脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第18話 正邪曲直

 晴れ渡る青空から降り注ぐ大雨。矛盾じみた晴れ晴れとした嵐の光景も、今となっては懐かしさを覚えてしまう。

 

 自分が、龍明という町に行き着いた日。その時も、こんな天気だった。感傷とも言えるだろう顧みる気持ちが掻き立てられるこの場面。だが、現在と直面している現場を前にすると、その回顧は嵐に吹き飛ばされるように消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 龍明の外。町の海岸沿いへと続く緩やかなカーブの道の、その途中。大陸には連なる緑の山々が、海には途方の無い波打つ大海原が広がっている。

 あの時にも、ラミア、レイラン、アレウスの三人に自分が拾われたように、今度は自分が嵐の中の見回りをしていたその最中。町の屈強な男性たちと一緒に目撃したのは、海の遥か向こう側の上空で、煙を上げながら墜落していくヘリコプターの姿だった。

 

 そして、ヘリコプターを追うように滑空している大型の魔物というその構図。魔物はクジラと龍が融合したような黄色の巨体を持ちながら、左右に八つずつ付けたヒレを動かすことによって、空を泳ぐように墜落するヘリコプターを追いかけていく。

 

 海の向こうで起きている大惨事に、見回りについてきた菜子がこちらの身体を揺すりながら訴え掛けてくる。

 

「ねぇカッシー! 早く逃げないと! 魔物がこっち来ちゃうって!!」

 

「分かってる! 菜子ちゃんは先に町へ避難してて!」

 

「カッシーだって何もできないじゃんっ! ここにいたら無駄死にするだけだよ! アタシそんなのヤだから!! 早く一緒に逃げようよ!!」

 

 ぐいぐい引っ張る菜子を他所に、自分はスマートフォンを取り出してユノへ連絡しようとする。

 

 ……魔物だけでも倒してもらおう。どちらにしても、あのヘリコプターの中にいる人は助からない。

 

 とは思いながらも胸に渦巻くのは、見捨てるわけにもいかないというこの気持ちと、自分達の力ではどうすることもできない無力感。二つの事態を目の前にしながら、この両方を無事に解決したいという叶わぬ思いが、自分の中で衝突し合っていく、その時だった——

 

「ねぇカッシーっ!! カッ…………っ」

 

 動きを止めた菜子。少女の様子に自分はそちらへ振り返っていくと、その先からはアレウスが駆け付けてきた。

 

 寡黙な青年。騒ぎを聞きつけて合流してきた彼へと、自分は海の向こうへと指を差していく。

 

「人が乗っているヘリコプターが墜落していて、それを魔物が追い掛けてるんだ!」

 

 光景へと見遣っていくアレウス。すると次にも、彼は海へと向かって駆け出していく——

 

 自分は呼び止めようとした。だが、そうする前にも彼は、左手で何かを携えるようにしていくと、その手元から発生した眩い光と共に、刀の鞘が出現する。そして、それを右手で引き抜き、一刀の純正な刃を海へと振るっていったのだ。

 

 それは、波を立てるかのように斬り上げる動作。これを繰り出した時にも刃は空間を裂き、海面を両断する目に見える斬撃が、高速を以てして真っ直ぐと飛ばされていく。

 

 次にも目撃したのは、飛ばされた斬撃が“道を作り出していた”光景。海を裂いた衝撃波が無機質のような形を象り始め、形容し難い輝きを放ちながら、透き通る道を形成していく。その斬撃の名残へとアレウスは飛び込んでいくと、それに着地するなり足場にして、一直線と海の上を走り出したのだ。

 

 かなりの射程距離を誇る斬撃。それを延長するようにアレウスは次々と斬り上げる斬撃を繰り出して、自身の前へと無機質な道を作り出していく。彼の脚も常人ではない速度を生み出しており、彼は間もなく墜落するヘリコプターへと近付いていくと、次にも彼は跳躍と共にして十数もの斬撃を空間へ刻み込んでいったのだ。

 

 落ちる機体の擦れ擦れへと飛ばされる斬撃。周囲がスローモーションにも見えてくる彼の世界の中、手に持つ刀を鞘へと納める動作の直後にも発現した、骨組みのような無機質な四角形。

 

 これに引っ掛かる形で、ヘリコプターが宙に留まっていく。続くようにアレウスは作り出した足場へと着地すると、直後にも、向かってくる魔物へと彼は跳躍していった。

 

 ——携えた刀。精神を集中させる様子。

 居合の姿勢。向かい側から迫る魔物。大きな口を広げ、おびただしい数の肉食の牙が視界を埋め尽くす。

 

 間合いに入った。

 鞘から手を離し、両手で柄を持つ。そして振りかぶる動作で鞘から刀を抜いていくと、豪快ながらも太刀筋のブレない薙ぎ払いによって、その上空には、爆発するように、扇状に広がる無機質な輝きが解き放たれた——

 

 ——足場にもできる、“実体化した斬撃”。刃の長さを無視した、大気上に広がる無機質の扇。砂浜に流れ着く波のように今も広がりつつあるその斬撃は、迫る巨体を真っ二つに両断する。

 

 ……勢いをまとって、彼の頭上と真下を通過した魔物の身体。その隙間から射し込んだ青空の輝きは、刀を薙ぎ払った彼の、その先の天空を見据えて振り切った姿勢が、神々しく映し出されていく。

 

 真っ二つになった魔物が、海へ落ちていく。巨体が落下する海の音が響く付近では、骨組みのような無機質の四角形に引っ掛かるヘリコプターが存在しており、そこから身体を乗り出してきた操縦者がアレウスへと手を振っていた。

 

 落下を始めたアレウスは、働く運動に身を任せる緩やかな動きで下へと向きながら、その勢いのままに刀を振るっていく。そして実体化した斬撃が足場を作り出していくと、アレウスはそこに着地するなり安堵の表情を見せていった。

 

 

 

 

 

 嵐が静まりつつある、穏やかな雨と風。射し込む太陽はそのままに、救助された人が、応援に駆け付けた騎士団に事情を説明するその様子。

 

 反対側には、後光を纏うアレウスが海を眺めていた。刀を携え佇む姿は、戦神の如く。勇猛と呼ぶに相応しい存在感に自分は歩み寄っていくと、こちらへ振り向いてきたアレウスは優しい笑みを浮かべて、そう口パクで喋りかけてきた。

 

「…………!」

 

 犠牲者が、出なくて、本当に、良かった。助けを求められた時、自分では、荷が重いと、思って、駆け付けている、最中にも、不安ばかりが、脳裏によぎって、しまっていた。けれど、結果的に、うまくいって、安心した。

 

「俺からしたら、アレウスがそんな不安を抱えているように見えなかったけれど……そんなに、自分の力に自信が持てなかったの……?」

 

 圧巻とも言える光景だった。“斬撃を実体化する異能力”を持つ彼の活躍は、豪快な鮮やかさを以てして、事件を余裕で解決してしまった。これも彼の実力だったからこその結果ではあったものだが、その本人は自信無さそうにはにかんでいくと、そうセリフを口にしていったのだ。

 

「…………っ」

 

 誰かを、守ることは、そう容易く、なんかない。死というものは、いつだって、隣り合わせにあって、どんなに力を、持っていようとも、生き物である以上は、いずれ死を迎える、さだめにある。

 

「でも、アレウスのおかげで一人の命は救われた。それは誇っていいと、俺は思うけど」

 

「…………っ」

 

 できれば、死ぬというさだめから、遠のいた生活を、送りたい。周囲の人々が、隣り合わせの恐怖に、怯えずにいられて、いろんな性質を持つ、人達が、みんなで笑い合える、楽園のような世界で、一生を過ごしたいと、願うばかりだ。

 

「……俺もそう思う。でも、この世界で生きている以上は、どこかしらで争いというものが起きてしまうのもまた事実なんだよね。——脅威に晒されない平和な世界に、俺も憧れるよ」

 

 こちらの言葉を耳にして、アレウスは俯いてから海を見遣っていった。

 静かに歩いてきた菜子。こちらの会話を聞いて、アレウスをうかがうように顔を覗き込む。それに彼はゆっくり振り向いていくようにすると、菜子は一瞬ビビってこちらを盾にしながらも、次にもそんなことを喋りかけていったのだ。

 

「……アタシさ、アレウス君のことが分からない。アレウス君から伝わってくる、このヤな感じ。——何て言えばいいのかな。言葉にできない感覚的なこのモヤモヤ。今までこれを感じてきた人間がさ、みんな悪いヤツだったもんだから、どうしてこのヤなモヤモヤをアレウス君から感じるのかが、ずっと、分からないままなんだよね……」

 

 喋りながら、少しずつ身体を出していく菜子。これにアレウスは複雑な表情で向き合う中で、菜子は続けていく。

 

「アレウス君はさ……どこから来た人なの? あぁいや、その、ムリに言わなくてもいいんだけど。そのことで、ギルドファイトってやつをやってるんだろうしさ。……ただ、一つだけ、ハッキリさせておきたいことがあるんだよね……」

 

 彼の様子をうかがうようにする菜子。

 

「アレウス君ってさ……アタシ達にとって、イイ人? それとも、わるい人……?」

 

「…………っ」

 

 自分では、区別が、つかない。自分は、善なのか、悪なのか。そのどちらかに属していた、という自覚が、今でも、無い。——だから、判断は、みんなに任せている。そして、自分は、その周囲の判断に、甘んじて、龍明という町で、暮らさせて、もらっている。

 

 曖昧な答えになるよう、言葉を選ぶように口にしたセリフ。それに自分らが視線を送り続けていると、すぐにもアレウスは自ら首を横に振るなり、そう言い直してきたのだ。

 

「…………っ」

 

 いや、自分は、認めたくない、のかもしれない。自分は、悪しき人間である、という現実から、逃れたくて、誰かを守りたいと、願い、平和な世界で、暮らしていきたい、と考えている、のかもしれない。そんな自分に、うってつけな環境が、龍明だった、とも思えてしまえる。……自分は、龍明という町から、出ていくべき存在。なのに、どうしても、離れることが、叶わない。それほどまでに、龍明という町は、自分が望んでいた生活を、体現した、とても大切に思える、町だから。

 

 ——嵐の名残である、海からの強風。これに自分らが晒されて風を浴びていく中、アレウスという人物は表情に陰りをつくりながら、龍明の方角を見遣っていく。

 

 琥珀色の瞳で、向こうにある町を真っ直ぐと捉えた。

 携えた刀が、わずかに音を立てていく。この、握りしめた合図が鳴らされてからというもの、アレウスはその視線をずっと、龍明へと投げ掛けていたものだった。

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