脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第31話 温もり

 夜を迎えた龍明の森林。りんりんと鳴く虫の声を傍らに、自分と菜子は射し込んだ月の光を道標に進んでいく。

 

 広大な町の地域の、その出入り口となるトンネル付近。の、さらに隅っこであるその地帯。町からも離れているひと気の無いこの空間は、夜という時刻になれば灯りのない無人の森となる。現に、懐中電灯を持っていなければ迷子が確定するこの暗闇。それに包まれてしまえば最後、龍明とは思えないほどの不安感に駆られながら、ここでの一夜を過ごすハメになることだろう。

 

 そんな夜の森林を、自分と菜子は歩き進めていた。ギルドタウンである故に安全が保証されているものの、夜の森という不気味な光景に、菜子はずっと、こちらの腕にくっ付いていたものだ。

 

 直にも、脇で飛び立った虫の群れ。ばさばさと羽音まで聞こえてくるほどの大量なそれに、菜子は飛び上がるように驚いてこちらにぶつかってくる。

 

「うェアァッッ!!!! ——もうヤだカッシー……!!! 早くお家帰りたいぃ……」

 

 涙目で訴え掛けてくる菜子。夜の森林という空間が恐ろしい上に、虫も苦手であるならば尚更そう思うこと間違いない。自分は「俺もいるから大丈夫だよ」と言って菜子を慰めつつその歩みを続け、それにしてもといった具合に呟くよう自分は言葉を口にした。

 

「でもまさか、虫の採集を依頼されるとは思わなかったな……。ユノさんの下に届く依頼はなにも、調査ばかりじゃないんだなってことを改めて思い知らされたよ……」

 

「迷子のネコ探しとか、落とし物の捜索とかはあったよね……。でもなんで探偵に昆虫採集を依頼するの!? もっと他にそういう専門家とかいるもんでしょ!? ホント、マジであり得ないんだけどっ!!」

 

「まぁまぁ、ユノさんも探偵である以前に何でも屋の一員なんだから、お手伝いとして十分にあり得る仕事内容だとは思う。……まぁ、ユノさんから虫取りのレクチャーを受けるとは思わなかったけどね。あの人ほんとに多彩だよな。それだけ、虫取りの依頼も少なくないってことなんだろうけれど……」

 

「えぇん……アタシもうヤだ——うぎゃァア!!!!」

 

 嫌がる少女にサプライズか。タイミングを図ったかのように、目の前に現れたトンボのような大きな虫。その体長も一メートルはあって、しかも夜行性なのだろう活性化したその動きは、菜子を仰天させるのに十分な迫力だった。

 

 追撃として、複眼をくりくり動かしてこちらを見遣ってくるそれ。虫特有のキレのある動きが菜子の更なる悲鳴を招き、少女が放った音圧は超音波の如く、周囲の虫を押し出すよう羽ばたかせる要因ともなったものだ。

 

 四方八方の包囲網。苦手な人間からすれば、まさに地獄のような状況。もはや哀れに思えてきた菜子は絶叫さえも止めていき、もう、声にならない悲痛な顔を見せながら、ただただこちらに引っ付いて服にめり込んでくる。

 

 ……続行は厳しそうだなぁ。顔を埋め込んできた少女の頭を撫でながら、自分は懐中電灯を片手に撤退を考える。そして、いくら経験のためとは言えども、それによって依頼がこなせなくなることの方が問題かもしれないと判断した自分は、菜子に撤退を提案しようと見下ろしつつそれを伝えようとした、その時のことだった——

 

 ——ガサガサッ。付近の樹木を揺るがす存在感。明らかに向こうで身を隠す存在の気配に、虫に対する寒気とはまた別の悪寒が駆け巡る。

 

 ……もしかして、虫じゃない……? 夜行性の獣なんかが近付いている? そう思った自分は懐中電灯の光をそちらに向け、菜子を連れて静かに立ち去ろうと一歩退いた、その直後のこと。

 

 こちらの警戒なんてお構いなし。そんな調子で樹木の後ろからは、菜子のような制服姿の“女の子”が姿を現してきた——

 

「あ、カナタ……?」

 

 思わず、自分は問い掛けた。こちらのセリフに菜子が「え?」と振り返って彼女を確認していき、あちらもまた自然体のポーカーフェイスでこちらを見遣ってきては、瞳に宿す妖しいピンク色で捉えてきたものだった。

 

 カナタが歩いたその道には、ピンク色の残像がわずかに軌跡を描いていく。濃い色のそれを向けてこちらへと歩み寄ってくると、次にもカナタから言葉を投げ掛けてきたのだ。

 

「何の用」

 

 端的なそれ。彼女の口ぶりに自分は答えていく。

 

「えっと……俺達、ユノさんの代わりに虫を捕りに来たんだ。ユノさんが引き受けた依頼のお手伝い。この時間帯で、この辺りに出現するらしい“リュウメイホタル”を採集しに、俺達はここに来ただけなんだけど……」

 

「そう。ならいい」

 

 と言って、立ち去ろうとするカナタ。そんな少女へと、自分も問い掛けてみる。

 

「カナタは、一体どうしてここに? とてもじゃないけれど、ここは夜に人が来るような場所ではないなって思ってたもんだから、今こうしてカナタと出くわしたことが、ちょっと意外でさ……」

 

「…………」

 

 ピンク色の残像が消えていく。歩んだ痕跡を宵闇に溶かしていくその最中、暫しと佇んでいたカナタは不意に振り返りながらそう答えてきた。

 

「避難場所。私の」

 

「避難場所?」

 

「避難。……いえ、違う。落ち着く場所。……落ち着く? いえ、安心する場所……。誰も来ないから」

 

 自身でも、どの言葉が正しいかを探っているようだった。カナタは自問自答するようにしてセリフを口にしていくと、次にも少女はおもむろにこちらへと近付いてくる。

 

「リュウメイホタル。捕ったなら早く帰って」

 

「あ、あぁー……いや、それが一匹も見つけられなくて……」

 

 参った。そんな調子で自分は、提げていた虫かごを見せていく。

 

 空っぽのそれに、無感情な顔を向けるカナタ。そんな少女を、菜子は顔色をうかがうように覗き込んでいたものだったが、そのカナタはと言うと、虫かごを確認次第に周囲へ意識を向けていくなり、ある程度の目星をつけたのだろう特定の場所を対象にして、カナタは自身の異能力を発動し始めたのだ。

 

 風を発生させる異能力。突如としてブワッと巻き上がった周囲の草木に、自分らは驚きながらも心強さを感じていく。

 

 複数の地点から発生した突風。夜空を目指す地面のそれが発生すると、これに巻き込まれた枝木や虫が、風の中で渦を描きながら一斉に打ち上がった。小さな竜巻とも言えただろうカナタの力によって多くの物体が上空に放り出されると、間髪入れずに発生した次の突風によって、浮き上がったそれらを容赦なく地面へと叩き付けていく。

 

 ——のかと思えば、それらが地面に落ちるギリギリで発生した、地面を沿うように吹き荒れた風。これが昆虫をキャッチするように運んでカナタの周辺を漂い始めていくと、その風を自在に操作することで少女は周囲に昆虫を纏い始めていき、その風へと手を伸ばしていっては、ちょうど流れてきた虫を選ぶように摘まんでいって、こちらへと差し出してきた。

 

 ……間違いない。リュウメイホタルだった。カナタが差し出してきた昆虫に自分は驚きながらも、少女からそれを受け取ってお礼を口にする。

 

「あぁ、ありがとうカナタ……! すごく助かった……!」

 

「そう。なら早く帰って」

 

「帰ろう……と言いたいところなんだけど、あと二匹必要で」

 

「…………」

 

 無感情なのに、どうしてか呆れられた視線を向けられている気がする。妖しい色濃いピンクがこちらを捉えてくると、カナタは今も流れていく周囲の風を自身へ近付けて、そこから二回、摘まむようにして手を伸ばしてから、こちらへ差し出してくる。

 

 ——リュウメイホタル。二匹。依頼された合計三匹があっという間に揃い、自分はただただ感謝しかない気持ちのまま少女から受け取った。

 

「あぁ、ありがとうカナタ……!! いや本当に助かった! これで早く戻れそうだ。菜子ちゃん、事務所に帰ろうか」

 

 頭を撫でていた菜子が、ウキウキとしながら離れていく。そしてカナタへと「カナタさん、アタシの命の恩人だよ……! ホントにありがと……! 今度お礼させて!」とお礼を伝えてから、菜子はこちらの腕を引っ張って促してきたものだ。

 

 帰りたそうな少女にぐいぐいされながら、自分はカナタへと別れの挨拶を告げていく。

 

「余計なお世話かもしれないけれど、夜だから周りも暗いし、足元とか気を付けながら帰って! それじゃ——」

 

 踵を返して歩き出した、その瞬間。

 腕とはまた別に、背後からわずかに引っ張られた。それが服の裾であることを認識しながら自分は振り返ったものだが、この動作は菜子も同様であり、そんな二人の裾がそれぞれ“少女”の手によって摘ままれていることを確認する。

 

 ……両手で自分らを静止したカナタ。無感情な表情はそのままに俯いて、少女は呟くように突然とセリフを口にしたのだ。

 

「ごめんなさい。やっぱり帰らないで」

 

「カナタ?」

 

 ……間を置いて、カナタが喋る。

 

「帰ってほしい。でも帰らないでほしい。なんで……? 分からない……」

 

 向き直る自分と菜子。それでもこちらとは一切と目を合わせてこない少女だが、カナタは摘まんでいた服を手放すとそうセリフを続けていった。

 

「その日にクルミと別れた後、私は胸が苦しくなる。だから、ここに来る。そうすると気分が良くなるから。でも、クルミが龍明からいなくなった後、私はずっと胸が苦しいまま。……どうすればいいのか分からない。だって、ここに来ても気分が良くならないから」

 

「それは、どうしてかな……?」

 

「分からないの。ただ、胸が苦しくなると、涙が出そうになる。……クルミがいないと私は独り。誰も私のことなんか見向きもしてくれない。でも、嫌われる私が悪い。こんな私だから、気に掛けてくれていた“彼”とも喧嘩した——」

 

 思い当たる人物。目の下にくまをつくった彼を、自分は思い浮かべていく。

 

「グレンのこと、だよね?」

 

 こくり。無言で頷くカナタは、自分らを見つめつつセリフを口にする。

 

「彼には、クルミがいる。でも、私には誰もいない。そう考えるとすごく辛い気持ちになってきて、ここに来ても落ち着けないの——」

 

 ——カナタが喋るその途中、少女の訴えに応えるよう菜子が手を添えていった。

 もう、顔色をうかがうとかはしない。菜子はカナタの背に手を回していくと、孤独に苦しむ目の前の少女へと菜子は微笑みかけたのだ。

 

「アタシ達がいるよ。ね、カッシー」

 

「だね。ギルドファイトのお手伝いは俺らにできないけれど、一緒にいることなら、カナタの気が済むまで俺らは付き合えるよ」

 

 自分も、カナタへと手を差し伸べながらそれを伝えた。

 

 この時にも目にしたカナタの表情もまた、初めて見るものだった。先日にも目撃した怒りとは異なる、呆気にとられて見開いた少女の顔。クールなそれのまま暫しと静止していたカナタだったものだが、追い付いた理解によって味方を認識した瞬間にも、カナタは再びこちらの服の裾を摘まんできながら喋り出してきたのだった。

 

「…………景色が綺麗なところを知ってる。そこで話がしたい。——綺麗な龍明の夜景を眺めながら、二人と話がしてみたい。……すごく、心臓が脈打ってる。分からないけれど、私は貴方達と一緒に居ることが、辛いと感じない。クルミが居てくれている感じとよく似てるから。……だから今、一緒に居てくれるとすごく嬉しいかもしれない……」

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