脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第26話 湯煙と月光 -Just fight to love編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 いつもと変わらぬ龍明の露天風呂。町の人間のみが入ることを許された、貸切に等しい専用の憩いの場。この日も一日の疲れを湯に溶かしていき、居合わせたゆかりある人間との交流を心から満喫する。……つもりだったのだが、今の自分や菜子は、とてもそんな気分にはなれそうになかった。

 

 露天風呂に浸かる現在。自分に寄り掛かるよう眠りにつく菜子を肩で支えながら、自分は龍明の夜景をただじっと眺めていく。付近では町の人間が他愛のない話で盛り上がっていたものだが、自分は日中にも“彼女の運命(さだめ)”を知ったことによって、今は世界という大規模なスケールで物思いに耽っていたものだ。

 

 この日にも目の当たりにした現実。それと直面した、彼女の運命————

 

 

 

 

 

 大量に降り注いだ、透明感のある四角い物体の衝撃。敵組織の人間を潰したそれの上には、垂れ下がる銀髪のもみあげを揺らす“一人の少女”が、無機質な瞳で一同を捉えていた。

 

 右脚の膝を曲げて、それを抱えるように両腕を回したその姿勢。この膝にちょこんと顎を乗せながら、目の前の少女はただ無機的に、透明感のある物体の上に座り込んでいる。

 

「……さっきの、女の子……!」

 

 思わず呟いた自分。周囲が一瞬ばかりと振り向いて、すかさず“対象”へと戻していくその視線。

 その銀髪の少女もまた、わずかばかりとこちらを見遣ってきた。だが意識をすぐユノへと向けていくと、次に少女は感情の無い声音で喋り出していく——

 

「久しぶり。——元気?」

 

 目先の対象。それがユノに対する言葉であったことは、自分でも理解できた。

 

 掛けられた言葉に、不可解そうな顔を見せていくユノ。ゆっくりと体勢を直しながら彼女も向き合っていくと、その少女との会話を展開し始める。

 

「……五年ぶり、かしら。あの頃も貴女という存在は認知していたものだけれど、五年もの歳月が経過しているにも関わらず、外見は何一つと変わらないのね」

 

「覚えててくれたんだ。——嬉しい」

 

「貴女のことは、終始ずっと不可解だった。あの頃から、敵なのか、味方なのかがハッキリしないそのスタンス。集団で冒険していた私達の前に時折と姿を現しては、次に目指すべき目標なんかを貴女は教えてくれていたわね」

 

「集団。——みんなは元気?」

 

 膝に乗せていた顔をずらしていって、頬をむにっとさせながら少女は続けてくる。

 

「ユノ・エクレールと、蓼丸ヒイロ。——二人でしてた冒険に、ネィロ・リベレストと、キャシャラト・キャシャロット、あと……グリズリィが仲間になった?」

 

「……ネロさんとキャシャラトさんは、今でも相変わらずよ。グリズリィさんは……あれ以来、一度も会ってないから分からない」

 

「グリズリィ。——あなたのお師匠さん」

 

「そうよ。グリズリィさんがいたからこそ、今の私が此処に在る。……でも、そんな過去の話なんて、今はどうだっていいのよ」

 

 数歩と前に出て、威圧的に目で訴え掛けるユノ。それに対しても少女は無機的に見つめていく中、ユノはその疑問を投げ掛けていったのだ。

 

「……その男を殺した理由を教えてちょうだい。どうして貴女はこうも、私の邪魔と手助けを繰り返してくるの? ——その男からは、聞き出さないとならない情報があったのよ! 今も行方が知れないヒイロを見つけるために必要な、私にとって何よりも大事な手掛かりを彼は持っていたの!!」

 

 ……声を荒げるユノを初めて目撃した。

 愛人の行方。彼女が怒りを滲ませて少女へと言葉をぶつけると、向き合う少女もまた透明感のある物体に立ち上がりながらセリフを口にしていく。

 

「まだ早いから」

 

「それは、どういうことなの!?」

 

「“彼女”に辿り着くのが」

 

「——ッ!?」

 

 言葉にならない。唖然としたユノが目を見開かせ、暫しと失った言葉を喉に詰まらせていく。

 

「…………貴女、知っているのね。ヒイロの……居場所を……! それを解っていて……こんなことを……!!」

 

「まだ再会しちゃだめ。——あなたは何もしなくなるから」

 

「どうして!? どうしてこんなことをするの!? どうして私が、ヒイロと再会しちゃいけないのよ!? 貴女には何の関係も無いことでしょう!?」

 

「関係ある。——あなたには“使命を果たしてもらう必要”があるから」

 

 ……何の話? 必死な目でそう訊ね掛けるユノ。今にも泣き出しそうな感情をぐっと堪えるように踏ん張っていく彼女の様子に、少女は追撃を食らわせるようにそのセリフを繰り出していった——

 

「“超越者(ちょうえつしゃ)”って知ってる?」

 

超越者(ちょうえつしゃ)……?」

 

「この世に存在する“すべての概念を超越しよう”としている超能力者のこと。要は、世界征服。この世界の神様になること。——それも、異能力者じゃないよ。超能力者。超能力っていう、“異能力の一つ上の次元の力”を持つ能力のこと」

 

 異能力よりも強力な力を宿す、超能力。その超能力を有する人間が、超能力者。そして、世界を征服するために活動する超能力者が、超越者。

 

 スケールが大きすぎる。とても信じ難い話に、自分は冗談だと思ってしまう。だが、ユノはそれを真に受けるようにして汲み取っていくと、睨みつけながらも言葉を少し溜めていってから、少女へとそれを訊ね掛けていったのだ。

 

「……その超越者とヒイロは、どんな関係にあると言うの?」

 

 ユノの問いに対して、少女は無機質な表情でそれに答えていく。

 

「蓼丸ヒイロは特殊な体質。——超越者はそれを欲しがった」

 

「……だから何だと言うの?」

 

「“超越者の誰かが、蓼丸ヒイロを捕らえてある”」

 

「…………ッ」

 

 おそらく、死亡しているという一番最悪な事実の次に最悪と言えたかもしれない。

 超越者という、世界の侵略を狙う強大な存在に捕らえられている。これが本当であるならば、ヒイロという人物を救い出すのは至難の業とも言えそうだ。

 

 次々と降りかかる現実。ユノはそれに怯まず向かい合っていくと、次第と食いしばり始めたその表情で少女へとそれを訊ね掛けていく。

 

「……誰かが、って言ったわね? 超越者と呼ばれる存在は、全員でどれくらいいるものなの?」

 

「五人」

 

「五人……口ぶりからして、おそらく全員、人間ね。——彼らの所在地は? 教えてちょうだい」

 

「分からない」

 

 本気で殴り込みに行くつもりだ。超能力者という、異能力の上の力を持つ存在にも果敢と立ち向かおうとする彼女。それだけの実力が備わっているのは事実だと自分は信じてやまないものだったが、直後にも少女の「でも……」というセリフに続いたその言葉に、自分は戦慄を覚えることとなる——

 

「超越者。一人だけ居場所、知ってる」

 

「何処なの? 答えなさい」

 

「此処」

 

 ——そう言って、少女は自身を指差した。自ら素性を明かしたこの瞬間にも、ユノは言葉にし得ない感情のままに目を見開いた……。

 

「…………あなた、が……!?」

 

「超越者。——名前は、“ビアルド”」

 

 ビアルド。名乗ると共に少女は浮遊を始め、真上の天井の穴に向かってゆっくりと上がり出していく。これにユノが焦るようにしながら数歩と進んでいくと、見上げながら超越者ビアルドへと必死に問い掛け出したのだ。

 

「ッ……貴女が! 貴女が、ヒイロを捕らえているというの!?」

 

「分からない。——そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

「ハッキリ答えなさい! ヒイロは!? ヒイロは……どこなの……!? どこにいるの!?」

 

 無機的に見下ろす大きな瞳。必死な思いのユノを他所にして、ビアルドは周囲に四つほどの透明な物体を出現させていく。少女はそれらを浮遊させて自身の周りで回転させていくと、直にもこの場から去りそうな雰囲気を醸し出しながら、少女はそのセリフを口にした。

 

「他の超越者から聞いて」

 

「だから、その超越者の居場所を教えなさい!」

 

「自分で探して。——大丈夫。“ヒントは近くにある”から」

 

 両手を胸の前にやって、手のひらに何かを宿すような素振りを見せていくビアルド。そして、無機質な瞳でじっとユノを捉えていきながら、少女は最後にそれを告げていったのだ——

 

「ユノ・エクレール。あなたは唯一、超越者に対抗できる力を持つ存在。——蓼丸ヒイロと会えるのは、それを成し遂げたその後。まずは、あなたの力で『四人の超越者の野望を阻止』してもらいたいから」

 

「な、何を言っているの……!? 待ちなさい!!」

 

 驚異的な跳躍力で飛び出そうとしたユノ。それをいち早くと察したビアルドが両手を握り締めていくと、それとほぼ同時にして漂う透明な物体が四方から少女を押し潰した。

 

 ——同時にして発生した、鼓膜をつんざく甲高い破裂音。言葉にし得ない、空間という概念が破裂したかのようなそれにユノ以外の一同が耳を塞いでいく。そして、次に少女がいた上空を見遣っていくと、そこには透明な物体だったものと思しき破片が雪のように舞い散る、幻想的でありながらも無機質な光景が展開されていた。

 

 ……穴から射し込む光によって、光を反射する破片の数々。この下にあった、情報を持つ男を潰していった物体も姿を消していたことから、血だまりだけが残された状況に成果無しの現実を突き付けられたものだ。

 

 すぐにも自分は、ユノを見遣っていった。

 今も、消えたビアルドを捉えるかのように佇む彼女の姿。キラキラと降り注ぐ破片の中、凛々しくありながらもその黒色の瞳は真っ直ぐと前方を見据えていく。

 

 ……自身の置かれた運命と向かい合う彼女。超越者という、世界規模の侵略を目論むとされる強大な敵。

 もはや、ユノだけの問題ではない。そんな現実を告げられたと共にして、同時進行で自分は、ユノ・エクレールという一人の人物の、その運命の幕開けを目撃したのだと悟ってしまったのだ————

 

 

 

 

 

 湯煙が見せた朧の記憶。言葉を思い浮かべる気力も出てこない体力の限界に、自分もまた露天風呂の中で眠りにつきそうだった。

 

 寄り掛かる菜子に、ちょっとだけ頭を乗せてみる。寝ている少女の寝息が耳元でスヤスヤと聞こえてきて、この日の重労働と、知らされた残酷な現実の双方に、キャパオーバーを起こしたことが想像できる。そんな寝息が耳をくすぐるようにしてくるものだったから、自分は何をやっているんだろうと思って慌てて背筋を伸ばしていく。

 

 ……さすがに、これ以上はお風呂で寝かせていられないか。そう思って自分は菜子を起こそうとした、その時のこと。

 じゃぶじゃぶと飛沫を立てる音が、こちらに近付いてくる。それに自分は振り返って確認していくと、視界に映ったのはタオルを巻いた美青年タイチの姿が——

 

「お! カンキだな! よぉ!」

 

「タイチさん。しー」

 

 お? と反応した彼。すぐにも自分の隣にいる菜子を確認して、タイチもまた爽やかな笑みを見せながら人差し指を口元に、しー、としながら腰を下ろしてきた。

 

「よっこらせ、っと。……それにしてもだ、龍明というギルドタウンにはつくづくと驚かされる。まさか、憩いの場として混浴風呂を提供しているとはな。こんな発想ができて、それを実現してしまえる龍明の柔軟さには、ただただ感服するばかりだ」

 

「俺も、最初は驚きましたからね。ですが今では何の抵抗もなく、むしろこの場所を設けてくれてありがとうとさえ思ってます。——ところでなんですけど、こちらの露天風呂は町に住む人限定の空間だったりするんですが……」

 

「おっと、そのことなら問題ないさ。おれも入っていいぞって、銭湯のおじさんが勧めてくれたもんでな。——こいつの存在を聞いた時にぁ、思わず自分の耳を疑ったぞ。混浴風呂だと!? ってな! それから、『あっ面白そう!』という直感がビビビッと巡ってきた。こいつぁ、入るしかない! おれの中の好奇心はもう、興奮度ゲージのマックスを突き抜けた!! ……いや、それにしてもマジでいいな……。稲富にも混浴風呂を導入するよう掛け合ってみるか……?」

 

 本気で考え込んでいる。とても楽しそうに銭湯を堪能するタイチを見て、自分は思わず笑みを零してしまった。

 

 ……と、そうして眺め遣る自分へとタイチは向き、こちらの肩に寄り掛かる菜子も一緒に捉えていきながらその声を掛けてくる。

 

「お二人がここに訪れた理由がよく分かったぜ。確かにこの露天風呂は、その日の疲労を癒すのに絶好な環境だ。——今日はお疲れさん。ユノの助手として参加したおまえ達だったが、異能力を持たない者同士でありながら、お二人はおれの予想を遥かに上回る働きで活躍してくれた。正直、お二人を侮っていた作戦前のおれ自身を、この拳で一発と殴り飛ばしてやりたいくらいにな!」

 

「そんな、俺はただ守られていただけですよ。むしろ菜子ちゃんの負担を増やしてしまったことに罪悪感すら覚えます……」

 

 隣の菜子を見る。その自分へと、タイチは清々しい顔で至って自然な調子のままそうフォローしてくれる。

 

「んぁ、そういうもんか? おれは、それは絶対に違うと思うな。カンキが実感していないだけだぜ。まず、カンキはおれの前で初の快挙を成し遂げた! なんだと思う? それはな、初めて触るスーパーホログラフィーを、奴は実践中に壊さなかった! あれだけ脆弱で繊細なコンピュータを、カンキという人間は初めての実践で、冷静かつ丁寧に扱っていったんだぞ!」

 

 ……段々と熱が入り始めたタイチ。身振り手振りを交えて子供らしくはしゃぎ始めた彼は、こちらにお構いなしと当時の感情のテンションで続けてくる。

 

「おれぁ驚いたね! なにせ、実践が初めて! スーパーホログラフィーも初めて! そんな初めて尽くしの経験値ゼロ状態の初陣で、あいつ、プロのおれ達に肩を並べて貢献しているだと!? ——おかげさまで、非常に楽しい任務だった! おれが知る限りでは、スーパーホログラフィーの扱いはカンキが一番上手いな! とても心強いサポートだったぞ! だからまた、一緒に合同任務しような! 何だったらおまえ、稲富に来るか?」

 

「い、いやいやいやさすがに……!」

 

 小さく手を振ってお断りを示していく。だが、次にも自分は何だかおかしく思い始めてくると、微笑を零してしまいながらそう喋ったものだった。

 

「……ッハハ、タイチさんってあれですね。目の前の物事を本当に、全力で楽しんでいるお方なんですね」

 

 面白いと思える事柄に全力。童心と言うと響きは良くないのかもしれないけれど、それだけ自身の気持ちに素直になれる人間というのも、大人には多くないだろう。

 

 一方で、キョトンとした顔を見せたタイチ。これに自分は、変な事でも言っちゃったかな……? という不安に煽られたものだったのだが、直後にも彼は清々しい高らかな笑い声を上げていき、うかがう自分の気持ちを爽快なほどに吹き飛ばしたものだった。

 

 ……尤も、その笑い声で隣の菜子が飛び起きてしまったものだったが——

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