孫悟空がいない世界線で地球に送られたサイヤ人です 作:山羊次郎
「さあ、俺と戦おうぜ」
地平線の先まで見渡しても緑の一つもない荒野で。
俺はある戦士と対峙していた。
奇妙な戦闘服に身を包んだ髪の逆立った男だ。口元には余裕の笑みを張り付け、視線はこちらを嘲っている。
「戦う? それは違うな。この俺様と、貴様との実力は……天と地よりもさらに大きな差があるのだ。
それを未だ理解できんとはな。心底、呆れるぜ……クックック」
間違ってはいない。
俺と奴の戦闘力にはまだ開きがある。
実際、このまま戦ったとしても、敗北するのは俺だろう。
「だからどうした?」
「……何?」
サイヤ人の王子ベジータ。
血統も才能もすべてがエリート。戦闘民族の中でも奴ほどの
つまり、俺が今からやろうとしているのは無謀な戦いだ。
勝算なんて微塵もない。
俺が敗れる確率は99%を超えている。
この状況を見ているもの十人が揃えて口にするだろう。ベジータが勝つ、と。
「たとえ無謀でも……俺がやらなきゃなんねぇんだよ。さあ来いよエリート様。お前の自慢話は聞き飽きた」
「ククク……ではそろそろ、始めるとするか。光栄に思え、お前のような血統以外何の取り得もない無能が、真の超エリートに遊んでもらえることをな」
ベジータがそこでようやく構えの形をとる。
しかし口元には相変わらず余裕の笑みを浮かべており、完全にこちらを舐め腐っている。
油断しているのか、その構えには隙が多かった。
その瞬間、俺は確信する。この勝負は、わずか数分でケリを付けなければいけないということに。
そして、それがどれほど大変なことであるのかを想像し、冷や汗を流す。
(……まったく、なんでこんなことになったのやら……)
内心、心底己の歩んできた人生に呆れながらも、俺は覚悟を決めてベジータに向かって突貫する。
同時に、俺は
そう。俺が
最初に目が覚めた時。
俺は宇宙を彷徨っていた。
「……は?」
心底間抜けな声が出た。
だが、それも当然だろう。
ついさきほどまで地球で自堕落な生活を送っていたのに、気が付けば丸い容れ物のようなものに押し込まれ宇宙を彷徨っているのだから。
(いや、待て待て待て……一体何が……って、なんだ俺のこの手?)
ふと見れば、俺の手がいつも見ているものより一回りも二回りも小さかった。
と言うか、まるで三歳ほどの子供のようだった。足の大きさも目線の低さもすべて。
そして、前方のガラスに映る自分の姿を見たことでそれが確信に変わる。
「……子供になってるし」
まるで某名探偵のような不可思議現象に俺が目を丸くする。
と、俺はさらに自分が身に纏っている衣服にも違和感を感じた。
おかしな肩パッドに鎧のような形をしている。だが、それはまるで羽毛のように軽く、一切重さを感じない。
……なんか見覚えがあるんだが。この衣服……と言うか戦闘ジャケットだよな、これ。
戦闘ジャケットとは、『ドラゴンボール』と言う漫画における、サイヤ人と言う種族やフリーザ軍の兵士が着用する衣服だ。
軽い素材だが高い防御力と異常な伸縮性を兼ね備えた服や顔負けの超衣服。それを今、俺は今身に付けている。
「……尻尾もあるな」
腰から生える猿の尻尾のようなもの。
サイヤ人の特徴である尻尾だ。
どうやら、俺はサイヤ人になってしまったらしい。
つーか多分……ここは『ドラゴンボール』の世界だ。おそらくだが、俺はサイヤ人に転生したのだろう。顔立ちはそこまで原作でもあまり見ないタイプだ。
確か下級戦士――サイヤ人の中でも身分が下の落ちこぼれ――は顔が同じもの多いと聞いた気がする。ターレスや主人公の悟空の顔が似ているのがいい例だ。
そして、俺の顔は正直その二人とは欠片も似ていない。
「てか、ここはあの一人用ポッドの中なのか……やばい、どうしよう……」
非常に困った。
明日には学校のテストがあるんだ。俺はただの高校生であり、惑星の侵略なんてとても出来はしない。
それよりも、早く元の世界に返してほしい。こんな危険な世界になんて居たくない。そもそも戦いなんてできるかもわからない。
今の俺は推定三歳児程度の子供だ。サイヤ人とはいえ、戦闘力はそこまで高くないだろう。
スカウターがあればすぐにわかるのだが……そうだ、スカウターだ!
「どっかに必ず……あった!」
スカウターは対象の気を検知し、観測したり通信出来たりといろいろ便利なヘッドマウントディスプレイの一種だ。
サイヤ人はみんな持っている。多分あるだろうと思っていたが、やはりこの宇宙船にも備わっていた。
スカウターはかなり高度な技術で作られているが、使用方法は割と単純だったはず。
俺はスカウターを左耳に装着し、スイッチを押す。
機械的な電子音が響き、黄色いレンズに数字が映し出された。
「戦闘力……4。やっぱり大したことないな」
主人公の孫悟空がこの半分、戦闘力2だった。しかし、その数字も生まれて直ぐのものであり、俺はそこからさらに三年は経っているはずだ。……憶測だけど。
やはり俺は下級戦士らしい……あ、数字の横に名前が書かれてるな。
「シータ……シータか。椎茸が元ネタか?」
やはり野菜が元ネタか。っていうか、今更だがこの宇宙船はどこに向かっているのか。
しかし、宇宙船を操作する技術は俺にはない。下手に触って爆発でもしたら最悪だし、できれば放置しておきたい。
「……寝よう」
いろいろ考え過ぎて眠くなってきた。
もしかしたら夢で、次起きたら元の場所に戻ってるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、俺は眠りについた。
次に目覚めたとき、俺は地球にいた。
ただし、
どうやら宇宙船の行き先は地球にセットされていたらしい。
……やっぱり、これは夢じゃなくて現実。なら、俺は戻れないのか……?
「いや、ちょっと待てよ」
と、そこで俺は重大な事実に気づいた。
俺の記憶の始まりは宇宙船の内部だ。しかもその時にはすでに体は成長していた。
もしかして、俺がこの体に入り込んだことで、前の持ち主のサイヤ人の魂が塗りつぶされたとかあり得るんじゃないのか……?
そう考えると、怖気が背筋を走った。俺は知らない間に、一人のサイヤ人の人生を奪ってしまったのではないのか。
その恐怖が俺の精神を追い詰める。
「――っ、……どうしたらいいんだよ」
答えてくれる者はいない。
俺は何となく、スカウターの通信機能をオンにする。
これで同じスカウターを持つものと連絡が取れるようになるだけでなく、盗聴も可能になる。
さっき説明書読んだから間違いないはずだ。
『――かし、惑星ベジータがフリーザ様の手でぶっ壊されてからもう数週間。未だにベジータたちは気づいてないのか、フリーザ様に従順だ』
『本当にな。そういや、知ってるか? あの三人以外にも一人サイヤ人が生き残ったらしいぜ。
エリート血統のくせに生まれつき戦闘力が低くて、才能もなさそうだから地球とかいう辺境の星に送られた奴だ。確か名前は――』
俺は即座にスカウターの通信を切断した。
多分大丈夫だと思うが、逆探知でもされたら面倒だ。
「……本当にどうしよう」
……いや、待てよ。
フリーザに惑星ベジータを破壊されてすぐなら、孫悟空……カカロットが地球に来るはずだ。
つまり、俺が何かをする必要もない。時系列で言えば、今は世界が特別危機に瀕する時期でもないから、割と自由に生きていけるはず。
……自由、か。
どうしても思ってしまう。俺が自由でいいのか。一人のサイヤ人の一生を奪った男に、自由になる資格はあるのか。
「……いや待て、地球に送り込まれた――エリート血統……?」
妙な話だ。
孫悟空は下級戦士。たとえフリーザ軍が噂するにしても、エリートなんて言葉が出てくるはずが……。
……まさか、孫悟空は地球に送られていない……?
脂汗が滝のように流れる。孫悟空がいなければこの世界……と言うか、ドラゴンボールの世界は、八割が孫悟空とドラゴンボールがなければ滅んでいてもおかしくないのだ。
実際、孫悟空とドラゴンボールを失った未来は絶望そのものとなっている。
主人公とどんな願いも叶えるドラゴンボール。この二つはどちらもかけてはならないのだ。
……だと言うのに。孫悟空がいない?
「詰んでるじゃん」
俺は思わず頭を抱えた。
まだ可能性の話ではあるが、この世界が詰んでいるかもしれないという状況にただ一人気づいてしまった。
だが、だからと言って俺にどうこうすることはできない。所詮俺はただの一般人で、世界を救うことなんて―――
「いや」
……逆だ。
俺だけじゃないか。
それに気づいたのは。世界が終わるかもしれないと気付いたのは。
……だったら、俺がやるべきじゃないのか?
俺がこうしてここにいるのも、サイヤ人となったのも……。
「……孫悟空があと一年以内に地球に来なかったら考えよう」
可笑しな考えは頭の隅に追いやり、とりあえず俺は寝床と今日生き残るための食糧確保に勤しむことにした。
これが、俺の始まり。なんとも情けなく、一歩進むどころか二歩戻ったスタートだ。
だが、同時に。
俺が命懸けで世界のために戦うスタートでもあった。