脇役系主人公は見届ける   作:祐。

16 / 39
第17話 付き添う者

「まぁ、カンキちゃん今日もお使い頑張っているわねぇ! これ、良かったら持って行って!」

 

 魚市場のおばさんがそう言ってくれると、一匹の大きな魚を自分へと手渡してきた。

 赤色で肉厚な、タイのような立派なそれ。真昼の龍明が、その獲れたての新鮮さを一層と輝かせていく中で、自分は感謝の気持ちと共にお礼を述べていく。

 

「今日も頂いてしまってよろしいんですか? いつもありがとうございます。毎度とサービスしてもらっている気がして、ただただ恐縮するばかりです」

 

「そんなこと、若いんだから気にしなくてもいいのよ~。わたしたちはね、カンキちゃんみたいなお若い人達に、健康でいてもらいたいと思ってやっていることなんだからね! ——それに、聞いたわよ~。ユノちゃんの探偵事務所、また助手の子が増えたんだってね!」

 

「そうですね。最近こちらに引っ越してきた女の子なんですが、先日、正式にユノさんに雇われたもので」

 

「それじゃあ人数が増えた分、いっぱい食べてもらわないと困っちゃうわ~! あ、もう一匹オマケする?」

 

「いえいえ! そんな! でしたら代金を支払わせてください!」

 

「んも~! そんな遠慮しちゃって! 若いんだから、お魚の一匹や二匹くらい貰っておきなさいな! はい!」

 

 軽く叩くような素振りと共にして、おばさんからもう一匹いただいていく。イシダイのように黒白の縞々が特徴的な魚を受け取り、自分は何度も頭を下げてお礼を告げていきながら、今晩の食材を提げた紙袋に入れて魚市場を後にしていった。

 

 自分の顔が、だいぶ広まった町の中。ここに来てから、どれほど経過しただろうか。既に懐かしいとさえ感じてしまえる時の流れに、自分は潮風を浴びながら港を歩み進めていく。

 そこで、港と隣接する龍明の浜辺から、菜子が走ってきた。その腕にスイカを抱え込みながら。

 

「菜子ちゃん、手伝ってくれてありがとね」

 

「な、なに急に。別に、お礼とかいらないし。……でもさ、探偵の助手って聞いてたのに、やってることは買い出しとかお掃除ばっかりで、なんか、思ってたのとちょっと違う……」

 

 ぶーっと口を尖らせる菜子。これに自分は苦笑しながら少女と歩き出していく。

 

「俺も最初はびっくりした。え、これ、助手というより家政夫じゃん、って」

 

「なに、カッシー、ずっとこんなことを続けてきたの?」

 

「そうだね。たまに、ユノさんの依頼に同行する形で町の外に出ることもあるけれど、基本はこうしてお買い物をして、事務所のお掃除をして、料理を作って、ユノさんの身の回りのサポートをこなしていく、っていうのが主な業務になるのかな」

 

「えぇー……なんか、地味。アタシはさ、探偵の助手って聞いた時は、こう、探偵っぽいコートを着て、ハンチング帽なんかもかぶったりしてさ、虫眼鏡を片手に持ちながら、ユノさんと一緒に、『犯人はアナタです!!』ってするのかなって想像してたんだけど……」

 

「菜子ちゃんはそうしたかった?」

 

「なッ、別にそんなんじゃないしっ! 想像しただけなんだってば!」

 

「想像はしたんだね」

 

「なァ——っ」

 

 反応が面白くて、ついからかっちゃう。自分のこれに、気に入らないという眼光で菜子は睨みつけながらも、その頬を赤く染め上げていく。

 

 龍明という町にだいぶ打ち解けた様子の少女。環境に慣れてからの菜子は自然体で過ごせるようになっていて、以前までの警戒せざるを得ない緊張感からは、解放できたようにうかがえた。これには自分も一安心。

 

 そんな菜子は、つい先日にもユノの助手に任命された。課された業務はこちらと同じであり、念には念を入れた監視という名目で、菜子はこちらに同行するよう指示を受けているこの状況。そのために、日中の活動においては、自分は菜子と行動を共にすることがほとんどだった。

 

 ……仕事の立場上で、という理由で会話できる話し相手に、菜子も満更ではない様子。特にこの少女、独りでいる時間を苦痛に感じるようで、自室に戻る深夜以外では常に、誰かの傍にくっ付いて行動するような傾向が見られる。

 

 それは、自分然り、ユノ然り、ラミアやレイラン然り。そんな少女がより快適に暮らせるよう、陰ながらのバックアップを心掛けてきた自分。今では料理を教えたりしていて、こうして龍明で過ごす日々に幸せを見出してくれればいいなと、自分は心から願っていたものだった。

 

 

 

 海岸からそれほど離れていない、一直線に伸びる海沿いの道路。傾斜が特徴的な龍明の、平坦に続くこの町並み。もっと上にある層が繁華街として賑わいを見せていく中で、この道は観光客用のホテルに事務的なオフィスといった、落ち着いた建物が建ち並ぶ光景を展開している。

 

 そして、この道にも、上の層にある町の中央広場のような、傾斜の出っ張りを利用した小さな公園が存在していた。滑り台やシーソーといった遊具が見受けられるこの場所に、自分は何気なく視線を投げ掛けていく。

 

 するとそこでは、優雅にティーカップを持って海岸の景色を眺めるニュアージュが存在していた。公園のベンチにひとり座っていて、無垢な瞳でさざ波を見つめているその様子……。

 

「……あれ、ニュアージュだよな? 黒服のお兄さん達がいないけど……」

 

 周囲を見渡す自分。菜子も「お嬢様なんでしょ? いくらなんでも無防備すぎない?」と返してくるものだったから、自分は様子を見に彼女の下へと向かうことにした。

 

 近くまで迫っても、まるで人の気配を感じられない。この距離も、普通に声を掛ければニュアージュの耳に届くことだろう。

 そんな近くまで迫ってから、自分は彼女をうかがうようにしながら言葉を投げ掛けていく。——つもりで、その一歩を踏み出した時のことだった。

 

「どのようなご用件で?」

 

 眼前。瞬きもしていない空間から”男”が現れた。

 百九十という背丈のかしこまったその男性。年季のある声音で執事の服を身に纏うそのサマと、ウェーブがかかった黒色の長髪が対照的。あごに生やした髭も紳士とは異なる風貌を醸し出しながら、その長髪の前髪、左右から流れてくるそれで両目を隠していて、それを耳の裏から流れている髪と結ぶことによって、前髪の位置を固定しているという風変わりなもの。

 

 前髪を結ぶ白色のリボンは、可憐だった。そんな前髪を揺らしながら、胸の前に手をやったかしこまる様子でこちらに立ち塞がる男性。これに自分と菜子は驚いて声を上げていくと、次にも景色を眺めるニュアージュからそのセリフが掛けられたのだ。

 

「“キャシャラト”、彼らはわたくしの良き友人方です」

 

「これはこれは、失礼いたしました」

 

 ニュアージュの言葉に、男性は一礼しながら道を開けていく。これに自分らは戸惑っていると、腰を上げたニュアージュがこちらへと歩み出してきた。

 

「ごきげんよう、カンキ様、菜子様。わたくしの部下がとんだご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「いやそんな……」

 

 目の前まで移動してくるニュアージュ。持ったままのティーカップを隣へ差し出していくと、背景と溶け込むように一礼していた男性がそれを受け取っていく。

 

 この様子に、自分は問い掛けずにはいられなかった。

 

「それで……ニュアージュ、そちらの方は?」

 

 自分が訊ね掛けていくと、顔を上げて真っ直ぐと向いてきた男性。聞くまでもなさそうな存在だが、それでもニュアージュは丁寧にそう返してくれたものだった。

 

「わたくしの召使いである、“キャシャラト”という者でございます」

 

柏島(かしわじま)歓喜(かんき)様と、蓼丸(たでまる)菜子(なこ)様でございますね。お名前は兼がね聞き及んでおります。——お嬢様から紹介を賜りました、私めはお嬢様にお仕えする陰ながらの忠誠なる執事、名は“キャシャラト・キャシャロット”と申します。以後、お見知りおきを」

 

 そう名乗ると、キャシャラト・キャシャロットという男性は深々と一礼してきた。

 

 これに自分もお辞儀を返す形で応えていく中で、ふと気になったことをニュアージュへと問い掛けていく。

 

「あの黒服のお兄さん達が見当たらないけれど、ニュアージュの身の安全とかは大丈夫なの……?」

 

 様子をうかがうに至った、先ほどまでの疑問。それを訊ねると、次にもニュアージュは手を合わせながら無垢な瞳でそう答え出した。

 

「まぁ! わたくしのことを心配くださり、ありがとうございます! わたくしの身の安全でございましたら、もう、ご心配には及びません。なぜならば、脅威となるものは全て、このキャシャラトが排除いたしますゆえ」

 

「この私めは、お嬢様が快適に毎日をお過ごしになられるよう常に最善を尽くす、陰ながらの忠誠なる執事でございます。言うなれば、お嬢様に迫る卑しき人間は塵をも残さない、陰ながらの仕事人。私めは、お嬢様を見守る陰ながらの監視役として、お嬢様の身の安全を保障する陰ながらの護衛兵なのでございます」

 

 と、それを耳にしたニュアージュが、むすっとした顔でキャシャラトへと向いていく。

 

「キャシャラト、紹介が物々しいです。お二方を警戒させるような物言いは慎みなさい」

 

「これはこれは! 私めとしたことが、お嬢様のご友人方にとんだご無礼を!」

 

「配慮の欠片も感じられませんわ。キャシャラト、今宵はわたくしの寝室で、就寝前の反省会を行います。——その野蛮な物言いを正すべく、今夜はクラシック音楽を鑑賞いたしましょう! コンサートホールに適した高貴なドレスコード……を模したナイトウェアを身に纏い、蓄音機から奏でられる穏やかな芸術音楽に触れながら眠りにつくのです」

 

「それは素晴らしいアイデアかと。さすがはお嬢様でございます。このキャシャラト、僭越ながらお嬢様の心行くままにお供いたします」

 

「まぁ、楽しみですわね! それではキャシャラト、今宵の鑑賞会に相応しいディナーの用意を任せます」

 

「かしこまりました。このキャシャラト、必ずやお嬢様のお気に召すディナーの場をセッティングいたします」

 

 ……置いてけぼり。独自のペースで展開される会話を前に、ただただ佇む他ない。というか、目的が反省会から鑑賞会に変わっている……。

 

 高貴な空間に放り込まれた気分だった。これに自分はキョトンとしながら隣へ振り向くと、同じくキョトンとしていた菜子と目が合ったものだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。