脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第7話 パーッとして、ガーッとしていたい

 夕暮れの明かりを浴びながら、自分はゆっくりと坂を下っていく。

 ユノから指示された、宿舎へのお届け物。それを済ませて事務所へ戻ろうとした頃には、帰路は黄昏の下り坂となって現れていた。

 

 まさか、宿舎の全部屋を回ることになるとは思わなかった。各部屋に訪れては、部屋のポストに文書を入れていく地味な作業。その紙自体は、何でも屋として活動するにあたっての、新たな事項を追加した規約の書類というものであり、これはもはや、探偵が行う業務であるのかどうか、疑問に思うばかりだった。

 

 これ、ネロさんから回ってきた仕事を、そのまま自分に任せたんだろうなぁ。そんなことを思いながら、呆然とも言える意識で歩く龍明の町中。目の前に広がるのは、夕暮れに染まる海面と、それを行き来する漁船や渡り鳥という、心が安らぐ日常の景色。

 

 とても良い町だ。ちょっとだけ歩くスピードを遅くして、町の景色を焼き付けるように眺め始めたその時だった。

 自分がちょうど通ったのが、花屋を経営する建物の横。奥へと続く道には店といった建物が並び始める町の中心部にて、花屋の店主であるおじさんがこちらに声を掛けてくる。

 

「おぉカンキくん。……だっけ? そうだよなぁ?」

 

「あぁ、どうも。お疲れ様です」

 

 花屋に立ち寄る自分。声を掛けてくれたおじいさんへと歩み寄るその最中にも、おじいさんが手に持つ鳥かごに視線が向く。

 

 やけに隙間が細い鳥かご。その中には、なんだかタンポポの綿毛のような形をした、羽のようなものを羽ばたかせる小さな生き物が、十匹ほど……?

 

「あの、こちらは?」

 

「あぁ、あぁ。これかな。これはね、ワタゲドリ、って言うんだよ」

 

「へぇ。初めて見ました」

 

「はは、そうだろうね。何せ、記憶喪失だっけね?」

 

「あぁいや、まぁ、それもそうではありますが。でも、見たことのある生物に関する記憶は、なぜだか残っているんです。——そんな自分の記憶を以てしても、こちらのワタゲドリって名前の鳥は初めて見ました」

 

 綿毛が、そのまま鳥になったかのような見た目だった。それを眺めていると、おじいさんはそんなことを言い出した。

 

「ワタゲドリって名前をしているけれどね、これでも花の一種なんだよ。……おぉ、っほっほ。良い反応をするねぇ。その、あっと驚いた顔、観光客なんかも見せてくれるものだから、これまた見ものでね。——せっかくだから、手に取ってみるかい? ほら……」

 

 と、おじいさんが鳥かごを開けた瞬間だった。

 

 ——突風。あまりにも強い風が、一瞬だけ龍明に駆け抜ける。

 思わず、手で防ごうとしてしまうほどの風圧だった。これが自分を通り抜けていくと、直後にも響き渡ってきた、カゴが落ちる音……!

 

「あぁ! ワタゲドリが!」

 

 空へ飛び立った、鳥のような綿毛。手を伸ばすおじいさんから離れていくその光景に、自分も眺めることしかできない。

 

 そこで、上空を見上げていた自分達へと、ふと通り掛かった“彼女”が声を投げ掛けてきたのだ。

 

「カンキ君? 花屋のおじさん? 二人で見上げて、どうしたの?」

 

 自分の下りてきた坂から、レイランが姿を現した。とても不思議そうに見遣ってくる彼女に、自分は空を指差しながら説明する。

 

「さっきの強い風で、ワタゲドリが空に!!」

 

「え? ワタゲドリ? ——あ、ほんとだ」

 

 自分の目で確認したレイラン。それから花屋のおじいさんへと視線を戻していくと、あまり気にしていない調子でそれを訊ね掛けていった。

 

「あれって売り物だよね? それがあんなにたくさん、大変じゃん。——私、取ろっか?」

 

 え? 取る?

 思わず振り向く自分。そんなこちらとはまた別に、おじいさんは「あぁ! レイランちゃんお願い!」と答えていく。

 

 それを聞いてから、レイランは身に付けている黒色のポンチョに手を掛けていった。

 と、次にもそれを、引き剥がすように強引に引っ張り出した彼女。袖に腕も通しているそのポンチョを、思い切りと引っ張る様子に自分は声を掛けようとした、その瞬間だった——

 

 ——ポンチョが、その姿をなびかせながら剥がれ出す。目にしたことの無い光景を前に、適した言葉が見つからない。ただ強いて言うなれば、その動きはまるで、身に纏っていた影が流れていくかのようなもの、とも表現できただろうか。

 

 腕から抜けたポンチョは、もはや“布ではない何か”となってレイランに掴まれていた。

 ロープが手元からするすると抜けていくように、その“何か”を上空へ投げた彼女。それは蠢き、マフラーとも言える動きを見せながら無限に伸びていくと、空を飛んでいた無数のワタゲドリに追い付いて、前方を塞ぐように覆い被さっていく。

 

 そして、レイランの引っ張る動作と共にして、黒い“それ”は彼女の手元に戻っていった。

 ……とんでもないものを見た気がする。信じられない光景を前にして、花屋の店主はセリフを言う——

 

「レイランちゃん! あと一匹が!」

 

「ぅえ??」

 

 なんとも抜けた、意外性の高いレイランの声。彼女の見遣る先には、取り逃した一匹のワタゲドリが、米粒程度の小さな点となって途方へ飛んでいく。

 

 さすがに、あれは無理か……! 諦めが勝った自分の、レイランへと投げ掛けたこの視線。だが、この視線の先で次にも、レイランは両腕を大きく広げ出していった。

 

 手に持つ黒い“それ”が、バッと大きく広がっていく。そして、レイランの華麗な身のこなしによって“それ”が勢いよく上空へ放たれると、“それ”は瞬く間にカラスを象り、高速の滑空で残る一匹へと追い付いてしまったのだ。

 

 すぐにもカラスが覆い被さる。直後、その形を崩してパラグライダーのようになると、“それ”は線となってレイランの手元へと伸び、彼女が引っ張ることで“それ”は地上へと引き戻されていった。

 

 そして、店主が落とした地面の鳥かごを、“それ”が一瞬だけ呑み込む形で過ぎ去っていく。

 次に見た光景は、残された地面の鳥かごが、ひとりでに立ち上がっていた光景。かつ、開いていた扉が閉められており、かごの中にはきっちりと、十匹のワタゲドリが収められていた——

 

「おぉ、おぉ! ありがとうレイランちゃん! おかげで助かったよ!」

 

「あぁうん! これくらいお安い御用だって! ……それよりおじさん、今度は気を付けてよ?」

 

 丈の短いピンク色のブラウスを身に付けるレイラン。一仕事を終えた彼女は、掴んでいる黒い“何か”を身に纏うように蠢かせていくと、レイランにかぶさるようにして落ち着いた“それ”は、次第と、見慣れた黒色のポンチョへと姿を変えていった。

 

「レイラン、それは一体……?」

 

 指を差しながら、彼女へと訊ね掛けていく。自分のそれに彼女は反応を示すと、微笑を見せながらそう答えていったのだ。

 

「私の異能力だけど? ——もしかしてカンキ君、異能力のことも忘れちゃってる?」

 

「異能力……?」

 

「そー、異能力。ま、こういうヘンテコな力のことだよ、うん。……って言っても、こうして異能力をファッションにしてるのは多分、私ぐらいだと思うけどさー」

 

 身に纏うポンチョをひらひらさせて、見せつけてくる。そうして微笑のままレイランはこちらに視線を投げ遣ると、ふとそんなことを続けてきたのだ。

 

「ついでだからさ! カンキ君、ちょっとだけ付き合ってよ。そう時間とらせないから!」

 

 

 

 

 

 花屋から、それほど離れていない広場。龍明の町の中心にある、噴水が特徴的な憩いの場。白色のベンチが清涼感ある町に溶け込む光景の中、崖が近い広場の出っ張りへとレイランは佇んだ。

 

 景色を眺める彼女。後から自分が歩いてくると、レイランは背中で語るようにセリフを口にする——

 

「二人だけで話ができる機会、今まで無かったからさー。だから気分転換も兼ねて、ちょっとだけ付き合ってもらいたくてね」

 

 どこか空元気な声音。これに自分は、ラミアとの私闘について問い掛けようとする。

 

「レイラン——」

 

「あー、ギルドファイトのことは禁止。だって、せっかくの気分転換なんだもん。こんな時くらい、目の前の戦いのことは忘れなきゃ」

 

 手で静止するレイラン。これに自分は口を噤んで言葉を呑み込むが、一方としてレイランは、それでも迷いを思わせる目をそこらへ向けていく。

 

 ……じきにも、彼女は零すようにそのセリフを喋り出した。

 

「……よくさ、ラミアから言われてたんだ。私は、あまり深く考えない人間だって。私からしたらさ、ラミアは考えすぎなんだよ。いっつもお金のことばかり考えて。どう儲けるか。どうやって楽をするか。どのようにして自分が得をするか。……物事の、目に見える部分から、その裏側までも、ラミアはきちんと見据えていてさ。深く考えて、考えて、そして、より自分が得できるような選択肢を選んでいく」

 

 龍明の景色を眺めるレイラン。その目は何かを捉えていて、とても穏やかでありながら、とても寂しそうでもある——

 

「——そんなラミアの損得勘定がさ、人間関係の亀裂に繋がったらどうしようって、私ずっと心配してたんだ。……ラミアってさ、ああ見えて実は頭が良いから。だから、こうすれば自分は得できるって選択肢が解っちゃう人間だから、その選択によって、ラミアが他の人を敵に回さないか、私、ずっと不安に思ってたんだよ」

 

 こちらへと視線を投げ掛けるレイラン。そして目の前まで歩み寄ってくると、彼女はそのセリフを口にした。

 

「ラミアとも、既に話したでしょ? だったら、どうしてラミアがギルドファイトに同意したかの理由くらい、もう分かってるよね? ——私が推測するに、これ以上と私に口を出されたくないから、とか、そんな感じかな。いや……ラミアのことだから、実はもっと裏のこと。それも……誰にも話せないようなこと、なんかを考えているのかも……?」

 

 と、考え込む自身のサマに、驚きを示すレイラン。

 自分らしくない。なんて思ったのだろうか。すぐにも誤魔化すように両手を振っていくと、自分から距離を離しながらもその言葉で締めくくったのであった。

 

「あーっ、ダメだね! 真剣に考えるなんて私らしくない! 私はもっと、こう、パーッとして、ガーッとしていたいの! 意味わかんないかな? でも、ほんと、そんな感じ! だから、カンキ君。勢いで突き進む私のことを、応援よろしくね! ——絶対にこの戦いに勝って、私はラミアが、ここで平和に暮らせるようにしたいからさ」


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