脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第32話 湯煙と月光 -ジェラシー編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 立ち上る極楽の湯気。これに囲われる幸福感は、あらゆる人間に共通する至上のひと時だと思えてくる。それに加えて、身体の芯から包み込んでくれる銭湯と、露天風呂である故に外から流れ込んでくる穏やかな夜風という二つの要素が、絶妙なコンビネーションとなって癒しを与えてくれるものだった。

 

 そんな極楽を堪能する自分の隣では、また別の極楽を堪能する菜子の姿。お湯に浮かべたお盆と、それに乗せられたりんごジュースのコップに、少女はとてもウキウキな様子を見せていく。あとはコップを手に取って一気に飲み干していくと、菜子もまた銭湯に浸かりながら自分なりの楽しみを見出していたものだ。

 

 店から許可されている持ち込み。飲料の他に、軽度の食べ物であれば持ち込んでオッケーという緩いお決まりも、町の人間のみが入ることを許された空間だからこそのもの。周囲にも、お酒が入ったビンなんかを片手に談笑する光景が展開されていたことから、この露天風呂は憩いの場として非常に愛されていることがひと目で分かる。

 

 その日の疲れを癒すために設けられたスペース。自分もこれに甘えるよう堪能していたものだったが、やはり今日という日に迎えた勝負の行方が、未だに鮮明と脳裏に残っていたことで、どこか気が休まらない部分もあったことに違いない。

 

 今日にもまた、譲れない想いがぶつかり合う私闘の行く末を見届けてきた。

 双方が抱く『嫉妬』から交錯した戦い。思い込むことで保ち続けてきた自尊心と、振り向いてもらえないもどかしさによる感情の衝突に決着をつけるその戦いを目撃する————

 

 

 

 

 

 町の中で偶然と出くわした、ギルドマスターのネィロ。楽観的な彼に連れてこられる形で自分と菜子も町長室へ向かっていくと、そこには既に、グレンとカナタがネィロの到着を待ちわびていたものだった。

 

 ネィロは、自分と菜子の肩に回していた腕を離していく。そこから居合わせた人間の数をざっくり数えて頷くと、待ちわびる二人の下へ歩き進みながらネィロはセリフを口にしていった。

 

「よぉし、人数はきっちり揃っているな! んじゃ早速と結果発表をしていくぞー」

 

 前回と比べて、だいぶ気楽な調子のネィロだった。彼がのそのそと歩く姿をグレンとカナタは緊張感ある目で真っ直ぐと見遣っていき、その彼らから少しだけ離れた位置に、自分と菜子がついていく。

 

 立会人ふくめて、この戦いの役者が揃った。改めて全員の姿を確認するよう見渡したネィロの動作と共にして、彼は冗談めかしたような調子で主役の二人へとそれを喋り出したものだ。

 

「で、結果発表と言っときながら余談になっちまうんだがよ。実はオレちゃん、既にこいつの結果を見ちまっているんだ。——っつぅのも、経過途中のポイント差がよ、あまりにも僅差で仕方が無いって状況が終始ずっと続いちまっていたもんだからよ、堪らず、ギルドファイト集計担当係が、オレちゃんにダブルチェックを頼んできたってコトよ。……あまりにも合計ポイントが似たようなもんだったから、万が一の不正も、決して無きにしも非ずといった具合にな」

 

 わずかながらに走った不安感。だが、すぐにもネィロがそう続けてくる。

 

「結果、お二人さんに不正は無し。お二人さんは最後まで、ルールに則って正々堂々と戦い抜いた。ま、それくらい、今回のお二人さんは、中々に熱い接戦を繰り広げてくれたってコトになるな。——いやぁ、部外者であるオレちゃんや集計担当の人間が、おまえ達の戦いを見ていてすげぇハラハラした! 最後までどちらが勝つかの予想が全くもってつかなくて、お二人さん、本ッ当にナイスファイトだった! ……ってことを、オレちゃんは事前に伝えておきたくってな」

 

 サングラス越しの笑み。双方を讃えるグッドのジェスチャーを向けて、ネィロは発表前にもグレンとカナタを褒めていく。尤も、結果を待ち望む彼らとしては、この前置きも余計にしか思えなかっただろうが……。

 

 無言を貫く二人の様子に、ネィロは自ら場をリセットするように「よし」と頷きを一つ。そして腰に手をやって、彼は二人と向かい合いながら、敗北時の条件の再確認と結果発表の二つを進行していったのだ——

 

「じゃ、発表の前に、最後の確認を行っていくぞ! 既にお二人さんは承知だろうが、このギルドファイトに負けた人間は、勝った人間をオキクルミちゃんの相方として素直に認めてやること。尚且つ、その認識はオキクルミちゃんの意向に関係なく、今後、何でも屋として活動していく上でのれっきとした上下関係の目安としていく。勝った側が、負けた側にどのような態度を所望するかは、二人で決めてくれ。——というワケだ」

 

 腰にやっていた右手を動かし、胸ポケットの中の紙を摘まんでいく。

 

「では、勝敗を発表する!! グレン・バスターvs友仁彼方のギルドファイトの結果!! この勝負に勝った人間は————」

 

 ポケットから取り出した紙。それをネィロは広げて自分だけが目を通していくと、次にも再確認するよう自身だけがじっと眺めてから、紙を裏返しにしてこの結果を突き付けていったのだ——

 

「“友仁彼方”の勝利だ!!」

 

「——っ」

 

 言葉を失う、衝撃の沈黙。以前と比べて重々しい雰囲気とはならないこの空間だったが、現実を突き付けられた“彼”からすれば、この結果もまた受け入れ難い非常に酷なものだったことだろう……。

 

 無感情な表情を一切と変えないカナタ。結果が出た時にも紙へ視線を向けたものだったが、自身の勝利に対してもこれといった反応を見せなかった少女は、ただ無言でショックを受けるグレンを脇に出口へと歩き出していく。

 

 そして、淡々とした足取りで町長室の扉を開いていった。……そんなカナタを呼び止めるようネィロが口にしたセリフで、少女は一瞬と動きを止めたものだったが——

 

「カナタちゃん。オキクルミちゃんは龍明に戻ってくる。オレちゃんもその手続きをなるべく手早く終わらせるつもりでいるからよ、もう少し龍明に滞在してくれてもいいんだぞ」

 

「分かった」

 

 背にした返事。開かれた扉をすり抜けるよう出ていったカナタの姿は、閉じていく扉に隠れる形で退室していった。

 

 ……残された空間。ショックを受けたその顔で俯いているグレンは、とても動けそうにない。

 これには、自分らも掛ける言葉が見当たらなかった。今の少年に対してだと、どんな慰めも彼の心を抉ることになりそうであったから。

 

 腕を組んで佇むネィロが、グレンを見遣っていった。サングラスで眼差しもうかがえない真っ黒な彼の視線。そして頭を掻きつつ首を傾げていくと、ネィロは少年へとその言葉を掛けていく。

 

「グレンちゃん。オレちゃん特製の紅茶でも飲んでくか?」

 

 顔を上げるグレン。どんなに自分が傷ついていようとも、実直にも周囲への反応は欠かさない。

 

「いえ、お構いなく……」

 

「そうか。——じゃあ、オレちゃんオススメの飴ちゃんでも要るか? 味覚が麻痺する凶暴なチョコミント味だ。どうだ?」

 

「いえ、お気遣いには感謝いたしますが、今はそういう気分ではありませんので……」

 

 ネィロの目論見は、グレンに一言でも喋らせることだったのかもしれない。

 喋り出したことをキッカケに、頭を抱えるようにして動き出したグレン。ショックを隠し切れない様子のまま、彼は深いため息を一つついていって、自身を悔やむようにしながら呟いていく。

 

「……クソ。何をやっても、オレは劣等だ……。所詮、クルミやカナタに勝てやしない出来損ない野郎。どんなに頑張ろうが、どんなに励もうが、オレはずっと、誰かの劣化のままなんだ……」

 

 ……わずかながらに保ち続けた自尊心のため、この戦いだけは負けるわけにいかなかった。

 落ち込んで、一歩も動けずにいるグレン。脇に居る自分らが心配な視線を送っていくその中で、暫しと見遣っていたネィロが少年へと言葉を掛け始めていく。

 

「人によってよ、得手不得手というモンは少なからず存在する。そんなカンジによ、人間、得意なことや苦手なこと、好きなもんや嫌いなもん、できることやできないこと、そいつだけが持つ特殊な能力など、やっぱり生まれもっての少なからずの違いっつぅものは、どの人間にもある程度と存在しているもんなのさ」

 

「その少なからずの違いが合わさって、オレという出来損ない人間が出来上がった……ということでしょうか」

 

 卑屈になっても仕方がないだろう。グレンの悲愴が眼差しとなってネィロへと向けられる。

 

「オレはもう、誰にも敵う気がしません。持つものを持って生まれた人間に抗うべく、オレは自分を限界へと追い込むことで、その格差を埋めるよう全力を尽くしてきました。しかし、その結果がこれです。……持つものを持たずに生まれた人間の宿命とも言うべきでしょうか。オレという劣等人間は所詮、どんなに努力を積み重ねようが、やはり、生まれ持っての能力に恵まれた優秀な人間達に、オレのような人間が勝てるハズがないんです」

 

「能力や努力に関しても、生まれ持っての能力が少なからずと関係することはオレちゃんとしても否めない。オレちゃん自身、天才、という言葉は言い訳の時に使うモンだ、というひねくれた考え方をしているもんだがよ、実際問題、その天才と呼ばれるに至る所以として、体質や遺伝とか、そういう生まれ持ってしての性質はある程度と関係しているのかもしれないな、とかは思ったりするもんだぜ」

 

 言い聞かせるようにするネィロ。これにグレンは、寂しそうな顔を見せたものだ。

 

「そうですね。——ギルドマスターがそう仰ってくださって、オレは何だか安心した気がします。あとは、納得しなければいけません。この結果を真摯に受け止め、オレという人間は、カナタにも負けた出来損ない野郎であることを、自分自身が認めなければならない……」

 

 自身の心臓を掴むかのように、胸の前に手をやったグレン。彼もまた言い聞かせるようにしながらそのセリフを口にしていったものだったが、これを耳にしたネィロは数歩と歩み寄っては、グレンの肩に手を置いてそう喋り出していったのだ。

 

「ギルドファイトの結果こそは、今回はカナタちゃんの勝利で終わったな。だがよ、グレンちゃん。この勝負の結果だけで自分の価値を決めつけるのは、さすがにまだ早いんじゃないかな?」

 

「いえ、ギルドマスター。オレはまず、クルミという人間に勝てない人間です」

 

「オキクルミちゃんは、誰から見ても優秀な何でも屋さ。カナタちゃんも、戦闘力を売りにした商売でその存在感を知らしめている。で、グレンちゃんはと言うと、町のお手伝いには常に積極的で、時には一般人ながらも勇猛果敢に魔物へと立ち向かっていける、度胸と実力を兼ね備えた豪快な何でも屋、という認識が多分、一般的な評価だとオレちゃん思っているぜ」

 

「光栄です。しかし、なにもオレである必要はありません」

 

「そいつがグレンちゃんだからこそ、オレちゃんはこうして高く評価しているんだ」

 

 肩をトントン。セリフを口にしながら、グレンから手を離していくネィロ。

 

「グレンちゃんはな、オキクルミちゃんの劣化人間なんかじゃねーよ。その証拠として、グレンちゃんは攻撃を受け切る独自の戦闘術を編み出した。そいつは集団戦こそ苦手とする戦法ではあるもんだが、そいつが本領発揮するのが、タイマンの時」

 

 手のひらを差し出すように人差し指を向けていくネィロ。

 

「どんなやつにも、得手不得手はあるって最初に話しただろう? そいつを体現するかのように、グレンちゃんにはな、龍明の誰よりも得意とする戦場があって、その状況におけるグレンちゃんは、他の追随を許さねぇほどの戦闘力を発揮するんだ。——独壇場ってやつだな。こいつぁれっきとした個性であると思うし、何ならタイマンにおいては、オレちゃん、オキクルミちゃんやカナタちゃんよりも、グレンちゃんの方が強ぇと本気で思っているもんなんだぜ?」

 

「そ……そういうモン、なんでしょうか……?」

 

「そういうもんさ。もっと言ってしまえば~……グレンちゃんの戦法は、あのユノにも対抗できるほどのポテンシャルを秘めていると、オレちゃんは割と本気で思ったりする! それくらいグレンちゃんのことを、オレちゃん評価しているんだぜ?」

 

「そ、それはさすがに過大評価だとは思いますが……まぁ、悪い気はしません……」

 

 突然の褒め言葉に、グレンは思わずと戸惑いを見せていった。

 だが、彼の表情に少なからずの喜びがうかがえる。そんなグレンは、自身の問い掛けに対して自信満々と頷いてきたネィロを目にしていくと、次にも呆れたサマで、ちょっとだけ微笑みながらグレンはそう返していったものだった。

 

「……ギルドマスター。いくら賛辞のお言葉であろうとも、オレのことを買い被りすぎです。しかし……ほんの少しだけ、今までの努力が報われたような気がしました。オレが求めていた理想に、今、気のせいだとしても少しだけ近付けたような気がしたんです。——おかげさまで、出歩ける程度の気力は取り戻せました。オレのような人間にも親身となって接してくださるその姿勢に、感謝いたします」

 

 

 

 

 

 湯煙が見せた朧の記憶。最後に見た清々しいグレンの表情に、自分も何だか報われたような気分を味わったものだった。

 

 と、余韻に浸るこちらの頬へと、りんごジュースの入った大きなビンをいきなりくっつけてきた菜子の悪戯——

 

「っ冷たッ!?」

 

「えー、なんか普通の反応でつまんなーい」

 

 勝手に期待された上に、ものすごく残念がられた。こちらの反応に不服そうな菜子が眉をひそめていくもんだったから、自分もまた菜子に手で促しながらそれを口にしていく。

 

「ぐぬぬ……。——あぁ菜子ちゃん、ちょうど良かった。俺もジュース飲みたいから、それちょうだい」

 

「ん、はい」

 

 泳ぐように近付いてきた菜子。そしてこちらにりんごジュースのビンを差し出したものだから、それを自分は何気ない表情で受け取っていく。

 

 で、菜子が自身のコップを手に取るべく、お盆へと気を逸らしたその瞬間。受け取ったビンを少女へ近付けた自分は、そのまま菜子の頬へとベタッとくっ付けて——

 

「んぎャアっ??!」

 

 ビクッ!! と、菜子は盛大な反応を見せてくれた。

 

 驚きのあまりに、頬を押さえて呆然とする菜子。だが、すぐにも思考は冷静を取り戻して……。

 

「——っ、ちょっとカッシー!!?」

 

「なるほど、いいお手本を見せてもらったなぁ~」

 

「は、はァ!!? な、ぁあり得ない!! カッシー意地悪っ!! 悪魔っ!! ホントにバカっ!! バカっ!!」

 

 とても満足のいく仕返しができた。顔を真っ赤にする少女に揺すられながら、自分は勝ち誇った顔をしていたものだ。

 

 菜子の動きで、じゃばじゃばと飛沫を上げる露天風呂。その水面も波打って周辺へと広がることから、すぐ近くのお盆が揺られて非常に不安定なサマを見せていく。

 

 これに二人で気が付いた時には、既にお盆の上のコップが倒れようとしている時だった。共にして「わっ」と声を上げて手を伸ばしたものだが、この動きでお盆が尚更とひっくり返って、風呂に飲み物をぶちまける……。

 

 ……寸前、近くを通ったのだろう“少女”がコップをキャッチしてくれた。

 無感情の表情と、妖しいピンク色の瞳。タオルを頭に巻かない彼女が長髪を流したその状態に、そもそもとしてその存在が銭湯に訪れていることに自分と菜子は意外に思ったものだった。

 

「カナタ! 助かった、ありがとう!」

 

 こちらのお礼に対し、通りすがりのカナタは「気にしないで」と一言。そのままお盆にコップを置いていきながら、彼女はこちらの傍で腰を下ろして落ち着いてきた。

 

 と、自分が腰に巻いているタオルを、カナタは摘まんでくる。これも彼女なりの意思表示であることは、先日のリュウメイホタルの件でよく分かっていた。が、如何せん男の人が腰に巻くタオルを摘まむそれに、菜子はカナタへと優しくそれを伝えていったのだ。

 

「だ、ダメだよカナタさんっ! いやダメじゃないけど、それ、あまり綺麗じゃないからっ!」

 

「菜子ちゃん、俺そんなに汚いのかな……?」

 

「えっっ、いやっっ」

 

 場所が場所なだけはある。しかし、いざ言われると複雑になるのもまた事実。

 自分の問い掛けに菜子が必死に焦り出すその光景。だが、そんなこちらの掛け合いをカナタは眺めていくと、ふと無感情な表情のままで、そのセリフを口にしてきた。

 

「私がいけないことをした……?」

 

 こう見えて、けっこう繊細なのだ。カナタの言葉に、自分と菜子は慌てて首を横に振ったものだった。

 

 それからというもの、カナタという人物も交えた銭湯でのひと時を過ごしていった。自分のタオルに留まらず、菜子のタオルも摘まんでいったカナタの様子。誰かの衣類を掴むことによって安心感を覚えるらしい彼女の行動は、銭湯を上がった後もしばらく続いていく。

 

 銭湯のロビーでは、菜子がカナタに牛乳の飲み方をレクチャーしていた。腰に手をあてがって飲み干していく、乙女らしからぬもある意味で伝統的なその飲み方。これには自分もさすがにと思って止めに入るのだが、カナタが菜子を信じることによって、あのクールな乙女がはしたない一面を堂々と晒してしまったのだ。

 

 褒める菜子と、どこか嬉しそうなカナタの様子。

 これ、後でオキクルミやグレンに怒られないか……? という不安が脳裏をよぎる自分だったが、一方として、その表情に見せなくとも楽しげに過ごしていたカナタを目撃したものだったから、まぁいいのかな、という思いで自分は二人を見守ったのであった——

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