脇役系主人公は見届ける   作:祐。

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第8話 湯煙と月光 -タンポポを守る良心編-

 湯煙と月の光。二つが合わさることで、朧気な幻覚を見ているかのような気分だった。

 

 龍明の町にある大きな銭湯。露天風呂という解放感に加えて、夜景を楽しむことができるこの施設は、外から来た人間だけでなく、龍明に住む人間からも非常に高い評価を得ている。

 

 自分も既に、何度かここへ訪れていた。特に、助手としての業務が大変だった日になんかは、必ずと言っていいほど通っているかもしれない。そのためか、銭湯を経営するおじさんにはすっかり顔を覚えられており、また、ユノさんも、自分に与える仕事の目安として、自分が銭湯に通った日にちなんかを参考にしているくらいだった。

 

 そんな日々の疲れが、お湯に溶けていくこの感覚。身体の芯から温まる心地良さに天を仰ぎながら、今日の業務を振り返った一人反省会を脳内で行っていく。

 

 ここ、ああすれば良かったのかもしれない。あの時、違う言葉で返答した方が良かったな。……お届け先を間違えたから、もっと町のことを把握しないといけない。それどころか、今日はろくに事務所での業務が円滑に進まず、結局ユノさんに手伝わせてしまった。

 

 考えれば考えるほど、自分のダメさが浮き彫りとなっていく脳内。これにため息をついてしまうものだったが、そんな自分のことなんて、所詮は些細な失敗とも言える“とある場面”に、今日は出くわしていた。

 

 ……明日から、どんな顔をして“二人”に会えばいいんだろう。これは、自分には全くの無縁な他人事。しかし、自分も気にしてしまうし、同情もしてしまう、二人の“譲れない戦い”を見届けた記憶——

 

 

 

 

 

「よーぅ、カンキちゃん。今日も朝っぱらからお使いを真面目にこなして、カンキちゃんは仕事熱心で偉いねぇ。感心、感心」

 

 朝の日差しが名残として照らされる町中。広場でチラシ配りをしていた自分へと、通りかかったネィロが声を掛けてくる。

 

「どうも、ネロさん。こちらをどうぞ」

 

「ぉう、さんきゅ。……骨とう品専門店? 龍明の店じゃねー広告のチラシじゃねーか。こいつぁ、ユノの仕事じゃねーだろう? なんでカンキちゃんがこんなことやってんの?」

 

「別件でここを通りかかったところ、町の人に頼まれたんです。ちょっと外せない急用ができたから、代わりにこれを配ってほしいと、三十分ほど前に」

 

「そーれで、カンキちゃんは真面目にお勤めしていたってコトかい。何処のどいつだぁ? 自分の仕事をカンキちゃんに任せっきりにしてるヤツはよー」

 

「それが、俺にもよく分からなくて……」

 

 ズコッ。コミカルな動作でネィロは反応する。

 

「よく分からねぇヤツの頼みを聞いてたんかい! 真面目ちゃんか!?」

 

「すみません……」

 

「んな、カンキちゃんは悪くねーっての。つか、こいつ配ってたヤローがそもそも、町の人間じゃねぇよ。だから、こんなモンやめちまえ」

 

 と言って、ネィロは残りのチラシを自分から取り上げていく。これに自分は「あっ」と言葉を零すが、次にも彼はこちらの肩に手を置きながら、そのセリフを口にしてきたのだ。

 

「ちょうどイイ! なぁカンキちゃん、ちょっとオレちゃんに付き合ってくんねーかい?」

 

「俺が、ですか? 俺に務まるものでしょうか……」

 

「ダイジョーブだって心配すんな。カンキちゃんは、ソコに居てくれるだけでイイのよ。——“あん時”も、カンキちゃんは場に居合わせていたことだしな」

 

 ネィロのセリフを耳にして、自分はハッとしたようにそれを訊ね掛けた。

 

「……結果発表、ですか? ラミアとレイランの、ギルドファイトの……」

 

「んま、そーいうことだな。ちょうどいいからよ、カンキちゃん、勝負の行方の立会人になってくれや。アレウスちゃんも今頃、二人と一緒に町長室で待っているだろうから、さ」

 

 こちらの肩に腕を回してくるネィロ。そのまま自分を連行するように歩き出し、話の流れに従うまま、自分は町長室へと連れていかれた——

 

 

 

 町長室の扉が開かれる。そこから登場したネィロと自分へと、ラミアとレイラン、立会人のアレウスが見遣っていく。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……よし、揃ってんな。いつもの仲良しメンツが、よ」

 

 複雑な心境の、ラミアとレイラン。これに寡黙なアレウスは息を呑むようにして佇む中、ネィロは連れてこられた自分を解放しつつ、少女らの前へと歩いてくる。

 

「じゃ早速だが、今回のギルドファイトの勝敗を発表する。コイツに敗北したヤツはこの先、原則として、勝利したヤツの意見に素直に従うとする。——だが、勘違いしてはならない! コイツは決して、負かした人間を自分の言いなりにするための勝負なんかじゃねぇ。……この勝負の発端。コイツが勃発するに至った根幹であり、お互いの内側に秘めた想いを認識し、改めて尊重し合うためのキッカケに過ぎないアクシデントだった。……コイツぁ、そういう勝負だった。そうだろ?」

 

 既に見透かしているかのような、ネィロのセリフ。これに、ラミアとレイランは互いから目を背け合うようにする中で、ネィロは改まった調子で高らかに声を上げていく。

 

「では、勝敗を発表する!! ギルドファイト、ラミア・エンプーサvsレイラン・シェフナー。結果!! この勝負に勝った人間は————」

 

 ポケットから取り出した紙。それをネィロは広げて自分だけが目を通していくと、これを見せ付けるように二人へと突き出した——

 

「“ラミア・エンプーサ”の勝利だ!!」

 

「ッ!!」

 

 ——言葉無き衝撃。結果を知った二人は、それぞれの思いで言葉を失った。

 

 ネィロが見せた紙。大きな文字で記されたラミア・エンプーサの文字に、二人の貢献度をポイントとして数値にした統計が、事細かに連ねられている。

 

 ……直にも、ラミアが口を開き出す——

 

「っ……ま、まぁ?? 当たり前ですよね!! レイランさんの心配は、ウチにとっては余計なお節介だった、ってコトですよ!!」

 

 上ずった声。それを隠すようにラミアは無理した喋りで隣に振り向くと、そこには放心するレイランが佇んでいる——

 

「……お節介、だった……。私の、やってきた……」

 

「っ……」

 

「私は、ただ、ラミアが心配だったから……。ラミアの損得勘定が、友達を、味方を無くしたりして、町で孤立して、独りぼっちになって、仲間外れにされるかもしれないって、辛い思いをするかもしれないって、ラミアのことが心配だったから、友人として……私が……なんとかしないとって……思ってただけのに……ッ」

 

 ……堪え切れずに零れ始めたレイランの涙。動揺するよりも、放心しながらボロボロと涙を流す彼女の姿に、ラミアは申し訳なさそうな表情を見せていく。

 

 二人の譲れない想い。それを先日にもそれぞれうかがっていたことから、自分は二人に対して、どんな言葉を掛けてあげればいいのかが分からなかった。

 

 どうしてもお金を稼がないといけない事情を抱えたラミア。そんな彼女の損得勘定が招くトラブルを防ぎたかったレイラン。

 

 ……それが善意であっても。それが良き友のためであっても。時としてその想いはぶつかり、折り合いのつかない事情の下、どうしても分かり合えない場面と直面することもある。

 

 自分は、それを思い知らされた。ラミアとレイランのギルドファイトによって、この日にも————

 

 

 

 

 

 湯煙の朧が見せた記憶。これに自分は考え込む形で、夜空を眺めていた時だった。

 

「あれ?? カンキさん??」

 

 え?

 

 露天風呂。飛沫を飛ばし、振り返る。

 

 そこにはラミアの、タオル姿が。

 

「ら、らみあ!!?」

 

「なんですか。ウチがここに居ちゃダメなんですか」

 

「そういうわけじゃないけど!」

 

 そう言えば、銭湯のおじさんからそう言われていた!!

 この銭湯には、二種類の露天風呂がある。一つは、観光客や宿泊客用の露天風呂で、もう一つは、町に住む人間だけが入ることを許された“混浴”の露天風呂——!!

 

「あー?? なんですか?? まさか、タオル姿のウチのコトをいかがわしい目で見ているんじゃないでしょうね?? 全く、カンキさんも所詮はフツーのオトコのコですねー??」

 

「そりゃ、男として意識しちゃう部分は否めないけど!? それに、俺だってタオル巻いてるから実質平等だし!! ほら!」

 

 ザパァッ。勢いよく立ち上がって、腰に巻いたタオルを見せつける。

 

「ちょ、っ、と!! なんでわざわざ見せつけるんですか!? バカなんじゃないですか!? 首絞めますよ!!」

 

「ま、待って! やめて! ごめん! ラミアに首絞められたら、俺絶対に頭飛ぶ!」

 

「じゃあさっさと座ってください!! 早くしないと訴えますよ!? それで慰謝料ぶんどりますから!!」

 

「分かった! ごめんって!」

 

 動揺してしまった。直前まで、今日の出来事を思い出していたものだから、尚更。

 

 落ち着きを取り戻した自分がお湯に浸かると、そんなこちらを訝しげに見遣るラミアが、何気ないサマで隣に腰を下ろしてくる。

 

「……お隣、失礼します。そーそー、ウチに触ったら訴えますから」

 

「どんだけ慰謝料に繋げたいの……」

 

 むすっとした様子の彼女ではあるが、この調子もどこか、無理をしているように感じられる。

 ……今日の出来事、ラミアは当事者として人一倍と抱え込んでいることが伝わってきた気がした——

 

「ラミア、まずはお疲れ様」

 

「何がです??」

 

「ギルドファイトってやつ。たくさん働いただろうから、そりゃ銭湯でくつろぎたくなるよね」

 

「カンキさん、まさか気を利かせてくれているんですか?? だったら、頑張ったご褒美としてお小遣いを貰える方が、ウチとしては嬉しいんですがね。その辺はいかがでしょう??」

 

「気持ちは山々だけど、俺の今の所持金、ユノさんから借りてるやつだから……」

 

「じゃあ、お給料が出た際には期待してよろしいんですね??」

 

「ラミアには敵わないな……」

 

 これに、ラミアは微笑を見せていく。

 

「……まー、ありがとうございます。ウチだって全てを、自分の稼ぎに繋げるワケではありません。——貰ったお礼のお言葉くらいは、ありがたくちょうだいしておきます」

 

「本当なら、形にしたいんだけどね」

 

「と、いうコトは、期待してもよろしいんですね??」

 

「お金以外の形で渡すつもりだから」

 

「ウチとしましては、現金でも可能ですが??」

 

「すごいお金欲しがるじゃん……」

 

 ラミアとの話し方が、少し分かってきたような気がする。

 

 二人きりの露天風呂という空間の中、そんなやり取りを、満更でもない表情の彼女と交わしていった。

 これが、ラミアにとっての休息になったかは分からない。しかし、少なからず自分にとっては憩いの時間となったことは確かだった————

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