女騎士は巡る   作:いんの

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第9話 境界無き愛

「いいねぇ!似合う似合う!」

 

 既に剣を新調したカイナは、一息つく間もなく装備品の調達に勤しんでいた。

 今現在、カイナが携えている剣は2本。一本は今回の戦いで使う新たな剣、もう一本の予備は最初にニスモから譲り受けた剣だ。

 

「人間ってさぁ、ホント金髪に白い服が似合うよねぇ」

「…そうか」

 

 露店で衣服を試着しているカイナは、興奮気味のアラクネに対して、興味無さげに短く返す。

 どころか、生気すら薄く見える。旅を始めて漸く、寝間着からまともな冒険服に着替えられたと言うのに。似合うからと、半ば強制的に着せられたからだろうか。

 それもあるのだが、大本の部分はそうではない。自分一人だとこんなにも静かなのかと、カイナは今になって思っていたのだ。

 

「勿論、優れてんのは見た目だけじゃあないさ。ヤンピーの皮とベスの樹皮の合成だかんね。間接まで隈無く、対魔対物効果有りさね。胸部に至ってはソイツを三重にしてるから、プレートアーマーにも匹敵するよ。流石に兜までは容易できないけど、そこは勘弁してくれな」

「…不気味な程に軽くて動き易いが、本当なんだろうな」

「お姉さんを信じなさいな。夏服もどうだい?防御力はだいぶ落ちちまうが」

「ああ、頼…」

 

 言おうとして、カイナは鏡に映る自身を再度見る。本革作りのロングブーツとベルト以外は、ほぼ白で統一されている。

 嘗てのカイナも、似た様な白い恰好でクエストに挑んでいた。そんな充実した日々を、微かに思い出していたのだ。

 

 そしてカイナは、薄らと笑った。それは諦めたとも、吹っ切れたとも取れる顔だった。

 

「…これと同じので、黒っぽいのはあるか?」

「?…まぁダークグレーなら、夏冬両方あるね。絶っ対似合わないと思うけど」

「いいんだ、それで頼む。…お代なんだが、本当にタダでいいのだな?」

「団の危機なんだ、しゃあないさ。あ、でも夏服の分は払いなよ?どうせ今回の戦いじゃ着ないだろ?」

「う、うむ…」

 

 こうして、漸く冒険者らしい恰好となったカイナは、アラクネの店を後にした。

 

 

 が、それからはどうにも途方に暮れ、所在無さげに市場を彷徨うしか無かった。その様は、まるで誰かを探しているようにも見えた。

 

 途中、時折自身の携えている剣が視界に入り、その都度カイナは悪寒に襲われた。

 同時に、ハーピーの少女が脳裏へと浮かんだ。

 

 

 

 

 

 バイゼルが力無く座り込むカイナを目の当たりにしたのは、丁度店終いの直後であった。

 何故一人で居るのか大方察しが付いている彼は、一先ずその事を伝えるべくカイナの隣に座る。

 

「お疲れ様です。恰好、様になってますよ」

「…」

「さっき、イゼラが団長に食ってかかってましたよ。カイナ殿とニスモ殿を、東の果てまで逃がせと」

「…無駄な事を」

 

 今更過ぎるイゼラのそれは、無意味で誰の益にもならない抵抗であった。

 当然、そんな抗議が受け入れられる筈もないし、引き返すなんて他ならぬカイナとニスモも望んではいない。

 

 ただ、何故イゼラがそんな愚行に及んだのか、カイナには十分な心当たりがあった。

 

「本当、困った娘です。今テントで塞ぎ込んでて…宥めようとしたら「失せろ根暗親父」の一蹴で、もう泣きそうになりました」

 

 父親がそんな事で泣くなと言いたいカイナだが、正直それどころではなかった。

 恐らくバイゼルは、遠回しにこう聞いているのだろう、イゼラと何かあったのかと。今カイナは、それに対する返答を纏めている所であった。

 

 カイナとしても自分の失敗故に言いたくなかったが、何が起きたか知る権利くらい父親にはあるだろう、とも思ってしまった。

 よって、仕方なく話した。

 

「……「死なないよね」と聞かれて「分からない」と答えてしまったのだ」

「…成程」

 

 カイナを死なせたくないから、カイナが死んだら自分も悲しいから、恐らくそれらがイゼラを動かしてしまったのだろう。カイナの為と、イゼラ自身の為、その両方の感情が。

 それ以外の要因が浮かばなかったバイゼルは、次なる言葉を贈る。

 

「でしたら、イゼラに「死なない」と言って頂ければ済む話かと」

「…もしそれで死ねば、彼女に嘘を付く事になる。戦場に絶対は無い」

「そうですね…」

 

 流石に、バイゼルもその点は否定出来なかった。戦場ではないにせよ、彼も目の前で数多くの仲間を失ってきたのだから。

 そしてそれは、イゼラも同じだ。

 

「ですがイゼラも、本当は分かっているんじゃないかと思います。それが所詮「口約束」に過ぎない事は」

 

 例え嘘でもイゼラは言って欲しかったのだ。ただ一言「死なない」と。

 

「それでもアナタは、()()()()()()()のが怖いですか?」

 

 バイゼルの言う「怖い」とは、何に対しての事か。単に、カイナの中で育ってきた嘘に対する抵抗か。それとも、「死」そのものに対してか。

 

「イゼラもずっと、アナタを失うのが怖かったんです。賊軍の存在を知ったあの時から。アナタにだけはバレないよう、懸命に隠していたみたいですが」

「…え?」

 

 そんな事、カイナはまるで気付かなかった。辛い過去があっても、元気で前向きな少女。イゼラの影なんて、眩し過ぎるその像に隠れてしまっていた。

 湯船での抱擁も、市場での気丈な振る舞いも、イゼラの内心は恐怖でいっぱいだったのだ。カイナを失う事への。

 そこでカイナは、漸く思い至る。武器屋でのイゼラが、どうして泣いていたのか。あの時、何を思っていたのか。

 

(そうか…アレは、溜め込んでいた恐怖が溢れてしまって…)

 

 あの時の自分の馬鹿さ加減に、カイナはうんざりする。

 カイナが居なくなってしまうのが、怖い。そんな当たり前な事、あっさり思い至れた筈なのに、どうして何も言えなかった。イゼラがカイナに抱く、好意をも超えた尋常ならざる想いなんて、薄々気付いていたのに。

 いや、目を反らしたのだ。カイナが死ねばイゼラがどうにかなってしまう、という未来から。それでも結局カイナは逃れられなかった。自身の死によってイゼラが壊れる、という恐怖に。

 

 「嘘を付く訳にはいかないから」というのは、さぞかしカイナにとって都合の良い隠れ蓑だったろう。

 

 今更になってカイナが気付いたイゼラの恐怖も、父親だけは分かっていたのだろう。

 それでも、バイゼルにはただ見守る事しか出来なかった。「カイナは死なないから大丈夫」と、安寧に身を任せている自分がそう言った所で、何の説得力があろうか。そんな諦観が、バイゼルの心を押し留めてしまった。

 

 では、今のカイナはどうか。自分自身から逃げておいて、果たしてイゼラに言葉を贈れるのか。

 それに関しては、バイゼルがお墨付きをくれた。

 

「もしアナタも何かに怯えているのなら、イゼラの気持ちが分かる筈です。…さて、私はそろそろ行きます。あとは若い者同士、どうぞご自由に」

 

 最後にそう言い放って、イゼラの父親は行ってしまった。

 

 底知れぬ恐怖に苛まれている、それが何なのか明確に理解している、今のカイナだからこそ。

 そう考えてしまうと、流石にもう逃げ道は無かった。

 

 

 

 

 

 テントの外から、頼りなさげな足音が聞こえてくる。

 また根暗親父かと、体育座りのまま微動だにしないイゼラは溜息を吐く。

 

 そして足音は、入口前で止まった。

 

「イゼラ、入るぞ?」

(……カイナ!?やばっ)

 

 予想していた相手と違ったので、慌てて姿勢を正すイゼラ。

 これ以上、カイナに弱い姿を見せては駄目。イゼラの慌てようからは、そんな意思が見え隠れしていた。

 

「い、いいよ!入って入って!」

 

 イゼラがそう促すと、幕を上げてカイナが入ってくる。その姿は、黒い様で辛うじて黒ではない様な、黒騎士と呼ぶには中途半端な外見であった。

 

「さっきはゴメンね、急に出てったりして。もう大丈夫だから!…それよりカイナ!冒険着、ダークグレーにしたんだね!ちょっと似合わないけど、新調できて良かったね!」

 

 そう普段通りを装いながら接しても、カイナは変わらずただ静かにイゼラを見ているだけだ。それは、イゼラの内心を見透かしているかの様であった。

 だが、そこから放たれる声は、酷く弱り切ったものだった。

 

「……私は怖い、イゼラ」

「えっ?」

 

 突然そう切り出すと、カイナは困惑するイゼラの手を握った。それは縋る様にも、イゼラの手を温める様にも見えた。

 そして尚も足りないとばかりに、弱音に満ちた言葉を繰り出し続ける。

 

「死ぬのが…怖い。死にたくない…」

「…」

 

 悲痛に尽きる声だった。川辺で始めて出会った時も、本心ではこんな声を出したかったに違いないと、イゼラは思ってしまった。

 だが、カイナの瞳は曇っていなかった。怖い筈なのに逃げもせず、目の前のイゼラを逃がしもしない、そんな意志が滲み出た瞳だった。

 その声と瞳で、イゼラを懸命に覆っていた快活さも困惑も、次第に離散していった。まるで光にでも当てられたみたいに。

 

「何より…君を悲しませたくない」

 

 そんな瞳のまま、カイナはイゼラを見つめる。己が感情の全てを共有しようとするその瞳は、イゼラの中に潜む感情をも引きずり出そうとする。

 それでもイゼラは、構わず女騎士の震える瞳を見つめ返す。その帰結として、感情が目から零れ落ちそうになる。

 

「だから…言おう。私は死なない。必ず…生き残る」

「……カイナ…ッ」

 

 この言葉を、決して嘘になどしない。何も道を定められない自分でも、それくらいは出来る。

 そんな覚悟を乗せてそう言うと、カイナはイゼラを強く抱き締めた。イゼラの抱擁と違い無骨ながらも、それでも何かから守る様に。

 

 抱き締められ、もう感情を隠す必要性すら完全に失ったイゼラの瞳から、大粒の涙が止めどなく流れ出た。黄金の球体が、カイナの温もりにより、優しくジワジワと溶かされる。

 

「…君も…怖いか?」

 

 耳元で問われると、イゼラはカイナの首を包む様に、両腕で抱き締め返す。そして、零れる雫を惜しむ事無く、今にも萎れそうな声で答える。

 

「怖い…怖いよ…カイナ。こうして抱き合えなくなるのが…怖い…」

 

 同時に、イゼラは嬉しかった。カイナが本音を言ってくれた事と、それに対してイゼラ自身が本音で返せた事が。

 イゼラもまた、カイナと同じ勘違いをしていたのだ。きっと怯えているのは自分だけだと、それでカイナを心配させてはいけないと。

 

 互いの恐怖を紛らわす様に、そして喜びを分かち合う様に、2人はただ抱き締め合った。誰の目も無い密室の中、時間という概念を彼方へと置きやって、いつまでもどこまでも。

 

 賊軍の接近を知ったあの時、イゼラは守ってあげると言った。それが冗談かどうかは分からないが、カイナはお節介だと思ってしまった。事実、イゼラは非戦闘員だ。

 その実、守るどころではなかった。もうカイナは、とっくに守られていたのだ。イゼラという存在そのものによって。

 イゼラが居なければ、死を恐れる事すらなかった。

 

 だからもう、死ぬ訳にはいかないのだ。今この時も、これからも、イゼラが守ってくれるのだから。

 もしこれで死ねば、カイナは本当の本当に騎士失格だ。

 

 

 今、何も無かった騎士見習いは、漸く一つの小さな目的を定めた。

 生きる。自分と同じく泣き合っている、このハーピーの少女を悲しませない為に。ただそれだけの為に。

 

 

 

 

 

 行商団を見渡せる、小高い丘。

 お気に入りの場所であるそこから、ニスモは黄昏れる様に見ていた。星も見えない曇り空の下、暗黒と僅かな光が織り成す西のずっと先を。

 或いはその更に先、ユートリアン大陸西端のもっと奥まで、その黒眼で捉えようとしているのかもしれない。

 

 思いを馳せるのは、やはりこの世界の事だろう。未だ2つの大陸しか判明しておらず、数多くすら生温い程の謎を抱えているのだから。

 今も雲の上に浮いているであろう月は、登る事が一日の合図である太陽は、何処から来て何処へと帰るのだろうか。同じ時期、どうしてあの地は震え上がるほど寒いのに、その地は蒸し上がるほど暖かいのか。それらすら、誰も何も解らない。

 

「…何をしている?」

「やぁ」

 

 バイゼルから居場所を聞きつけたのだろうカイナが、後ろから声を掛けてくる。ダークグレーの冒険着に2本の長剣を挿すその姿は、これまでの姿とは対照的だ。

 新しい剣はどうやら、ニスモが洞窟で与えた長剣とほぼ同サイズの様だ。柄に埋め込まれている注入石からして、魔力注入に優れているのだろう。肉体への切れ味を除けば、ニスモが与えた剣の上位互換と言った所か。

 

 それらに身を包んでいるカイナの顔は、決して浮かれた表情ではなかった。疲れた目つきこそ相変わらずだが、その瞳には確かな芯が通っている様な淡い光があった。

 

「ゴメンよ。稽古の時間だったね」

「…で?」

「ただ遠くを眺めていただけさ」

「遠く?」

 

 まさか賊軍がもう来たのかと、カイナは懸命に目を細める。当然そんな集団は見えず、ただ青黒い横線が視界の端から端を横断していた。

 そんなカイナが面白かったのか、ニスモは一瞬だけ口元を綻ばすと、何を思ったのか少女に問い始める。

 

「あの先は彼方まで平面になっているのか、それともどこかで途切れているのか、若しくは一周して僕たちの居る場所に繋がっているのか…君はどう思うカイナ」

 

 突然の問い掛けというのもあったが、そんな事なんて考えた事もなかったカイナは、唸るように頭を回してしまう。カイナにとっては、2つの大陸の事でも十分お腹いっぱいだ。

 だからこそ考えてしまった、というよりは願ってしまったのが次の言葉だった。

 

「…世界なんて、貴様の地図で十分だ。それ以上を考えたら、気が遠くなる」

 

 いたちごっこだと、カイナは思っていた。

 ユートリアン大陸での常識は、ギヤ大陸では通用しない。では更に新しい大陸が見つかれば、今度はギヤ大陸で培った常識が通らないかもしれない。

 それはどうにも、キリの無い話ではないか。

 

「私はこの大陸に来て、色んな事を学んだ。それすら否定されたら…今度こそ何も信じられなくなる」

「そうだね。けど…」

 

 ニスモは再び、地平線とも分からない世界の彼方を見ながら言う。

 

「愛だけは、どの世界でも通用すると、僕は信じたいけどね」

「…」

 

 愛。その単語を聞くと、どうにもカイナはむず痒くなる。タクトに会えない事が、欲求不満となって現れているのだろうか。

 思えば、どうして自分はタクトを愛したのだろうか。ここ最近、カイナはその切っ掛けを細かく思い出す事が出来ない。或いは思い出せているのかもしれないが、それで赤面する事もなくなった。それは大人になったというより、別の何かに意識が囚われているかの様だった。

 人を愛するとは、どういう感覚だったか。タクトに会えば、また思い出せるのだろうか。

 

 一人黙考するカイナを置いて、ニスモは続ける。

 

「君だってイゼラと出会い、分かった筈だよ。自分の原動力となる愛だけは、どの世界も変わらないと」

「…誰が誰を愛してると?」

 

 カイナのそれは怒っているとかではなく、何の事か本気で分からないという表情だった。

 予想とは全く違う反応が返ってきたからか、流石のニスモも困惑する。

 

「…イゼラの事、好きなんでしょ。自覚ないのかい?」

「いや何故そうなる?確かに、イゼラの方は私の事が好きかもしれないが、私は…。まぁ友達としてなら…」

「…」

 

 思わず絶句するニスモ。イゼラに対するカイナのアレコレを、単なる友情で片付ろと言うのか。

 ニスモの内にあった困惑は、ドン引きに変わっていた。自分の事は他者の視点でないと分からない、とは良く言ったものだが、これ程の症例はニスモも見た事がない。団の誰もが気付いていると言うのに。

 

(そうだった…この子、馬鹿だった)

 

 色々と思い出し、強引に納得するしかないニスモ。戦いの才能は抜きん出ているのに、どうしてこういう所だけ駄目なのか。

 

(けど…)

「…今度は何だ?」

 

 出会ってから今までを思い返すべく、ニスモは改めてカイナを見る。

 やはり、少しだけ大人びた様に見える。

 

(ただの馬鹿ではなくなったかな)

 

 そう思ったニスモは、自虐じみた笑みを僅かに浮かべる。結局自分では、カイナを成長させる事が出来なかったと。

 

 無論、ニスモの役割は大きかったと言えよう。

 もしカイナがいきなりこの丘に転移していたら、訳も分からぬままこの行商団と敵対していた可能性が高い。そうなれば、イゼラも殺されていたかもしれない。他ならぬカイナの手によって。

 ニスモと相対し、学び、悩む事がある程度の準備となったからこそ、カイナは異種族と打ち解ける事が出来たのだ。

 

 ただ、どうしてもニスモは「もしも」を考えてしまう。例え自分と会わずとも、カイナが団の誰かを殺める事なんてなかったのではないかと。

 そうなれば、後はお人好しのイゼラ辺りと打ち解けて、勝手に成長していったのではないかと。

 

 そこは、もう心の中で割り切るしかなかった。そんな都合の良い展開、そうあるものではないと。

 故にニスモは、溜息の如く言葉を吐き出した。まるで己を説き伏せる様に。

 

「不運にも賊とかち合う事になったけど、やっぱり君をこの団に連れて来て正解だった…と思ってね」

 

 言葉で直接肯定する事はしなかったが、そこはカイナも同意だった。

 人間に善人と悪人が居るのと同じく、異種族にだって様々な思想の持ち主がいる。中にはかの賊共の様に、人間を歓迎しない連中だって居る。だからカイナは、出会ったのがこの行商団で良かったと思っている。

 

 ならば、何かニスモに言う事がある筈だと、照れくさそうに頭を掻く。

 

「…一応、感謝はしている。貴様は相変わらず気に食わないが、貴様が居なければ、イゼラたちと出会えなかったのも事実だ」

 

 「直接此処に転移していたら」なんて、そんな発想カイナの頭には最初から無いらしい。馬鹿なだけなのか、それとも成長したからこそなのか。

 いずれにせよ、カイナに一本取られた様な気がして、自分もまだまだだなとニスモは反省する。出会った当初は、何を言ってもニスモに言い負かされていたのに。

 

「それより、早く稽古に付き合え!今回からは本身でだ!」

 

 いや、やはり馬鹿なだけなのかもしれない。

 

「…死ぬよ?」

「上等だ」

 

 強気な言葉と裏腹に震え上がっている声を聞いて、馬鹿さ加減に拍車が掛かっている様に、ニスモには思えた。

 今のカイナを見ていて、ニスモは深く考えるのが馬鹿らしく思えてきた。

 

 考えないのは馬鹿、考えるのも馬鹿、世の中馬鹿ばかりなのだろうか。

 ただ、己が定めた到達点に突き進むのであれば、敢えて考えない方が上手く事を運べたりする。成長した眼前の馬鹿からも、似た様なものをニスモは感じていた。

 

 ならばもう、ニスモもこれ以上考えまい。

 折角カイナが、これまでに無い程のやる気を帯びているのだから。その原動力が生きている内に、付き合ってやるのが道理だ。

 

 それは最早、泣きそうなほど怖いモノへ自ら突っ込むくらいには、カイナの意志を尖らせていた。




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