脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第6話 料金発生

「まぁ、カンキちゃん今日もお使い頑張ってるわねぇ。これ、良かったら持って行って!」

 

 港の市場で手渡された、一匹の大きな魚。タイのように赤くて厚みのあるそれを自分は受け取ると、両手に提げた紙袋に頭から突っ込ませてお礼を述べていく。

 

 龍明の昼が、やってきた。このギルドタウンに住むこと数日が経過したこの日に関しても、探偵の助手兼家政夫としての忙しさがありながら、とてものどかな生活を送っていたものだった。

 

「こんなに立派なお魚を、タダで頂いてしまっていいんでしょうか」

 

「いいのよいいのよ! カンキちゃんみたいな若くして頑張る人達を、わたしたちは応援したい気持ちでいっぱいなんだから! これは、その気持ちの、ほんの一部分」

 

「ありがとうございます。こちらで頂いたお魚を美味しく調理して、たくさん元気をもらうとします」

 

「そう言ってくれると、おばさんも嬉しくなっちゃうわー! ——あー、でも、一匹じゃあ足りないかしら? カンキちゃん、探偵事務所でお勤めしているのよね。それじゃあきっと、その一匹だけじゃユノちゃんのお腹に入って終わりになっちゃうかしら」

 

「いえいえ! 既にもう、これだけ買い出ししてありますから! どうぞご心配なく!」

 

 と言って、手に提げている大きな紙袋を持ち上げてみせる自分。

 

 ……とてつもない重労働だった。こんなにも重い食材を、毎日と買い出しに来なければならない過酷なスケジュール。

 

 あれほどまでにも凛々しい存在感を醸し出し、美人ともイケメンとも見て取れる絶世の美貌を持ち合わせた女探偵ユノ。しかし、その見た目に反して彼女は、男も顔負けの大食いであることが初日にも発覚した。

 

 ヒー、なんて思いながら魚市場を後にする自分。こんなに食べて、よくあんなシルエットを保てるなぁ……なんという心の中の声で、なんとか重みを誤魔化しつつ進める足取り。

 

 と、そこで耳に入ってきたのは、漁船から降りてきた男性による“少女”との会話だった——

 

「ラミア! 手伝ってくれてありがとさん! おかげで毎日、助かっているよ! こういう力仕事はやっぱり、ラミアに任せるに限るな!」

 

「船長さんも、ウチの扱い方をよくご存じですね。おかげさまで、とってもオイシイ思い、させていただいておりますよ??」

 

「あの探偵さんには頼み辛いからなぁ。そんなもんで、“ここ”ァ競争相手がいないんだ。——他に頼れる人がいない分、特別ウマい餌をぶら下げておけば、力持ちであるラミアが速攻で食いついてきてくれるって寸法なのさ」

 

「にっししし、船長さんはとっても賢いおヒトですねぇー。力持ちをお呼びでございましたら、このラミアにどーぞお任せを。ではウチ、休憩時間なのでご飯食べに行ってきまーす」

 

 軽快な振り返り。その先に佇んでいたこちらの存在を発見し、ラミアは真っ直ぐと自分の下へ駆け寄ってくる。

 

「あらまー、なんとも情けないカオして突っ立っておりますねー、カンキさん」

 

「あぁどうも。これ、思ったより相当しんどいんだよ……」

 

「え?? その程度の荷物でですか?? ホント、カンキさんはオトコのコなのにか弱いですねー。なんなら、ウチが手伝ってあげましょうか?? そうですねー。では、一キロ歩く毎に料金が加算されていくスタイルでお願いしますよ??」

 

「あっははは。残念だけど、俺を相手にその商売は成り立たないよ。ラミアも今は休憩時間だろうし、女の子に重い物を運ばせたくないから」

 

「ふーーーん。それ、ウチのコトを気遣ってくれているんでしょうけれど、カンキさん、さすがにそれは、ウチのコトをなめすぎじゃありませんか??」

 

 不満そうな顔で、口を尖らせながら見つめてくるラミア。これに自分は、笑い飛ばすようにして反応した。

 

 ……と、ここで付近から、重量ある魚が地面に落下する音が響き渡る。

 それに自分とラミアは向いていく。そうして投げ掛けた視線の先では、クレーンで運んでいたのだろうマグロのような巨大な魚が地面に転がっていたものだ……。

 

 漁師の人々は、慌てた様子で掛け合っていく。

 

「おいどうする!? こいつぁ大物の中の大物だ! 九百キロはあるんだぞ!! これをどう運ぶってんだよ!!」

 

 とんでもない大物だ。自分の無力さに、ただただ見守ることしかできない目の前のそれ。

 

 だが、それを聞くなり“隣の存在”は動き出した。

 転がっている巨大な魚へと近付く彼女。そして付近で慌てていた男性に声を掛けると、そのセリフを口にしていったのだ。

 

「コレ、どこに運ぶんです??」

 

「え? あ、あぁ、この魚は魚市場の奥にある冷凍庫に——」

 

「そーですか。分かりました。よいしょ」

 

 ——軽々と持ち上がった大物の魚。九百と言われていたその重さを、まるで感じさせない。

 

 そして、平然な顔で魚市場へと向かい出した彼女。その小さな身体で、しかし少女とは思えないほどの信じられない力を発揮するラミアは、視界が塞がっていることから市場の人間の案内を頼りにして、その足を進めていく。

 

 ……先ほどにも彼女が口にしたように、どうやら自分はラミアのことをなめていたようだ——

 

 

 

 

 

 定食屋に訪れた自分とラミア。こちらのセリフを耳にした彼女は、ヴァイオレットカラーの瞳を光らせながらそれを言う。

 

「カンキさんの奢りですか!? ありがとうございます!! ではでは、そーですねー!! せっかくの奢りというワケですし、ここはひとつ、お店で一番高いお料理を……」

 

「あー……なるべくお手柔らかに……」

 

 カウンター席で並ぶ自分とラミア。運ばれてきたカツとご飯の定食セットに、二人でいただきますと食事を行っていく。

 

 昼食を共にすることとなった自然の流れ。紙袋を隣に置いて食事を行う自分は、ふと隣のラミアの横顔を見遣った。

 

 カツを頬張る、いたいけなその容貌。膨らませた頬を押さえるようにして満足げな表情を見せる彼女は、こちらの視線に気付くなりジト目を向けてくる。

 

「なんですか?? お金取りますよ??」

 

「いやどうしてそうなるの……」

 

「ジョーダンです。半分だけ」

 

「もう半分は本気だったんだ……」

 

 他愛のないやり取り。ここで自分は、そんなことを訊ね掛けてみた。

 

「ラミアは、お金にこだわるよね。お金が好きなの? って聞くと、なんか、響きは悪いかもしれないけれど……」

 

 こちらのセリフに、ラミアは箸を止めてそう返答する。

 

「ワルいですか?? ウチがお金にこだわるコトが」

 

「いやいや! 悪くないよ! ……ただ、少し忙しそうにしていたから、稼ぐのが好きなのかなって。——その忙しいのも、“ギルドファイト制度”ってやつの影響だろうけど……」

 

 先日にも知った、ギルドタウン公認の私闘。それを話題に出してみた時にも、ラミアは「あー」と言うなり、言葉を選ぶようにして喋り出した。

 

「まー、そーですね。忙しいには忙しいですけど、その分、貰えるモンも貰っておりますので、ソコはお気になさらず」

 

「ギルドファイトの宣言みたいなものに、俺もたまたま居合わせていたんだけど、その……あれから、レイランとは何か話したりとか、した……?」

 

「いいえ、全く。会話する時間が勿体無いので」

 

 キッパリとものを言う様子も、ラミアらしい。だが一方で、ラミアは少し間を置きつつそのセリフを続けてきた。

 

「くれぐれも、カンキさんは余計なコトをしないでくださいね。これは飽くまでウチとレイランさんの問題なのでありまして、決して他人が手出しできるモノではないんです。——ギルドファイト制度による私闘は、そういうモンなんですよ。この制度はですね、ウチらのような何でも屋が、“どーしてもお互いに譲れないモノで衝突し合った時”なんかのために用意された、“力を持つニンゲン”が、“最小限の争いで決着をつける”ための制度なんです」

 

「つまり、そこに俺が下手に介入することで、争いの火種がより広まる可能性がある……?」

 

「そんなカンジです。なので、ウチらのお手伝いをしようものなら、この町から非難されるでしょうね。だから気を付けてくださいよ?? ウチにも影響が及びかねないので」

 

 手に持つ箸をこちらに向け、念を押したところでラミアは定食と向かい合っていく。

 

 ご飯を掻き込み、もぐもぐと食べていく。そうして食に集中しようとするラミアだったものだが、ふと彼女はそんなことを話し始めたのだ。

 

「……ウチはですね、別にレイランさんをコテンパンにしてやろうだなんて考えておりません。これは、今後、カノジョに余計なお世話を掛けさせないようにするための措置として、ギルドファイト制度を利用しているだけなんです」

 

 こちらに視線を向けない、ラミアの目。止めた箸と、その奥にある“彼女にしか見えないモノ”を見つめるようなその眼差しで、ラミアはセリフを続けてくる。

 

「ウチだって、解っているんですよ。カノジョが考えているモノくらい。……ですけど、それでもなお、ウチはお金を稼がないといけない事情があるんです。それがたとえ、規約違反という理由があろうとも。ウチはどーしても、ここで立ち止まっているワケにはいかないんですよ」

 

 キッパリとした声音はそのままに、ラミアは何かを見据えるようなその目で一連のセリフを口にした。

 

 ……と、ここでラミアは、ハッとする。

 

「……あ、アッハハハ!! ナニ言ってんでしょうね、ウチは!! ——おかしいですね。こんなコト、誰にも喋ったことなんかないのに」

 

 再び、箸をこちらに向けてくるラミア。……その先にご飯粒を付けながら、しかし彼女は、こちらの目をじっと真っ直ぐ見つめたその様子で——

 

「とにかくですよ!! カンキさんはウチらの手助け禁止です!! あと、先ほどのハナシは忘れるように!! いいですね!?」

 

「わ、分かった! 分かった!」

 

 こちらの返事に対して、ラミアは「うむ、よろしい」と頷いて箸を引っ込める。

 そして、箸のご飯粒をパクり。その様子をまじまじと眺めていると、ラミアはジトッとした目を向けながら、そのセリフを口にしたのだった。

 

「なんですか?? まだナニか用があるんですか?? これ以上とウチのカオを無断で眺め続けるのでしたら、先に特別料金を支払ってもらいますよ??」


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