女騎士は巡る   作:いんの

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大変、長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。


第4話 険悪師弟、西へ

シャーッ

 

 在り来たりな朝に、在り来たりなカーテンの滑走音が響く。

 瞼は朝日の眩しさに屈し、重力に逆らうが如くゆっくり開門していくと、見慣れた天井が瞳に映る。仲間達とよく泊まっている宿、その内に幾つも並んでいる部屋の天井だ。

 

「おはようカイナ」

 

 少し遅めの起床を為した少女に、まだギリギリ朝だからとそう言ってあげる少年。

 カーテンを開けた張本人である彼に、少女は気怠げに状態を起こしては挨拶を返す。

 

「……ああ…おはようタクト」

「怠そうだな。ミィリの魔法で傷は癒えても、疲労はそうもいかないか。今2人が買い出しに行ってるけど…やっぱカーテン閉めるか?」

「いや……大丈夫だ、流石に起きよう」

 

 相当の実力者であるカイナと言えど、よくある事だった。前衛である以上、戦いによる肉体的疲労はどうしようもない。

 

「そっか。じゃあオレは行くけど、支度出来たら出てこいよ?ゆっくりでいいからさ」

 

 そう言い残し、タクトはカイナの部屋を早々に出ようとする。いつまでも女子の部屋に居る訳にもいかない、という事だろうか。

 

「タクト」

 

 が、カイナの一言に引き止められる。タクトは振り返り彼女を見るが、中々に切り出そうとしない。

 

 そうして幾つか間を置き、漸く彼女は声に出す。

 

「もし神に逆らって、騎士になれなくなったら…私は一体何の為に戦えばいいのだろうか」

 

 魂が抜けた様に、俯きながら訊いてくるカイナ。

 

 彼女らしくない問答にタクトは少し驚くが、疲れからだろうと納得する。

 答える事で彼女の疲労が少しでも癒えるのならばと、タクトは考えた末に言葉を贈る事にした。神だの何だの、タクトには良く解らない。それに逆らう事が、どんな意味を持つのかも。故にタクトのそれは、答えと呼べるものとは程遠いのかもしれない。

 そもそも、答えなんて端からある筈がないのだ。人が為すべき事なんて、人の数ほどある。

 

「……それでも、自分の為に戦うしかないんじゃないか?結局はカイナの人生なんだし」

 

 そんな言葉を返されたが、カイナはそのまま俯くだけだった。

 

 自身の言葉でカイナの心を満たせなかったタクトは、申し訳無さからますます部屋に居辛くなってしまい、今度こそ部屋を後にした。

 

 

 ゆっくりでいいと言われたので、再びベッドで横になるカイナ。寝はしない、ただタクトの言葉を頭の中で復唱したいだけだった。

 

 だが何度繰り返しても、その言葉はどこまでも「その言葉」でしかなかった。

 故に、忘れる様に務める。疲れるだけなら、考えない方が良いと。

 

 忘れよう、瞼を閉じながら別の事を考えて。忘れよう、タクトとレザとミィリに会って。

 

 忘れよう、忘れよう、忘れよう。

 

 

 


 

 

 

 そう言い続けて再び目を開いてみると、天井の代わりに曇天が広がっていた。

 

 ソレが現実で、先のアレが夢であったと理解したカイナは、単純機械の様にムクリと起き上がる。

 

「おはようカイナ」

 

 時間通り起きた少女に、青年は冷や水の様な朝の挨拶を送る。

 

 声の主であるニスモへ振り向いたカイナは、同じく眼に冷気を込めて睨む。その視線は少なくとも、旅の仲間に向けるものではない。

 

 負の感情でぱんぱんな視線だが、ニスモは特段反応を示さず続ける。

 

「今日も歩くよ。装備の確認を怠らないようにね」

「…」

 

 そう言われると、カイナは返事も無しに動き始める。

 

 そうして早速、異常の有無を確認すべく、鞘に収まっている剣を取る。

 だがふと、今更ながら、斬っても切れない「ある思い」がカイナに湧いてくる。

 

(……今の私に、コレを握る資格があるのか?騎士への道など閉ざされた私に、神敵に敗れた弱き私に)

 

 ギヤ大陸(この世界)を否定し切れず、あまつさえ一度神敵と定めた者と行動を共にしている。それは最早、信徒に非ず。信徒に非ずんば、騎士に非ず。

 全ては心の未熟さ、弱さに起因している。弱者はいずれ、刃という危険な力を誤った方向に使ってしまう。

 

 それでも鞘から剣身を引き抜いてしまうのは、武器が無ければ生き残れないという圧倒的現実故か。それとも、手足と同じで彼女の身体に根付いてしまっているからか。それとも───

 

「…」

 

 思いを回しながら、カイナは剣身に映る自身の顔を見る。鋼鉄の中に映るソレが、僅かに歪んで見える。

 

(なぁ、教えてくれ。自分の為に戦うというのなら、その「自分の為」になるものとは何だ?)

 

 騎士という寄辺を無くした彼女は、剣身に映る彼女自身へそう問い掛ける。もう一人の彼女は、ただ剣の中で彼女を見返すのみ。

 

 騎士になれないのならば、もう悩む必要なんてない。タクトたちと再開し、また皆で冒険を続ければいいだけだ。

 だがそれは、果たして本当に「カイナ・リッツァート」と言えるのだろうか。カイナ自身の為になるのだろうか。

 

 夢で言い渡された助言を、結局彼女は忘れる事が出来なかった。

 

 

 あの決闘から早くも1週間。カイナの行動指針は変わらず、ニスモと旅を共にしていた。ケムニの黒皮を纏いながら、嘗てケムニだった干し肉を携帯しながら。

 その行き先は、ひたすらに西だ。場所や時間によって、寒くなったり暑くなったりを繰り返す中、ただ耐えながら道なき道を行くのみ。

 

「この林を抜けよう。少し歩き辛いけど、地図上では行商への最短ルートだ。まだ葉も鬱蒼としていないし、獣が潜んでいる気配もごく少ない」

「…」

「ただし、キノコには気を付けるんだ。踏んで飛び散った胞子は、吸えば喉をやられる。低めの林には、そういう厄介なのがよく生えてる」

「…」

「ああそれと、この林で飲み水も余分に確保しておくんだ。荒野に出てからじゃ、吸水の対象が居ないからね」

「…」

 

 両者の関係性は決して良好ではなく、会話も必要最低限なものであった。ニスモが知識を与え、カイナがそれを無言で聞き入れる、その繰り返しだ。カイナから話す場合と言えば、せいぜい疑問の解消程度だ。

 無論、ニスモにとってカイナは旅の仲間でしかない。

 対するカイナにとって、ニスモはやはり「敵」の域を出ていなかった。「敵に近い他者」と言った表現が正確だろうか。彼女の大部分を構成する「これまで」が、彼女自身の意地にそう働きかけていた。

 そしてニスモも、その事を重々承知している。剣を交えようと、新たな思想に出会おうと、人はそう簡単には変わらない。

 

 それでも彼女は、生きてる以上前に進むしかなかった。大切な、本当の仲間達との再会を果たすべく。それだけが、彼女を辛うじて奮い立たせていた。

 或いは、最早それしか確かなものが無いのかもしれない。何が正しいのか分からないカイナには。

 

「さて、あとは毎日恒例となっている「旅のルール」だ。君もいい加減うんざりだろうけど、一応復唱してくれ」

「………無駄な殺生はするな、命を弄ぶな」

「よし」

 

 決闘の後、ニスモが提示した掟がそれだった。負けた代償、とでも言えばいいだろうか。

 だが、掟は大雑把なその二文だけ。しかも無駄か無駄でないか、どこからどこまでが命なのか、全てカイナの判断に委ねられる。

 しかも、例え守らずとも特段の罰は無いときた。

 

 それを、カイナは守らねばならない。敗者は勝者に従うしかなく、それもまた騎士道だ。例えもう騎士になれなくとも、こびり付いたソレばかりはどうしようもない。

 

 だがカルス教信者にとって、命無き魔物は全て神の憂いそのものであり、それの排除が無駄である筈ない。

 故にカイナは、()()()()()()()全ての魔物をいたぶり殺す。

 

(……マーモ*1の鳴き声。近くにいる様だが、放っておくか。脅威にもならんし、干し肉も足りてる。林から出る前に体力が尽きるのも不味い)

 

 それなのに殺さないのは、排除よりも他の何かを優先してしまうのは、何故だろうか。あの時ケムニを狩る前、幾らでも殺せたであろうクイヤンを殺さなかった様に。

 少しでも早く仲間と再会する為だと、さっきまで見ていた夢を現実にする為だと、そうカイナは自身に言い聞かせ続けた。

 

 

 

 

 そうして半日が経過し、2人はかなりの距離を進んだ。日は真横へと傾いている。

 

 魔力という膨大なエネルギーを保有するカイナは、早歩き以上の歩行速度で、止まる事なく進む事が出来た。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 だが、流石に疲労の色が見て取れた。足場は整地には程遠く、少ないとは言え魔物の存在も警戒し、足元の毒キノコにまで意識を向けるとあっては。

 

 対するニスモは、先頭で草木を掻き分けているにも関わらず、疲れた様子も無く飄々と進む。慣れているのだろうが、少ない魔力からはとても考えられない歩行速度と体力だ。

 

「頑張れ、もう少しだ」

 

 ニスモの言葉通り、草木の隙間から開けた空間が見えてくる。

 

 そのまま林を抜け切ると、景色は一変する。

 そこには、僅かな緑が点々と生えた茶色い荒野が広がっていた。雲間から射し込む夕焼けが、その大地に更なる赤茶色の斑模様を描き、時折聳え立つ岩山によって影の水玉模様が出来つつあった。

 今まで歩いてきた林とは偉い違いだ。境界が、極めてはっきりしている様に思えた。

 

「キュメル荒野。ここから丸一日歩けば、今度は広大な森林に辿り着く。普段なら、その森の西端に行商が集まっている筈だよ」

 

 2人は林から少し離れた所で荷物を置き、一息つく。急ぐからこそ休む、疲れた状態で進んでも却って遅くなるだけだ。

 

 

 そして、短い休息は終わり───

 

カァン! カコォン!

 

 木剣同士の乾いた衝突音が、荒野に小さく響き渡っていた。

 

 身体を休める理由のもう一つは、カイナの鍛練だ。

 この一週間、彼女は不本意ながら、ニスモから「戦い方」を教わっていた。内容は主に対人戦闘を想定しており、立ち回りから格闘術を組み合わせた剣技、果ては剣を叩き込むタイミングまで。

 

 当然ながら、カイナは人間を殺めるつもりなど一切無い。どんな状況だろうと、どんな理由があろうと。

 だが、殺されるつもりも無い。ニスモの様な怪物級の剣士が、今後敵として現れる事も有り得る。生きて帰るべく、殺すまでは行かずとも「負けない強さ」は必要だ。

 

 カイナにとっても、歯痒いものであろう。急がねばならないのに、休息だけでなくこうした鍛練にまで時間を割かねばならないのだ。

 そんな焦りは、動きに如実に現れる。

 

「勝ちを急ぐな、剣筋が荒いよ」

「分かっている!」

「いいや、分かってないね。そんなにさっさと終わらせたいなら手加減しようかい?」

「貴様ッ!」

 

 案の定、ますます相手の制圧に意識が集中するカイナ。怒りによるそれは視野を狭め、自身の無駄な動きにも気付かない。

 

 そこを見逃すニスモではなく、突きを繰り出した瞬間腕ごと掴まれ、そのまま一気に背負い投げを決められるカイナ。背中から落とされると同時に、首筋に木剣を当てられる。これで本日5連敗目だ。

 

「こんな煽りなんて序の口だよ。もっとえげつない口撃をしてくる奴はごまんと居る。それにいちいち心を乱していたら、相手の思う壺だといい加減気付くんだ」

「!……」

 

 何も言い返せないカイナ。カッとなって闇雲に突っ込んでしまうのは、タクト達と冒険していた時からずっと変わらない、彼女の悪い癖だ。

 

「闘争の最中に熱くなるのは良い、一撃の威力も上がるからね。だが「熱くなる」にも色々あって、君の場合は思考力低下に繋がる「駄目な方」だ。思考力が低下すれば、相手の次の手も読めなくなる。そして次の手が読めなくなれば、技の数々も決まらなくなる」

「…ならどうすればいい?」

 

 答えを求めるその目には、敵意と同じ程に真剣さも宿っていた。彼女だって負けたくはない。例え教えを請う相手が敵だろうと、そこは致し方ない。

 そんな真剣に訊ねるカイナに対し、ニスモは答える。

 

「闘いそのものを楽しめば良い。生きるか死ぬかの瀬戸際を、敵と自分だけの時間を。そうすれば勝負を急ぐ事も無くなるし、思考が怒りに支配される事も無い」

「……はぁ?」

 

 思わず、カイナは素っ頓狂な声を上げる。

 

 彼女にとって戦いとは、勝って当たり前、必ず勝たねばならないものでしかなかった。当然だ、民と自分の命が懸かっているのだから、魔物に負ける事は万が一にも許されないのだから。

 剣が折れようと血みどろになろうと、死力を尽くし戦い続ける事こそ騎士の本懐。そんなカイナだからこそ、絶対不可能と目される数多くのクエストで勝利をもぎ取ってきた。

 

 それを、楽しむ。カイナは理解に苦しんだ。

 確かに魔物を狩るのは楽しかったが、それはまさしく殺す瞬間だけ。仲間と共に目的を達成する瞬間だけだ。

 カイナだってこれまで何度も死の淵に、言わば勝負の「負」の際に立ってきたが、楽しいだなんて感じた事は無かった。当然だが、死への恐怖を断った所で、死にたくない事に変わりはない。ましてや憎き魔物に殺されるなんてまっぴらだ。

 彼女にとっての闘争とは即ち、死ぬかもしれない手段の一つに過ぎない。手段をどう楽しめと言うのか、狂戦士でもあるまいに。

 

「僕から言えるのはそれだけ、あとは自分で考えるんだ」

「…チッ」

 

 そう舌打ちするカイナ。

 この一週間で気付いた事だが、このニスモという男は時々ざっくりとした教え方をする。それをカイナが自分なりに解釈する、という流れがここ最近増えてきた。

 良く言えば自身の教えを押し付けないとも取れるが、問題を与えて放ったらかしとも言える。そんなニスモのやり方は、教律を覚えその通りに生きてきたカイナには、どうにも馴染まない。

 

 掟についてもそうだが、ニスモは基本的に無理強いをしない。情報だけを与えて、後の判断は当人に任せる。それが彼のスタンスだった。

 

 その極め付けこそ、次の言葉に詰まっていた。

 

「真に正しい教本なんて無い。僕もこれまで、魔物を差別するなだの何だの言ってきたけど、それも所詮は僕個人の思想でしかない。剣技についてもそうさ。僕の教えを完璧にこなした所で、それが必勝とは限らない。それらをどう使うかはカイナ、結局君次第だよ」

「…言われなくてもそうする」

 

 よくよく考えれば、敵の思想を押し付けられるなんて最悪だ。勝手にやらせて貰えるならそれに越した事は無い。

 そう思ったカイナは、先の愚かな思考を改めた。

 

 何を為せば良いのか分からない以上、どう活かすかも解らないのだが。

 

 

 それから2人は、また暫く鍛練に明け暮れた。

 そうして日没を合図に終え、この日は近くの岩山で夜を明かす事にした。

 魔物すら滅多に寄り付かない、魔力も水も乏しい荒野。乾燥している為か、焚火が普段よりはつらつとしていた。水も十分に確保している故、存外に快適であった。これまでの道中に比べれば、だが。

 

 ただ、カイナの内側には、相変わらずジメジメとしたものが渦巻いていた。新たなる目的も、強くなるビジョンも、どうにも見つからない。

 自分自身を見失っている彼女にとっては、日中だろうと夜間だろうと行く先々は暗黒だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ニスモとの旅を始めてから、二週間。場所はペムゼ森林。

 

 日が届かない程に一帯を埋め尽くす、緑の世界。神の溜め息よりも深いそんな森を、魔物との戦いを極力避けながら、2人は延々と歩き続けていた。食糧の備蓄も、あと一日で空だ。

 そして最初の目的地も、もうじきだった。

 

 ふと、カイナは思った。行商というのなら、魔物だろうと何だろうと相手は「知的生物」という事。ならば一応、緑をかき分けてるこの眼前の半魔から教わった「言葉」について、脳内でおさらいしておいた方が良いだろう、と。

 

 ニスモが言うには、ユートリアン大陸とギヤ大陸とでは、言語が大きく異なるそうな。否、言語というよりは「大気」と言うべきか。

 言わずもがな音とは、空気を伝って相手の耳へと届く。そこまでは言葉も同じなのだが、空気中に漂う魔力、言わば「魔気」が絡むとそう単純ではなくなる。

 魔気とは、その域で極端に多い知的生物に適応する性質を持ち、まさしくこの知的生物こそユートリアン大陸における人間種である。すると、それを吸う人間種は必然的に魔力変換効率が上昇し、逆に魔物類は低下するのである。人間に適した魔気は、更に人間のみを増やし集めるべく、他種との親交をも断たそうとする。それこそが、発声と聴覚の仲介である「大気の振動」を人間用に組み換え、言葉による意思疎通を人間種のみに限定するというものである。

 要するに、ユートリアン大陸において人間は人間同士でしか会話出来ないのは勿論、魔物に至っては他の誰とも言葉を交わせないという事だ。文字という手段もあるが、それが会話となると限界があるし、念話を使う個体もごく少数だ。

 ところが、ギヤ大陸においてはこの限りではない。どの域にも多種多様な知的生物が入り乱れているこの大陸では、魔気も変質のしようがないからだ。それは当然、人一人が増えた程度で変わる筈も無い。故に、カイナはニスモとすぐ話す事が出来たし、カイナ自身の言葉もしかと彼女の耳の内に届いたのだ。

 

 ただ、魔力とは常ならぬ力。

 特に顕著なのは、使い手の「感情」によって大なり小なり変化するという点だ。喜怒哀楽、他にも様々な感情の介入により、魔力は変換先の力を増減させる。それらは迷いが無い程に力強く、様々な思考やら感情がごちゃ混ぜになっていると、力も分散されてしまうという。「感情のベクトル」とでも言えば良いだろうか。ユートリアン大陸において信仰が猛威を振るっている事こそ、それを裏付けている。「嫌だ」と思いながら魔法を行使しても、大した力にはならないのだから。

 それは、魔気が大きく関わる言葉においても同様だ。外見や在り方がまるで異なる生物と、言葉を交わしたいと思うかどうか、混乱せずにいられるかどうかだ。

 

 つまりは精神的な問題であり、話そうと思う気持ち、何であれ受け入れるという心持ちが大切という事だ。でなければ、何年経とうと魔物の言葉は悍ましい呻き声のままだ。

 

 

 そんな復習を幾度となく繰り返していると、気が付けばカイナたちはペムゼ森林の終着点付近、西端に辿り着いていた。心なしか、過密状態だった木々の間隔が大きくなってきた気がする。

 

 緊張からか、カイナはゴクリと大唾を飲み込んでしまう。行商だろうと、魔物は魔物。向こうに敵意は無くても、こちらには大いにある。例えニスモに言われようと、臨戦態勢を解く訳にはいかない。

 そもそも、本当に人間を敵視しない保証が何処にあるのか。相手はあの魔物だと言うのに、価値観の相違なんて天と地ほど離れているのに。

 

 第一、本当に「魔物の行商」なんてあるのだろうか。とてもとても、カイナには想像が及ばなかった。彼女からすれば、馬や牛が両足立ちで買い物してる様なものだ。

 

(…悪い意味で緊張がほぐれてきた。馬鹿馬鹿しい)

 

 段々と、カイナは「魔物の行商」というのが非現実的というか、胡散臭く思えてきた。16年間で蓄えてきた彼女の常識が、ここに来てそうさせていた。

 現に彼女は、この大陸に来て未だ一度たりとも「そういった魔物」に出会っていない。出会ったとしても、馴れ合うつもりなんて毛頭無いのかもしれないが。

 

―――そんな時だった

 

 

(ッ!…魔物の声)

 

 

 魔物の声が、遠くからか細く響いてきた。

 

 カイナにとってのそれは、未だ言葉ではなかった。

*1
小型の肉食魔物。群れを作らず、大人の人間を襲う事は無い。




前書きでも言いましたが、1年以上も間を空けてしまい大変申し訳ありませんでした。言い訳はしません…。
これからも不定期になるかとは思いますが、ご愛読して頂ければ幸いです。
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