路上で倒れていた自分だったものの、後の診断でこれといった異常が見られなかったことから、その日の内に退院することとなった。
幸いにも大きな怪我をしていなかったことから、ホッと一安心する自分。だが一方として、また別の問題と直面することになる——
急斜面に築かれたのだろう、段々となった傾斜の地形に適応した街並み。白色が多く見受けられる数々の四角い民家が連なり、急斜面を繋ぎ合わせる灰色の道路が、綺麗を通り越して神秘的なその景色。
鳥の声が透き通るように響き渡ってくる空間の中、ヴァイオレットカラーの少女ラミア・エンプーサは思わずと声を上げた。
「えぇ!! じゃあカンキさん、お金の持ち合わせが無いんですか!? それじゃあウチ、何のためにアナタを助けたんですか!?」
心からの本音で驚くラミア。彼女のセリフに、一緒に歩いていたピンク髪の少女がツッコんでいく。
「いやラミア、そこじゃないでしょ! このカンキ君がお金を持っていないことよりも、“カンキ君の記憶が無い”ことに驚くところだよ!」
「ウチにとっては、報酬金が支払えるかどうかがイチバンなんです!! こんなの、助けただけ損じゃないですか!!」
「いやいや人助けに損も得も無いから。ラミアは相変わらず、お金のことしか考えないんだから……」
手を横に振りながら、呆れ顔で喋るピンク髪の少女。ラミアの様子にはさすがに、一緒に歩いている青年アレウスも苦笑い。
と、ここでピンク髪の彼女は、こちらへと言葉を投げ掛ける。
「あー、えーっと……アレだね。私、まだカンキ君に自己紹介してなかったよね。——私の名前は、“レイラン・シェフナー”。気軽にレイランって呼んで。……んーで、カンキ君の記憶についてなんだけど」
「よろしく、レイラン。……その、ごめん。変な話をしちゃって」
「いやいや、ヘンな話なんかじゃないよ! 大変じゃんか!」
心配してくれるレイランへと、ラミアは訝しげな目で反応する。
「そんなタイヘンなことですか?? ウチとしましては、記憶が無いと言い出したコトの方がおかしく思いますけど??」
「だから大変なんじゃん!? 何言ってるのラミア!?」
「レイランさんは、他人の言葉を真に受けすぎです。考えてみてくださいよ。もし仮にカンキさんが本当に記憶喪失だった場合、どうしてカレは悩むまでもなく自分の名前を口にできたんでしょうか?? 都合が良すぎません?? 記憶が無いのでしたら、自分の名前さえも記憶できていないでしょうに」
「じ、自分の名前は、日頃からアウトプットしているでしょうから、それで自然に覚えていたとか……? というか、ラミアこそ考えすぎでしょ! ラミアは、いつも自分が得できるようなことばかり考えてさ。カンキ君が報酬を支払えないって分かってから、急にそんな冷たい態度を取り始めてさ!」
「記憶が無いと言い出した町の部外者を怪しむコトの、一体何がワルいんですか!! 記憶喪失をダシにして町でワルさをし始めたら、結果的にウチが損することになりかねないんですよ!! これは自衛です!! じ・え・い!!」
「ラミアは薄情すぎなんだよ! もっとこう、困っている人々に寄り添う気持ちを——」
ヒートアップした彼女ら。言い合いに熱中し始めたその時にも、彼女らの間にアレウスが割り込んでいく。
足を止める一同。自分はこの様子を眺めることしかできない中で、アレウスは身振り手振りを交えた声なき口パクで喋り出す。
「…………!」
二人が、意見を、言い合ったところで、何の、解決にも、至らない。
「…………っ」
“ギルドマスター”に、相談、するべきだ。
……アレウスの言いたいことが、何となく脳内に伝わってくるこの感覚。
彼を見ていた二人の少女も、互いに落ち着いたサマを見せていく。そして熱が冷めたところでラミアがこちらに向いてくると、そうセリフを掛けてきたのだ。
「アレウスさんのおっしゃる通りです。ここでウチらが言い合いを繰り広げたところで、最適な回答に繋がるワケではありませんからね。ただ不毛な口喧嘩が始まるだけですから、だったら“この町のトップ”に判断を委ねるのが正解でしょう」
「私も、ラミアに賛成。ちょっとアツくなっちゃったけれど、私自身でも言ったように、困っている人々に寄り添う気持ちを最優先するべきだった。——じゃ、アレウス君の言う通りに、ここは“ギルドマスター”の判断に任せよ」
「…………!」
彼を、本部へ、案内しよう。
アレウスの提案によって、一同は踵を返す形で歩き出す。
皆が向かっている場所はおそらく、“ギルドマスター”と呼ばれる人物のいる建物だろう。自分がそれを訊ね掛けようとした時にも、ラミアがそう説明を始めてくれたものだ。
「では、きおくそーしつでカワイソーなカンキさんに、この町についての簡単な説明を一通りしておきましょう」
「ラミア! 嫌味ったらしい喋り方してる」
レイランのツッコミを無視するラミア。
「まずは、カンキさんが今いらっしゃる現在地についてです。アナタは今もこうして何気なく我々と歩いておりますが、コチラの町自体はですね、“ギルドタウン”という名称で世間に親しまれている場所なんです。——では、ギルドタウンとは何ぞや?? って話になりますけど、ギルドタウンという町は大方、『何でも屋の大規模な拠点』という認識でよろしいです」
ラミアの説明に、自分は返していく。
「何でも屋の、大規模な拠点……?」
「そーです。じゃあ、何でも屋とは何ぞや?? ってなるでしょうが、まー簡単です。何でも屋とは、言ってしまえば『困っている人々を助ける人間』です。ま、これじゃああまりにもザックリし過ぎた説明になってしまいますけれど、実際に我々何でも屋は、『専門的ではない広くて浅いあらゆる分野』において、『手助け程度の様々なお手伝い』を行っております」
「そのお手伝いで、生活をしている……?」
「そーです。こう聞きますと、そんなので食べてなんかいけなくない? って思われるでしょうけれど、我々の需要は決して、ただのお手伝いだけでは非ず。我々が本領を発揮する場面として、最も多くのご評価を頂いているのは、主として、“荒事”が関与する困り事へのレスポンスの早さです」
「荒事への、対応……」
いまいち想像がつかない。そんなこちらの表情を汲み取ったのか、ラミアは続けてくる。
「世界は広いですからね。何せ、異能力なんていう魔法じみた力が、様々な環境に働きかけるこのご時世ですから、自然の中で突然変異を起こした魔物なんかが、村や町とかを襲うワケですよ。で、この世の秩序を正す騎士団なんかが出動するワケですが、如何せんカレらは世界を統率する組織が故に、些細な事件への対応といった小回りが全く利きません。——そこで、我々何でも屋の出番というコトです」
こちらへ向くラミア。前を見ずに歩きながら、胸に手をやって自信満々とセリフを喋る。
「我々何でも屋は主として、『騎士団が対応できない範疇にある民間の困り事』の解消に勤めております。その内容は実に様々。モンスターが現れたから駆除してほしい。家族が強盗に攫われたから救い出してほしい。災害で発生した瓦礫の除去を手伝ってほしい、とか。他、喧嘩した恋人との仲直りを手伝ってほしいというご依頼だったり、行方不明の飼い猫を探してほしい、などなど。そういった、“手助け”を本業とするのが我々何でも屋の需要でありまして、そんな何でも屋を支援するべく建てられた拠点が、ギルドタウンというワケです」
「その手助けが、世間的に大きな評価を得ているんだ……」
「そーいうことです。たかがお手伝いなんかで……とか抜かす輩も少なくないモンですが、カンキさんは話が分かるおヒトみたいなんで見直しましたよ。すこーしだけ」
ラミアに対する、レイランからの視線が痛い。「一言よけい」と言うレイランを横目に、ラミアはこちらへとそんなことも説明し始めた。
「我々何でも屋は、主に人前へと出向いていき、対面で真摯な手助けを施していく。……この地道なお手伝いが、次第にも世間に認められるようになりまして、今では、騎士団とは別となるヒーロー的な扱いまでされるに至っております。その影響力は非常に大きく、何でも屋という職業に憧れを抱く若者が続出した他に、一部のギルドタウンではアイドル的な側面を持つサービスも開始したことによって、未だ風当たりは強いものの、世間一般とも認知される職業の一つとして数えられるようになっています」
「すごいな……。それじゃあ、ラミアやレイラン、それにアレウスも、その何でも屋として現役で活躍しているすごい人達ってことなんだね」
「ま、そういうことですね」
すごく得意げな表情のラミア。これに、レイランが言葉を付け加える。
「この町も、お手伝い以外の経営といったサービスを開始したことで、おんぼろだった設備が新しくなったり、お給料がアップしたりして、前よりも町としてだいぶ発展したもんね。それに、この綺麗な景色! この綺麗な町並み! この立地自体が綺麗な場所だったものだから、観光地としても有名になったりしたし、此処を拠点にしている何でも屋のファンなんかが、ギルドタウンが経営する喫茶店なんかに通ったりなんかしていて、今や一つの観光名所として賑わい始めているよね」
「ですけど、そのせいで我々のお仕事が余計に増えました。おかげさまで、毎日が大忙しです。これといったご依頼を受けていない待機時間なんかでは、半ば強制的に経営のスタッフとして駆り出されるんですから。——サボりながら稼げていたあの日々が、ウチにとって恋しいものです」
「だから、ラミアはカンキ君に付き添ってあげていたんだもんね?」
「そりゃあ、ウチらがカンキさんを保護したんですから?? 保護した責任ある身分として、カレが無事に目を覚ますかどうかを見届けなければですよ!! ——だって、ただそこに座っているだけでお給料が発生するんですよ?? そんなの、カンキさんを見張っていなければ損ですよ!! 損!!」
「私とアレウスはカンキ君が心配だったから居たけれど、ほんと、ラミアってそこら辺ブレないよねぇ……」
そんな会話をしている内に、三階ほどあるウッドハウスで足を止めた一同。これに自分も立ち止まっていくと、ウッドハウスへと入るようアレウスが手で促してきたものだ。
「…………!」
彼の言葉を、目で聞き取る。
……ここが、この町の町長、兼、ギルドマスターのいる、建物……。
「この中に入ればいいんだよね……?」
自分は問い掛けると、アレウスは満面の笑みで頷いた。
彼女らほどの存在感は醸し出さないものの、荒々しい外見の印象とは裏腹となる、いちいちと優しいアクションを見せるアレウス。そんな彼に安心感を覚えると、ラミアとレイランにも促される形で、自分はそのウッドハウスへと入っていった。
この先にも、町長兼ギルドマスターの人物と出会う。
……と、もう一人。この物語において最も大きな存在となるだろう、物語のキーパーソンになる“女性”と、自分は出会うことになるのだ——