第28話 不和と円満
龍明の町長室。既に交わされているギルドファイトの話は、ネィロの進行の下で円滑に進められていた。
腕を組んで、今回タイマンを張る二人から意見をうかがっていくネィロ。彼の前には勝負を行うグレンとカナタが佇んでおり、二人はそれぞれ、彼は両手を腰にやっている様子、彼女はギルドマスターのネィロさえとも向き合わない様子という光景を生み出している。
そして、二人の傍では自分と菜子が見守っていた。
これで三度目の見届けになるだろうか。そんなことを思いながら展開されていく目の前のやり取り。ネィロはうんうんと頷きながら二人から話を聞き、それをまとめあげるように口にしながら再確認を行っていく。
「……よぉし分かった、今回はその条件でやっていこう。——じゃあ再確認するぞ。話し合いの末、このギルドファイトに負けた人間は、勝った人間をオキクルミちゃんの相方として素直に認めてやること。且つ、その認識はオキクルミちゃんの意向に関係なく、今後、何でも屋として活動していく上でのれっきとした上下関係の目安としていく。……この戦いに負けたやつは、勝ったやつを自分よりも上の立場の人間として敬うようにしろ、ってこったな。その関わり方なんかは勝った方の方針に任せるから、そこら辺は双方で決めてくれや」
頷く二人。これにネィロが双方の同意を汲み取っていくと、次にも高らかに声を上げてギルドファイトを宣言していった。
「——ではこれより、グレン・バスターと
この時にも、戦いの火蓋は切られた。ネィロの宣言とほぼ同時にして出口へと歩き出すカナタ。少女の元から素早い性質が相まって、カナタは言葉を発することなくさっさとこの場から出ていってしまった。
その後を追うように動き出したグレン。少年もライバルに負けじとすぐ部屋を出ようと目指したものだったが、ふと思い出すように立会人のこちらへと振り向いてくると、彼はかしこまったサマを見せながらそんなセリフを掛けてくる。
「カンキ、菜子。立会人として同行してくれたこと、心より感謝している。クルミの時もこうして立ち会ってくれたんだなと思うと、あいつの時の分も含めて、改めてお礼をしたくなってしまった。——たかがおれとカナタのいざこざに、わざわざこうして出向いてもらったことを申し訳なく思っている。この分のお礼は、ギルドファイトが落ち着いた頃にでもさせてもらえると有難い。……それまではどうか、おれとカナタの勝負の行方を静かに見届けてほしい。厄介事ばかりに巻き込んですまないな。それでは、また」
実直な一礼。これに自分らは言葉も出せずに顔を合わせていくと、頭を上げたグレンはそのまま出口へと向かって町長室から退室していったものだった。
グレンとカナタが去っていった町長室。扉が自然と閉まる音を引き金として、ネィロは溜め込んでいた息を「はぁぁぁ~~……」と大きく吐き出しながらそう呟いていく。
「まったく、上手くいかないモンだよなぁ~……。あのお二人さんはどーしても噛み合わない、水と油のようなモンでよぉ……そのお二人さんを、オキクルミちゃんという罪深い町の人気者が常に引き連れているモンだから、いずれ衝突は起こすだろうとは思っていたもんなんだが……」
やれやれといった具合に頭を掻いていくネィロ。自分は彼へと、それを訊ね掛けていく。
「グレンとカナタは、元から仲がよろしくなかったんですか?」
「いや、仲が良くないというワケじゃないな。現に、二人で稲富に行ってくれというオレちゃんの無茶ぶりに、あのお二人さんは見事に応えてくれた。グレンちゃんとカナタちゃんが頑張ってくれたからこそ、先日の作戦に混ぜてもらえたようなもんだしよ。それに、話を聞いた感じ、向こうに滞在している間は特に荒波を立てることなく、二人は協力して穏やかに過ごしていたらしいからな」
「それでは、以前から募っていた不満や我慢が、ここに来て爆発してしまった……ようなものなんですかね……」
「……敢えてあの二人に稲富へ行かせたのも、オレちゃんの目論見だったワケよ。オレちゃんとしては、オキクルミちゃんがいない二人だけの環境で協力し合ってくれりゃあ、あの二人はよりお互いを理解し合って、より良い関係を築いてくれるのかもしれないって期待感を込めてな。——ただ、その期間中に、オレちゃんも想定していない不測の事態が起きちまった」
顎に手をやりながら喋るネィロ。彼が言わんとする想定外の事態を考えて、自分はそう聞いていく。
「……アレウスとオキクルミのギルドファイトですね」
「そうだ。まさか、グレンちゃんとカナタちゃんというストッパーがいないことを良いことに、オキクルミちゃんが暴走するとは思わなんだ。おかげでオキクルミちゃんは龍明を脱退。これによってカナタちゃんは、自分が留守にしている間の事態で大きなショックを受けちまって不安定に、グレンちゃんもグレンちゃんで、オキクルミちゃんに色々と思う所があっただろうから、そこで生じた二人の感情が、見事に不和をもたらしてしまった……といったところかね」
頭をボリボリ。悩ましく眉をひそめるネィロは、二人が出ていった扉をずっと見遣りながら喋り続けていく。
「オレちゃんの目論見は、上手くいったんだ。おかげさまで、お二人さんは互いへの理解が深まったようだったからな。ただ……その結果、お互いに抱え込んでいた双方の地雷を突っつき合う形となって、このギルドファイトに発展しちまった」
天井を仰いでため息を一つ。次いで眉をひそめた顔で切り替えるようにしながら、ネィロはこちらへと向きつつそのセリフを告げていったのだ。
「——人間ってのは厄介な生き物だよなぁ~……。ま、とにかくだ! こうして起こっちまったモンは仕方がない! 今回のギルドファイトは、グレンちゃんの自尊心と、カナタちゃんのもどかしさがぶつかり合う戦いになるだろうからよ。カンキちゃん、菜子ちゃん、立会人としてここはひとつ、またよろしく頼むわ」
「……なんだか、複雑で難しいものですね」
平和的に、とは中々いかないものだ。これもきっと、人間というものが多種多様な性質を持ち合わせる生物であるからこそ、今回のような戦いが勃発してしまうのかもしれない。
彼が持つ自尊心。彼女が抱えるもどかしさ。一見すると衝突するように見えない要素の双方だが、カナタがグレンに対して『妬んでいる』と発言したように、今回の二人に共通する概念として、『嫉妬』、というキーワードが重要になっているのかもしれないと自分は思った——
ギルドファイト開始の宣言に立ち会って、自分と菜子は町長室を後にした。
通常通りの勤務に戻り、提げたショルダーバッグと共に自分は菜子と町を歩き進めていく。その最中、いつの間にか迎えた昼の時刻に自分らは小腹の寂しさを思い出した。
腕時計を確認する自分。ここからの移動距離なんかを頭の中でチクタク時計を動かしながら、菜子へとセリフを投げ掛ける。
「時間も時間だから、何か食べようか菜子ちゃん。——とは言っても、ここからいつもの喫茶店に向かっていると、到着した頃には他の皆は食事を切り上げているかもしれない。今日は手軽に食べられるパンで昼食を済ませるとしよっか」
自分の提案に、菜子はちょっとだけ身を乗り出してきた。
「ホント!? じゃあじゃあ、お駄賃ちょうだい! アタシ、パン屋までひとっ走りしてくるから!」
「……菜子ちゃん、またお釣りを全部もらうつもりじゃないだろうね?」
えっ。
ドキッという図星の表情。菜子が一瞬だけ硬直していくと、次にも他所へと視線を向けながらそう答えてくる。
「え??? あ?? いやぁ?? べ、別にぃー……??」
……お釣り目当てだ。確信した少女のはぐらかし。
だがこの時にも、自分には先日の記憶が巡ってきた。
この前も自分は、戦場で菜子に守ってもらっていた。そんなもんだから、お礼としてお小遣いくらいはあげないとかな……という考えが脳裏をよぎり出し、自分ははぐらかしを見逃す形で少女の乗り気も買うことにしたものだった。
「あー……まぁ、じゃあお願いしようかな。俺はいつものロールパンでいいから、菜子ちゃんは自分の好きなやつを好きなだけ買ってきて」
「え! ホント!? なに、今日のカッシー太っ腹じゃん! じゃあじゃあ、今日の晩ご飯の分も一緒に買ってきちゃおうかなー??」
ちらっ、ちらっ。あからさまなフリに菜子が期待の眼差しを向けてくる。
「え? ——あぁ、いいよ……」
「マジで!? ありがとカッシー! じゃ、急いで行ってくるから待ってて!!」
と言って、菜子は両手を伸ばしておねだりしてきた。
なんだか、言い様に流されたような気がする。そんなことを思いながらも、自分は取り出した財布からお金を渡していき、それを少女へと手渡すなり菜子は全力疾走で近くのパン屋へと向かったのだった。
ああいうところはお年頃の女の子だよなぁ……と、しみじみ感じていく自分。走り去る少女の背を見送るようにして自分は町の光景を眺め遣っていると、呆然とする意識の中で、ふと自分の左から加えられた“その力”に反応する。
気のせいか、服の裾を引っ張られた気がした。微力なそれに自分は真横へ振り返っていくと、向けた視界の、その下側に映った“銀色”に、途端に自分の身体から血の気が引き始めていく——
——銀髪の少女。無機質な水色の瞳が、こちらの顔を中心にして捉えてくる。
「順調?」
「————ッ」
精神ごと呑み込んできそうな目。生気を感じさせない存在感。そして、少女が纏う周囲の空気感は、この世ならざる冷気を帯びている。
超越者ビアルド。この世界を侵略せんとする、超能力者。事実、少女が繰り出したのであろう透明感のある四角い物体は、あのユノの破壊的な蹴りをも容易く弾いて、ヒビ一つさえも入らなかった。
……どうして、自分の下に姿を現してきたんだ……?
巡る思考が、焦燥で混濁する。それでいて、自分には敵わないという眼前の絶対的な恐怖感から身体の自由が利かなくなっていくと、動かない足は震え始めて、立っていることさえも難しくなる。
引っ張っていた服の裾を、少女は離していった。そしてビアルドはじっとこちらを見つめ続けていくと、首を傾げながら無感情に訊ね掛けてきたのだ。
「具合悪い?」
「ッ……お、おかげさまで……だいぶ気分が悪いよ……」
自分が今できる限りの強がり。謎に働いた、なめられてたまるか、という不必要な意地。
しかし、それを耳にしてビアルドは「大丈夫?」と心配の言葉を掛けてきた。いや、大丈夫なわけがないのだ。今も目の前に存在する“侵略者”と出くわして——
——足音。軽快なリズムで駆けつけてくるその存在に、自分は振り返っていく。
「カッシー!! 買ってきたよー!!」
紙袋を抱え込んだ菜子の姿。思ったよりもだいぶ早い少女の帰還に、自分は危険を知らせるべく菜子へと声を上げていった。
「菜子ちゃんッ!! こっちに来るな——」
瞬間に揺らぐ姿勢。力強く加えられた、左からの強烈な衝撃。
空を仰ぐ視界に、自分は死を悟る。現に、自分の左半身は熱のようなものに覆われており、それは腕を回すようにしてこちらへ密着してきている。
そして、人肌のような感触を覚えていくと、同時にして左耳から響いてきた“活発的な少女の声”に自分は驚愕することとなったのだ——
「“かっしー”、のお友達?? なになに、ボクにも紹介してよ!!」
肩に回された腕。自分と近しい背丈から伸ばされたこの腕に、自分は言葉を失いながら振り向いていく。
——百六十八ほどの身長。銀髪のショートヘアーに、胸元まで伸びたもみあげ、そして湖のような水色の瞳を持つその“彼女”は、肩の部分に穴が空いた白色のパーカーに、青色のホットパンツ、黒色のハイソックスに白色の靴という、とても無難にまとまった格好でこちらにくっ付いていた。
色白の肌は無機質でありながら、瞳に宿る輝かしい活力と、悪戯に吊り上げた元気な口角。そして何よりも、いたいけな容貌から一転とした快活に大人びたその姿。
……同一人物の名残がありながらも、別人と言われれば別人である変貌した性格。目にした様子に自分は呆気に取られていくその最中、”彼女”はこちらの耳元で小さく脅してくる。
「誰かにボクの正体をバラそうとしたら、その瞬間にもキミとその相手はこの世から姿を消すことになるからね」
力を持つ者のけん制。直後にもぱっちりと開いた目で“彼女”は勝気な表情を見せていくと、とてもハキハキとした声音で菜子へと喋り出していったのだ——
「やぁ!! ボクの名前は“ミント・ティー”!! キミは、カッシーのお友達かな!! そんなカレの馴染みとして、ボクのこともどうぞよろしく!!」
こちらに腕を回してきたまま、ミント・ティーと名乗った“彼女”は仰々しく菜子へと手を差し伸べてきた。
しゃらんら~。銀髪のツヤが太陽光に反射する、見慣れぬ快活な女の子。これには菜子もキョトンとしながら足を止めていき、暫しと思考停止して彼女を見遣っていたものだった。
それは自分も同じだった。つい先ほどまで存在していた“超越者”が、いきなり背丈を伸ばして別人を演じ始めてきたこの状況。世界を征服しようとかいう人類の敵がこちらに接近してきたかと思えば、その人物は突如とこちら側へと快活な接触を図ってきたのだ。
……一体これは、どういう状況なんだ。
理解が追い付かない。しかし、背丈を伸ばして性格が変貌したとはいえ、先日にも目撃した外見の特徴から菜子もまた超越者ビアルドであることに気が——
「……か……カッシーが……カッシーが……見知らぬ女とイチャコラしてる……っ!」
ボトッと落とした紙袋。衝撃的なものを見遣る目を向けて、菜子はわなわなと身体を震わせていた。
意外と気が付かない!! そして勘違いをされている!?
ツッコまずにはいられない状況。隣は隣で、あの無機質な存在感からは想像できないほどのドヤ顔を見せながら、ミントと名乗った彼女は前髪を掻き上げる動作で銀髪を輝かせていたものだった。
すぐにも、袋を拾い上げてこちらへ駆け寄ってきた菜子。そして少女は、ものすごく不安そうな表情をしながらこちらに問い掛けてくるのだ。
「か、カッシー……! が、ガールフレンドができても、アタシのことは見放さないよね……っ!? アタシ、カッシーに見放されたら、また独りになっちゃう……! せっかくできた居場所が無くなっちゃうよ……! アタシそんなのヤだぁ……っ」
「な、菜子ちゃん!! 落ち着いて!! というか、この子はガールフレンドとかじゃない!」
こちらに回していた腕を退けていくビアルド。ならぬ、ミント。彼女はそのまま菜子の肩へと手を掛けていくと、次にもミントはカッコつけたような調子でそれを喋り出したものだった。
「大丈夫さ! もし仮にボクがカレとそういう関係であったのだとしても、カレはそれで誰かを見捨てるような人間なんかじゃないことは、キミがよく知っているだろう? ——キミは、菜子と言ったね。良かったら、ボクとも友達にならないか? そうすれば、キミはもっと孤独から遠ざかるだろうからね!」
菜子の手を取っていくミント。そして活発的な微笑みをニッと見せていくと、菜子はちょっと安堵したような顔と、「よ、よろしく……?」と空気に流されるようなセリフを口にしていった。
……とても厄介な状況になったことは確実だった。それからというもの、ミント・ティーと名乗るビアルドは菜子ととても仲良くなってしまい、しまいには自分らの仕事にまで同行してくる羽目となる。
強引にこちらの日常へ割り込んできた、絶対的な脅威の存在。彼女がミント・ティーとして龍明の中に溶け込み出したこの日常は、恐ろしいことにしばらくと続いてしまうこととなったのだ————