濃い茶色の木材で構成された建物の雰囲気。そのエントランスは観光案内所らしく、町のガイドさんらしいスタッフ数名が、スーツ姿で自分を出迎える。
ここで、同行していたラミアとレイラン、アレウスに案内されてエレベーターに移動。三階に移動して廊下を歩き、そして、『町長室』と掛けられた札の扉をアレウスがノックすると——
「おう、入っていいぞー」
男の人の声だった。ラフな声音が特徴的な、大人の人。そんな印象を受けた扉の先へ自分は招かれると、次にも本棚に囲まれた町長室へと踏み入った。
部屋の隅に行き渡る本棚。壁には絵画や魚拓といった飾りが施されている他、モニターやゲーム機といった代物まで見受けられる。中央の長テーブルに、六つほどのイスが並んでいる光景の奥には、社長特有の机で作業をしていたのだろう“サングラスの男性”がこちらを出迎えてくる。
……回転するイスに座り、クルクルと回りながら——
「よーぅ! アレウスちゃんに、ラミアちゃんと、レイランちゃん。いつもの仲良しメンツがお揃いで眩しいねぇ」
町のトップらしい厳格さを想定していたのだとすれば、今こうして相対する人物は間違いなく、その真逆を往くチャラさを誇っていた。
百八十七はあるだろうその背丈。髪型が中々に奇抜であり、自分から見て右側三割は黒色の刈り上げ、残る七割は鋭利なバナナのような黄色のショートヘアーというもの。それに加えて黒色のサングラスと、その下には右目を隠す黒色の眼帯という、手元にある物すべて身に付けましたと言わんばかりの容貌。
服装も奇抜で大胆だった。丈の長い白色のシャツを、ボタン全開にして着用している。このシャツの上からは、同じ丈のピンク色のシャツと、更にその上に、同じ丈のオレンジ色のシャツを重ね着しているというファッション。下こそは無難な灰色のパンツと黄色の靴であったものだが、愉快げにニッと笑みを見せるその男性は、とても一目で町長と見抜けないことだろう。
と、ラミアとレイランが彼へ返答していく。
「あー、どーもギルドマスターさん。相変わらずヘンな見た目してますねー。ホントにソレ、女ウケいいんですか??」
「あぁちょっとラミア、気持ちは分かるけどやめなって……!」
「おーいおいおいおいラミアちゃん、直属の上司に向かって容赦ないねぇ。忖度っつーもんをまるでうかがえねぇ。そのラミアちゃんの切れ味、オレちゃん嫌いじゃないぜ……」
指を差すキメポーズ。男性の決まったセリフとポージングに、ラミアは首を傾げながら素朴な疑問をぶつけていく。
「はい?? 何言ってるんですか??」
「あっはっはっは! いいねぇ、いいよぉラミアちゃん。きみはそのままでいい。そのままのラミアちゃんでいてくれていいんだ。——レイランちゃんも、その無自覚なカンジ、全く衰えないねぇ。レイランちゃんの、オレのことを想ってクチにしてくれたさっきのセリフ、何だかんだで一番オレちゃんに効いたってもんさ……」
「えーっと……? えぇ……? あ、ありがとう、ございます……?」
「そう!! それでいい! レイランちゃんも、そのままでいいんだ」
ビシィッと指を差しながら、男性は立ち上がって歩み寄ってくる。
迎え入れんとばかりに両腕を広げた彼。その足は真っ直ぐとアレウスへ向かっていき……。
「彼女らを見守ってくれて、ありがとな。やっぱアレウスちゃんって人材は、この町には必要不可欠だ。——あっはっはっは! いやほんと、おまえ相変わらず何考えてんのか分かんねぇカオしてるな! だが、それがいい!! アレウスちゃんのそういうトコ、オレちゃん買ってるんだぜ? それも、心から、な」
アレウスの背を叩き、片手で肩に手をやりながら片手で指を差す。これにアレウスが困惑気味な表情を見せていくと、男性はニッと笑んでこちらへと振り向いてきた……。
「……フー、アー、ユー?」
「え?」
口角を吊り上げ、すっごい眉をひそめた男性の表情。
「このギルドタウンの新人ちゃん? それか、誰かさんがイメチェンでもした? 少なからず、見慣れないカオだね? 名前は? どこから来たの? 年齢は? 女の子の好みとか聞いちゃおうかな?」
「あ、あの……」
ノリに困惑するしかない。
こちらの様子に、レイランが助け船に入ってくる。
「ちょっとマスター! 彼、ただでさえ困っているんだから、これ以上は困らせないであげて!」
「お? 困ってる? どうした、話でも聞こうか? ——まぁ立ち話もアレだしよ、ホラ、みんな座れ! オレちゃんが直々に紅茶を淹れてやるからよ、一息入れながらゆっくり話をしようや」
親指でイスを差す男性。これに一同は、従う形で動き出した——
「記憶喪失ねぇ。んで、自分の名前以外は覚えていない、と」
長テーブルのイスに座る五人。席を共にするギルドマスターの男性は、肘をついた様子でだらけながら、暫しと考えを巡らせていた。これに、一同は沈黙を貫く。
……男性を待つこと数分。彼は「おっ」と思い付いたように、それを言い出した。
「んじゃ、
…………え?
唐突だった。これを聞いたラミアとレイランは、思わず声を上げていく。
「ええ!? そんなカンタンに決めてイイことなんですか!?」
「そうだよ! だってマスター、人材を募集する時なんか、
二人の少女から受けて、男性はイスに寄り掛かりながら返していった。
「違いねぇ。オレちゃん、町の雰囲気を何よりも最優先にしてっから、それをぶち壊さねぇためにも、
ギルドマスターと向かい側にいる自分へと、彼はセリフを続けてくる。
「オレちゃんの紹介をしてなかったな、カンキちゃん。ま、今さらってカンジもするが? ここはギルドマスターらしく、みんなの前では面子を保っておかないとだもんな? ——ってことで、オレちゃんはこの町の代表をしている、ギルドマスターの“ネィロ・リベレスト”だ。呼び方は何でもいい。ギルドマスターだったり、マスターだったり。後は、ネィロって発音が難しいからとかつって、ネロさん、なんて呼ぶヤツらもいるからよ。っま、気楽によろしく頼むぜ? な?」
「よ、よろしくお願いします、ネロさん」
こちらの挨拶に、ギルドマスターことネィロ・リベレストはニッと笑みを見せていった。
挨拶が済んだところで、レイランがネィロへとそれを訊ね掛けていく。
「それで、マスター……やっぱり、カンキ君には
「無論、オレちゃんはそのつもりでいる。——が、なにか言いたげなカオをしているな? レイランちゃん」
「え? えーっと……」
レイランが、一瞬だけこちらを見てきた。
「……カンキ君が
「気になるかい、レイランちゃん。——ギルドマスターであるオレちゃんが、“彼だけ特別扱い”していることが」
……!
ネィロの言葉に、レイランは自分の言葉を見つけたかのように反応を示していく。
彼のセリフは、ラミアとアレウスにも届いたらしい。二人もまたこちらを見遣ってくると、その視線は確かに、ネィロの言葉の意味そのままを含んでいるかのように感じ取れた。
——とても、気まずい。それでいて、申し訳ない思いでいっぱいになる。
自分は、肩身の狭い気持ちになった。……と、覗き込むまではいかないものの、そんなこちらの顔を見たネィロは、ふと周囲にそんな説明をし始める。
「オレちゃんがカンキちゃんを受け入れたことには、もちろん理由がある。そして、その理由は、たった一つによるものさ。それは……記憶が有る無いに関わらず、帰るアテの無い人間を無責任に突き放したくはなかったから、だ」
一同が耳を傾ける中、ネィロは続けた。
「
と、テーブルに上半身を乗り出してきたネィロ。そのまま向かい側のこちらへと手を伸ばしていくと、この肩にドカッと手を置いて、ニッと笑ってみせたのだ。
彼の勢いに、ラミアは呆れ混じりにセリフを口にする。
「何と言いますか、ギルドマスターらしいですねー。——じゃ、カンキさんをこの町で保護するとしますよ。その場合、我々が平等に受けてきた“査定”については、どう説明なさるんでしょうか?? 今、
ラミアの容赦ない言葉は、相変わらずだ。
しかし、彼女の言い分はごもっともである。これについて、ネィロは得意げな表情を見せながらそう答えてきたのだ。
「安心なされ、皆の衆。何も、カンキちゃんを特別扱いするつもりなんて、オレちゃんには毛頭ないからな。——そこで、オレちゃんは既に、一つの解決策を考えてある!」
そう言い、ネィロはイスから立ち上がった。
「カンキちゃんはもう、こうして町に入っているんだ。で、じゃあ、この町に見合う人間かどうか、今から調べさせてもらいますね、っつって町の外に追い出すのも、あまりに酷だからよ。そこで、今からカンキちゃんには、“ある人物”の下で働いてもらうことにする!」
と言って、ネィロが扉へと向かいだした、その時だった——
コン、コン、コン。
……ノックする音。これにネィロがキョトンとした顔を見せていき、「おう、入っていいぞ」と声を掛けていく。
——開けられた扉。そこから靴音を鳴らして入ってきたのは、長身のシルエットを持つ“一人の女性”だった。
思わず、ニッとしたネィロ。そして両腕を広げる形で“彼女”を歓迎しながら、そんなことを言い出していく。
「よーぅ! “ユノ”じゃねーか! ナーイスタイミーング! ちょうど今! たった今! おまえに頼みたいことがあって、そっち訪ねに行くトコだったんだ」
凛々しく佇む“彼女”の肩を叩くネィロ。そんな彼に、“彼女”は一切と動じない。
身長は、百七十九はあるだろうか。灰色まじりの白髪は腰辺りにまで伸びており、その長髪を分厚く束ねることで大きなポニーテールを作り出している。それに加え、健康的な色白の肌に黒色の瞳を光らせたそのご尊顔は、まさに女神と呼ぶに相応しいほどの美貌を象っていた。
服装は、黒色のライダースジャケットに、胸元のボタンを開けてある赤色のシャツ。黒色のバイクパンツに、膝丈まであるブーツを着用するそのシルエットは、クールビューティとも言えるだろうか。それを決定付けるかのように、左目の付近にあるほくろが大人の美しさを演出していた。
そんな彼女は、資料の入ったファイルを手に持った状態で佇んでいた。
肩に手を乗せられても無反応。それどころか、ネィロの歓迎に応えることもなく彼女はそれを手渡していく。
「頼まれていたデータよ。ここ最近の、素行調査の途中経過をまとめたもの。既にある程度の結果は想定できているでしょうけれど、念のために目を通しておいてもらえると助かるわ」
「おぉ、おぉそうだった、オレちゃんとしたことが、ユノを呼びつけていたことをすっかり忘れていた……。——ってのもそうなんだが。なぁぁユノ! なんていいタイミングだ! さすがはオレちゃんの右腕。やっぱ心ではお互いに通じ合っているんだよなぁ~」
「貴方に興味なんか無いわ。それで何? 新しい依頼?」
「おぅ、相変わらず“オトコ”には冷めてるなぁ……。——ま、だからこそ、今に関しちゃ好都合ってなもんだ」
そう言うと、ネィロはこちらへと歩み寄ってくるなり、この肩に手を乗せながらそのセリフを口にした——
「ギルドマスターの権限を発動する! ユノ、今日からこいつを、おまえの『助手』に任命する!」
…………え?
思わず、キョトンとしてしまった自分。一方として目の前の彼女はと言うと、こちらに一切と目もくれずにネィロへと訊ね掛けた。
「私に、“ストレート”になれとでも言うのかしら?」
「違ぇ違ぇッ!! それは断じて違ぇッ!! そういうデリケートなモンは、オレちゃん絶対ェ無理強いしねぇからッ!! ——そいつとはまた別に、ユノ、おまえにこいつを預かってもらった方が、この場を収めるのに色々と都合が良いんだよ」
「説明してもらえるかしら」
ここにきて、ようやくとこちらの姿を捉えてきた女性。
……尤も、その目は言葉にし難いほどの、とにかく冷め切った虚無に等しいものだったが——
「ユノ、こいつは記憶喪失でな、帰る場所が無ぇんだよ」
「——話が見えたわ。“探偵”である私に、彼の調査をしてもらいたいんでしょう。調査の内容は主として、正体を含めた彼の身元調査と、“彼がこの町で住むに相応しいかどうか”の査定」
「ユノ、おまえもしかして、オレちゃん達の話を盗み聞きしてた?」
「何の話?」
どこか変わったやり取りを交わしていき、女性は再びこちらを見遣ってくる。
「イレギュラーによる町の均衡の崩れを避けるべく、未だ身元や素性が知れていない彼を“私の助手”として働かせる。そうすることで、私の監視下における町での保護という名目と共にして、彼の査定も同時進行してしまおうというのが、ネロさんの思惑でしょう?」
「オレちゃんの頭ん中に盗聴器でも仕込んでる?」
素朴な疑問をぶつけながらも、ネィロはこちらの肩を何度か軽く叩きつつ満足げに頷いた。
「ま、そういうことだ! っつうことで、カンキちゃん。記憶が戻るまでこの町に住んでもいい代わりに、目の前のおっかない姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞー?」
「そ、そこまでは思っておりませんが……自分がここで住めるようお取り計らいいただき、本当にありがとうございます」
ただただ、感謝の気持ちをお礼の言葉として口にすることしかできなかった。
倒れたところから始まり、今やギルドタウンと呼ばれる町に住むことになった。
町の代表であるギルドマスターは、ニッと笑みを見せながらこちらの肩を叩いてくる。そして立ち会った周囲の人達にもこのことを伝えていくと、じきにも自分は、探偵である“彼女”へと引き渡された。
……陽が落ち始めた、黄昏のギルドタウン。前を歩く“彼女”についていく最中にも、自分は町の光景に思わずと足を止めて見入ってしまう。これに気が付いた“彼女”は、軽く腕を組んだその佇まいで、こちらを見遣っていたものだった。
今この時にも、新天地での生活が開始された。
そうすぐにも迎える、日常と衝突が織り成す異世界譚。多くの特徴的な人物が存在するこの世界において、自分は様々なドラマと立ち会うことになる————
【序章:彷徨う末に往き着いた世界 ~END~】
【1章1節:タンポポを守る良心】に続く…………。