーカーの袖から伸びてきた針金がキャッチして、床に置いていく。それと同時に、パーカーの内側から伸びてきた針金が蠢いていくと、パーカーの内ポケットから一つのファイルを取り出すなりオキクルミへと手渡してきたのだ。

 

「魔物の出現報告と、魔物討伐の依頼件数。それと、龍明の周辺地域における、出現した魔物の種族や生態系から、襲撃する際の傾向をまとめた対策用の資料。他、襲撃を受けた現地での証言や、捕獲した魔物の解剖結果といった、多岐に渡る過去数年分のデータが、このファイルに入ってる。——コレにはね、オレが毎日欠かさずに記録していたお手製の統計に加えて、ユノに依頼して集めてもらったデータも入ってるんだ」

 

「…………」

 

「それでさ、この過去数年分のデータを見ててさ、オレ気付いちゃったんだよね。何だと思う? それはさ——“アレウスが龍明にやってきた日”を境にして、龍明の周辺地域で“獣系の魔物”が急増してるんだよ」

 

 アレウスへと寄っていくオキクルミ。互いに触れ合う至近距離まで詰めてきたオキクルミは、目玉をギラギラとさせながらアレウスにそれを問い掛けた。

 

「心当たり、あるんでしょ??? なんでそれを解ってて、オマエはずっと黙ってんの、ねぇ?? もしかしてさ、それを喋ったら、“みんなを敵に回すかもしれないから”とか、そんな理由で黙ってるんじゃないよね?? ね???」

 

「…………」

 

「あとさ、コレ周りの人に見せたらさ、みーんな、アレウスのコトを疑い始めたよ?? そんな代物をさ、ギルドマスターに見せちゃったら、一体どーなるのかな?? どんな反応するのかな? すごい気にならない?? なるよね??」

 

 剥き出した目玉で首を傾げていくオキクルミ。これにアレウスは複雑な心境の表情でただただ向き合うだけであったため、オキクルミはうんざりといった顔で息をつきながら、そう会話を締めくくってきたのであった——

 

「んじゃ、コレ、ギルドマスターに提出してくるから。で、オマエにホントのことを喋らせるための“ギルドファイト”を宣言してもらうから、そこんトコよろしく。——オレ、ホンキで龍明の人達を守りたいって思ってるからさ。オマエに疑いがある以上、情けなんてできねぇから。覚悟しろよ」

 

 

 

 【1章2節:Seeking a reunion ~END~】

 

 【1章3節:縄張り争い】に続く…………。


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