脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第30話 認められない存在

 昼下がりの町の中。途端にして駆り出されていった、龍明の何でも屋たち。顔は知っている程度であまり馴染みがなかった彼らの様子から、自分と菜子も野次馬としてその後をついていったものだった。

 

 龍明の出入り口であるトンネル付近。最初期に自分が倒れ、龍明で過ごす生活のキッカケともなったその場所へと駆け付けると、ちょうどそこからは一体の大きなドラゴンが運ばれてくる。

 

 背の低い荷台のトラックに乗せられて、しっかりと縄で固定された緑色の大きなそれ。息絶えているのかどうかまではうかがえなかったものの、だいぶと弱っているその様子から、これを打ち負かした存在も自分はたいへん気になった。そして、そんな自分の疑問にしっかりと答えるかのように、”その少年”が後から続いてきたものだ。

 

 これを狩猟したのだろう英雄に近しい彼の姿は、バキバキに仕上がった上半身に目が行きつつも、それ以上に主張してくる全身の流血が特徴的。身に付けるコートをボロボロにして、頭からも頬からも、肩からも胸からも、腹からも腰からもあらゆる箇所から大量の血を流している彼は、片手に持つ輸血用のパックをちゅうちゅう吸いながら、至って平然とした強面でトンネルから姿を現してくる。

 

 もう、日常茶飯事なんだろうな……。己が身体を酷使することで力を発揮するその戦闘術。自身の怪我を顧みない諸刃の反撃を武器とする彼に自分は呼び掛けていくと、こちらの存在に気が付いた少年は、真っ直ぐと自分と菜子の下へと歩み寄ってきた。

 

 すぐさま、自分からそれを訊ね掛けていく。歩いてきた“グレン”を指差しながら——

 

「グレン! 何事かと思って来てみたけれど……これは一体どんな状況なんだ?」

 

「なんだ、お前さんらは召集されていないだろう。それなのに、どうしてここに——まぁいい」

 

 ちょっと驚いた顔を見せたグレン。だが、直にも彼はとても誇らしそうな表情を見せながらドラゴンの方へと向いていく。

 

「こいつを見てほしい。我ながら、実に輝かしい戦果だ。異能力を持たずとも、地道に鍛え上げ続けた努力と技量だけで、これほどの大物を捕らえることができたんだ。——久々に達成感のある結果を残すことができて、おれは今、とても満足している!」

 

「あ、あぁ……いや、“そっち”も気になるけれど、俺はまず“こっち”を心配していて……」

 

 そう反応した自分の指先を見遣るグレン。これが自身を指し示していることにようやくと気付いていくと、今もだらだら流れ続けている体中の流血に、グレンはちょっとだけ複雑な表情を見せながら答えてきたものだ。

 

「心配をかけるつもりは無かったんだがな。しかしこうでもしねェと、おれのような人間はまともに結果も残せやしねぇ。むしろ、この程度の怪我で済んで良かったと、おれはそう思っている」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「まぁ、こんな怪我のことはいいんだ。それよりも、この大物はな——」

 

 どこか、意識して話を切り上げるようにして喋り出したグレン。途端に活き活きとした表情を見せながらドラゴンへと歩み出したその直後にも、菜子からもちょっとした疑問を投げ掛けられる。

 

「ね、ねぇ。アタシずっと気になってたんだけど……グレン君、それ、美味しいの……?」

 

「周辺のギルドタウンも手こず——ぁ、なんだ?」

 

「その……血?」

 

「血?」

 

 と言って、菜子が指差す手元の輸血パックを持ち上げるグレン。これに彼は「あぁこれか」と零していくと、次にも菜子へと見せながらそれを説明してきたものだった。

 

「人工血液ってやつだな。こいつぁ文字通りに人間の技術で開発された血液でな、主に貧血の症状を抱える人間であったり、輸血が必要になる医療機関の現場などで使用されることが多い人工的な血液だ。主な使用方法として専用の点滴を用いたりするもんなんだが、おれのような何でも屋は戦場なんかに駆り出されたりするもんだからよ、そんなゆっくり点滴している余裕もねェから、直接こうして口から流し込んでんだ」

 

「ぇ、うぇぇ~……なんかアタシ、考えただけで背中がぞわぞわしてくる……」

 

「無理もねぇ。好んで血を飲むやつなんか普通はいねぇからな」

 

「えぇ……グレン君、それ美味しいの……?」

 

「美味いかどうか……で問われちまうと、お世辞にも頷くことはできねぇな。強いて言えば、人工的な鉄分の味がする……ようなもんか?」

 

「それ結局ただの血じゃん! よく飲めるね……」

 

「飲まねェといけねぇ状況を強いられるからな。おれのような戦い方をする人間なら尚更。おかげですっかり慣れちまった。鉄分を補給するなら、食事よりもこいつを使う程度にはな」

 

「えぇ……なんか吸血鬼みたい……。——ヴァンパイア? でもなんかそう聞くと、ちょっとだけカッコいいかも……?」

 

 自問自答のように喋る菜子が、首を傾げて呟いていく。そんな少女の「カッコいい」という言葉に、わずかながらにもグレンは頬を赤らめつつ話を戻すようにした。

 

「……ンなこたぁいいんだよ。それよりもだな、この獲物が仕掛けてきた時に決めた反撃が——」

 

 と喋り出した時にも、グレンの下へと駆け寄ってきた二名の騎士団が彼へと声を掛けてくる。

 

「貴殿が、こちらの魔物を仕留めた何でも屋ですかな?」

 

「あ? ……そうですが?」

 

「先日にも、こちらの討伐依頼を引き受けてくださったグレン・バスター殿で?」

 

「えぇ、そうです」

 

 身内のノリで荒々しい調子だった彼も、やはり世間的な場面では実直になっていく。二名の騎士団へと向き直るグレンがそう答えていくと、次にも騎士団はそんなセリフを口にしたものだ。

 

「まずは、貴殿に感謝を申し上げたい。世界平和への多大なる貢献に感謝する。貴殿のご活躍によって、また一つ、付近の平穏が守られた」

 

「お安い御用です。またおれにお任せくださ——」

 

「貴殿は異能力をお持ちではないとうかがっておりましたので、やはり、異能力を所有する協力者などもいらっしゃったことだろう。そちらの御仁にも感謝の意を申し上げたいところなのだが、今はどちらにおいでだろうか?」

 

 協力者に感謝の意を伝えたい。その言葉を耳にしたグレンは、これを境に表情へ影を落としていく。

 

「いや、おれが単独で任務を遂行しました。協力者はおりません。おれ一人だけです」

 

 え? という騎士団。

 

「いやしかし……? ん……? まぁ、とにかく感謝をしている。異能力無しに、単独でどのようにあちらの大物を討伐なさったのかは些か疑問ではあるものの、後にも騎士団本部からも直々に謝礼をしたいと考えているものだ。よって、貴殿の都合が良い日などに改めて報酬を手渡ししたいため、落ち着いた頃にでも連絡を寄越してもらえると助かるのだが、貴殿としては如何なものだろうか」

 

「承知しました。現時点では詳しいご予定などがお伝えできないため、一時間後を目安に、改めてこちらからご連絡をさせていただきます」

 

「お手数をおかけして申し訳ない。では、我々はこれにて。貴殿の今後の活躍を期待している」

 

 そう言ってトンネルへと踵を返して歩き出す二名の騎士団。その間も何やらひそひそと会話する彼らの背を、グレンは陰りの入った表情のまま見送ったものだった。

 

 ……続いて、はぁっと大きなため息を一つつく。周囲の状況も、運ばれていた魔物が龍明に向かってだいぶ遠ざかったその光景。こうして次第と人が減り始めた周辺の中で、彼は背後にいるこちらへとおもむろに振り返ってきては、暫しの沈黙を挟んだ後にそれを提案してきたのだ。

 

「おれはこれから、龍明で怪我の手当を受けてくる。そのあとは全身の汚れも軽く洗い流してくるつもりでいるんだが……もしお前さんらが良ければ、そのあとにでも飯を食いに行かねぇか?」

 

 

 

 

 

 半端な時間帯が故に空いていた焼肉屋。住み慣れた龍明ではあるものの、自分にとってはあまり馴染みが無いその環境。あぐらをかける席で自分の隣に座る菜子とはまた別に、正面にいるグレンが途絶えないセリフを喋り続けていく。

 

「カンキ、そいつをおれの近くに置いといてくれ。焼くのはおれがやる。お前さんは今日のお勤めで疲れているだろうから、今の内に少しだけでも休んでおけ。……こいつはもう十分だな。菜子、お前さん腹を空かせていただろう。皿を寄越してくれ、おれがよそう。タレはどっちだ? ついでにかけるぞ。それとも別の皿にでも分けておくか? ——あ? 自分でやるって? いやいい、ついでだからおれがやる。お前さんもあまり気を遣わなくていいからな」

 

 てきぱきと、自分ですべて片付けていく彼。自分と菜子がそれに圧倒されるように全部を任せていく状況で、グレンは肉を網の上へ移しながら、無限に繰り出されるセリフをこちらへ喋り続けていたものだ。

 

「直にも追加オーダーのビビンバとサラダが来るだろう。もし運ばれてきたら、カンキはサラダだけ取ってくれればいい。ビビンバといった火傷の危険性があるものはおれが受け取る。飯に付き合ってもらっているお前さんらを怪我させたくねぇからな。——おい菜子、遠慮せずにどんどん食え。それとも肉が焼けていなかったか? スジがあったりして嚙み切れないとかでも、すぐに言えよ。他の肉と取り換えるからよ。タレが欲しいとかでもおれに言ってくれれば取ってやるから、お前さんは気にせずどんどん食べろ」

 

「あ、ありがとうグレン君……」

 

 お礼を言う菜子も、彼の気配りにちょっとだけ複雑な心境を見せていた。その後も気遣いのセリフがまるで止まらないグレンと食事を行う自分らだったが、一同の食欲が満たされて箸が止まったその頃となって、ふと彼は頭を抱えながらそれを口にし始める——

 

「またやっちまった……。悪いな、カンキ、菜子。おれのせいで、落ち着いて飯も食えなかっただろう。別にお前さんらに任せられないとか、そういうんじゃないんだ。しかし……どうしたものか、おれでもできるようなことが目の前に在ると、つい、他を差し置いてでもそれに手や口を出しちまう……」

 

 別に悪いことをしたわけでもないのに、グレンはひとり、どんよりと落ち込んでいた。こんな彼の様子に、自分も菜子も慰めるようにしながら言葉を掛けていく。

 

「グレン、なにも自分を責めなくってもいいって……。俺らはむしろ助けられたぐらいだから、そんな気にしなくてもいいよ」

 

「アタシからしたら、みんなの事を気にし続けられるのも立派な長所だと思うけど……」

 

 フォローになったかは分からない。それでもグレンは耳にした言葉に顔を上げていくと、少しだけ笑みながらそうセリフを口にし始めたのだ。

 

「……これも、お節介、だったよな」

 

「グレン……?」

 

「カナタの言う通りだ。おれは所詮、すべてにおいてクルミに劣る、クルミの劣化人間に過ぎねェ存在なんだよ。だから、そんな自分にでもできる気配りが目の前でチラついていやがると、すぐにそいつへ飛び付いちまっては、人助けしている自分についつい酔いしれちまう」

 

 あぐらから右膝を立てていき、自分自身に呆れるよう天井を仰ぎながら続けていく。

 

「結局、今日の戦果もろくに認められなかった。おれという出来損ない野郎が、あんな大物を単独で倒せるわけがないだろうって、そんなところだろう。——別に、他人に認められねェなら、それでもいい。依頼を消化するのも飽くまで、その脅威に晒された近隣の人々を助けるためにしていることだからよ」

 

 連ねる言葉に迷いはない。立てた右膝に腕をかけて途方を見遣るグレンだったものだが、次にも口にしてきた言葉の数々からは、彼の心の奥底に芽生えているのだろう静かなる苛立ちが垣間見えたものだった——

 

「だがよ……そんなおれのことを、おれ自身、が認められずにいるんだ。——言葉の意味、分かるか? ……これまで、散々と努力を積み重ねてきた。身体を鍛え上げて、戦闘術を身に付けて、相棒に近付けるよう地道に時間を掛けていった。だが、それでもなお、おれはヤツに近付くことすらままならねェ。そんな、何事も上手くやれずにいる無能で無様なおれという存在を、おれ自身が受け入れられずにいるんだよ……」

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